オシ恋のライバル

さくらとももみ

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オシ恋に感じさせない工夫とは、永遠のテーマだ

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私には憧れの先輩がいました。

それは高校1年の5月頃の話です。まだ校内に不慣れだった私は、実習室からの帰り道がわからなくなって、廊下でウロウロしていました。

そのとき、「どうしたの?」と声をかけてくれたのが、3年のM先輩だったのです。

3年は本来、新1年生からすると恐怖の対象でしかありません。しかし、先輩はまた違っていて、どちらかと言うと先生に近い、妙な安心感がある大人に見えました。

私はあまり異性慣れしていません。ほとんど接することがない3年ということもあって、会話もおぼつかなくて、さらに慌てていました。

そんな私に先輩は、「道に迷ったの? 何組?」と聞いてくれ、1年の教室まで連れていってくれたのです。

大したことではないのかもしれませんが、当時はまだ男性に紳士的な応対をしてもらうことに免疫がありませんでした。たったそれだけのことで、私の中の先輩が急激に膨らんでいくのがわかりました。

単純な私の恋心は日増しに育っていきます。そして友達に聞いて先輩の情報を集めました。

調査の結果、趣味や最寄りの駅、彼女がいないこと、サッカー部に所属していること、サッカー部の部員が増えていること、新たにマネージャーを募集していることがわかりました。

正直サッカーのことは詳しくなかったったのですが、このチャンスをモノにしないわけはいきません。すぐにサッカー部の顧問の元に行き、マネージャーになりたいと伝えることにしました。

特別、面談や審査などはなく、週にどれくらい出ることができて、何時までいることができるのか、家はどの辺りで帰るまでにどれくらい時間が掛かるのか、などをサラッと聞かれただけでした。

そして早速、翌日からサッカー部に参加することになったのです。サッカー部にはすでに2人のマネージャーがいました。

1人は私と同じ1年でミナという子です。私よりすこし前にマネージャーになったようでした。もう1人は2年で、去年からマネージャーをやっていたサチ先輩でした。

どちらも気が強そうで、部員に叱りつけるような性格なので、私とは合いそうもありません。

しかし、そんなことは問題ではないのです。別にお友達作りにきたわけではないからです。そもそも私のような見た目どおりの引っ込み思案な人間が、人の世話を焼くマネージャー業に向いているわけがありません。

部員数が多いせいか仕事量も多くて、洗い物や掃除、タオルやドリンクの管理をしたりと大変でした。手際が悪いこともあって、他の人よりも時間が掛かってしまいます。

当初思ってた以上に先輩と接する時間がありませんでした。それどころか部活の開始と終了のタイミングでしか、先輩を見ることができない日もあったのです。

だんだんと気分が落ち込んでいき、1か月が過ぎた辺りです。部活が終わり、片付けの洗い物をしていたときにミナが言いました。

「ごめん、今日用事あってさ、悪いんだけどコレお願いできないかな?」

洗濯は私が入ってからは私たち2人で対応することになっています。ミナとは性格が合わないこともあって、それほど仲良くありません。

しかし、他に手伝ってくれる人もいませんし、用事があるなら仕方ないかなと引き受けることにしました。

そうしてミナは「今度、必ず埋め合わせするから」と言い残して、帰っていきました。

いつもよりも作業ボリュームが増えたことにため息が出ます。今日は見たいテレビがあったのになあ、と考えながら作業を進めることにしました。これでは先輩と話をするなんて夢のまた夢です。

しばらくすると、サチ先輩の尖った声が聞こえました。私は反射的に怒られる! と思い、背筋がゾッとしてしまいます。受け答えも怯えた感じになっていたでしょう。

「いつまでやってんの?」
とサチ先輩が顔を覗かせてすぐ、そう言いました。
「あの子校門から出て行ったけど、どこいったの?」
あの子というのはミナのことでしょう。

「なんか用事があるらしくて、先に帰ったみたいです」
「用事?」
荒げた語調のまま、サチ先輩は小さく鼻で笑いました。
「M先輩と腕組んで帰っておいて、用事とはねえ」

