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第二章 青い春
死神に抱かれし恋心
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「I saw a movie with my friend yesterday. ...That was my first time I saw a movie which ……which…うーん…もうちょっと簡潔に書けへんかな」
蝶舞と一緒に映画を見に行った翌日、蛍は課題である映画の感想プリントを仕上げに掛かっていた。近くの公園で、地元の小学生達が集められてラジオ体操をさせられているのが聞こえる。蝉が競ったように鳴く朝。プリントには、蛍が何度も書いては消してを繰り返した試行錯誤の痕跡が残っている。蛍はプリントの上に散らばった消しカスを息で吹き飛ばし、手で軽く払った。
「同情…。違う。共感…?いや…羨望……違う。そんなんちゃう」
誰にも知られてはいけない。
蛍は映画の予告を観たあの日以来、心の奥底で鳴り響く自分自身の声に怯えて暮らしてきた。蛍はペンを右手に握り締めた。ペンと手の平の間が蛍の手の汗で濡れた感触。蛍はプリントの上に薄黒く残っている文字の跡をじっと見つめる。
嘘を付き続けたままで良いのか?
蛍は苦悶した。あの日、無意識に自分が異質かを蝶舞に問うた時に、蝶舞は知ってしまったかもしれない。蝶舞はもしかしたら自分に気を遣って、知らない振りをしているだけかもしれない。ならば、本当の自分を曝け出すべきか。
…もし、蝶舞が本当に気付いていなかったのなら?
蛍は、蝶舞の少年らしい笑みを心に思い浮かべた。蛍は怖かった。伝えてしまえば、蝶舞は何処か遠い場所に去ってしまう気がした。蛍は拳を握り締める。
俺は、何か罪深いことでもしているのか?
蛍の奥底で「違う、違う」と叫び訴える声。それを蛍の中に潜む臆病さと正しさが捻じ伏せる。臆病な自分と、「正しさ」を追い求める自分に首を絞められるような感覚に陥る。
ティロリン♪
「ハッ…」
机の左隅に電子辞書と一緒に置かれていたスマホから、LINEの通知音がした。蛍が恐る恐るスマホを手に取ると、見覚えのある厳島神社のアイコンが表示されていた。蛍はそれを見ると、安堵と寂寥が混ざったような気持ちになった。
蛍は、ふうっと長い溜息をついて、蝶舞とのトーク画面を開いた。蝶舞からは、例の映画の主題歌を歌っている馬山透宇の画像が切り取られたものが送信されていた。
『蝶舞:斗波がカッコつけてるようにしか見えなくてワロタ』
蛍は蝶舞からのメッセージを確認すると、スマホを持ったまま洗面所に向かった。そして、蝶舞から送られた馬山透宇と同じポーズを取り、思いっきり格好つけた表情をしてみた。
「ダァッセ!」
蛍は、鏡に映った自分の姿を笑い飛ばした。すると、蛍の胸の奥に潜んでいた何かがスゥッと身体の外に出ていくような感覚を覚えた。
「お前なら……?」
蛍は、蝶舞なら全てを受け入れてくれる気がした。根拠はなかった。不安が少しもないわけでもなかった。ただ、蝶舞に、そして自分自身に嘘を付き続けるのが嫌だった。蛍は震える指で蝶舞へのテキストメッセージを入力した。
『蛍:もしかしたら俺、本当は男が好きなのかもしれへん』
蛍は入力し終えた後も、すぐには送信出来ずにいた。数分前に蛍の身体から抜け出た臆病さが、再び蛍の心に蔓延り始めていた。蛍が先日、蝶舞に自分が変かと尋ねた時の沈黙がまざまざと蘇る。あの沈黙の間、蝶舞が何を考えていたのか、蛍には分からなかった。いや、分かりたくなかった。だから目を背けた。だが、蝶舞はそんな自分に向き合おうとしてくれていたのかもしれなかった。蛍の心臓の音が蛍の鼓膜に響く。蛍は深呼吸をすると、カッと両目を見開き、心を支配しようとする臆病な自分を追い出した。そして勇気を持って、送信ボタンに人差し指を触れた。
『蝶舞:既読』
蛍が蝶舞に送ったメッセージには、送信した直後に既読が付いた。数分後、蝶舞から蛍あてにメッセージが送られた。蝶舞には珍しく長文で。
『蝶舞:悩んでるなら話聞く。悩むな、なんて無責任なことは言いたくないし、俺は異性愛者だから斗波の気持ちを完全には理解できないかもしれない。だけど、俺は斗波が男を好きでも全然構わない。もしかしたら同性愛者が少数派である以上恋は叶いにくいのかもしれないけど、叶わない恋をしちゃいけないことなんて絶対にないし、斗波が誰を好きになるかに口出しして良い権利は誰にもない。だから、自分を否定しないでほしい。俺が何度でも泊を受け入れる』
蝶舞からのメッセージを最後まで読みきらないまま、蛍の目から涙が一筋流れた。目の奥が熱い。心の奥が温かい。蛍は、居間で読書をしている祖母に聞こえないように、床にしゃがんで静かに嗚咽した。
「泊が友達で良かった…」
蛍の瞼に世央の懐かしい笑顔が浮かぶ。洗面所に温かい陽射しが差し込む。
「好きなんだよ……世央」
蛍は、心臓の奥底に隠していた言葉をやっと口に出した。蛍はこの瞬間、心臓を締め付けていたものから、ようやく解放された。
「大丈夫だよ、蛍」
陽炎は腰を屈め、蛍を胸に抱いた。自分と身長が殆ど変わらないくらいに大きくなった蛍の背中を優しく撫でる。
「俺も蛍の傍にいるよ。ずっと」
陽炎の目から、一筋の涙が溢れた。
「あ…?水?」
蛍の足元に、どこからともなく現れた水滴が一滴垂れた。蛍はそれが、自分を抱き締める死神のものだとは考えもしなかった。
蝶舞と一緒に映画を見に行った翌日、蛍は課題である映画の感想プリントを仕上げに掛かっていた。近くの公園で、地元の小学生達が集められてラジオ体操をさせられているのが聞こえる。蝉が競ったように鳴く朝。プリントには、蛍が何度も書いては消してを繰り返した試行錯誤の痕跡が残っている。蛍はプリントの上に散らばった消しカスを息で吹き飛ばし、手で軽く払った。
「同情…。違う。共感…?いや…羨望……違う。そんなんちゃう」
誰にも知られてはいけない。
蛍は映画の予告を観たあの日以来、心の奥底で鳴り響く自分自身の声に怯えて暮らしてきた。蛍はペンを右手に握り締めた。ペンと手の平の間が蛍の手の汗で濡れた感触。蛍はプリントの上に薄黒く残っている文字の跡をじっと見つめる。
嘘を付き続けたままで良いのか?
