『狭間に生きる僕ら 第二部  〜贖罪転生物語〜 大人気KPOPアイドルの前世は〇〇でした』

ラムネ

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静かなる暴走

首長竜に説教を喰らいました

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「お前、さっきはどうしたんだ。叫びながら駆けだしていって」
「いや、ちょっと。晴馬の身体に埃が大量に付いてたから」

部屋に戻ると、サファイヤとエメラルドが暇そうに畳の上に寝転がっていた。圭吾と桜大は宿題を終わらせたから、合宿所近くの公園にバットたちと一緒にかくれんぼをしに出掛けていったそうだ。

俺は晴馬をテーブルの上に置かれたプリントに乗せ、晴馬の火の玉が浮かんでいるすぐ近くに、「誇り」と「埃」のふたつの文字を書いた。

「先生が言ってたのはこっち。お前が勘違いしてたのはこっち」

俺は晴馬の鉛筆を借りて、2つの文字を鉛筆で順番に指し示し、それらの言葉の意味の違いを簡単に説明した。

『そっか…。自慢に思うこと?先生は、なんか、命の大きな物語の一部分でいられたことを誇りに思えって言ってたけど…俺、そんな難しいこと考えたことないよ』

俺だって今日、彼の授業を聞くまでは晴馬と同じだった。極普通の日常を送る日々で、自分が奇跡の存在だなんて一度も思ったことがない。

『ウルフは誇りを持ってる?』

晴馬が鉛筆を机の上に置いた。鉛筆がコロコロと転がって机から落ちそうになったのを、机の横の畳に横たわっていたエメラルドが間一髪でキャッチし、筆箱に戻した。


俺は誇りを持っているだろうか。

そもそも、誇りって何だ?

俺は、性能の悪いコンピューターみたいなバカな頭を無理やり働かせた。

俺は今まで、誇りなど全く意識せずに高校生になるまでの人生を過ごしてきた。

それを考えれば、別に誇りなど無くても良いのではないかという気もしてくる。

さっき、晴馬が「誇り」を「埃」と勘違いしてくれたために、俺の頭の中に、誇りはもしかしたら本当にゴミみたいなものなのかもしれないとの考えが一瞬だけ浮かんだが、俺の潜在意識に眠っているもう一人の俺がそれをかき消した。

でも…

俺は誇りが必要なものかを考えてみようと思った。

誇りが仮に、埃みたいに捨てるべきものだとしたら。

俺が晴馬に、何か裏紙に仕えるような紙を持ってくるように頼むと、晴馬は勉強机の引き出しの中から100点満点中78点の算数のテストを取り出し、それを持ってやってきた。

「俺が今からここに書くことは、そのプリントには書くな。ただのメモ書きだから」

俺は晴馬の筆箱から鉛筆を一本手に取って、薄っすらと赤ペンの跡が透けて見えるその白い紙に、誇りが必要なものであることを前提に証明しようとしてみた。


誇り:持っている方が良いとされる


鉛筆が紙の上を滑らかに走る。

「おい、邪魔。ちょっ…」

晴馬が何度も俺の持っている鉛筆によじ登ったり体当たりしてくる。俺は晴馬をひょいと持ち上げて、自分の頭の上に乗せた。頭の上から、晴馬の「何書いてんの?」という幼い少年の声が降ってくる。


埃:捨てるべきもの


エメラルドとサファイヤは、晴馬があまりにも大人しいのが気になって、畳から起き上がると、俺の両隣に腰を下ろして、俺が書きつけていく文字面を目で追い始めた。


誇り=自慢に思うこと→達成感、優越感


「あれ…?」

俺は急に何を書けば良いのかが分からなくなって、鉛筆を手に持ったままプリントを前に固まってしまった。俺は「誇り」と響きが似ている言葉を突然思い出したのだ。

「驕り」

俺はその言葉を声には出さすに口の中で何度か唱えてみた。「誇り」と言う時と、全く同じ口の動きだ。
驕りは持つべきではない。自分を何事においても頂点に据え、自分がすべて正しいと思い込み、他人を嘲笑うことなのだから。

驕れる者も久しからず。

驕りを持つ者は、何を根拠に優越感に浸っているのか。

俺が思うに、それは、財産、地位、名声など。どれも、自分自身の表面的な価値を示すものでしかない。

では、誇りはどういう場面で持つだろうか。


「誇りってさ…」

俺の左で俺の殴り書きを眺めていたエメラルドが口を開いた。エメラルドの頭から狼男の耳が立っている。晴馬がそれに気が付くと、エメラルドの頭の上に飛び移り、緑色の毛が生えた耳をソファ代わりにして全身を委ねた。エメラルドの右耳がへにゃりと曲がっているのが視界の端の方で見えた。