サチ先輩のその言葉に、私はドキドキしてきました。

耳が遠くなり、頭の中が真っ白になります。作業の手が止まり、一点を見つめたまま呆然としてしまいました。

「あんた、M先輩が好きだったんじゃないの?」
サチ先輩がそう言いながら、作業をしている私の横へ歩いてきました。
「どうして……」

顔をあげてサチ先輩の顔をみると、軽く笑いながら先輩はこう続けます。
「あんたみたいな子が、マネージャー希望するのって大抵憧れの人目当てなのよね。それにM先輩を見つめてるあんたの目、見てたらねぇ」

私は急に恥ずかしくなり、火照った顔を隠そうと再びうつむいてしまいます。
「ま、私もそうだったんだけどさ」
サチ先輩は作業を手伝いながらそう言いました。

「サチ先輩も、M先輩のことを?」
「そ。ダメだったけどね」
「そう……ですか」

「さ、早く片付けてさっさと帰ろう」
サチ先輩は作業のペースを早めて、そう言いました。先輩は手際よく作業を進めていきます。私とは段違いのスピードです。

「タオルなんて、ほとんど汚れてないんだから、サクサクやっちゃいなさい」
確かに、見ればどれもあまり使われた形跡がないものばかりです。サチ先輩の言うとおり、ちょっと汗を拭いたぐらいなんでしょう。

私はそれを見て、さすが先輩だなあと現実逃避していました。



サチ先輩によると、M先輩とミナが付き合っているかどうかは、まだわからないとのことでした。

というのも、M先輩はサッカーに集中したいから、という理由でサチ先輩の告白を断ったそうです。さらに今年受験を控えていて、恋愛には奥手だということでした。

そんな彼がポッと出のミナに惚れるわけなんかない、ミナの一方的なオシ恋だというのです。

ちなみにオシ恋というのは、一方的なアピールを含めた独りよがりの恋のことです。相手のことを考えずについて回り、彼女のように振る舞う片思いという意味でした。

男の子はよほど嫌いな女性でもない限り、チヤホヤされるのが嫌ではないみたいです。さらに表立って断ることができず、女の子のされるがままになっていることも多いそうです。

オシ恋は周りにアピールすることで、ライバルを蹴落とす効果があります。積極的な女の子はガンガンにオシ恋するという人が増えてきているそうです。

実際にそうやって私も蹴落とされたわけなので、効果は自分でもよくわかりました。
「よし。私たちで同盟組もうよ」

サチ先輩はそう言いだしました。しかし、同盟といっても具体的な方法は見当もつきません。

ですが、私から見ていろいろと経験豊富で強気な性格の先輩は、とても頼もしく見えたのです。

あれから私とサチ先輩の距離が近づきました。部活内では割となんでも一緒にやるようになっていました。それと同時にミナとは距離がひらくようになり、会話すらしないことも多くありました。

ミナと疎遠になることが、サチ先輩の同盟の作戦なのかはわかりませんが、とにかく仲間はずれ状態です。私は騙されて抜け駆けされたことに腹を立てていましたので、内心良い気味だと思っていました。

さらに月日が流れ、夏の大会前に行う合宿の日がやってきました。マネージャーの私たちも、もちろん参加します。

その頃には男子の部員メンバーとも仲良くなり、みんなで集団生活することが楽しみになっていました。中でも、M先輩と1つ屋根の下で寝泊まりするのは、乙女的にキュンキュンしてきます。

