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第百五十一話 イーナの告白

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 この日が遂に来てしまった。
 いつか来るのは分かっていた。
 それでも、セイ兄さんはずっとこの屋敷にいるんだって、そう思っていた。
 なのに……セイ兄さんは外に出て行ってしまう。

 セイ兄さんのお祝いで伝えられたのは、セイ兄さんがある事業を引き継ぐ為にそこで修行をするという話しだった。
 それに伴い、セイ兄さんはこの屋敷から出て仕事場の近くで一人暮らしをするらしい。
 セイ兄さんはこの屋敷で執事をするんじゃなかったのかと、直接聞いたら、セイ兄さんは執事がしたいわけじゃなくて、サイリール兄さんの役に立ちたいから、これでいいんだと笑顔で言われてしまった。

 どうしよう。
 だって、セイ兄さんはずっとここにいると思ったのに。
 いつだって、ずっとそばにいると思っていたのに。
 私は苦しくなってぎゅっと胸元の服を握り締めた。

 私の気持ちを知ってるリーアとエリーが私のそばにきて心配してくれた。

「イーナ姉さん、大丈夫……?」

 眉尻を下げて心配気に声をかけてくるエリー。

「うん……大丈夫、大丈夫よ。私は平気……」

 そんな私を黙って見ていたリーアが静かに、だけど力強く私に問いかけた。

「イーナちゃん、いいの?それでいいの?黙って送り出すの?」
「だって……どうしたらいいの?まだ一緒にいれると思ってたの。だから……」
「ねぇ、イーナちゃん、しっかりしなよ。分かってるんでしょ?どうすればいいか」

 リーアの言葉に私は黙り込んでしまう。
 そんな私を見たリーアは怒ってしまう。

「もういい。イーナちゃんなんて知らないんだから!」

 ハッとして彼女を見ると、目元には涙をためていた。
 そのままリーアは部屋を出て行ってしまう。
 エリーはおろおろしつつも泣いて出て行ったリーアを追いかけていった。
 私は情けない自分にガックリとしてしまう。
 どうしてこんなにうじうじしてるんだろう。
 本当は分かってるの、どうすればいいか。どうすべきなのか。
 だけど、セイ兄さんを見てしまうと、まるで口が縫われたように開かなくなってしまう。

 でも、そう。そうよね。
 ずっとそばにいると思って、私はそれをいい訳にずっと引き伸ばしてきた。
 リーア、ありがとう。ごめんね。
 心の中でリーアに謝った私は、セイ兄さんに私の気持ちを伝える決心をした。
 ここで引き伸ばせばまた言えなくなってしまう。

 パーティも終わり、それぞれが雑談をしている。
 ちょうどセイ兄さんは一人だった。

「セイ兄さん、お疲れ様。今いいかな?」
「ああ、イーナ。どうした?」
「ちょっと、庭に出ない?少し歩こうよ」
「おう、いいぞ」

 私はセイ兄さんと共に庭へと出て行った。
 庭に出て少し歩くと、セイ兄さんから声をかけてきた。

「さっきさ……なんか、リーアとケンカでもしたのか?」
「あ……うん……私がうじうじしてるから、リーア怒っちゃった」

 セイ兄さんは心配気にこちらを見ている。

「でも……、大丈夫。後でちゃんとリーアに謝るから」
「おう、そっか。うん、それならいいんだけどさ」

 庭の中ほどまでやってきた。
 ここは私のお気に入りの場所だ。
 さらさらと噴水の水音が気持ちいい。
 噴水の周りには青い薔薇が咲いている。

「少し、座らない?」

 私がそう声をかけるとセイ兄さんも頷いて噴水のそばにある椅子に二人で腰かけた。
 私は今、心臓がドキドキして破裂しそうになっている。
 だけど、リーアに背中を押されたのだ、頑張らないと。

「セイ兄さん……」
「ん?」

 私はぎゅっと目をつぶり、胸元で手を組む。

「セイ兄さん、私、兄さんの事が……好き。大好き」

 目を開けてセイ兄さんを見る。
 兄さんは困惑しているように見えた、私はそれを見て胸が少し痛くなる。

「好きなの、ずっと好きだった。大好きなの。大好き」

 今度はしっかりと、セイ兄さんの目を見て告げる。
 セイ兄さんは私の本気を感じてくれたのだろう、真剣な顔になった。

「ありがとう、イーナ。でも……」

 そこで私は、ああ、ダメなんだなって思った。
 きっと続く言葉は、でも、妹としか見ていない、なんだろう。

 昔からずっとそうだった。
 セイ兄さんは常に皆の兄だった。
 私達を支え、引っ張り、いつも「兄」であり続けてくれた。
 最初は私もそんな「兄」であるセイ兄さんをとても尊敬していた。
 だけど、いつからだろう、セイ兄さんを「兄」ではなく一人の男の子としてみるようになったのは。
 気づけば、いつもセイ兄さんの姿を目で追っていた。
 セイ兄さんが喜んでいると私もとても嬉しかった。
 セイ兄さんが悲しげにしていると、私もとても悲しくなった。
 セイ兄さんにかわいいと褒められると、嬉しくてでも恥ずかしくて、幸せな気持ちになった。

 いつからか、その気持ちが恋だと気づいた。
 そう気づいて、私は今までの自分の気持ちにストンと納得がいった。
 気づいてしばらくは、セイ兄さんと言葉を交わす事がとても恥ずかしかった。
 だけど、言葉を交わすと、私は、心が温かくて、幸せで、とても嬉しくなった。

 今、そんな私の恋は終わりを迎える、そう思っていた。

「でも……その言葉は俺に言わせて欲しかったな」
「えっ……」
「イーナ、俺もおまえが好きだ。イーナが成人したら、俺と結婚して欲しい」

 セイ兄さんの言葉を聞いた私は、目を見開き、ぽろぽろと涙を零すばかりだった。
 だって、終わりだと思っていたのに。

「イーナ、これ、受け取ってくれないか?」

 そう言ってセイ兄さんが差し出したのは、手の平に乗る箱に入った、小さな宝石がついたかわいい指輪だった。

「先にイーナに告白されちまったけどさ、今日この後、イーナを呼び出して告白するつもりだったんだ。あまり高い宝石を買えなくてごめんな。今はこれが精一杯なんだ」

 指輪をいれた箱を差し出したまま、セイ兄さんはそう告げてくる。

「ううん、ううん。嬉しい。とっても、嬉しいよ。ありがとうセイ兄さん」

 私は涙を流しながらも、セイ兄さんから指輪の入った箱を受け取った。
 セイ兄さんが指輪を持って、私の左の薬指にはめてくれる。
 指輪は、私の左の薬指にぴったりとはまった。
 小さな、青い宝石が月の光りに照らされて、キラキラと輝いている。
 こんなに美しい物は初めてだ。

 私が指輪に見惚れていると、セイ兄さんは少し照れていたが改めてこちらを向き直った。

「イーナ、好きだ。愛してる。イーナが成人したら俺と結婚してくれるか?」

 そう聞いてくるセイ兄さん。
 私の答えは決まっている。

「はい……宜しくお願いします」

 セイ兄さんがぎゅっと私を抱きしめる。
 私は幸せで胸がいっぱいだった。

 兄さんと見つめ合い、私は静かに目を閉じる。
 私の唇に、そっと触れるセイ兄さんの唇、少し震えている気がしたけれど、それは私なのか、兄さんなのか。
 長いような短いような、そんな口づけ。

 唇が離れた後は二人して顔を赤くしてしまう。
 だけど、握った手は離さない。
 いつまでも、永遠に。
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