上 下
255 / 288

第二百五十五話 人手不足

しおりを挟む
 忙しく動き回るセドリックを呼び止めるのは気が引けるが声をかける。

「セドリック、すまない。少しいいかい?」
「はい、旦那様。何でございましょう?」

 セドリックは忙しくはあるが、基本的にはサイリールが最優先なので、他の者でも出来る仕事であれば他の者に任せる事にしているのだ。
 どうしても自分でなければならない時でも余程でない限りサイリールが最優先である。
 とはいえ、セドリックかエルヴィンのどちらでもいい場合は忙しくなければ自分が、忙しい場合はエルヴィンにお願いするという事にしているのだ。

「すまないな、先程ライナー達と話しをしてね、彼らも来てくれる事になったんだ。そこで彼らの住居はどこがいいかと思って」
「なるほど、そうでございますね。基本的には親族区画と申しますか、実のところリューベックの旦那様の屋敷にほど近い区画をひとつご用意してございます。セイの家がある区画でございますね」
「ああ、あそこ人が入ってないと思ったけどそういう事かい?」
「ええ、子供達とライナー様達の分を予めご用意しております。家の大きさも皆同じ大きさですのでどの屋敷でも問題ございません」
「そうか、ありがとう、セドリック。先にユッテとベティーナだけ引っ越すそうだから、隣同士の家の手配をお願いしてもいいかい?」
「はい、承知致しました。お任せください」
「うん、ありがとう。頼むよ」

 そう言うとセドリックは深く頭を下げてから辞去した。



 2日後、エアストの所属員から連絡があった。
 意思確認をしていた貴族の所にいた弱い闇の住人のうち数百人が移住する意思を固めたのだそうだ。
 十数名は残るようではあるが、残る者に関しては記憶の書き換えを行う予定である。
 残る者に関しては今後の保障は出来ない事を伝えているので覚悟の上であろう。

 連絡を受けたサイリールは再び保護施設へ向かった。
 保護施設に入ると、所狭しと闇の住人がいた。
 すでに全員治療と説明を終えており、あとはサイリールによる肉体の作り替えを待っている状態である。

「マスター、お待ちしておりました。あちらの部屋でさっそくお願い出来ますか?」
「うん、了解した」

 そこから数時間かけてサイリールは数百人をすべて作り替えた。

「ふぅ。これで全員だね」
「お疲れ様でした、マスター」
「うん、皆もお疲れ様。後少し宜しくお願いするね」

 サイリールの労いの言葉に全員が笑顔を見せた。

「はい、お任せください」

 保護施設を出て屋敷に戻ったサイリールはエルドラド大陸でも闇の住人が生まれるのかの調査、それにレムリア大陸で生まれる闇の住人達を保護していくのにどう考えても人手が足りないという事を考えた。
 エアストを取り仕切っているのはセドリックとエルヴィンなので、とりあえず二人に回線を繋ぎ声をかけた。

『すまない、セドリック、エルヴィン、今手が空いてるのはどっちかな?エアストについて相談があるんだ』
『エルヴィン対応は可能でしょうか?』
『はい、問題ありません』
『旦那様、私は今手が離せませんので、エルヴィンがお伺い致します。申し訳ありません』
『いいや、色々と任せてすまない、セドリック』
『とんでもない事で御座います、忙しいですが非常に充実しておりますので』
『そうか。良かったよ』
『はい。では失礼致します』
『うん、ありがとう』
『どちらにお伺い致しましょうか?』
『そうだね、リューベックの屋敷の執務室にいるからそこでいいかな?』
『はい、すぐに参ります』

 そこから数分もしないうちにエルヴィンがやってきた。

「お待たせ致しました」
「ううん、忙しい所すまないね」
「とんでもない事で御座います」
「さっそくで悪いんだが、相談についてなんだけど」
「はい」
「僕は今後もレムリア大陸で不意に生まれてしまう闇の住人達や孤児を救いたいんだ。それを出来るだけの場所があるからね」
「はい、素晴らしい事かと思います」
「それと、エルドラド大陸でも闇の住人が生まれるかの調査もしたいんだ。そうなるとエアストの人員が足りないかなと思ってね。百人では全てを監視出来ないよね?」
「そうでございますね、小さい町なら一人で使い魔を数匹放っておけば問題ありませんが、大きい街や都市となりますと三人、または五人はいないと監視しきれない部分があるかと思います」
「そうだよね、とはいえ、こちらでも活動してもらう人員も必要だし、どのくらい作ればいいだろうか?」

 サイリールの質問にエルヴィンは顎に手を当てて少し考えこんだ。

「そう、ですね……余裕を持って五百名いれば大丈夫かと思われます」
「なるほど。レムリア大陸での活動が主になるから全員人型で作ろうか」
「ええ、それでいいと思うのですが……少し質問があるのですが、宜しいでしょうか?」
「うん? なんだい?」
「例えばですが、自分で見た目を変えれたりするようには出来ないのでしょうか?」
「ふむ。使い魔のように自由に自分で体を変えれるようにという事だよね?」
「はい、それが可能でしたら闇の住人に接触する時楽かと思いまして」
「そうだね……ちょっと待ってね」

