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王国の真実
迷宮の冒険への始まり〜もう、元には戻れない〜
しおりを挟む市の境目にある雑木林を抜けると、だんだんと外の景色に高層ビルが現れ始めた。
「家がショッピングモールのある市から三つ離れた市にございますの。随分と時間を取ってしまいますから、お詫びの気持ちにどうかこちらを」
彗星さんはそう言って、イチゴにも桃にも似たようなピンク色の果実のを私たちに配った。
「海外からお父様がお取り寄せになって、どうか皆様にと私に渡してくださったのです」
彗星さんがくれた果実は口の中でとろけていくほど柔らかくて、少し酸味が効いていた。
彗星さんの車は私たちを、超高層マンションに連れて行った。マンションの入り口はどこかの遺跡みたいに荘厳な石造り。
「お姉さま、お連れしましたわ」
入り口に彗星さんの姉らしき女性の人影が見える。彗星さんとは違って、短い茶髪に褐色肌の大学生くらいの女性。
「うわ、こんなに沢山来てくれたの?どうぞ、中に入ってー」
彗星さんのお姉さんは、海夏さんといった。子供の頃から海を泳ぐのが好きで、特に夏になると自分の名前に相応しい季節だと、毎年自慢げに彗星さんに話すのだそうだ。
「海が好きか…嬉しいな」
サファイヤは車の中から海夏さんの、筋肉質だけど滑らかな美しい後ろ姿を見送っていた。
「こちらへどうぞ。狭くて申し訳ありませんが」
彗星さんたちが住んでいたのは最上階で、その階全部が彗星さん一家のものだという。彗星さんが狭いと言った部屋も、教室二つ分くらいの広さだった。彗星さんの部屋は綺麗に整理整頓されていて、部屋の真ん中あたりの低い机に、私たちは腰を下ろした。
「あなたは、海に住んでらっしゃる首長竜だと友人からお聞きしましたわ。お名前を伺ってもよろしいかしら」
「サファイヤです。エメラルドが名付けてくれたんですよ」
「エメラルド?」
彗星さんは不思議そうな表情でエメラルドの顔を見た。
「ウルフが名付けてくれた」
彗星さんが今度はウルフを見た。
「名前が無いって初めて会った時に言いやがったから。名前があるほうが便利だろ」
彗星さんは再びエメラルドに顔を向けた。目が泳いでいて、戸惑いを隠せないでいる。サファイヤがその彗星さんの瞳の奥を観察するように見つめている。
「本題だけど」
サファイヤが話を切り出した。
「え、ええ」
エメラルドは戸惑う彗星さんを前に、圭吾くんを自分の横に座らせた。
「この子、俺のことを好きでいてくれるんだ」
彗星さんはエメラルドにそう言われると、少し安心したような表情を浮かべた。
「佳奈美さん」
私の右隣に座っていたバットが、日に焼けた肌を海夏さんにもらった氷袋で冷やしながら話しかけてきた。
「エメラルドの奴、あいつにも秘密がありそうだな」
私たちの前に、また一つ秘密が姿を現わした。
「とりあえずは彗星と一裕の息子のことだけどな」
バットが氷袋を海夏さんに返しに席を外した。
「バット」
私は部屋に戻ってきたバットに声をかけた。
「なに?」
今、この部屋に一裕がいる。その部屋で、楓のことを話す。一裕がまた、何かに取り付かれたようになるではないかという不安でさっきから胸が重い。
「本当に、話しても大丈夫かな?」
一裕は彗星さんの隣に座って、エメラルドと三人で他愛無い世間話をしている。
「…俺たちがいるから」
そう言ってバットは私の横に腰を下ろした。
「おい、一裕、お前も吸血鬼なのかよ」
一裕と話していたエメラルドが一裕の犬歯に気が付いた。
「そうそう、な?」
私の隣に座っていたバットが一裕と彗星さんの間に座った。
「俺たち、蓮と佳奈美さんの四人でドラゴンの王国に見に行ったもんな?吸血鬼になりかけている理由を探りに」
一裕が視線を床に落として、首を縦に振った。自分が、ウルフが、バットが、あの王国でどのような殺され方をしたのかを思い出しているようだった。一裕は既に彗星さんに王国での過去のことを打ち明けていたようで、彗星さんが優しく一裕の手を慰めるように握っていた。
「あの王国にもう一回、行こうと思ってるんだ、俺たち。…楓を見つけるためにね」
バットの言葉に一裕は血相を変えて顔を上げ、バットを見た。瞳が揺れ動いている。
「一裕」
サファイヤが一裕の隣に移動して、一裕の目の奥を見つめながら背中をさすった。
「息子から逃げようとしないでやって。息子と向き合ってやって」
「返…せ…」
一裕に父親の人格が現れ始めた。
「一裕さん!」
彗星さんが間に座っているバットを押しのけて一裕を抱きしめた。
「見つけてあげよう?こうやって」
彗星さんは一裕を固く抱きしめた。
「楓のこと、ぎゅってしてあげよ?」
一裕の人格は父親のままであるように見えたが、彗星さんに抱き締められていると落ち着くのか、狂い始めることなく首を縦に振った。
「じゃあ、王国に行く前に計画を立てよう」
峻兄ちゃんが蓮くんの手からノートを取って、それを彗星さんの前に広げた。
一裕は瞳が揺れ動いたまま、彗星さんに抱き締められた状態でノートを見ていた。余白に書かれた「楓」の文字を見ると、髪の毛が少し逆立ち始めた。それに気づいて彗星さんが一裕の頭を優しく撫でると、一裕はまた落ち着き始めた。私たちがホテルの部屋で整理したことをまとめたノートを、峻兄ちゃんが彗星さんの前に広げて詳しく説明し始めた。部屋には私も含めると10人。彗星さんに窮屈な思いをさせるのも申し訳ないから、私と蓮くんと子供達は少し離れたところから、その様子を見守っていた。
「佳奈美、俺、少し思うんだけど」
蓮くんの視線は一裕を向いている。
「あいつ、楓の名前を聞くたびに、返せって怒りに燃え始めるだろ。あれ、楓が俺たちの前で光の玉になって消えてしまった時に、俺たちが楓を殺したって勘違いしているからって思い込んでた。でも、ホテルでノートに今までのことを整理していた時に、もしかしたら楓は第一王女様の身代わりにされてるんじゃないかってバットが言ってたろ。もしかして、一裕の返せっていう言葉は、楓を捕えている王国に対するものだっていう可能性も考えられやしないか?」
「一裕さん…」
峻兄ちゃんから説明を受け終わった彗星さんが、一裕を強く抱き寄せた。
「王国に、真実を確かめに行きましょう。みんなで」
一裕は燃えるような瞳を揺らしたまま、首をゆっくりと縦に振った。
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