能天気男子の受難

いとみ

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セレス兄さんに寮の中を案内してもらう為、エルーシ殿下とテオルドと食堂で別れた。

寮の中は広くて迷いそうだ。食堂の場所はもう把握したから大丈夫だと思う。
後は、各部屋にシャワーやトイレといった生活の基準となるものはあるが、風呂となると設備の関係上、大浴場にしてしまった方が良いようで、ほとんどの生徒が入りに来るらしい。俺も大きい風呂は好きだ。
他は図書室、会議室、ホール、など色んな施設がある。
図書室は広くて勉強も出来るみたいだ。その場所でヒューリが勉強しているのを見かけた。

最後にセレス兄さんの部屋に案内され、招き入れられた。
セレス兄さんは生徒会副会長なので1人部屋になっている。もちろん、生徒会長はエルーシ殿下だ。
1人部屋は2人部屋よりは面積は狭いが、造りは豪華だ。床が毛足の長い絨毯なので、前世庶民の俺は汚れが気になりそうだ。

リビングでセレス兄さんにお茶を淹れてもらい、ふかふかのソファで寛ぐ。

「さっきは、気分を悪くしたんじゃない?」

さっきとはエルーシ殿下にからかわれた事を言っているんだろう。
俺としては、言いたい事は言えたし、お菓子に釣られて機嫌は直ったし、もう気にしていなかった。

「全然。それよりも俺の方が、エルーシ殿下に失礼な事をしたんじゃないかな…。」
酷い事を色々と言われたけど、本当の事だから仕方ない。
でも王族に対して、あんな態度は良かったのか微妙だ。後悔はないけど。

「何言ってるんだよ。あいつ、からかう気満々でルシオンに嫌がらせしたんだぜ。普段は誠実だが、人の恋路にはちょっかいだして面白がるのが趣味なんだよ。本当ムカつく。」

「セレス兄さんとエルーシ殿下は…仲が良いんだな。」

「あいつとは腐れ縁だ。」
穏やかな声音でセレス兄さんが言うから、やっぱり仲がが良いんだなと改めて納得した。



部屋に帰るとヒューリも戻っていた。
「ただいま。」
リビングで本を読んでいたヒューリに声をかける。
ちらっとこちらを見ただけで何の反応も無かった。やっぱり貴族は嫌いなのかな…。
何となく解っていたけど、ちょっと落ち込む。
この調子でこれから、やっていけるか不安になってきた。





◆◆◆


とうとう、入学式当日だ。

これからどうなってしまうんだろう。
今まで平穏に過ごしてきたけど、ヒロインの登場で皆との関係が崩れていくのだろうか。
仲良くなったテオルドやマクビル………セレス兄さんとも………ジオードは、嫌われてるから良いとして…。
ヒロインを取り合って喧嘩したり、仲が悪くなるのは嫌だな…。

何だか…心配するあまり暗くなってしまった。
ダメだダメだ。前向きにならなきゃな、俺だけでも気を付けようと決心して着替える。


ストライプシャツにネクタイ、紺色のブレザーを着る。
前世の世界の高校生みたいな制服だ。明らかに違うのは、金糸で縁取りがあり豪華で格好いい。

ヒューリは先に出たらしく静かだった。
遅刻するかもしれないと、心配になり俺も出る。

部屋を出て寮の廊下の角を曲がると、急いでいたため人とぶつかってしまった。

「すみません。」
と顔を見ると第二王子のグレース・ルア・ファステン王子だった。背が高いが俺と同じ15歳。
第一王子のエルーシ殿下と同じ銀髪だが瞳の色は違う。エルーシ殿下は綺麗なエメラルド色で、グレース第二王子は青い瞳だ。

「も、申し訳ございません。」
とっさに片膝を曲げ礼をしようと、体勢を低くすると
「いたっ!」
「えっ?」

グレース王子の長い髪が……俺のボタンに…絡んでいた!
しかも、ネクタイを避けてシャツの第三ボタンに絡んでいる。
何て事だ!ありえない!
グレース王子とヒロインとの、出会いのハプニングを俺がやってどうする!
というか、何で長い髪を結わないで下ろしたままなんだよ。

「失礼。」
グレース王子は俺よりも背が高いため、屈んで俺のシャツのボタンに絡んだ髪の毛を取ろうと近づけば、ふわっとフローラルの香りが漂う。
シャツのボタンは小さい為、取るのに苦労しているようだ。これ以上、時間をかけるのは小心者の俺の心臓が持たない。

「すみません。すみません。」
何回も謝り、俺はシャツのボタンを力一杯引きちぎる。グレース王子の髪の毛に気を使いながらだ。

「すみませんでした。」
髪の毛が絡んだボタンをグレース王子に渡し、俺は全速力でその場から逃げた。


怖い。グレース第二王子は、俺様系のキャラ設定だ。
失礼な事をすれば、皆の前で断罪される。
ゲームではヒロインの優しさに感銘を受け、民衆に優しいリーダーシップをとるような頼もしい王子になるという設定だ。
まだヒロインに会っていないので、もしかしたら罪になるかも解らない。
グレース王子が、俺の顔を覚えていない事を祈るしかないな。




はぁはぁはぁ…。
恐怖のドキドキと、走ってきた鼓動が苦しい。
何とか落ち着かせ学園に着くと、門を入ってすぐの所に人だかりがあった。そこには、クラス名簿が貼られていた。

そうか、ゲームでクラス分けまでは、あやふやで明確になっていなかったな。
俺は誰か知り合いがいるのか気になり、人混みに入っていく。

えーと…………。
2クラスだけだか、俺はテオルドとマクビルと一緒のクラスだ。良かったと胸を撫で下ろした。
グレース王子とヒューリは隣のクラス。

ゲームの主人公のヒロインも隣のクラスだった。
リビアン・ブルーラ嬢。
男爵家の4番目の娘で、桃色のふわふわしたウェーブ髪、青い瞳と可愛らしい容姿をしている。
珍しく光属性の魔法を持っていて、どんなケガも治せるので、優しい性格も相まって聖女と呼ばれるようになるという設定だ。

ゲームとは違って今の俺は、そこそこイケメンだが一般的なモブだという自覚はある。
ヤンキーでもなくチャラくもなく、キャラとしては影が薄いだろうという事も解っている。
羨ましい事に、俺の周りの人物達が華やかなだけだ。
こんな俺は、ヒロインに声すらかけてもらえないと思う。いや、むしろ無視して欲しい。


そして入学式が始まった。

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