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第百七十六話 サーシャの悩み

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 サイリール達がダンジョン攻略に行き始めて数日が経ったある日、サーシャは授業がお休みの日だった。
 本当なら、アソートを誘ってどこかの街へデートに行くつもりだった。
 当然アソートはデートではなく妹とお買い物と思っているのだが。
 サーシャは、兄への気持ちを愛に昇華していたのだ。

 だが、実際はアソートは朝食が終わるとなんだか楽しそうにサイリールとダンジョンへ向かう。
 そんな楽しそうなアソートにサーシャは一緒にお買い物に行こうなんて、声をかけられなかったのだ。
 サーシャはすでにもう11歳、もうすぐ誕生日がくれば12歳になる。
 そう、見た目だけで言えばアソートと同じ年齢になるのだ。
 今後は、アソートを追い越す一方になってしまう。

 サーシャは思い悩んでいた。
 アソートの事は好きだし、出来れば結ばれたい。
 しかし、アソートの見た目は12歳のまま、だけど自分はこの後も成長していってしまう。
 いっそ、自分もサイリールにお願いして闇の体にしてもらうべきか。
 そうすれば、寿命だってなくなる。
 ずっと永遠にアソートと一緒にいる事が出来る。
 体だって、現時点ではまだ小さいものの、胸だって膨らんできているのだ。
 だけど、出来れば、大人の女性の体になって、アソートに愛されたいという気持ちもある。

 ふぅと溜息をつくと、部屋に一緒にいたファニーが声をかけてきた。

「どうしたの?お姉ちゃん」
「うん……」
「お兄ちゃんの事?」

 そう、実の所少し前にファニーはサーシャにサイリールを愛している事を打ち明けていたのだ。
 それを聞いて驚いたものの、サーシャもアソートが好きだという事を打ち明けている。

「うん……。どうしたらいいんだろう。ファニーはもう決めてるんだよね?」
「ええ、決めているわ」
「私はどうすればいいのかしら」
「お姉ちゃん……」

 さすがに姉であるサーシャの抱える気持ちにはファニーも言葉を返せない。

「ごめんね、ファニー。こればっかりは私が悩んで結論を出すしかないのよね」

 ファニーと一緒に作っていた刺繍を机に置くと、サーシャはぐっと体を伸ばし、ソファーに体をあずけた。
 隣ではファニーが刺繍を続けている。
 そんなファニーを眺めながら、サーシャは再び自分の思考の海に潜り込んでいた。

 結論を出そうとしても、同じ考えがぐるぐると頭を回る。
 今の姿で時を止めるのか、大人の姿で時を止めるのか。
 結局のところ、サイリールに体を作り変えてもらう事自体はサーシャの中では決定事項ではあるのだ。
 ただ、アソートに愛してもらうには自分の姿が今ではなく大人の姿でなければ難しいだろうと、そう思うのだ。
 だけど、アソート自体は12歳の少年の姿のままである。
 仮にアソートと結ばれても、自分は大人の女性、アソートは12歳の少年だと、誰もが夫婦とは見ないだろう。
 それならば幼いかわいいカップルとして今の姿で、と思わなくもないのだが、子供のままではきっと結ばれる可能性は低い。
 結局サーシャはその部分でぐるぐると同じ事を考えてしまい結論が出せなかった。

 夕食の時間となり、アソートの隣に座ったサーシャは楽しい時間を過ごした。
 アソートはダンジョンでの出来事を面白可笑しく話してくれる。
 今日はモンスターのパーティ2つと同時にぶつかり、随分忙しかったようだ。
 それでも、とても楽しそうに話している。
 そんな楽しそうなアソートを見て、サーシャはとても幸せだった。
 同時に切なかった。

 夕食も終え、アソートは今日は早めに寝るらしい。
 談話室に行かずに自室へ戻るようだ。
 ちょっぴり寂しかったが、少し都合も良かった。
 サーシャはサイリールに声をかけた。

