31 / 44
31
しおりを挟む
少し頭の中で状況を整理した後、私は藤野さんに言われた通りに部屋の奥へと歩いていく。目の前に現れたエレベーターのボタンを押すと、扉が開いた。乗ってみると1階のボタンがすでに光っていて、扉は締まりゆっくりと1階まで下降していった。
1階につき、エレベーターから降りると目の前には外につながる裏口のようなドアがあった。これが別の出口かと思い、ドアノブに手をかけた瞬間だった。後ろに続く廊下の先から、誰かが何かを叫んでいるような声が聞こえる。
私は気になり廊下のほうに向きを変え、その先に進むことにした。声はだんだん大きくなっていく。
他の人に気付かれないように、物陰に隠れながら1階の様子を確認した。数名の社員らしき人たちと、受付のお姉さんたち、そして藤野さんと何か騒いでいる人物が1階の出入り口部分にいた。この距離だと何を喋っているかはっきりと聞こえる。
「この会社だろ! 俺たちが作ったホログラムを消去しているのは!」
「俺たち? 笑わせてくれるね、あのデータは僕が作ったんだ。君たちのせいで困っている人たちが大勢いるんだ」
「あの消去装置をすべて壊してやる!」
「壊れないし、壊させない。ほらお迎えが来たようだ」
遠くからパトカーがこちらに向かってくる音がした。旅人さんは少し溜息を吐き騒いでいる人物を見ている。パトカーの音が近くなってきたその時、騒いでいた人物は急に大人しくなった。
その人物はズボンの後ろポケットから何かを取り出した。それはカチっという音とともにある程度大きさのある刃物に変わった。私は背中に冷たい汗が流れるのを感じた。
「ふ、ふじ……」
こちらに気付いた藤野さんと目が合った瞬間、ぐにゃりと視界が強く揺れた。目を開けると、先ほど騒いでいた人物のいたところには刃物だけが落ちていた。
あたりを確認すると、出入り口には警察が集まっていて、人を引きずりながら藤野さんが歩いて警察に何か話しながら近づいていた。
1階にいた他の人たちは何が起こったのか分からないような困惑した表情をしていた。私も初めて見たのならその表情だったに違いない。
でも私は藤野さんの時間の使い方を知っている。きっと目を閉じていたあの間に時間を止めたあの空間で、あの人物は藤野さんによって気絶させられたのだろうと私は思った。
相手が悪いとあの人物に少し同情してしまいそうになった。
警察は騒いでいた人物を引き取って、帰っていった。あの人は何か喋るんだろうかと考えていると誰かの足音がこちらに近付いてきた。
咄嗟に身を隠そうとするが少し遅かったようで見つかってしまった。
「葉月……」
なんだろう、名前を呼ばれただけなのに圧が凄い。これはもしかして凄く怒っていたりするんじゃないかとゆっくりと顔を上げた。
「葉月、エレベーターを降りたところに外に続くドアがあっただろう? 僕はそこから外に出て安全を確保してほしかったんだけれど……」
藤野さんは怒っている表情ではなかった。どちらかというと焦っているような感じだ。
「それは、ごめん。でも声が聞こえて気になっちゃってさ……」
「もう、終わったからいいけれど」
藤野さんはハアとため息をつく。呆れられてしまっただろうか。
「葉月」
「は、はい!」
「今後は危なそうなときは逃げること! いいね?」
「はい!」
ならもうこの話はおしまい! そう言うと旅人さんは裏口のほうへ向かって歩き出した。
「さすがに、今日は色々とあって危ないかもしれないから駅まで送るよ」
私は黙って藤野さんの後追って裏口から外へ出た。
「藤野さんって結構強引というか力技だったね、あの人に対して」
「そうかな。あれは結構平和的解決だと思うけれど」
あれで、平和的ならそうじゃない場合は……と考えていると、駅に着いた。
「じゃあ、気をつけて帰るんだよ」
「うん、あのさ……弥生さんのお見舞い来てね」
「ああ、必ず行くよ。彼女との約束を思い出したから」
電車がホームに近付く音がしたため、私は急いで改札に向かった。藤野さんは手を振りながらこちらを見ていた。
寮までの帰り道、何人かのニセモノがいるのに気付く。私は言われた通り見なかったものとしてニセモノの近くを通り過ぎ、寮の部屋に帰った。
こうしてみるとニセモノって結構いるんだなと思った。
部屋に戻り、藤野さんからもらった小さなプラネタリウムにコインを合わせる。カチッと言う音がし部屋に星空が広がった。あらかじめ電気を消した真っ暗な部屋だったので、さらにキラキラと星が輝いて見えた。