合宿が始まって最初の夜のことです。食事の席は男女で固まるように割り当てされていて、憧れのM先輩の隣などには座れませんでした。

私とサチ先輩は隣同士で食事をとることにしました。しかし、ミナはすこし離れた位置でひとり食事をとっています。

スマホを見ながらですが、心なしかすこし寂しそうに見えて、可哀想に思えてきました。その頃には、抜け駆けされた苛立ちはすっかり消えていたので余計にです。

思わず私はサチ先輩に、
「合宿期間中だけでも、ミナと3人で行動するようにした方がよくないですか?」
と、こっそり耳打ちしました。すると先輩は、

「私よりあの子の方がいいっていうの?」
そんなこと言ってないのに、と思いながらもめんどくさそうなので、弁解してその場を凌ぐことにしました。

私は単純に、あまり露骨な仲間はずれは、いじめと捉えられたり、部員は元より顧問に何か言われたりしそうだと思っただけなのです。

その後の入浴でも、ミナだけ一人はずれたところで過ごすことになりました。さらに決定的だったのは布団の敷き方です。

サチ先輩がそうしたのでしょう。私とサチ先輩の布団は夫婦かと思うぐらいピッチリくっつけられ、部屋のど真ん中に敷いてありました。それに対してミナの布団は、隅の方へ寄せられて、廊下側でポツンと敷かれていたのです。

私は、もしM先輩と上手くいってるのが自分だったら、ミナのような目に遭うのは私だったのかなと思い、すこし怖くなってしまいました。

とはいえ、サチ先輩にそのことを話すと、まためんどうなことになりかねません。どうしたものかと思案していると、
「なんだか喉渇いたわね」

なんて当てつけがましくサチ先輩が言い出しました。部屋には私とサチ先輩の二人だけで、ミナは入浴後から姿を見ていません。

どこかでM先輩とイチャイチャしているのかと思うと、胸の辺りがモヤモヤしてきました。私はミナたちを捜したい衝動に駆られていたこともあったので、
「自販機で何か買ってきましょうか?」

と提案しました。なにより、サチ先輩の露骨な嫌がらせを連続的に目の当たりにして、ちょっとうんざりした気分になっていたのもあります。

「そう? じゃあお茶買ってきて」
サチ先輩のその言い方とか、私がこう提案することを前提としていたかのような振る舞いで、「ああ、私はサチ先輩に利用されているだけなのかな」とぼんやり思いました。

部屋を出たあと、一階につづく階段を降りて玄関部へ歩いて行きます。私の記憶では自販機は玄関周囲と、入浴場の隣にある休憩室だけしかなく、玄関先の方が近かったからです。

もうすぐ自販機だというところまで辿り着きました。ミナの姿をキョロキョロと捜していると、思いがけない人物が見つかります。

そこに立っていたのはM先輩でした。ひとりで立っていた先輩は、私と目が会うとこちらへ歩いてきます。なんだか手招きをしていて、話があるようでした。

私は心臓が胸から飛び出てきそうなほどドキドキとしていました。手足はすこし震えていたと思います。

「ごめん、ちょっと良い?」
「あ、はい。なんでしょう」
たったそれだけのセリフを言うだけでも、呼吸のタイミングを見失ってしまって大変でした。

「ここじゃなんだから、ちょっと外行こうか」
と言って、私は先輩に連れ出されるように外へ行くことになりました。

建物の灯が届かなくなるぐらいのところで、M先輩は私の方へ振り返り、ちょっと真面目な顔をしてこう切り出してきたのです。



「ごめんね、いきなり呼び出したりして」
「い、いえ! ぜんぜん! 大丈夫です」

慌てて喘ぎながらそう口にしました。たぶん、変なヤツだと思われたに違いありません。

男子と二人っきりで話をしたことはなかったし、しかも相手は憧れのM先輩です。緊張しないわけがありません。気を失って倒れてしまうんじゃないかと思うぐらい動揺していました。

