180 / 213
幕開け
俺の眼
しおりを挟む「あっちい…」
俺は汗でずぶ濡れになった服を脱ぎ捨てて洗濯機の中に放り投げ、冷蔵庫の中から取り出した天然水を身体に流し込んだ。
バイト先のコンビニは涼しいから良い。問題は、コンビニから家までの道だ。綺麗に舗装された歩道は、ギラギラとした太陽に照り付けられ、その上を歩く俺は最早、鉄板の上のナポリタン。歩道にポツリポツリと等間隔に植えられた、青々と繁った桜の木の陰が、屋外での俺の唯一のオアシス。
俺たちが彗星の家で、小説の作者である孔舎衙徹とARROWとの関係性について考えるよりも前に、それが最近デビューしたばかりの韓国アイドルグループKORJAのアローであり、それが彗星の幼稚園時代の知り合いだったかもしれないという事実にぶち当たってから、早くも4日が過ぎた。
ピロン
「ん?」
水で濡らしたタオルで全身を拭いていると、ベット脇の机に置いておいたスマホに、誰かからメッセージが届いた。汗で生温くなったタオルをパンッパンッと宙で払ってから、俺はそれを首に掛け、ベットに腰を降ろした。スマホのロック画面に、バットのLINEのアイコンが表示されている。中学生の時から一度も変えていない、赤煉瓦模様のアイコンだ。
『この動画を見てみろよ。面白いものが見れるぞ』
そのアイコンの横には、バットからのメッセージがそう記載されている。
「動画?」
俺はそのアイコンにタップをして、バットとのLINEのトーク画面を開けた。すると、最新のメッセージに、あるYouTubeの動画のリンクが貼られていた。
フォン…
俺がそのリンクをタップしようとした時、丁度バットから新しいメッセージが送られてきた。
『イ・ソクヒョンって奴に注目してみろ』
そのメッセージと一緒に、イ・ソクヒョンと思われるメンバーの顔画像が送られてきた。
アジア圏によくいるような、ごく普通の黒い瞳。地毛なのか染めているのかよく分からないが、少し乾いたような褐色の短毛。確かにイケメンではあるが、典型的なイケメン過ぎてかえって特徴が挙げづらい。模範解答のような容貌をした韓国人男性名。
…というだけではない。
俺のセンサーがさっきから敏感に反応する。
俺の直感が、俺の推測を確信に変える。
イ・ソクヒョン…。
お前が吸血鬼か。
アローの背後で顔が見切れていて、ピンボケしていたお前だったのか。
俺はそいつの顔をしかと目に焼き付け、バットが送ってくれたリンクをタップした。
『お願いです!脱毛してくれる人を探しt…』
「うぜ」
俺は、最近頻繁に見る脱毛の広告を飛ばし、バットが送ってくれたリンクの動画を見た。
それは、デビュー曲を発表した直後にリリースされた歌のMVだった。
Lier
歌の題名が、破かれた英字新聞を背景に、赤い文字で陽炎のようにボンヤリと浮かぶ。
バリバリバリバリ…!!
一瞬家の外で雷が鳴ったのかと思ったが、それは動画の中の音だった。英字新聞の紙が、オレンジ色の炎に燃やし尽くされていき、黒い縁の穴がジワジワと紙を侵食していく。その穴の向こうに、誰かの姿が見える。
「お。アローじゃん」
冒頭部分を歌い始めたのは、アローだった。冒頭部分は、淡々と話すような曲調。先日テレビで見た時はアローの髪は黒かったが、今回はアローお馴染みの群青色に染めている。俺は日本語字幕をオンにして、新曲の歌詞の文字面を、ベットに仰向けに横たわり、追っていった。
「こいつか」
ラスサビに入る直前、別のメンバーが公園のベンチに一人で腰掛けていた、夕方だった街並みは突如として闇に飲まれた。イ・ソクヒョンは、不気味に点滅する街灯に照らされて、夜空に光る星から目を背けるように足元に視線を落としている。彼の右手には、赤ワインがあと一口だけ残ったグラス。
「あら、もったいない」
彼はそのグラスを地面に叩き付けた。透明なガラスの破片が、冷たい音と一緒に夜のアスファルトの上に散らばる。
その一欠片を彼が拾い上げると、本当に怪我をしたのかエフェクトなのか分かりづらかったが、真っ赤な血が彼の指先を伝った。
イ・ソクヒョンは、暫くその血を遠い眼差しで見ていたが、ニヤリと口元に笑みを浮かべて、それを啜った。
さも美味しそうに。
そして、彼はそのままラスサビを一人で歌い始めた。他のメンバーの姿はない。彼だけが、誰もいない夜の街なかを彷徨う演出。俺は彼の歌声に耳を澄ませながら、日本語訳を目で追っていった。そして、歌の一番最後を、彼は歌声と言うよりは叫び声に近い声で訴えるように歌った。
❀❀❀❀❀❀❀❀❀❀❀❀❀❀❀❀❀❀❀❀❀❀❀
허구가 뭐 어때, 진실이 뭐 어때
(虚構がなんだ 真実がなんだ)
그마저도 바람 앞의 먼지라면
(それさえも風の前の塵ならば)
동경도 욕망도 없는 거친 소음 속에
(憧れもクソもない 無遠慮な喧騒に)
내가 보여줄게, 끝까지
(見せつけてやるよ、最後まで)
❀❀❀❀❀❀❀❀❀❀❀❀❀❀❀❀❀❀❀❀❀❀❀
彼はそう歌い終えると、ふうっと一息ついてから、聞こえるか聞こえないかの声で寂しそうな表情を浮かべた。
「…こいつ…!」
イ・ソクヒョンの瞳が、血のような赤に染まっていく。
髪の毛が、赤ワイン色に、ごく僅かに発光している。
整った形の口から姿を現している、トラやライオンさえ尻込みするような鋭い牙が、夜の闇に朧げに浮かぶ。
色の白い手に生えた真っ黒な爪は、包丁を使わなくても肉を簡単に切り裂けるほど鋭く伸びでいる。
これは…エフェクトじゃない。
これは…こいつの、吸血鬼としての姿だ。
0
あなたにおすすめの小説
どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~
さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」
あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。
弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。
弟とは凄く仲が良いの!