「パパ、ちょっといい?」
「ん?どうしたんだい、サーシャ」
「ちょっと相談があるの、二人で話せないかな」
「?うん、いいよ」

 サーシャはサイリールを伴って庭に出た。
 今はもう夜になるとだいぶひんやりとしている。
 中央噴水までいくと、ガゼボではなく、噴水のそばのベンチの一つに腰をかけた。
 サイリールも同じベンチに腰かける。
 しばしの間、噴水の水音だけが続いた。
 サーシャが話し始めるのをサイリールは待っているようだ。

「……あのね、パパ……」
「うん、なんだい?」
「あの……私ね……」
「うん」

 俯いていたサーシャはぎゅっと一回目を閉じると顔を上げてサイリールを見た。

「私、お兄ちゃんが好きなの。兄としてじゃないの、男性として」

 サーシャの告白にサイリールは目を開いて驚く。
 再びサーシャは俯いてぽつぽつと話し始めた。

「まだ、お兄ちゃんには言ってないの。本当は、ずっと言うつもりはなかったの。でもね、セイ兄さんとイーナを見て、私達も本当の兄妹じゃないんだから、私もって、そう思ったの」
「うん」
「あの、あのね、私、まだどちらかは決めていないけど、一つだけ決まってる事はあるの、聞いてくれる?」
「ああ、聞くよ」

 チラリと見たサイリールは優しく微笑んでいた。

「私、パパに体を作り変えてもらうつもりでいるの。もしお兄ちゃんが私の告白を断っても、私諦めない、諦めたくない。だって好きなの。ずっと好き。お兄ちゃんに振り向いてもらう為にずっと頑張る。それに、一人先に命を終えたくないの。ずっと一緒にいたい」
「……」
「だからね、パパ。今の姿か、大人の姿かは決めていないけど、いずれ私を作る事だけは了承して欲しいの」
「そう……か。でもいいのかい?作り変えてしまえば、もう死は訪れない。永遠の時を生きる事になるよ。親しい友人も、みんな、先にいなくなる」

 真剣な目をしたサイリールの言葉に、サーシャはコクリと喉を鳴らす。
 しかし、サーシャは目の光りを強め、サイリールの言葉に頷いた。

「うん、分かってる。お兄ちゃんと一緒に生きたい。それに、パパも一緒でしょ?」
「はは。そうだね、僕も一緒だ。うん、サーシャが覚悟が出来ているならいいよ。後は君次第だ」
「うん、ありがとう、パパ」
「サーシャ、さっき言ってたけども子供か大人の姿で悩んでいるのかい?」
「うん、本当はね、大人の姿がいいの。子供の姿だと、きっとお兄ちゃんは振り向いてくれない気がするから。だけど、お兄ちゃんは子供の姿のままだから……」
「そうか……」

 しばらくサーシャをじっと見たサイリールが口を開いた。

「……調べてみないと分からない、けど、あの体に移ってからだいぶ経つ。もしかしたらアソートの魂は器に合わせて育っているかもしれない。そうだとすれば、アソートの体を青年にしても魂は定着できると、思う」

 サイリールの言葉にサーシャは驚いた。

「本当?そうなら私、すごく嬉しい」
「うん。アソートにそれとなく肉体について話してみるよ。あの姿を気に入ってはいるが、やはり子供の姿というのは中々に不便だと以前こぼしていたからね」

 そう、全てではないけれど、アソートが溢した内容には、確かに不便だという言葉もあった。
 実の所、段々と大人になって、自分を追い越して行く子供達を見て、アソートは少し寂しそうにしていたのだ。
 それを一度ぽろっと溢した事がある。
 その時は魂を見る暇もなくアソートが忘れてくれと言ったので魂を調べていないのだ。

「さて、それじゃあ中に戻ろうか、サーシャ。体が冷えてしまうよ」
「うん、ありがとうパパ」

 二人は屋敷へと戻って行った。
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