ですが、先輩の口から放たれた次のセリフは、違った意味で私をドキッとさせることでした。
「ミナのことなんだけど」

私の中でいくつかの思考が浮かびました。

これから何を言われるんだろう。そもそも二人は名前で呼び合う関係なんだ。とか、いろいろ浮かんでは消えていくような感じです。

「いじめられてるのかな?」
やっぱりそういう風に映っているようでした。それを憧れのM先輩が、しかも名前で呼び合う関係の人が、こうして質問してきてるわけです。

私は失敗したな、と思いつつも、小動物のような心を持つ自分なりに、精一杯サチ先輩に抵抗したことを思い出します。

なんとなく他に選択肢がなかったように思え、どう足掻いてもこうなったんだろうなと感じて絶望しました。
「あ、えっと……そういうワケじゃ」

そう答えるので精一杯です。しかしM先輩は自分のことのように嬉しそうに、
「ホントに?」

と聞いてきたのです。真っ直ぐ私を捉えてくるその瞳が、普段私に向けられていないことへのジェラシーを感じました。

それと同時に、「ああ、やっぱり私はこの人のことが好きなんだ」という再認識が入り交じり、その場にいたいような、いたくないような葛藤を迫られるようなものでした。

「実はさ、サチって」
急に話の矛先が変わったので、私は興味を傾けます。
「ちょっと変わっててさ」

ああ、確かに。
今回の合宿のこともそうですが、ちょっとやり過ぎなところがあると思いました。

「なんていうの。メンヘラみたいな?」
「な、なんとなく言いたいことはわかります……」
先輩の軽口にノせられて、思わずそう口走ってしまいました。

「でしょ? ぼくが2年のとき、サチに告白されてさ」
私は思わず黙って頷くだけです。

「告白される前からストーカーみたいなことされててね、怖かったんだ」
なんとなく、そんなことをしそうだと納得してしまいます。

「もし、サチにのせられてキミもいじめてるんだったら、話がしたいなーと」
「なるほど……」

当初の妄想とまったく違う展開で、ガッカリしたような気もします。しかし、ミナへの仕打ちに対して怒られたわけではなかったので、ちょっとホッとしました。

「ミナと、仲良くしてやってくれないかな?」
眉根にシワを寄せて、申し訳ないような表情のM先輩の顔でした。
「わ、わかりました」

憧れの先輩にそんな顔をされて、断れるわけがないのです。ジェラシーもありましたが、やっぱりいじめるのは性に合ってないというのもありました。

抜け駆けされたことに腹が立っていたことは事実ですが、とりあえずは過去のことです。今ではそこまで苛ついた感情はありません。

と、そこまで考えてからひとつの疑問が浮上してきました。

「あ、あの……M先輩とミナって付き合ってるんですか?」
思わず聞いてしまいました。ここまで話を聞いていれば、聞かずともわかるようなものですが、私の中でしっかりあきらめる理由が欲しかったのです。

「え?」
「なんか、すごく仲がよさそうなので……あと、名前で呼び捨てだったりとか」
「あ、ああ。知らなかったんだ」

と先輩は一瞬驚いたような表情を見せたあと、こう続けました。
「ミナは従妹だよ。ぼくら、いとこなんだ」
「あー……そうだったんですか」

「家も近くて、幼稚園の頃からの付き合いでね。こないだも親戚のお通夜に一緒に行ったりしたぐらいだし」
詳しく聞いてみると、どうやらミナが「用事がある」と言って帰った日のようです。そこまで聞いて自分の誤解が判明し、まだチャンスがあることもわかって急に元気が出てきました。
「だから、いじめとかあるようなら放っておけなくてさ」

「それは、そうですよね」
従兄妹とはいえ、M先輩に大事にされているミナがうらやましく思えました。ですが、ここでしっかりポイントを稼いでアピールしておかないといけません。

「これからは、ミナと仲良くなれるようにしますので、心配しないでください」
「悪いけど、じゃあ頼むよ」
「はい!」

「……じゃあ、もどろっか」
「そうですね」
「一緒に戻って誰かに見られるとアレだろうから、先に戻ってていいよ」
そう言って、私を先に部屋へ帰るように促しました。

M先輩のちょっとした心遣いに嬉しく思いながら、さしあたっての問題に頭を悩ませます。

サチ先輩にどう話せばいいのか、これからミナを仲間はずれにしないようにするにはどうすればいいのか、さっぱりわかりません。どう考えても、私がサチ先輩の攻撃対象になってしまうイメージしか思い浮かびませんでした。