コインを外し、どちらもポーチに入れ引き出しの中にしまい私はベッドに寝転がった。その日はそのまま目を閉じ眠りについた。
朝起きてからすぐにニュースを確認した。やはり、昨日のことが取り上げられていた。有名な会社なので結構大きく扱われていた。SNSなども確認したが、藤野さんがあの能力を使った場面はどこにもなかった。時間を止めていればそれもそうかと、私はタブレットの電源を落とした。
その後藤野さんは後処理などが忙しかったらしく、それに対する愚痴のメッセージが何通か私に届いていた。少し面倒に思い何通か無視をしていたら電話がかかってきた。
「無視はひどくないか? 僕たちあんなにゲームをした中だろう?」
「え、友達の部類だと? しいて言うなら知人だよね!」
私がそう言うと、ひどいとウソ泣きのような声が聞こえた。相当ストレス溜めてるんだなと思った。
「嘘よ嘘、藤野さんはとても良いお友達だよ」
そう言うと電話の向こうで少し明るくなった藤野さんの声が聞こえた。明日学校だからと言い残し私は通話を終了させた。
次の日は学校で先生と面談することになっていた。
面談で、先生に色々な大学を見に行きたいことを伝えると大学の一般開放日の日程を教えてくれた。そして、祖母……弥生さんが生きていること、今は入院しているが回復してきていることを伝えた。先生は涙目になりながらその話を聞いてくれた。
「おばあさん、延命治療を受けていたのね……」
「はい。おかげで会うことが出来ました」
「そう……実は、私は延命治療を受けていないの」
先生は、これから先も延命治療を受ける気がないことを教えてくれた。本来の人間の寿命を楽しみたいからだと……。
「一般的には受けている人がたくさんいるのだけれど、私みたいな考えの人もまだいるらしいわ」
先生は笑顔でそう言った。そうなのかと思い、他人には色々な考え方があるなとも思った。
「延命治療を否定しているわけではないのよ? 違った考え方なだけよ」
このお話は終わりね、と言い先生は面談内容に話を戻した。
面談が終わり、帰り道で先生が言っていたことを考えた。私は将来そのような選択肢をとるのだろうか? そもそもこの身体は完璧な延命治療を受けることが出来るのだろうか? 色々な考えで頭がいっぱいになった。
明日は週末、弥生さんのお見舞いに行く日である。私は考えを胸にしまい、眠ることにした。
1階につき、エレベーターから降りると目の前には外につながる裏口のようなドアがあった。これが別の出口かと思い、ドアノブに手をかけた瞬間だった。後ろに続く廊下の先から、誰かが何かを叫んでいるような声が聞こえる。
私は気になり廊下のほうに向きを変え、その先に進むことにした。声はだんだん大きくなっていく。
他の人に気付かれないように、物陰に隠れながら1階の様子を確認した。数名の社員らしき人たちと、受付のお姉さんたち、そして藤野さんと何か騒いでいる人物が1階の出入り口部分にいた。この距離だと何を喋っているかはっきりと聞こえる。
「この会社だろ! 俺たちが作ったホログラムを消去しているのは!」
「俺たち? 笑わせてくれるね、あのデータは僕が作ったんだ。君たちのせいで困っている人たちが大勢いるんだ」
「あの消去装置をすべて壊してやる!」
「壊れないし、壊させない。ほらお迎えが来たようだ」
遠くからパトカーがこちらに向かってくる音がした。旅人さんは少し溜息を吐き騒いでいる人物を見ている。パトカーの音が近くなってきたその時、騒いでいた人物は急に大人しくなった。
その人物はズボンの後ろポケットから何かを取り出した。それはカチっという音とともにある程度大きさのある刃物に変わった。私は背中に冷たい汗が流れるのを感じた。
「ふ、ふじ……」
こちらに気付いた藤野さんと目が合った瞬間、ぐにゃりと視界が強く揺れた。目を開けると、先ほど騒いでいた人物のいたところには刃物だけが落ちていた。
あたりを確認すると、出入り口には警察が集まっていて、人を引きずりながら藤野さんが歩いて警察に何か話しながら近づいていた。
1階にいた他の人たちは何が起こったのか分からないような困惑した表情をしていた。私も初めて見たのならその表情だったに違いない。
でも私は藤野さんの時間の使い方を知っている。きっと目を閉じていたあの間に時間を止めたあの空間で、あの人物は藤野さんによって気絶させられたのだろうと私は思った。
相手が悪いとあの人物に少し同情してしまいそうになった。
警察は騒いでいた人物を引き取って、帰っていった。あの人は何か喋るんだろうかと考えていると誰かの足音がこちらに近付いてきた。