「誇りって、自覚出来るか?誇っていると思い込んでいるだけで驕っていることの方が多いんじゃないか?」
『じゃあ俺、何を書けばいいの』

晴馬がピョンとエメラルドの頭から飛び降り、机に置かれたプリントの周りをグルグルと歩き始めた。数分前に、晴馬が書いた「ごみ」が、真っ白なプリントを背景に目立って見える。

俺も桜大と同じように、潔く分からないと言った方が良いだろうか。

「でも、驕るのは動物の中でも人間くらいだよね」

サファイヤは俺の心の中を読み取ったようだ。俺は頭の中で考えていただけで、一言も驕りという言葉は発さなかったが、俺の代わりにサファイヤがその言葉を口にした。

「俺も首長竜だった頃は普通に弱肉強食の海の中にいた。そんな中で、人間みたいに財産だとか名誉だとかを気に掛ける余裕なんて全くないさ」

サファイヤは一度自分の後ろを振り返って、柱や壁のような固いものが何もないことを確認すると、腕を広げて畳の上に大の字で横たわった。

「人間ってさ、自分以外の物にしか価値を見出そうとしない癖がある。宇宙が誕生した瞬間から宇宙が滅びるまでの果てしない時間の流れで、自分っていうのは、たった一つだけなのにさ」

晴馬にも何か思うことがあるのだろうか。晴馬の筆箱から、短くなった鉛筆が浮かび上がった。


自分を誇れるのは自分しかいない


晴馬の、少し丸みを帯びた下手な文字がプリントに書きつけられていく。

サファイヤは、晴馬がプリントを書き始めたのを知ってか知らずか、自分が思っていることをつらつらと話し続ける。

「人間は、宝石とか見ると大騒ぎする。俺、前に一度だけ、カップルが夜の海にやってきて、男性が女性にダイヤモンドの指輪を渡してプロポーズするところを偶然見た。もちろん、ネッシーだって騒がれると厄介だから、海の中から息を潜めて見守っていたけどさ…その女性、何て言ったと思う?」

サファイヤは何を思い出したのか、目を瞑って心底呆れたような表情を見せて話し続けた。

「嬉しい!ダイヤモンドの指輪なのね、だってよ。…ダイヤモンドに価値があるのかって話だ」

サファイヤは起き上がって、今度は俯せになると、ふうっと長い溜息をついた。

「ごめん、ちょっと話が脱線したけど…宝石は頑張ったら取れるんだよ。でも、自分自身は頑張ったから得られるものじゃない」

俺はサファイヤの話も聞いてみて、誇りが何なのかを自分でもう一度考えてみた。

誇りは時に、驕りに姿を変える。

驕りは捨てるべきもの。

晴馬が誇りを埃と勘違いしたが、ある意味ではそうとも言えるのかもしれない。

埃は溜まっていくと、衛生状態も悪くなるし、ハウスダストで喘息を起こすこともある。

驕りもそうだ。

驕りは目先の心地よさを満たすには効率的だろうが、果たして驕りは彼ら自身にとって良いものか。いや、違う。

世界中の歴史に共通して言えることがある。それは、栄華を極めた存在は、いつの日か悲惨な姿になって消滅すること。

このことは個人にも十分当てはまるだろう。

小学校時代に優秀だったはずの生徒が、中学校や高校に上がってから成績不振になるという話は俺の母からよく聞かされた。確かに勉強内容は難しくなるが、それなら馬鹿な俺はどうなる。

馬鹿な俺でも、成績は決して良い方ではないが、定期考査の順位は半分より下を彷徨う程度だ。

おそらく、優秀だったはずの彼らは、小学校時代にチヤホヤされた余韻から抜け出せないまま中高生になってしまっているのではないだろうか。

誇りは持つべきか。

サファイヤが言ったように、誇りは自覚できるものではないのだろう。

潜在意識の中にいる俺の心に誇りは隠れているかもしれない。

だが、顕在意識の俺はそれに全く気が付かない。
それは、まるで、本棚と壁の隙間に息を潜めていた埃のように。

誇りって、もしかしたら本当に埃かもしれない。

『何かさ、ウルフに埃と誇りの違いを教えてもらった時に思ったんだけどさ』

晴馬が鉛筆を筆箱に戻し、プリントを学校用の手提げかばんに雑にしまうと、俺の前髪にぶら下がって遊び始めた。

『悪いものと良さそうなものを同じ音で表すのって、変なの~』

晴馬が目の前でプラプラと揺れる。

晴馬が揺れるたび、僅かな痛みが俺の前頭部の皮膚を突き刺した。
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