そんなことを考えながら二階への階段を上がっていくと、階段の先に二本の白い足が見えてきます。

ふっと顔をあげた先にあったのは、般若のような形相のサチ先輩です。
その瞬間、私はM先輩と話をしているところを見られたと察しました。
「どこいってたの?」



とげとげしい声でサチ先輩は言い放ちます。鋭利な刃物のような言葉で、ざっくりと斬られてしまった気分です。ショックで怖くなり、何の言葉も思い浮かびません。

「もう一度聞くわね。M先輩と何してたの?」
完全に見られていたようです。話をしていただけなのですが、それはミナとサチ先輩の話なわけで、サチ先輩の気分を害さないように、それを説明できる気がしません。

そんなことを考えている私を見透かしてか、
「ふーん、なるほど。覚えておきなさいね」

そう言い残してサチ先輩は部屋へ戻っていきました。とはいっても、私も戻る先は同じ方向です。このまま逃げ回るわけにもいきません。

そしてこのタイミングを逃すと、部屋に戻る勇気が完全に萎えてしまいそうだったので、黙ってサチ先輩の後ろをついていくように歩きました。

このときほど、部屋にミナがいてほしいと思ったことはありません。今の空気でサチ先輩と二人っきりというのは、小動物のような私には耐えられそうもなかったからです。

そうしてサチ先輩が部屋の襖を開きました。正面突き当たりにある、窓際の椅子に腰を掛けていたミナが、こちらに目を向けてきます。

私はホッとしながら心の中でミナに感謝します。しかし、ミナはスッと視線を外して、窓の向こうに広がる闇を眺めていました。

山の中にある施設なので、夜景がキレイというわけでもなく、木々に囲まれた夜は、墨汁を一面に塗りたくったような暗闇そのものです。その闇に視線を向けたのです。

私たちを見ているぐらいなら、暗闇を見ている方がマシという心の表れでしょうか。

ミナにしてみれば、いつもと同じ態度だったのでしょう。しかし、M先輩にミナと仲良しになるミッションを受けていた私に、その対応はつらいものがありました。

その直後、想像を絶する光景が広がります。

するすると、サチ先輩は部屋に入っていきます。真っ直ぐ歩いて行き、窓際に到達しました。

ミナの向かいの椅子に腰を掛けて、さっきまでの態度を忘れたかのように、
「ねえ、ミナ。今日は一緒に寝ましょうよ。あの子なんて放っておいてさ」

サチ先輩が、何の脈絡もなく……いや、私がいない間に二人は仲直りをしていたのかもしれません。ですが、少なくとも数時間前のわかりやすい仲間はずれを見ている者からすると、あまりにも想像できない姿です。

非現実すぎて、映画やドラマを見ているような感覚に陥ります。ふと、視線を下ろして布団に向けてみました。いつのまにか私の布団が廊下側に寄せられ、ミナとサチ先輩の布団がピッタリとくっつけられていました。

それを見て私は「裏切られた!」と思ってしまいました。でも、よくよく考えれば、先に裏切ったのは私の方だったのかもしれません。

私は、先輩の露骨すぎる態度を見て、急激に興味を失いました。なんかもうどうでもいいやと思い始めたのです。

こんな人に振り回されていたのかと思うと、自分で自分に嫌気がさしてきます。同時に、これまでミナに対してしてきたことが、これから自分に降りかかることを思うと陰鬱な気分になってきました。

小さくため息をついて、サチ先輩とミナを無視するように自分の布団に潜り込もうとしたときです。

「やめてもらえません?」
ミナの言葉でした。彼女はサチ先輩を真っ直ぐみて、ハッキリとそう言ったのです。
「な、なによ。今まで仲間はずれしたの、怒ってるの? それなら謝るからさあ……」

「ホントやめてください。何があったのかしりませんけど、そんな露骨な人間なんて信用できるわけないじゃないですか」

3人しかいない部屋に、ピリピリとした緊張が走ります。他に物音がしないため、二人の、特にミナの尖った声が部屋中に響きます。

「ちょっと気にくわないことがあったら、そうやって無視や仲間はずれにしようとする人間、私は絶対許しませんし、信用もできません」

私も当事者のはずですが、まるで他人事のようにミナをカッコイイと思って見つめていました。対するサチ先輩は気圧されたようで、ちょっと引き気味になって何も反論しません。

「私は先輩みたいな人と仲良くするぐらいなら、一人でいる方を選びますから」

ずっと思っていたことを、ズバズバと言えてしまうミナに見とれてしまいます。自分自身をしっかり持ってるから、こんなつまらないイジメなんて相手にしない人なのでしょう。

同い年なのに、恥ずかしくて仕方ありませんでした。

「サチ先輩、部員の人からなんて言われてるか知ってます? 教えてあげましょうか?」

サチ先輩は喉から絞り出すようなかすれ声で、「なによ……言ってみなさいよ」と返します。しかし言葉がどれも弱々しく、情けないほど小さな声でした。

ミナの口から発せられたサチ先輩の陰口は、どれもキツいもので、私なら登校拒否になってしまいそうな言葉ばかりです。

部員たちから心よく思われていない原因に、過去のマネージャーをいじめて辞めさせた話とか、明らかにM先輩をひいきしている話とか、仕事自体が雑なことなどが挙げられていました。

その中には、サチ先輩は菌のような扱われ方をされていて、「サチ先輩が洗ったタオルは使われない」という話もありました。

M先輩は過去にそんな部員たちを注意したそうです。しかし、いまもM先輩に隠れて、サチ先輩は部員たちに「汚いもの」として扱われているそうです。

部員のみんなは、今、私とミナのふたりで洗濯を担当していることを知りません。使わないまま洗濯籠に戻されていたせいで、どのタオルも使われた形跡がないのだと推測しました。

ミナの言葉をすべて聞き終わる前に、サチ先輩は部屋を飛び出していったのでした。



先輩が飛び出して行ったあと、部屋がシンと静まりかえりました。

「なんかごめんね、せっかくの合宿なのに」
「い、いや……私の方こそ」

今まで無視してごめん、が言葉に出ません。本当に自分の弱さとつまらないプライドに嫌気が差します。

ですが、ミナはフフッと笑うと、こう言いました。
「Mくんのこと、好きなんでしょ?」

私は大きすぎるぐらいにギクリと反応してしまいます。
「隠さなくていいって。見てたらわかるし」
ミナは明るくケラケラと笑いながらそう言いました。

「私がMくんと仲良くしてるのをみて、怒ってたんでしょ?」
すべてお見通しのようです。もはや、ぐうの音もでません。

「ごめん……無視とかイジメは好きじゃないんだけど……流されちゃって」
「うん、大丈夫。私も小学校の頃、経験あるから」
「そうなの?」

「仲良かった子なんだけどね。ちっちゃい頃って何がキッカケでイジメになるかわかんないじゃん? 理由なんて覚えてないぐらい小さなことだったと思う。でも、クラスの勢いに逆らえなくってさ」

耳が痛い言葉でした。ミナの言葉は、ひとつひとつに重みがあり、私の身体にのし掛かってくるようです。
「その子、自殺しちゃったんだ」

耳がキーンとしました。頭がぼうっとして、何も考えられません。

何を言えばいいのかもわからず、どうすればいいのかもわかりません。その場にとても居づらいような気持ちになりました。

「しかも、Mくんの初恋の子だったの。その子」
何かとても重いものが振り下ろされたような衝撃でした。頭が揺らされているようで、気分が悪くなってきます。

ミナはどうしてそんなことを私に話すのだろうか。
「だから、私もMくんも後悔してて、イジメは絶対に許さないって決めてるんだ」

「なんか、ごめん……ホントに」
「いいよ。私が責められる立場でもないから」
「でも、どうして……私にそんな話をしたの?」

私の疑問が部屋を再び沈黙で包みます。

「私、Mくんのこと好きだよ」
ミナがそう言いました。なんとなくわかっていましたが、改めて言われるとどう対応していいのかわからなくなります。

「本気で好きだから、譲ったりできないけど」
「うん……」

「でもだからって、あきらめてなんて言わない。Mくんがあなたを好きならそれでいいし、ちゃんとあきらめる」

なんて強い子なんだろうと改めて感心しました。そう思っていても、口に出すのはまた勇気がいることだと思います。

誰だって、好きな人はひとり占めしたいものです。理性ではあきらめてもらえないことがわかってても、どこかで願ってしまうはず。

でも、ミナはそのことを正面から堂々と話してきたのです。

「昔のことがあるから、告白はできなかったけど……そろそろ言おうと思う」
どきり、としました。この子は一体なにを言っているのだろうか。私にどうしてほしいのだろうか。

