『狭間に生きる僕ら 第二部  〜贖罪転生物語〜 大人気KPOPアイドルの前世は〇〇でした』

ラムネ

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宵と暁

好きな人と夏祭りに行ったら、白い蝶に何処かへ導かれました。

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「ねえ、食べる前に確かめない?すぐに戻れるか、わかんないけど」

私は空に光る一点のあの星だけを見つめながら、蓮くんに話しかけた。
「へ?」
蓮くんの声が少し遠くからしたから、そっちを見ると蓮くんが、名前は分からないけどジャガイモをぐるぐる巻きにして串に刺したやつを二本、左手に持ちながら右手でポケットに突っ込まれた財布をごそごそと触っていた。
「ごめん、もう買ってしもうたわ。こっちお前な。ほれ」
蓮くんが買ってくれたジャガイモは香ばしかった。蓮くんの褐色に焼けた腕みたい。蓮くんは昨日、花火大会の日にもう一つの扉が開くって言った。それは蓮くんの直感だろうか。それとも、蓮くんが小説の成瀬蓮と混ざり始めているのだろうか。
「もう一つの扉…どこにあるの?」
蓮くんの口の端にジャガイモのかけらがくっ付いている。
「わっかんねーな」
ジャガイモのかけらがひょこひょこと口の横で動く。
「だけどな、多分」
そう言って彼はジャガイモの串を口の中に入れたまま、右手でどこかを指さした。夜の闇の中に溶け込む大きな山。それをすぐ近くで開いた大きな花火の光がオレンジ色に照らした。
私は蓮くんの指さす先を見つめる。確かに、あの山にはいつも妙な違和感があった。あのふもとにある小さな神社、誰が管理しているのか分からないし、地元の誰もあそこに近づこうとしない。
「行ってみよっか?」
自分でも思ってもみなかった言葉が、口から出ていた。花火大会の喧騒の中で、私の声はかき消されそうだったけど、蓮くんはちゃんと聞いてくれていた。呆れたような顔。でも、笑ってる。私は頷いた。蓮くんは空になった串を近くのゴミ箱に突っ込んで、じゃあ行こか、と一言。

気づけば、二人で人の流れに逆らうようにして、公園の裏手の小道を進んでいた。空では、花火がぽんぽんと開いては散っていた。それはまるで、現実の世界が私たちを見送ってくれているみたいだった。次第に人の声が遠のき、周囲の音が虫の声と草のざわめきに変わっていく。
「蓮くん、こっちで合ってるの?」
「たぶん、な。」

彼はいつもの調子でそう言って、でもどこかいつもと違う顔で前を見据えていた。
ふと、視界の先に何かが揺れた。風もないのに、木の奥で白い何かが、ひらひらと舞っている。
私は立ち止まり、蓮くんの袖を掴んだ。
「見えた?」
「……ああ。見えた。」

あの星は、まだ空にあった。

「待って、あれ蝶々じゃんか。あんな真っ白なの初めて見たわ俺」

蓮くんは蝶々が逃げないように、そっと近づいた。蝶々はどんどん山の奥へと飛んでいく。蓮くんもそれについて奥へ行ってしまう。
「蓮くん、やめとこうよ今晩は。暗いし何がいるかわかんないよ。親も心配するといけないから、明日の朝にまた来よう?」
私の呼びかけに蓮くんは立ち止まった。蝶々は蓮くんと私の間を行ったり来たりしはじめた。
「今晩じゃなきゃいけないんだとしたら?」
私は初めて蓮くんのこんな顔を見た、声を聴いた。蓮くんの少し茶色がかった黒目が、私の全てを見抜いてしまいそうなくらいに鋭くて深い。蝶々がまた奥へ奥へと飛んでいく。
「ついて来いっていう意味だよきっと。行こう。死にはしない。」
蓮くんのその言葉が、小説の蓮が宮司に説得する場面と重なった。

