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第二章 青い春
ポップコーン
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「じゃあ、婆ちゃん。俺、昼ごはん要らんで。19時には帰って来るで」
「気ぃ付けて行ってくるんやに。最近の子は、よう事故起こすでぇ」
蛍の祖母宅から、蝶舞と待ち合わせをしているイオンモール迄は自転車で約1時間。上映時間は2時間で、遅めの昼ご飯を食べるのに1時間強かかると見込んで、蛍は午後の1時半に家を出た。
国道沿いの歩道を目指し、蛍はゆっくりとペダルを漕いだ。二輪のタイヤが砂利を跳ねる。昨日の真夜中に僅かに降った雨で出来た小さな水溜りを突っ切ると、蛍の跡を追うように水に濡れた黒い線がアスファルトの上をほんの少しだけ走った。
国道沿いに植えられた木々は青々と繁り、蛍は喧しい蝉の音に包まれた。額に滲む汗。鼻頭に点々と浮かぶ汗の粒。背中から汗がとめどなく流れる。蛍の髪は、灼熱の下で焼け焦げそうな程に熱くなっている。
「帰ったら、またシャワーやな、これは」
国道の左車線側の向こうには、鮮やかな緑色に染まった田んぼが広がっている。ふとそちらに目をやれば、畦道に生えた向日葵でさえも炎天下のもと項垂れているのが見えた。
蛍が自転車をイオンモールの駐輪場に止めた頃、蝶舞は丁度イオンシネマの入口に着いた。蛍がそこに着いた時には、蝶舞は涼し気な顔を浮かべて近くのベンチに座ってスマホを弄っていた。
「くっそ暑かったんやけど」
「映画始まるまで後20分弱あるし、どっかで涼むか…あ、本屋ある。あっ、そうや!夏休みの課題図書、俺まだ買ってへんかったわ」
蝶舞が本屋に向かおうと椅子から腰を上げた時、途端に自分が小さく感じた。いや、蝶舞が大きすぎた。蝶舞の隣に座っていた、比較的大柄な中年男性もまた、蛍と同じ感覚を覚えたようで、蝶舞の足先から頭までを唖然とした表情で目でなぞった。
「斗波、お前はもう本買ったん?」
「おん。3日前に買い物に出かけたついでに買ってしもた」
蝶舞は自分が座っていた所を指差し、蛍に座るように促した。
「俺、チャチャッと買ってくるから待っといてくれへん?」
蛍がヒラヒラと手を振ると、蝶舞はスマホをズボンのポケットにねじ込みながら、スタスタと足早に本屋に向かった。大きすぎる蝶舞の後ろ姿はなかなか小さくならず、蛍は雨月物語の芋の話をふと思い出した。
「お待たせ」
蝶舞はTSUTAYAの袋を手にぶら下げて戻って来た。蝶舞は左の手首に付けた腕時計に目をやると、蛍に立つように目で合図した。
「ほんなら行くか」
蝶舞が本を買っている間に、蛍の汗はかなり収まった。蛍は立ち上がったが、蛍の目の前には蝶舞のTシャツの腹に印字された文字が丁度目の高さに見えた。
「泊、今からお前進撃の巨人のエキストラに応募したら?」
蛍と蝶舞が2人並んで、上映中に食べるポップコーンとシェイクを選んでいる時に、蛍はふと思い付いたことを言ってみた。ほんの悪戯心で。蝶舞は値段を頭の中で計算しながら、他の人に怪しまれない程度に小さく吹き出した。
「何で俺が駆逐されなあかんねん」
蛍と蝶舞は顔を見合わせると、ニヤリと笑った。
イオンシネマは店内の他の施設に比べると、薄暗い場所が格別に多い。陽炎は、隅の方の暗闇に佇み、2人のやり取りを静かに見守っていた。
「……分かりにくいだけで、この世界は泣き叫ぶのに値するくらい残酷だよ?2人とも」
陽炎には、蛍と蝶舞の頭には、明日にでも死ぬかもしれないことなど微塵も考えていないことが分かっていた。
「でも大丈夫。俺がちゃんと......守る。守ってみせる。この刹那の幸せを」
「ちょっと俺、トイレ行ってくるわ」
「おう、急げ」
蛍と蝶舞に、陽炎の声は届きすらしなかった。だが陽炎はそれでも構わなかった。気付いてもらうことを諦めたからではない。命を懸けて生ける者を守ることが、死神としての誇りであり願いだったのだ。
「気ぃ付けて行ってくるんやに。最近の子は、よう事故起こすでぇ」
蛍の祖母宅から、蝶舞と待ち合わせをしているイオンモール迄は自転車で約1時間。上映時間は2時間で、遅めの昼ご飯を食べるのに1時間強かかると見込んで、蛍は午後の1時半に家を出た。
国道沿いの歩道を目指し、蛍はゆっくりとペダルを漕いだ。二輪のタイヤが砂利を跳ねる。昨日の真夜中に僅かに降った雨で出来た小さな水溜りを突っ切ると、蛍の跡を追うように水に濡れた黒い線がアスファルトの上をほんの少しだけ走った。
国道沿いに植えられた木々は青々と繁り、蛍は喧しい蝉の音に包まれた。額に滲む汗。鼻頭に点々と浮かぶ汗の粒。背中から汗がとめどなく流れる。蛍の髪は、灼熱の下で焼け焦げそうな程に熱くなっている。
「帰ったら、またシャワーやな、これは」
国道の左車線側の向こうには、鮮やかな緑色に染まった田んぼが広がっている。ふとそちらに目をやれば、畦道に生えた向日葵でさえも炎天下のもと項垂れているのが見えた。
蛍が自転車をイオンモールの駐輪場に止めた頃、蝶舞は丁度イオンシネマの入口に着いた。蛍がそこに着いた時には、蝶舞は涼し気な顔を浮かべて近くのベンチに座ってスマホを弄っていた。
「くっそ暑かったんやけど」
「映画始まるまで後20分弱あるし、どっかで涼むか…あ、本屋ある。あっ、そうや!夏休みの課題図書、俺まだ買ってへんかったわ」
蝶舞が本屋に向かおうと椅子から腰を上げた時、途端に自分が小さく感じた。いや、蝶舞が大きすぎた。蝶舞の隣に座っていた、比較的大柄な中年男性もまた、蛍と同じ感覚を覚えたようで、蝶舞の足先から頭までを唖然とした表情で目でなぞった。
「斗波、お前はもう本買ったん?」
「おん。3日前に買い物に出かけたついでに買ってしもた」
蝶舞は自分が座っていた所を指差し、蛍に座るように促した。
「俺、チャチャッと買ってくるから待っといてくれへん?」
蛍がヒラヒラと手を振ると、蝶舞はスマホをズボンのポケットにねじ込みながら、スタスタと足早に本屋に向かった。大きすぎる蝶舞の後ろ姿はなかなか小さくならず、蛍は雨月物語の芋の話をふと思い出した。
「お待たせ」
蝶舞はTSUTAYAの袋を手にぶら下げて戻って来た。蝶舞は左の手首に付けた腕時計に目をやると、蛍に立つように目で合図した。
「ほんなら行くか」
蝶舞が本を買っている間に、蛍の汗はかなり収まった。蛍は立ち上がったが、蛍の目の前には蝶舞のTシャツの腹に印字された文字が丁度目の高さに見えた。
「泊、今からお前進撃の巨人のエキストラに応募したら?」
蛍と蝶舞が2人並んで、上映中に食べるポップコーンとシェイクを選んでいる時に、蛍はふと思い付いたことを言ってみた。ほんの悪戯心で。蝶舞は値段を頭の中で計算しながら、他の人に怪しまれない程度に小さく吹き出した。
「何で俺が駆逐されなあかんねん」
蛍と蝶舞は顔を見合わせると、ニヤリと笑った。
イオンシネマは店内の他の施設に比べると、薄暗い場所が格別に多い。陽炎は、隅の方の暗闇に佇み、2人のやり取りを静かに見守っていた。
「……分かりにくいだけで、この世界は泣き叫ぶのに値するくらい残酷だよ?2人とも」
陽炎には、蛍と蝶舞の頭には、明日にでも死ぬかもしれないことなど微塵も考えていないことが分かっていた。
「でも大丈夫。俺がちゃんと......守る。守ってみせる。この刹那の幸せを」
「ちょっと俺、トイレ行ってくるわ」
「おう、急げ」
蛍と蝶舞に、陽炎の声は届きすらしなかった。だが陽炎はそれでも構わなかった。気付いてもらうことを諦めたからではない。命を懸けて生ける者を守ることが、死神としての誇りであり願いだったのだ。
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