咄嗟に身を隠そうとするが少し遅かったようで見つかってしまった。
「葉月……」
なんだろう、名前を呼ばれただけなのに圧が凄い。これはもしかして凄く怒っていたりするんじゃないかとゆっくりと顔を上げた。
「葉月、エレベーターを降りたところに外に続くドアがあっただろう? 僕はそこから外に出て安全を確保してほしかったんだけれど……」
藤野さんは怒っている表情ではなかった。どちらかというと焦っているような感じだ。
「それは、ごめん。でも声が聞こえて気になっちゃってさ……」
「もう、終わったからいいけれど」
藤野さんはハアとため息をつく。呆れられてしまっただろうか。
「葉月」
「は、はい!」
「今後は危なそうなときは逃げること! いいね?」
「はい!」
ならもうこの話はおしまい! そう言うと旅人さんは裏口のほうへ向かって歩き出した。
「さすがに、今日は色々とあって危ないかもしれないから駅まで送るよ」
私は黙って藤野さんの後追って裏口から外へ出た。
「藤野さんって結構強引というか力技だったね、あの人に対して」
「そうかな。あれは結構平和的解決だと思うけれど」
あれで、平和的ならそうじゃない場合は……と考えていると、駅に着いた。
「じゃあ、気をつけて帰るんだよ」
「うん、あのさ……弥生さんのお見舞い来てね」
「ああ、必ず行くよ。彼女との約束を思い出したから」
電車がホームに近付く音がしたため、私は急いで改札に向かった。藤野さんは手を振りながらこちらを見ていた。
寮までの帰り道、何人かのニセモノがいるのに気付く。私は言われた通り見なかったものとしてニセモノの近くを通り過ぎ、寮の部屋に帰った。
こうしてみるとニセモノって結構いるんだなと思った。
部屋に戻り、藤野さんからもらった小さなプラネタリウムにコインを合わせる。カチッと言う音がし部屋に星空が広がった。あらかじめ電気を消した真っ暗な部屋だったので、さらにキラキラと星が輝いて見えた。
コインを外し、どちらもポーチに入れ引き出しの中にしまい私はベッドに寝転がった。その日はそのまま目を閉じ眠りについた。
朝起きてからすぐにニュースを確認した。やはり、昨日のことが取り上げられていた。有名な会社なので結構大きく扱われていた。SNSなども確認したが、藤野さんがあの能力を使った場面はどこにもなかった。時間を止めていればそれもそうかと、私はタブレットの電源を落とした。
その後藤野さんは後処理などが忙しかったらしく、それに対する愚痴のメッセージが何通か私に届いていた。少し面倒に思い何通か無視をしていたら電話がかかってきた。
「無視はひどくないか? 僕たちあんなにゲームをした中だろう?」
「え、友達の部類だと? しいて言うなら知人だよね!」
私がそう言うと、ひどいとウソ泣きのような声が聞こえた。相当ストレス溜めてるんだなと思った。
「嘘よ嘘、藤野さんはとても良いお友達だよ」
そう言うと電話の向こうで少し明るくなった藤野さんの声が聞こえた。明日学校だからと言い残し私は通話を終了させた。
次の日は学校で先生と面談することになっていた。
面談で、先生に色々な大学を見に行きたいことを伝えると大学の一般開放日の日程を教えてくれた。そして、祖母……弥生さんが生きていること、今は入院しているが回復してきていることを伝えた。先生は涙目になりながらその話を聞いてくれた。
「おばあさん、延命治療を受けていたのね……」
「はい。おかげで会うことが出来ました」
「そう……実は、私は延命治療を受けていないの」
先生は、これから先も延命治療を受ける気がないことを教えてくれた。本来の人間の寿命を楽しみたいからだと……。
「一般的には受けている人がたくさんいるのだけれど、私みたいな考えの人もまだいるらしいわ」
先生は笑顔でそう言った。そうなのかと思い、他人には色々な考え方があるなとも思った。
「延命治療を否定しているわけではないのよ? 違った考え方なだけよ」
このお話は終わりね、と言い先生は面談内容に話を戻した。
面談が終わり、帰り道で先生が言っていたことを考えた。私は将来そのような選択肢をとるのだろうか? そもそもこの身体は完璧な延命治療を受けることが出来るのだろうか? 色々な考えで頭がいっぱいになった。
明日は週末、弥生さんのお見舞いに行く日である。私は考えを胸にしまい、眠ることにした。
応援ありがとうございます!
0
お気に入りに追加
0
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる