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静かなる暴走
地球外の病を前に、俺達は無力だった
しおりを挟む「これは…夢…?」
俺達が医務室に向かうと、そこには真っ白なベットに横たわったまま、ボンヤリと天井を見つめる楓の姿。
「夢じゃない。お父さんもお母さんもここにいるよ」
彗星と一裕は、まだ半分眠っているような楓の頭を優しく撫でている。
「師匠。こんなにも早く目覚めるものですか?」
「さあ…。澄白国人と地球人の混血児を治療したのは初めてだからな…」
ベット脇で会話しているリオネルとレオに触れようと、楓が短くて細い腕を伸ばした。それに気が付いたレオが、リオネルと話すのを止め、ベットから楓の顔を覗き込んだ。
「楓くん。大丈夫かい?手術は無事に済んだよ」
レオの低くて優しい声が医務室を流れていく。落ち込んだ時に、ふとカーテンの隙間から見える夕陽のような優しさ。悲しいことがあって俯いていた時に、ふと見上げた空に光る月のような優しさ。
楓の半開きになった瞳に、レオの姿が映っている。楓は、レオの顔を見つめながら何度かパチパチと瞬きをした。
「ライオンが喋ってる。夢じゃん。寝よ」
「ああ、いや、ちょっとちょっと」
再び眠りにつこうとする楓を、レオが慌てて呼び止めた。
「楓くん。眠いのかい?寝ても良いよ」
「眠くないけど寝るもん」
「楓くん。夢じゃないよ」
「嘘だ。喋るライオンなんて見たことないもん」
「楓くん。見たことのないものが存在しないとは限らないよ」
「存在しないはずのものを簡単に受け入れられるほど、僕は経験を積んでないもん」
楓…。お前、絶対眠くないだろ。
楓は両目を瞑っているが、昨日手術を受けたばかりだとは思えないほどのはっきりとした口調でレオに答える。
楓とレオは、キャッチボールをするようにテンポ良く会話していく。
「これは驚いたな…」
レオはそう言って、宙に突然現れた電子カルテのようなものに見慣れない文字を入力し、その上に手をかざすと、電子カルテのようなものは再び姿を消した。レオは楓と会話し、楓がどれだけ元気なのかをさり気なく調べていたのだ。
ガタ…
フロストは、通路で俺の背後から医務室の中にいる楓を黙って見守っていたが、意を決したように医務室の中に入った。フロストの足音に、楓が大きな目をパチっと開けた。楓はベットに横たわったままゆっくりと頭を動かし、足音がした方を見た。
「フロストおじさん…?!」
楓がフロストに気が付き、ベットから起き上がろうとしたが、すぐに苦しそうに顔を歪めて胸を押さえた。レオが慌てて楓をベットに横たわらせ、右手から白の柔らかい光を発して楓の胸に当てた。すると楓の表情がみるみるうちに穏やかになっていった。
「傷口が完全に塞がっていない。退屈かもしれないけど、明後日まではベットの上で大人しくしてようか」
レオが優しい口調で楓にそう語りかけ、真っ白な掛け布団を楓にそっと掛けた。
「フロストおじさん…?何でここにいるの?」
楓は掛け布団から顔だけを出して、円らな瞳をフロストに向けて尋ねた。フロストは、一歩ずつ慎重にベットに歩み寄り、ベット脇にしゃがんだ。一裕と彗星は、邪魔にならないようにベット脇から退いて、医務室の入り口近くのソファに2人並んで腰をゆっくりと降ろした。
「久しぶりに…楓とお話がしたくてさ」
フロストの落ち着いた低い声が、静かな医務室に流れる。チクタクと、壁に掛けられた時計が時を刻んでいく。中村は俺の隣に立って、楓とフロストのやり取りを静かに見守っていた。
あ…。
フロストが楓にバレないように、右手を自分の背中に回し、こっちに来てくれと中村に向かって小さく手招きしている。中村はそれに気が付くと、ベットに歩み寄り、フロストと同じようにベット脇に腰を降ろした。
「え…。大丈夫?」
中村は、楓に付けられたであろう引っ掻き傷が痛々しく残っている右手を、特に何も意識することなくベットの縁に添えていたが、楓が中村の傷に気が付いた。
「猫にでも引っ掻かれたの?」
楓は、中村の手に刻まれた傷をマジマジと見つめている。
楓には…自分が暴れて中村を怪我させた記憶がない…?
「…うん。そう」
中村は敢えて楓の言葉を否定せず、首を縦に振った。フロストはじっと黙って楓と中村のやり取りに耳を澄ましていたが、徐ろに立ち上がるとレオに目配せして、医務室を出た。レオはリオネルの方をチラッと見てから静かに頷き、フロストと一緒に医務室を出た。
「楓くんには、暴れていた記憶がないみたいだ」
「ああ。黒憶虫の仕業だと言って間違いないが…」
フロストとレオは、医務室の外の通路で小さな声で会話している。俺は医務室の中とは言え、通路に近い場所にいるから、2人の会話がよく聞こえるのだ。
「でも、暴れている時の楓くんの精神状態を見てみない限り、身体の異変を治療するのは困難だ」
「…だが、楓くんに再び黒憶虫を移植するわけにもいかない」
2人は治療方針が立てられず、通路で2人揃って頭を抱えている。
俺とバットは、吸血鬼から人間に変わったのだから、人間世界で生きていくには寧ろ好都合だ。
でも、佳奈美さんは人間から吸血鬼になってしまった。俺たちみたいに人間と吸血鬼の間を行ったり来たり出来るなら兎も角、佳奈美さんはそれが出来ない。ハロウィンなら仮装だと言って誤魔化せるだろうが、それ以外の時期だと佳奈美さんは学校にも行かずにずっと家に籠もることになる。
何より、彗星の身体を女に戻さないと。将来、楓が一裕と彗星の間に生まれることは生物学的に不可能になってしまう。
どうしよう…。
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