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 空が夕方から夜に変わる頃、私たちは近くのファミリーレストランに場所を移した。机には注文したコーヒーが置かれている。
「それで話の続きなんだけど、私は弥生さんの孫にあたると書類で証明されたの。だから、私は会いに行った……」
「会いに……?生きているのかい?」
「うん。もうずっと眠っていて目を覚まさないのだけれど」
 旅人さんは、驚いているようだった。表情から感情が伝わってくるのは珍しい。
「僕は昔、1度だけ弥生さんを探したことがあるんだ。その時は何も手がかりがなかった」
「私も知ったのは最近で……」
 そこから私は今までのことを旅人さんに話した。両親が存在したこと、2人とも交通事故で他界していること、ペンダントは母の形見のようなものだということ、優さんのこと……。
 そして、言うか迷っている内容がある事があると伝えた。

「僕は強制はしない。無理やり語らせるのはあまり好きじゃないんだ」
「僕に話してもいいと葉月が思ったなら、話せばいい」
 私は今までのことを思い出し、旅人さんを信用することにした。
「実は私、両親が事故に巻き込まれたとき危険な状態で当時規制の緩かった延命治療の一部を使って命をつなぎとめたらしいの」
「だから、半端ではあるけれど私も延命治療を受けてるんだ……」

「そうだったのか、葉月は今まで知らなかったんだろう」
「うん」
 少しの沈黙の後に私は続ける。
「それで、私は何度か弥生さんの昔の記憶を見たんだ」
「記憶をかい?」
 私は頷く。旅人さんは真剣に話を聞いてくれていた。普通の人は信じてくれないような話だ。
「弥生さんの手を握って集中するの。そうすると彼女が見たもの、体験したことが私にも見えてきて……でもそれだけだった」
「君はどういったものを見たんだい?」
 私は、弥生さんが家から出て行けと言われたこと、どこかアパートのようなところで生活をしていてそこで使用人の契約書を貰ったこと、そして使用人として働いたこと、それ以降の記憶は見ることが出来なかったことを伝える。

「そうか。おそらくその記憶は弥生さんのもので間違いないと思うよ。ぼくが知っている情報とほぼ同じだ」
「延命治療を受けた人たちの中で、そういう特殊な能力に目覚める人が数パーセント確認されているらしい。もしかしたら、葉月はその数パーセントに該当するのかもしれないね」
「旅人さんも?」
「そうだね」
 旅人さんは一口コーヒーを飲み、話を続けた。

「もしかすると、弥生さんも何か力があるのかもしれないね」
 私は思い当たることを旅人さんに伝える。
「弥生さん、その記憶の中で一度だけ話せたことがあったんだよね。そこでこの先の  記憶は見せることは出来ないって言われて……本当に見れなくなって」

「葉月が記憶を見ることが出来たのなら、弥生さんは記憶を見せることが出来る……そんな能力の可能性はないのかな?」
 旅人さんは少し首をかしげて考えていた。まあ能力があるかは分からないんだけれど、と言葉を続けた。

 お互いにうーんと悩み、私は机に突っ伏した。そこではっと思い出す。

「そういえば、私が駅のホームで倒れた時に助けてくれたのって旅人さん?」
「……! そうだよ、あの時凄く焦ったよ! 僕が時間を止めれなかったらどうなっていたか……」
 ウっと気まずくなる。
「あまり目立つのも嫌だったから、端のほうに寝かせたけれど。あの後大丈夫だったかい?」
 私は助けてくれたことにお礼を言い、詳細を話した。
「知り合いの病院の先生が、色々と良くしてくれて2日後くらいには元気になったよ」
「それなら良かったけれど……」
 無理は身体に良くないよと少し怒られたような、そんな喋り方だった。

「病院の先生が知り合いって、やっぱりどこか体調が悪いのかい?」
「いや、弥生さんがいる病院の先生だよ。私はいたって健康だよ!」
 採血の結果も問題なかったと伝える。
「そうか、病院で眠っているならまだ安全だね。何かあっても対処は出来るだろうし……」
「うん。良くしてもらってるよ」

「旅人さん、良かったら祖母に会ってみない?」
「いいのかい? 僕もいて」
「うん。何かきっかけを作りたいんだよね」
 明日午後から祖母のお見舞いに行くことを伝えると、旅人さんは分かったと手帳にメモをしていた。
 それから、会計をし外に出る。夏でも夜は涼しさを感じた。
「じゃあ明日駅前で待ってるね」
「ああ。ちゃんと遅れないように行くよ」
 旅人さんとの約束を確認し、私は寮までの道のりを夜空を見ながら歩いて帰った。

 次の日、駅に向かうと改札の前に旅人さんが立っていた。
「はやいね」
「いや、遅れるわけにはいかないだろう?」
 旅人さんは笑って答えた。
「そういえば、病院はどこなんだい?」
「街から離れた、山の上の病院だよ。知ってる?」
「ああ……あの病院か。知っているよ」
 旅人さんは何故か微妙な顔つきになっていた。

 電車に揺られ、病院の前に着く。少し緊張してしまう。祖母は目覚めてくれるだろうか、それとも眠ったままだろうか……。
 ふぅと息を吐き病院に向かった。

「僕、怪しくないかな?」
「今は大丈夫じゃない?」
 今はってどういう意味だと旅人さんが聞いてきたが、ちょうどいいタイミングで受付に呼ばれる。
 いつものようにカードを受け取り、2人で祖母の部屋に向かった。ピッとカードをかざし中に入る。部屋の中は変わらず静かだった。
「眠っているのかい?」
「そうだよ」
 旅人さんは近くまで行き、寝ている祖母をじっとめていた。
「弥生さんと葉月は本当にそっくりだね。まるで双子だ」
「みんなに言われるよ。でも実際に自分でもそう思うし、似ているのは嬉しいよ」
 そう言うと旅人さんは、嬉しそうな表情でこちらを見てきた。

「葉月は最初に会った時より感情が豊かになったよね」
「そうかな」
 私はそう言いつつ、少し頬が熱くなるのを感じた。
「それで、どうするんだい?」
「もう1度弥生さんの記憶が見ることが出来ないか、試してみようと思ってる」
「僕は何か手伝えそうかい?」
「うーん……、私がしばらくして起きなかったら起こして欲しいかな」
 わかったと旅人さんは了承してくれた。
 私はゆっくりと祖母の手を握る。暖かく柔らかい手だった。
 数秒握っていると、視界がぐにゃりと揺れた。旅人さんに声をかけようかと思ったがその前に目の前が暗闇に包まれた。
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