 そう言うとサイリールは手から闇を生み出し簡易な人型を作って少しいじりはじめた。
 数分程して闇をしまうとエルヴィンに声をかけた。

「うん、大丈夫そう。とはいえ、変えれるのは簡単な部分、例えば、人間の耳を消して動物の耳とかを生やしたり、尻尾を生やしたりくらいかな。後おおまかに、顔の見た目を少し変えれると思う。目の色とか、目の形や鼻の高さを少し変えたり、唇の厚さを変えたり程度だけど」
「それは良いかもしれません。長くあちらで活動する際、見た目を変えれますと覚えられにくく活動しやすいかと思います」
「ふむ、そうか。エアストの人員は皆そうした方がいいかな?今いる人員も」
「そうでございますね、あると便利かとは思います」
「ふむ……うん、じゃあそうしてみるよ。とはいえ、エアストの今いる人員は皆忙しいよね?」
「そう、ですね……毎日10名程交代でなら問題ないかと思われます」
「そうか、じゃあエルヴィン忙しいと思うけど任せてもいいかい?」
「はい、問題ございません。すぐに手配して準備致します」
「うん、あ、あと、新しく作る五百名に関してどうしようか」
「エアストから人員を割きますので気になさらずお作り下さいませ」
「そうか、ありがとうエルヴィン。すまないね」

 サイリールの言葉にエルヴィンはにこやかに笑みを浮かべた。

「いいえ、私もセドリック同様楽しんでおりますので問題ございません」
「はは。そうか。エルヴィンも何か必要な事があれば言ってくれ」
「はい、有難うございます」

 そこから1ヶ月、サイリールはエアストの所属員の一部機能の作り替え、そして新しく五百名を作る作業にかかり切りになった。
 さすがにこれまでとは違い、少し細かい調整のいる作業なので作るにしても他にもする事があるので、毎日10名の作り替えと、新しく15名を作るのが限界だった。
 それでも時間がとれた時は一斉に作り上げたりもした。

 そうして1ヶ月後、無事に全員の作り替えと作成が終わった。
 新しく作られた五百名は両大陸の都市や街、そして小さい町をあてがわれ、そこに自分の使い魔を放った。
 今後新しく生まれる弱い闇の住人や強い闇の住人全てに声をかけ、肉体の作り替えを条件として勧誘していく。
 肉体を作り替えると見た目のみがそのままで能力はすべて失う事になるので嫌がる者もきっといるだろう。
 サイリールとしては無理強いをするわけではないのでその後の保障は出来ない旨を伝え自由にさせるつもりだ。
 あくまでも救ってはあげたいが本人の意思次第である。
 もちろん拒否した者の記憶は改ざんする事にはなる。
 とはいえ、このエルドラド大陸で生まれた場合、十分に説明した上でそれでも拒否した場合は記憶を書き換えた上でレムリア大陸に移ってもらう事になるけれど。
 その後どんな運命を辿ろうともそれは仕方のない事だ。
 エルドラド大陸で自由にさせてあげたくはあるが、それを認めてしまうといずれレムリア大陸と同じになってしまう。
 それ程に彼らの習性は強い。なので、そこは厳しくせねばならないのである。

 レムリア大陸での現状はスラムの奥深くに住んでいる、殺人を犯した事のない強い闇の住人と、殺人を犯していてもその時の状況次第で問題がないと判断した者には声をかけており、数名が肉体交換の条件を飲んですでに移住してきている。
 彼らは街中を堂々と歩く獣人族を見て眩しいものを見るかのように目を細め、涙を一筋流していた。
 そして自分達がもう闇の住人ではなく獣人族であるという事に喜んでいた。

 そんなある日、また別のエアスト所属員から連絡が入った。
 こちらはアソートから伝えられた闇の住人の集落へと向かった者達だった。
 長い時間をかけて説明をした結果、一つの集落が丸ごと肉体の作り替えに納得し移住する決意をしたのだそうだ。
 決意させたのはやはり普通の、獣でも凶暴種でもない子供が授かれるという言葉だった。
 すぐには信じはしなかったが、それでもその集落は多くの夫婦がいたのだ。

 強い闇の住人も三名程おり、彼らも弱い闇の住人と夫婦になっていた。
 それでも、そこに住む者は誰一人子は作らなかった。
 獣が生まれてしまう可能性や凶暴種が生まれる可能性、そして何より普通の子が生まれてもこんな世界では、という思いがあって、誰も子供を作る事をしなかったのだ。
 他の集落でもほとんどが心が傾いているそうで、近いうちに百数十人の移住が決まる事だろう。

 まずは一つの集落、三十名程を作り替える事になる。
 護衛も兼ねていた強い闇の住人三名は人を殺した事もあるのだが、それは弱い闇の住人狩りに来た人間で彼らは弱い闇の住人達を守る為の戦いの中での殺害だった。
 だからサイリールはそれは問題ない事とした。
 好きで殺したわけではないのだから。

 その三名は可能ならハンターか警備兵などをしたいとの事で、記憶を見させてもらったが、極めて心の優しい者達だったのでBランク程度の強さな事もあり、特殊な能力は残せないが、強さは残す事にした。
 ハンターも警備兵も人手はまったく足りていないのでありがたい事ではあるのだ。
しおりを挟む

処理中です...