「だから、正々堂々勝負しましょう。陰口とか陰険なことはせずに」
ミナは私のところへ歩いてくると、すっと握手を求めてきました。

私は小さく頷くと、彼女の手を強く握りました。

あれから、サチ先輩は部屋に戻ってきませんでした。気分が悪いだとかで翌日に帰ってしまい、そのまま部活に来なくなったのです。

そうして、夏の全国大会が終わりました、成績は芳しくなく、最後の試合となった3年生は、泣きながら部活を引退していきました。

M先輩は最後まで部活に残り、後輩の育成に当たっていました。ですが、いよいよ受験に本腰を入れるそうで、部活に出るのも最後の日となりました。

私はその日に焦点を絞り、M先輩を校舎裏に呼び出します。
「初めて会ったときから、ずっと好きでした」

恥ずかしかったのはありますが、腹をくくってたので、もう何も怖くはありませんでした。
先輩の返事は、

「ごめん」

予想どおりだったので、あまり悲しくはありません。
「あの……もしよかったらでいいんですけど」
「うん」

「理由を聞かせてほしいなって」
あなたの口から聞かせて欲しい。それなら、ちゃんとあきらめられる気がする。

「勉強に集中したいとか……?」
「なにそれ? そんなしょうもない理由で断れないでしょ」
「でも、サチ先輩のときは」

「ああ、あのときはカムフラージュというか、方便というか……ほら、サチってストーカー気質あったじゃん? だから、好きな人がいるって言ったらその子が狙われるんじゃないかって……あっ」

先輩は気まずそうに口ごもりました。
「やっぱり、そうなんですね」
「うん、ごめん。好きな人がいるんだ」

「ちなみにその人って……」
「うん。ミナのことなんだ」

そっか、と私は胸のつかえが取れた気分になりました。
ふたりの間に、最初から私が入り込む余地はなかったのです。

あまり悲しくはないけれど、全然悲しくないわけじゃなくって、モヤモヤはするんだけど、どこかスッキリした気もして、なんだかよくわかりません。

そんな私を喜ばせるようなことを、先輩は言ってくれます。
「あのさ、初めて会ったときって、あの校舎で迷子になってたとき?」
冗談っぽく笑いながら先輩は言い出しました。

「覚えててくれたんですね」
「そりゃあね。可愛い子だなって思ってたから」
先輩、それはダメです。フラれたのにキュンとしちゃう。

「もし、ミナより先に出会ってたら、わかんなかったと思う。だから、嫌いとかじゃないから……できれば、これからもミナと仲良くしてあげてほしい」

当然ですよ、先輩。
私とミナは、あれ以来なんでも話し合う関係になっていました。

この告白も、今日ふたりで順番に告白することになっていたのです。
ジャンケンで勝った方が先にしようという話になり、私は勝ちました。

この後、先輩は帰ろうとすると校門でミナに捕まるはずです。
決して抜け駆けせず、あくまでフェアに戦い、私は敗れました。

もし、私と先輩がうまくいっていたら、ミナに後ろめたい気持ちを抱きながら付き合っていたでしょう。

ミナと私の性格は違いますが、ミナもそのように感じていたのかもしれません。

ミナとM先輩は、数年後に結婚しました。
ふたりとは今でも付き合いがあり、年に何度か泊まりにいくこともあるぐらいです。

ミナが、私の初恋の相手をずっと好きでいてくれたことに感謝しています。
ふたりの幸せそうな顔を見ると、私まで幸せな気分になってきます。

周囲で溢れかえる離婚率に負けず、添い遂げてくれればいいなと心から思っています。

友人として初恋の人と親友の幸せな顔を、一番近くで見ていられる関係も、なかなか悪くないなと思いました。

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