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 弥生さんと優さんの驚いた様子に、私と藤野さんの2人はしばらくの間クスクスと笑っていた。
「葉月は僕が来ることを伝えていなかったのかい?」
「うん、その方が面白いかなと思って!」
 そう言う私の顔は、きっと笑っていただろう。

 弥生さんと外の広場のいるときに来た通知には2件のメッセージが届いていた。1件は優さんから、もう1件は藤野さんからだった。どちらも同じくらいの時間帯に来ると書かれていたので内心ワクワクしていたのだ。
 私は藤野さんから、弥生さんへの花束を受け取る。早速花瓶に飾ろうと思ったのだが、量が多くて全部は入らなかった。
「その花瓶、少し小さいんじゃないのかい?」
「花がいつもより多いの!」
 私はそう言いながら、少し詰めながらやっとの思いで花瓶に花を詰め込んだ。花の見た目はとても綺麗なのだが、私の飾り方が悪いのか少しブロッコリーの形のように見えた。

 藤野さんは、弥生さんと優さんの元に歩いて行った。
「2人とも、本当に久しぶりだね。君たちの驚く姿は見ていてとても楽しかったよ」
 でもねと藤野さんは続けた。
「僕はもうあの屋敷には住んでいないし、屋敷はもうない……だからこれからは、僕のことは名前で呼んでくれると嬉しいかな」

 弥生さんと優さんは顔を見合わせ、同時に口を開いた。
「……藤野さん?」
「ああ、ありがとう。君たちにまた会えて嬉しいよ。弥生さん、優さん」

 その後も私たちは、たまにくすくすと笑いながら久しぶりのお喋りを楽しんだ。ふと藤野さんと目が合う。
「葉月は……泣いていたのかい?」
「良く気付くよね、本当に。でももう大丈夫だよ!」
「でも胃が痛くて、胃薬は貰ったから体調は完璧ではないかな」
 藤野さんは私がアハハと笑っている間も、心配そうな視線を向けていた。
「何かあったらいつでも連絡するんだよ? 相談に乗ることは出来るからね」
「……ありがとう」
 藤野さんは優しいなと思っていると、優さんがこちらを楽しそうに見ていた。
「優さん、どうしましたか?」
「ふふっ、葉月さんと藤野さん仲が良いなと思っていたの!」
 優さんは相変わらず楽しそうに笑っていた。

「僕と葉月は友達だからね!」
 藤野さんは藤野さんで、胸を張って優さんに自慢するように言っていた。
 その言葉に、私は笑いながらそうだねと呟いた。

 秋の午後の柔らかな光が部屋いっぱいに広がり、開けていた窓からは涼しい風がカーテンを揺らしていた。

 面会の終了時間が近づき、私たちが帰宅の準備を始めたその時ピッという音が聞こえドアが開いた。
「あっ、佐田先生……診察の時はありがとうございました!」
「あら? 顔色少し良くなったわね! 良かったわ」
「今日は人数が増えているわね! 遠野さんも体調良さそうだし皆さんのお見舞いのおかげですね!」
 優さんと私は、笑いながら顔を見合わせた。

 佐田先生はニコニコと部屋にいる人たちの顔を見ていた。そして藤野さんのほうを見て少し驚いたような表情になった。
「あなた……藤野君じゃない?」
「……。ああ、久しぶりですね。佐田さん」
 軽くハァとため息をつく藤野さんに、ため息は失礼よと佐田先生は少し怒っていた。

「お知り合いなんですか?」
 弥生さんが2人に聞いた。
「そうね、藤野君とは同じ大学だったのよ」
 へぇと弥生さんと優さんは口に出し、大学行ってみたいわと2人で話し始めていた。

「佐田先生とはいつの大学で知り合ったの?」
「最近のだよ」
 私たちは少し小さな声でこそこそと話していた。
 藤野さんと佐田先生の間に何かあったのだろうか……藤野さんは佐田先生に対して苦手意識があるように私には見えた。
「あら、あなたたちも知り合いなの?」
 私と藤野さんを交互に見て、佐田先生は言った。
「葉月は僕の友達だよ!」
 その言葉に少し驚き不思議そうな顔で私を見てきた。
「そうなの?」
「はい」
 私は視線を合わせずに答えた。

 病院内のスピーカーから音楽が流れ始めた。
「はい、お話はここまでよ。面会時間が終わってしまうわ」
 佐田先生のその言葉を聞き、私たちは慌てて準備をした。
「弥生さん、またお見舞い来るわね! まだまだ話したりないわ!」
「弥生さん、また来週ね!」
「じゃあ、体調には気を付けるんだよ」
 私たち3人はそれぞれ声をかけながら、弥生さんの部屋を後にした。

 病院の外に出ると、少し夜に近付いたオレンジ色の空が広がっていた。夏に比べて少し肌寒く感じる。
 優さんはパートナーの方が迎えに来ていたらしく、車に乗って帰っていった。手を振りながら優さんを見送り、私と藤野さんは電車に乗った。

「葉月はこのまま寮に帰るのかい?」
「うん。街に今日は予定ないから、そうなるかな」

「藤野さんは会社に戻るの?」
「そうだね、あの件以来少し忙しくなってしまってね……」
「そうなんだ……。そういえば、ニセモノ最近減ってきたね」
「気付いたかい! いま開発が進んだから試験運用しているんだよ」
 これで少しは犯罪が減るといいねと、その後も私が降りる駅に着くまで色々な話をしながら電車に揺られた。

 灯りに照らされながら、寮までの帰り道を急いだ。あたりはすっかり暗くなり、肌寒さは一層強いものになっていた。
 部屋に入り、習慣化した日記に今日のことを記した。タブレットには、優さんと藤野さんからメッセージが来ていたので返信とスタンプを送った。
 また明日から、いつも通り学校生活が始まる。
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