それはそれはものすごく‥‥‥
「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」
そんな関係のあたしたち。
でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥
「うそっ! お腹が出て来てる!?」
お姉ちゃんの秘密の悩みです。
ちょっと大人な物語はこちらです
神崎 未緒里
恋愛
本当にあった!?かもしれない
ちょっと大人な短編物語集です。
日常に突然訪れる刺激的な体験。
少し非日常を覗いてみませんか?
あなたにもこんな瞬間が訪れるかもしれませんよ?
※本作品ではGemini PRO、Pixai.artで作成した生成AI画像ならびに
Pixabay並びにUnsplshのロイヤリティフリーの画像を使用しています。
※不定期更新です。
※文章中の人物名・地名・年代・建物名・商品名・設定などはすべて架空のものです。
JKメイドはご主人様のオモチャ 命令ひとつで脱がされて、触られて、好きにされて――
のぞみ
恋愛
「今日から、お前は俺のメイドだ。ベッドの上でもな」
高校二年生の蒼井ひなたは、借金に追われた家族の代わりに、ある大富豪の家で住み込みメイドとして働くことに。
そこは、まるでおとぎ話に出てきそうな大きな洋館。
でも、そこで待っていたのは、同じ高校に通うちょっと有名な男の子――完璧だけど性格が超ドSな御曹司、天城 蓮だった。
昼間は生徒会長、夜は…ご主人様?
しかも、彼の命令はちょっと普通じゃない。
「掃除だけじゃダメだろ? ご主人様の癒しも、メイドの大事な仕事だろ?」
手を握られるたび、耳元で囁かれるたび、心臓がバクバクする。
なのに、ひなたの体はどんどん反応してしまって…。
怒ったり照れたりしながらも、次第に蓮に惹かれていくひなた。
だけど、彼にはまだ知られていない秘密があって――
「…ほんとは、ずっと前から、私…」
ただのメイドなんかじゃ終わりたくない。
恋と欲望が交差する、ちょっぴり危険な主従ラブストーリー。
極上イケメン先生が秘密の溺愛教育に熱心です
朝陽七彩
恋愛
私は。
「夕鶴、こっちにおいで」
現役の高校生だけど。
「ずっと夕鶴とこうしていたい」
担任の先生と。
「夕鶴を誰にも渡したくない」
付き合っています。
♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡
神城夕鶴(かみしろ ゆづる)
軽音楽部の絶対的エース
飛鷹隼理(ひだか しゅんり)
アイドル的存在の超イケメン先生
♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡
彼の名前は飛鷹隼理くん。
隼理くんは。
「夕鶴にこうしていいのは俺だけ」
そう言って……。
「そんなにも可愛い声を出されたら……俺、止められないよ」
そして隼理くんは……。
……‼
しゅっ……隼理くん……っ。
そんなことをされたら……。
隼理くんと過ごす日々はドキドキとわくわくの連続。
……だけど……。
え……。
誰……?
誰なの……?
その人はいったい誰なの、隼理くん。
ドキドキとわくわくの連続だった私に突如現れた隼理くんへの疑惑。
その疑惑は次第に大きくなり、私の心の中を不安でいっぱいにさせる。
でも。
でも訊けない。
隼理くんに直接訊くことなんて。
私にはできない。
私は。
私は、これから先、一体どうすればいいの……?
同じアパートに住む年上未亡人美女は甘すぎる。
ピコサイクス
青春
大学生の翔太は、一人暮らしを始めたばかり。
真下の階に住むのは、落ち着いた色気と優しさを併せ持つ大人の女性・水無瀬紗夜。
引っ越しの挨拶で出会った瞬間、翔太は心を奪われてしまう。
偶然にもアルバイト先のスーパーで再会した彼女は、翔太をすぐに採用し、温かく仕事を教えてくれる存在だった。
ある日の仕事帰り、ふたりで過ごす時間が増えていき――そして気づけば紗夜の部屋でご飯をご馳走になるほど親密に。
優しくて穏やかで――その色気に触れるたび、翔太の心は揺れていく。
大人の女性と大学生、甘くちょっぴり刺激的な同居生活(?)がはじまる。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる
