212 / 213
幸か不幸か
our dad
しおりを挟む
「おい…おい…ウルフ」
俺の肩がバットに強く揺すぶられ、眠っていた俺の意識が重たい身体をゆっくりと持ち上げた。
「ガチ寝してたわ」
俺がそう言って目を擦り、辺りを見回せば、そこには広大で色とりどりの花が咲き乱れる花畑が広がっていた。
「ここが、ソクヒョンの夢の中…?」
ソクヒョンが語る悪夢の世界は、殺風景な砂漠のような荒れ果てたもののはずだった。これではまるで、悪夢というよりもずっと天国のようではないか。
バットは遠い眼差しを何処かに向けながら、俺に背中を向けるようにして立っている。
「ウルフ。ここ、あれだ」
「なんだ」
「龍の墓地」
『龍の墓地』
バットのその静かで、覚悟を決めたような声に、俺の心臓が胸の奥でゴクリと唾を飲み込んだ感じがした。
人間の墓地みたいに墓石が並んでいるわけではなく、代わりに、生前の龍の鱗が1枚、円の形になるように植えられた花々の中心にそっと置かれている。その鱗の真下に、竜が眠っているのだ。バットが立っている所の真隣に、黄色い小さな花たちに守られるようにして囲まれて眠っている幼獣の小さな鱗が、静かに横たえられていた。
「ウルフ…あれ…」
バットは言葉を口からポロリとこぼし、遥か向こうの大きな紫色の岩を指差した。バットの後ろ姿は、海の向こうを指差す某アニメの主人公の後ろ姿を彷彿とさせた。
「ソクヒョンだ……宮司龍臣だ…」
俺が岩だと思っていたのは、巨大な龍だった。地面にひれ伏すようにして、苦しそうに藻掻きながらうめき声を上げているのが、怖いくらいに穏やかで優しいそよ風に乗って微かに聞こえてくる。宮司龍臣は、真っ青な龍の筈だ。それが紫色になっているということは、徐々に吸血鬼化して赤くなり始めている段階か。
「行こう。バット」
俺達は、足元の花を踏み潰さないように気を付けながら、ソクヒョンのもとに向かった。柔らかな土が、俺達の足の裏を包み込んでいく。息苦しいほどの花の香が、風に乗って俺達を吹き抜けていく。一歩一歩土を踏み締め歩んでいくほど、龍のうめき声が強くなっていく。
急がないと。
俺は理由もなく、直感的にそう感じて、足元の花々を気にすることもせず、ソクヒョンに向かって一直線に勢い良く走り出した。バットも同じように、俺の後ろを走ってついてくる。
ソクヒョンにとって、この世界は地獄なのだろうか。
美しい花に囲まれていることも知らず、罪の意識に苛まされ続けてきたのだろうか。
人間として転生した後も、ソクヒョンの罪の意識はずっと龍獅国に留まったままだったのだろうか。
そんな事を考えているうちに、いつしか俺達はソクヒョンのところまで後50mくらいの地点まで来た。ソクヒョンは……いや、宮司龍臣は俺達の姿に気が付かない。数分前まで紫色だった身体は、今は血のような赤に染まっている。今もまだ、エメラルドが奪ってやれなかった記憶に蝕まれているのだ。
自分の息子2人の命で賭けをしてしまった記憶に。
夢の中にいるからだろうか。体感的に1kmくらいは走った筈だが、息が切れることはなく身体も何処か軽い気がする。俺とバットは、走るのをやめて、残りの約50mをゆっくりと歩いた。龍のうめき声が空気を震わせ地を揺らす。龍の苦しみが地面を伝って心臓に響く。
「お父さん」
宮司龍臣まで、後20mくらいのところで、バットが徐ろに立ち止まり、静かにそう口にした。すると、バットの声に反応するように、龍はうめき声を上げるのをピタリと止めた。そして、真っ赤に染まった口から、鋭くて大きな牙を覗かせた竜が、ゆっくりと俺達の方に顔を向けた。
龍は、紛れもなく、メイプル第一王女様の守護龍だった龍で、クランシーを食ったあの龍だった。色は違えど。間違いなく、彼だった。龍の顔は、何となくソクヒョンに似ている気がした。
バットは俺の一歩手前に立ち、高層ビルのように巨大な真っ赤な龍を見上げていた。バットの短い前髪が、蒸し暑い煙のような龍の息にゆらゆらと揺れていた。
俺の肩がバットに強く揺すぶられ、眠っていた俺の意識が重たい身体をゆっくりと持ち上げた。
「ガチ寝してたわ」
俺がそう言って目を擦り、辺りを見回せば、そこには広大で色とりどりの花が咲き乱れる花畑が広がっていた。
「ここが、ソクヒョンの夢の中…?」
ソクヒョンが語る悪夢の世界は、殺風景な砂漠のような荒れ果てたもののはずだった。これではまるで、悪夢というよりもずっと天国のようではないか。
バットは遠い眼差しを何処かに向けながら、俺に背中を向けるようにして立っている。
「ウルフ。ここ、あれだ」
「なんだ」
「龍の墓地」
『龍の墓地』
バットのその静かで、覚悟を決めたような声に、俺の心臓が胸の奥でゴクリと唾を飲み込んだ感じがした。
人間の墓地みたいに墓石が並んでいるわけではなく、代わりに、生前の龍の鱗が1枚、円の形になるように植えられた花々の中心にそっと置かれている。その鱗の真下に、竜が眠っているのだ。バットが立っている所の真隣に、黄色い小さな花たちに守られるようにして囲まれて眠っている幼獣の小さな鱗が、静かに横たえられていた。
「ウルフ…あれ…」
バットは言葉を口からポロリとこぼし、遥か向こうの大きな紫色の岩を指差した。バットの後ろ姿は、海の向こうを指差す某アニメの主人公の後ろ姿を彷彿とさせた。
「ソクヒョンだ……宮司龍臣だ…」
俺が岩だと思っていたのは、巨大な龍だった。地面にひれ伏すようにして、苦しそうに藻掻きながらうめき声を上げているのが、怖いくらいに穏やかで優しいそよ風に乗って微かに聞こえてくる。宮司龍臣は、真っ青な龍の筈だ。それが紫色になっているということは、徐々に吸血鬼化して赤くなり始めている段階か。
「行こう。バット」
俺達は、足元の花を踏み潰さないように気を付けながら、ソクヒョンのもとに向かった。柔らかな土が、俺達の足の裏を包み込んでいく。息苦しいほどの花の香が、風に乗って俺達を吹き抜けていく。一歩一歩土を踏み締め歩んでいくほど、龍のうめき声が強くなっていく。
急がないと。
俺は理由もなく、直感的にそう感じて、足元の花々を気にすることもせず、ソクヒョンに向かって一直線に勢い良く走り出した。バットも同じように、俺の後ろを走ってついてくる。
ソクヒョンにとって、この世界は地獄なのだろうか。
美しい花に囲まれていることも知らず、罪の意識に苛まされ続けてきたのだろうか。
人間として転生した後も、ソクヒョンの罪の意識はずっと龍獅国に留まったままだったのだろうか。
そんな事を考えているうちに、いつしか俺達はソクヒョンのところまで後50mくらいの地点まで来た。ソクヒョンは……いや、宮司龍臣は俺達の姿に気が付かない。数分前まで紫色だった身体は、今は血のような赤に染まっている。今もまだ、エメラルドが奪ってやれなかった記憶に蝕まれているのだ。
自分の息子2人の命で賭けをしてしまった記憶に。
夢の中にいるからだろうか。体感的に1kmくらいは走った筈だが、息が切れることはなく身体も何処か軽い気がする。俺とバットは、走るのをやめて、残りの約50mをゆっくりと歩いた。龍のうめき声が空気を震わせ地を揺らす。龍の苦しみが地面を伝って心臓に響く。
「お父さん」
宮司龍臣まで、後20mくらいのところで、バットが徐ろに立ち止まり、静かにそう口にした。すると、バットの声に反応するように、龍はうめき声を上げるのをピタリと止めた。そして、真っ赤に染まった口から、鋭くて大きな牙を覗かせた竜が、ゆっくりと俺達の方に顔を向けた。
龍は、紛れもなく、メイプル第一王女様の守護龍だった龍で、クランシーを食ったあの龍だった。色は違えど。間違いなく、彼だった。龍の顔は、何となくソクヒョンに似ている気がした。
バットは俺の一歩手前に立ち、高層ビルのように巨大な真っ赤な龍を見上げていた。バットの短い前髪が、蒸し暑い煙のような龍の息にゆらゆらと揺れていた。
0
あなたにおすすめの小説
どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~
さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」
あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。
弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。
弟とは凄く仲が良いの!