蛍は苦悶した。あの日、無意識に自分が異質かを蝶舞に問うた時に、蝶舞は知ってしまったかもしれない。蝶舞はもしかしたら自分に気を遣って、知らない振りをしているだけかもしれない。ならば、本当の自分を曝け出すべきか。
…もし、蝶舞が本当に気付いていなかったのなら?
蛍は、蝶舞の少年らしい笑みを心に思い浮かべた。蛍は怖かった。伝えてしまえば、蝶舞は何処か遠い場所に去ってしまう気がした。蛍は拳を握り締める。
俺は、何か罪深いことでもしているのか?
蛍の奥底で「違う、違う」と叫び訴える声。それを蛍の中に潜む臆病さと正しさが捻じ伏せる。臆病な自分と、「正しさ」を追い求める自分に首を絞められるような感覚に陥る。
ティロリン♪
「ハッ…」
机の左隅に電子辞書と一緒に置かれていたスマホから、LINEの通知音がした。蛍が恐る恐るスマホを手に取ると、見覚えのある厳島神社のアイコンが表示されていた。蛍はそれを見ると、安堵と寂寥が混ざったような気持ちになった。
蛍は、ふうっと長い溜息をついて、蝶舞とのトーク画面を開いた。蝶舞からは、例の映画の主題歌を歌っている馬山透宇の画像が切り取られたものが送信されていた。
『蝶舞:斗波がカッコつけてるようにしか見えなくてワロタ』
蛍は蝶舞からのメッセージを確認すると、スマホを持ったまま洗面所に向かった。そして、蝶舞から送られた馬山透宇と同じポーズを取り、思いっきり格好つけた表情をしてみた。
「ダァッセ!」
蛍は、鏡に映った自分の姿を笑い飛ばした。すると、蛍の胸の奥に潜んでいた何かがスゥッと身体の外に出ていくような感覚を覚えた。
「お前なら……?」
蛍は、蝶舞なら全てを受け入れてくれる気がした。根拠はなかった。不安が少しもないわけでもなかった。ただ、蝶舞に、そして自分自身に嘘を付き続けるのが嫌だった。蛍は震える指で蝶舞へのテキストメッセージを入力した。
『蛍:もしかしたら俺、本当は男が好きなのかもしれへん』
蛍は入力し終えた後も、すぐには送信出来ずにいた。数分前に蛍の身体から抜け出た臆病さが、再び蛍の心に蔓延り始めていた。蛍が先日、蝶舞に自分が変かと尋ねた時の沈黙がまざまざと蘇る。あの沈黙の間、蝶舞が何を考えていたのか、蛍には分からなかった。いや、分かりたくなかった。だから目を背けた。だが、蝶舞はそんな自分に向き合おうとしてくれていたのかもしれなかった。蛍の心臓の音が蛍の鼓膜に響く。蛍は深呼吸をすると、カッと両目を見開き、心を支配しようとする臆病な自分を追い出した。そして勇気を持って、送信ボタンに人差し指を触れた。
『蝶舞:既読』
蛍が蝶舞に送ったメッセージには、送信した直後に既読が付いた。数分後、蝶舞から蛍あてにメッセージが送られた。蝶舞には珍しく長文で。
『蝶舞:悩んでるなら話聞く。悩むな、なんて無責任なことは言いたくないし、俺は異性愛者だから斗波の気持ちを完全には理解できないかもしれない。だけど、俺は斗波が男を好きでも全然構わない。もしかしたら同性愛者が少数派である以上恋は叶いにくいのかもしれないけど、叶わない恋をしちゃいけないことなんて絶対にないし、斗波が誰を好きになるかに口出しして良い権利は誰にもない。だから、自分を否定しないでほしい。俺が何度でも泊を受け入れる』
蝶舞からのメッセージを最後まで読みきらないまま、蛍の目から涙が一筋流れた。目の奥が熱い。心の奥が温かい。蛍は、居間で読書をしている祖母に聞こえないように、床にしゃがんで静かに嗚咽した。
「泊が友達で良かった…」
蛍の瞼に世央の懐かしい笑顔が浮かぶ。洗面所に温かい陽射しが差し込む。
「好きなんだよ……世央」
蛍は、心臓の奥底に隠していた言葉をやっと口に出した。蛍はこの瞬間、心臓を締め付けていたものから、ようやく解放された。
「大丈夫だよ、蛍」
陽炎は腰を屈め、蛍を胸に抱いた。自分と身長が殆ど変わらないくらいに大きくなった蛍の背中を優しく撫でる。
「俺も蛍の傍にいるよ。ずっと」
陽炎の目から、一筋の涙が溢れた。
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