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第十九話

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(これで納得がいったな。何で転生したのか)

 写楽はいまだに泣き続けるコニムを見ていると、被害者はこちらなのだが、どうも加害者のように思えてくる。だから……。

「……ひっぐ……ぐす…………ふぇ?」

 写楽は彼女に近づき、その小さな頭を撫でてやった。

「大丈夫だ。子供がそんなに心配するもんじゃない」
「…………シャリャク……しゃん」
「……おいおい、一応女だろう。涙と鼻水塗れだぞ」

 笑ってやる。確かに殺された。しかし幸か不幸か、写楽は死ねないのだ。故に写楽もまた助かったし、この子の心も救われるべきだ。あの騎士のように本心で殺そうと思っていたわけではないことは、この子の今の姿を見れば分かるから。

(ったく、子供には弱いな、オレは)

 一通り撫でると、写楽は静かにベッドに腰を下ろす。

「安心しろ。オレは人形にはならないんだ。そういう力を持ってるからな」
「……ほんちょ?」

 思わず吹きかける。ほんちょって何だよってツッコみたくなる。

「い、いやいや、ありえんぞ! 有史以来、人間が吸血されて眷属化しなかった例などないと聞く! 事実、我らの周りにいた者たちもそうなったのだぞ!」
「……まあ、そうなんだろうな。けどいくら待っても、オレは魔人にも人形にもならんぞ。言ったろ。そういう力を持ってるって」
「……貴様、一体何者なのだ……!?」
「それも言ったぞ。“異界者”だって」
「しかし……むぅ。……いや、まさか……だとすると本当に実在するというのか――“革命人《レアブローダー》”が」
「れ、れあぶ? 何だそれ?」
「“革命人”――我々『ヴァンプ族』、いや、魔人すべてに伝わっている伝説だ」
「勉強嫌いのアンタが覚えてるってことは有名みたいだな」
「まあな。“革命人”は、命を超越している存在で、過去にたった一人だけ存在したとされる人物らしい。その人物は、魔人に根付くあらゆる災厄を弾き、魔人を導く者になったという」
「へぇ、そんな奴がいたんだな」

 ん? 命を超越している? …………確かに超越しているとは言えるのかもしれない。

「そのレアヴローダーが、オレだっていうのか?」
「……恐らくそれはコニムに聞けば分かる。どうだ、コニム」
「……分からないでしゅ。でも……でも……何だか……ずっと会えなかった人に出会えた気が……しました」

 そういえば、彼女が小さな声で「やっと見つけた」と言っていたことを思い出す。あれはそういう意味だったのだろうか。

「……あ、そういやアンタたち、人を探してたって言ってたけど、まさか?」
「いや、それとはまた別だ。“革命人”なんて探しても見つかるとは思えないからな」

 そういや、探し人は、彼女たちと同じ黄色い髪をした人物だと言っていたことを思い出す。同じ魔人なのかもしれない。

「まあ、とにかくオレは無事だからもう泣き止め」
「……うぅ……ごめんなしゃいぃ……」

 普通だったら謝って赦されることではないのだろうが、殺されることに関しては自分でもビックリするほど大らかになっているのかもしれない。

「それよりも、さっきコニムがオレの血を吸うのは有り得ないって言ってたが、それは何故だ?」
「ああ、それはな。我々『ヴァンプ族』は、同種同性の血にしか吸血衝動は起こらないのだ」
「つまりは同じ魔人で、女にしか衝動はこないと?」
「そうだ」
「……アンタもか?」
「いや、私には理性を飛ばすほどの吸血衝動はない」
「ん? どういうことだ?」
「…………」
「いいですよ、お姉ちゃん」
「コニム……?」
「わたしのことも教えてもいいです。シャラクさんには聞く権利がありますから」
「……分かった」

 二人が真剣な表情を写楽に向けてくる。これはかなり真面目な話になりそうだと思い、写楽も心が身構える。

「実は、『ヴァンプ族』の中でも、強烈な吸血衝動にかられる存在というのは少ないのだ」
「へぇ、そういうものなのか」
「そうだ。それは何故か……簡潔に言ってしまえば、純血の『ヴァンプ族』ではない者が多いからだ」
「純血?」
「この子は純血の『ヴァンプ族』と純血の『ヴァンプ族』との間に生まれた子だからな」
「……ん? ちょっと待て。アンタたちは姉妹……だよな?」
「姉妹だ。しかし腹違いの、な」
「っ!? なるほど、そういうことか」
「私の髪を見ろ。ところどころ赤いであろう? これは母の『ツヴェルク族』の血を引く証なのだ」

 ファッションか何かと思っていたが、違っていたいたらしい。

「つまり言ってみればハーフってことか?」
「ああ、だからこの子のように強い吸血衝動はない。まあ、血は定期的に補給せねばならないがな。強くないといっても欲求はあるから。その度に、私たちは互いの血を分け合っていたのだ」
「……けど別に異性の血も吸ってもいいんだろ?」
「そうだ。しかしそれを行う者はいない。というよりも身体が、心が拒絶してしまう」
「……何故だ?」
「…………不味いんだ」
「は? ……えっと……不味いって、味がってこと?」
「ああ、とても飲めたものではない。まるで砂を呑んでいるかのようだ。私も以前異性の血を味見したことがあったが、心身が拒絶する理由がよく分かった。アレは呑むものではない」

 その時のことを思い出したのか、顔を引き攣らせて嫌な顔をするノージュ。相当不味いということがその顔でよく伝わってくる。

「だからこそ、理解できないのだ。男であり、異種族でもある貴様の血を何故コニムが求めたのかが」

 そういえば、寝る前にノージュが写楽に対し、男で人間だから大丈夫かというような発言をしていたが、アレはこのことを示唆していたということらしい。

「……一つ聞いていいか?」
「何だ?」
「今の話を、話し難そうにしてたが、何か言ってはならない決まりでもあったのか?」
「うむ。純血の『ヴァンプ族』の数は限られており、他の魔人や人間の研究者たちが、それを知れば脇目も振らずに寄ってくるはずだからな」
「……そうなのか?」

 コニムの顔を見ると、彼女もコクリと首肯した。

「さっき言ったな。人間を眷属化することができるのが『ヴァンプ族』だと」
「ああ」
「けどな、私のように血が薄い者は、完全に眷属化させることはできない。いや、眷属化させるにはかなりの時間がかかるって言った方が正しいな」

 何でも彼女が言うには、人間の感情や意思を壊して支配するには長時間、一定の感覚で血を吸い続けないといけないという。

「しかし純血のコニムなら、ただ一度の吸血だけで、完全な眷属を作り出すことができるのだ」
「ふぅん……」
「え、あ、ふぅんって……怖いとは思わないのか?」
「え? 何でだ?」
「……貴様はもしかしたら眷属化し、人形として人生を歩んでいたかもしれないんだぞ?」
「まあ、そうだけど。……なってないしなぁ」

 写楽の返答にノージュだけでなくコニムまで瞬きを失って唖然としている。

「でもそうか。戦争をしている魔人なら、その力を利用して人間を支配下に置こうとするし、人間はコニムを研究して対策を立てようとする、か。だから正体がバレたら狙われるっていうことだな」
「そ、その通りだが、ずいぶん物分かりが良いんだな」
「まあ、分析とか考察って結構好きなタイプだからな。アンタと違って」
「何だとぉ! 私だってそれなりに考えているのだぞ!」
「ほう、どんなことを?」
「コニムのことをだっ!」

 フフンと鼻を鳴らして胸を張るノージュ。単純で何よりだ。


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