それはそれはものすごく‥‥‥
「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」
そんな関係のあたしたち。
でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥
「うそっ! お腹が出て来てる!?」
お姉ちゃんの秘密の悩みです。
母の下着 タンスと洗濯籠の秘密
MisakiNonagase
青春
この物語は、思春期という複雑で繊細な時期を生きる少年の内面と、彼を取り巻く家族の静かなる絆を描いた作品です。
颯真(そうま)という一人の高校生の、ある「秘密」を通して、私たちは成長の過程で誰もが抱くかもしれない戸惑い、罪悪感、そしてそれらを包み込む家族の無言の理解に触れます。
物語は、現在の颯真と恋人・彩花との関係から、中学時代にさかのぼる形で展開されます。そこで明らかになるのは、彼がかつて母親の下着に対して抱いた抑えがたい好奇心と、それに伴う一連の行為です。それは彼自身が「歪んだ」と感じる過去の断片であり、深い恥ずかしさと自己嫌悪を伴う記憶です。
しかし、この物語の核心は、単なる過去の告白にはありません。むしろ、その行為に「気づいていたはず」の母親が、なぜ一言も問い詰めず、誰にも告げず、ただ静かに見守り続けたのか——という問いにこそあります。そこには、親子という関係を超えた、深い人間理解と、言葉にされない優しさが横たわっています。
センシティブな題材を、露骨な描写や扇情的な表現に頼ることなく、あくまで颯真の内省的な視点から丁寧に紡ぎ出しています。読者は、主人公の痛みと恥ずかしさを共有しながら、同時に、彼を破綻から救った「沈黙の救済」の重みと温かさを感じ取ることでしょう。
これは、一つの過ちと、その赦しについての物語です。また、成長とは時に恥ずかしい過去を背負いながら、他者の無償の寛容さによって初めて前を向けるようになる過程であること、そして家族の愛が最も深く現れるのは、時に何も言わない瞬間であることを、静かにしかし確かに伝える物語です。
どうか、登場人物たちの静かなる心の襞に寄り添いながら、ページをめくってください。
同じアパートに住む年上未亡人美女は甘すぎる。
ピコサイクス
青春
大学生の翔太は、一人暮らしを始めたばかり。
真下の階に住むのは、落ち着いた色気と優しさを併せ持つ大人の女性・水無瀬紗夜。
引っ越しの挨拶で出会った瞬間、翔太は心を奪われてしまう。
偶然にもアルバイト先のスーパーで再会した彼女は、翔太をすぐに採用し、温かく仕事を教えてくれる存在だった。
ある日の仕事帰り、ふたりで過ごす時間が増えていき――そして気づけば紗夜の部屋でご飯をご馳走になるほど親密に。
優しくて穏やかで――その色気に触れるたび、翔太の心は揺れていく。
大人の女性と大学生、甘くちょっぴり刺激的な同居生活(?)がはじまる。
ちょっと大人な物語はこちらです
神崎 未緒里
恋愛
本当にあった!?かもしれない
ちょっと大人な短編物語集です。
日常に突然訪れる刺激的な体験。
少し非日常を覗いてみませんか?
あなたにもこんな瞬間が訪れるかもしれませんよ?
※本作品ではGemini PRO、Pixai.artで作成した生成AI画像ならびに
Pixabay並びにUnsplshのロイヤリティフリーの画像を使用しています。
※不定期更新です。
※文章中の人物名・地名・年代・建物名・商品名・設定などはすべて架空のものです。
旧校舎の地下室
守 秀斗
恋愛
高校のクラスでハブられている俺。この高校に友人はいない。そして、俺はクラスの美人女子高生の京野弘美に興味を持っていた。と言うか好きなんだけどな。でも、京野は美人なのに人気が無く、俺と同様ハブられていた。そして、ある日の放課後、京野に俺の恥ずかしい行為を見られてしまった。すると、京野はその事をバラさないかわりに、俺を旧校舎の地下室へ連れて行く。そこで、おかしなことを始めるのだったのだが……。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる