『狭間に生きる僕ら 第二部  〜贖罪転生物語〜 大人気KPOPアイドルの前世は〇〇でした』

ラムネ

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幕開け

俺の眼

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「あっちい…」

俺は汗でずぶ濡れになった服を脱ぎ捨てて洗濯機の中に放り投げ、冷蔵庫の中から取り出した天然水を身体に流し込んだ。

バイト先のコンビニは涼しいから良い。問題は、コンビニから家までの道だ。綺麗に舗装された歩道は、ギラギラとした太陽に照り付けられ、その上を歩く俺は最早、鉄板の上のナポリタン。歩道にポツリポツリと等間隔に植えられた、青々と繁った桜の木の陰が、屋外での俺の唯一のオアシス。

俺たちが彗星の家で、小説の作者である孔舎衙徹とARROWとの関係性について考えるよりも前に、それが最近デビューしたばかりの韓国アイドルグループKORJAのアローであり、それが彗星の幼稚園時代の知り合いだったかもしれないという事実にぶち当たってから、早くも4日が過ぎた。

ピロン

「ん?」

水で濡らしたタオルで全身を拭いていると、ベット脇の机に置いておいたスマホに、誰かからメッセージが届いた。汗で生温くなったタオルをパンッパンッと宙で払ってから、俺はそれを首に掛け、ベットに腰を降ろした。スマホのロック画面に、バットのLINEのアイコンが表示されている。中学生の時から一度も変えていない、赤煉瓦模様のアイコンだ。

『この動画を見てみろよ。面白いものが見れるぞ』

そのアイコンの横には、バットからのメッセージがそう記載されている。

「動画?」

俺はそのアイコンにタップをして、バットとのLINEのトーク画面を開けた。すると、最新のメッセージに、あるYouTubeの動画のリンクが貼られていた。

フォン…

俺がそのリンクをタップしようとした時、丁度バットから新しいメッセージが送られてきた。

『イ・ソクヒョンって奴に注目してみろ』

そのメッセージと一緒に、イ・ソクヒョンと思われるメンバーの顔画像が送られてきた。

アジア圏によくいるような、ごく普通の黒い瞳。地毛なのか染めているのかよく分からないが、少し乾いたような褐色の短毛。確かにイケメンではあるが、典型的なイケメン過ぎてかえって特徴が挙げづらい。模範解答のような容貌をした韓国人男性名。

…というだけではない。

俺のセンサーがさっきから敏感に反応する。

俺の直感が、俺の推測を確信に変える。

イ・ソクヒョン…。

お前が吸血鬼か。

アローの背後で顔が見切れていて、ピンボケしていたお前だったのか。

俺はそいつの顔をしかと目に焼き付け、バットが送ってくれたリンクをタップした。

『お願いです!脱毛してくれる人を探しt…』
「うぜ」

俺は、最近頻繁に見る脱毛の広告を飛ばし、バットが送ってくれたリンクの動画を見た。

それは、デビュー曲を発表した直後にリリースされた歌のMVだった。


Lier


歌の題名が、破かれた英字新聞を背景に、赤い文字で陽炎のようにボンヤリと浮かぶ。


バリバリバリバリ…!!


一瞬家の外で雷が鳴ったのかと思ったが、それは動画の中の音だった。英字新聞の紙が、オレンジ色の炎に燃やし尽くされていき、黒い縁の穴がジワジワと紙を侵食していく。その穴の向こうに、誰かの姿が見える。

「お。アローじゃん」

冒頭部分を歌い始めたのは、アローだった。冒頭部分は、淡々と話すような曲調。先日テレビで見た時はアローの髪は黒かったが、今回はアローお馴染みの群青色に染めている。俺は日本語字幕をオンにして、新曲の歌詞の文字面を、ベットに仰向けに横たわり、追っていった。

「こいつか」

ラスサビに入る直前、別のメンバーが公園のベンチに一人で腰掛けていた、夕方だった街並みは突如として闇に飲まれた。イ・ソクヒョンは、不気味に点滅する街灯に照らされて、夜空に光る星から目を背けるように足元に視線を落としている。彼の右手には、赤ワインがあと一口だけ残ったグラス。

「あら、もったいない」

彼はそのグラスを地面に叩き付けた。透明なガラスの破片が、冷たい音と一緒に夜のアスファルトの上に散らばる。

その一欠片を彼が拾い上げると、本当に怪我をしたのかエフェクトなのか分かりづらかったが、真っ赤な血が彼の指先を伝った。

イ・ソクヒョンは、暫くその血を遠い眼差しで見ていたが、ニヤリと口元に笑みを浮かべて、それを啜った。

さも美味しそうに。

そして、彼はそのままラスサビを一人で歌い始めた。他のメンバーの姿はない。彼だけが、誰もいない夜の街なかを彷徨う演出。俺は彼の歌声に耳を澄ませながら、日本語訳を目で追っていった。そして、歌の一番最後を、彼は歌声と言うよりは叫び声に近い声で訴えるように歌った。

❀❀❀❀❀❀❀❀❀❀❀❀❀❀❀❀❀❀❀❀❀❀❀

허구가 뭐 어때, 진실이 뭐 어때
(虚構がなんだ 真実がなんだ)

그마저도 바람 앞의 먼지라면
(それさえも風の前の塵ならば)

동경도 욕망도 없는 거친 소음 속에
(憧れもクソもない 無遠慮な喧騒に)

내가 보여줄게, 끝까지
(見せつけてやるよ、最後まで)

❀❀❀❀❀❀❀❀❀❀❀❀❀❀❀❀❀❀❀❀❀❀❀

彼はそう歌い終えると、ふうっと一息ついてから、聞こえるか聞こえないかの声で寂しそうな表情を浮かべた。

「…こいつ…!」



イ・ソクヒョンの瞳が、血のような赤に染まっていく。

髪の毛が、赤ワイン色に、ごく僅かに発光している。

整った形の口から姿を現している、トラやライオンさえ尻込みするような鋭い牙が、夜の闇に朧げに浮かぶ。

色の白い手に生えた真っ黒な爪は、包丁を使わなくても肉を簡単に切り裂けるほど鋭く伸びでいる。

これは…エフェクトじゃない。

これは…こいつの、吸血鬼としての姿だ。
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