私は、足がすくんだまま立ち尽くしていた。
暗がりの山道、草の匂い、土の湿った匂い。そこに、蓮くんの言葉が混じる。

死にはしない。

たったそれだけで、私の心にあった怖さが、少しだけ薄れた。
「…分かった。でも、絶対、手離さないでよ。」
蓮くんがまた私に手を差し出す。今度はさっきみたいなやわらかさではなくて、しっかりと私を引き寄せるような強さだった。私はその手を握り返した。白い蝶は、私たちを見ながら、ゆっくりと舞い進んでいく。道案内をしてくれているみたいに。

途中、地面に古びた鳥居のような形をした木の枠が、斜めに倒れていた。そこをくぐると、空気が急に変わった。気温が少し下がって、肌に触れる風が冷たく感じる。
「なあ、佳奈美……」
蓮くんの声が、少し震えていた。
「虫の声が……消えた。」

気づけば、あんなににぎやかだった虫の音が、どこにもなかった。代わりに、遠くから水のせせらぎのような音がかすかに聞こえる。その音の方へ向かって、白い蝶も飛んでいった。もう戻れないのかもしれない。だけど、不思議と怖くなかった。蓮くんと手をつないでいる限りは。――そして、私たちは、音のする方へと、一歩また一歩と歩いていった。

暗い。寒い。冷たい。帰りたい。

夜の山の中は全てが寝静まっている。一人の男と一人の女、一匹の蝶々の息遣いだけが山の中を響いている。山道のあちこちに水たまりがあった。ここ最近雨なんて降っていなかったのに。サンダルの穴から氷水みたいな雨水が入ってきて私の足指を一本ずつ凍らせていく感覚を覚える。今まで私を力強く引っ張ってきてくれた蓮くんが突然止まった。サンダルのつま先が濡れた土に食い込む。蓮くんの大きな背中で前が見えない。
「どうしたの?」
蓮くんの脇腹あたりから顔を覗かせると、蓮くんよりも大きな、空に届きそうな石碑が立っていた。



石碑は高く空に伸びていた。私たちはいつの間にか山頂まで来ていたんだ。 石碑は半径3メートルくらいの円い池の真ん中に立っていた。池は不思議なくらいに青く澄んでいた。
「佳奈美、さっき俺らが見た蝶々だ。」
久しぶりに蓮くんの声を聴いた気がする。蓮くんは石碑の高い所を見つめてる。石碑の一番上のところに、真っ白な蝶々の姿が彫られていた。蝶々がこのまま空の彼方へと飛んで行ってしまいそうに見えた。
「……この場所、なんなんやろな。」
蓮くんがつぶやく。私たちは自然と口を閉じて、石碑の周りの池を見つめた。風もないのに、水面がかすかに揺れている。何かが、呼吸しているみたいに。
「佳奈美、ちょっと池、覗いてみ?」
蓮くんに言われて、私は慎重に池の縁まで歩いていった。サンダルがじゅくじゅくと濡れた音を立てる。池の水は底が見えないくらい深くて、だけど青く澄んでいた。私は体をかがめて、水面を覗き込んだ。

……そこに映っていたのは、私の顔じゃなかった。髪が長くて、少し年下に見える女の子。だけど、目だけが私と同じだった。
「蓮くん……誰かいる。私じゃない誰かが、映ってる。」
蓮くんも池を覗き込む。彼の顔にも緊張が走る。
「……それ、成瀬蓮の小説に出てきた女の子やないか?」
私は思い出す。蓮の小説に出てきた、もう一つの世界で蓮と一緒にいた女の子。名前は――「圭吾」。

池の水面が急に波打ち、真ん中の石碑の蝶の彫刻がほのかに光りはじめた。
白い蝶が、その石碑からふわりと離れ、宙に舞い上がる。その蝶が飛び去った先には、光の粒が集まって、一つの扉のような形を作りはじめていた。私は、息を呑んだ。


これが――もう一つの扉?
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