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第三章 星に願いを
カウントダウン
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「1:00」
突如として現れた謎の数字。それは時刻を表していたわけでもなく、時が経つほどに変わるわけでもなく、ただ蛍の頭上に静かに存在し続けた。
そしてその数字は、蛍たちには見えなかった。蛍たちは変わらぬ日々を当たり前のように送っていく。陽炎だけが、数字の不可解さと不気味さに戦慄していた。
いっそのこと、カウントダウンのように分かりやすく数字が減っていってくれる方が陽炎にとっては有り難かった。確信はなかったが、「1:00」が「蛍の死」に関わるものかもしれないということには薄々気付いていた。
数字が減っていくならば、それは蛍の死が目の前にあるということ。棺桶に片足を突っ込んでいる筈の蛍の祖母の頭上にさえ、残り時間らしきものは陽炎にも見えない。蛍の頭上に浮かぶ数字が残り1時間を示すのか、残り1分を示すのか分からなかった。ただ、その僅かな残り時間で、「蛍の死」を出来る限り延ばすためなら陽炎は「蛍の死」を招く要因を消すくらいの覚悟は出来ていた。もしも蛍が飲酒運転の暴走車に轢かれて死ぬとするならば、その事故を起こす事になる人物を今のうちに処理してしまおうかとも考えた。
だが、「1:00」は余りにも静かだった。陽炎が恐れようが何しようが、変わらず同じ数字を黙って陽炎にだけ示していた。閉店間際の店や、閉館間際の図書館のように静か過ぎる空間を目にすると、不安感を覚えることは少なくない。陽炎はそれに通ずるものを、「1:00」に対して感じていた。
蛍は模試の日に駅で世央と別れて以来、世央のことを忘れようとするように我武者羅に勉強や部活に勤しむようになった。蝶舞は蛍の急激な変化に戸惑いつつ、その理由を尋ねることはせず、相変わらず放課後には蛍と一緒にスタバで取るに足らない時間を過ごしていた。
謎の数字が現れても、太陽は変わらず東から昇り西に沈む。朝には鳥がさえずり、夜には星が光る。変わらない筈の日常。
変化は突如として訪れた。
「0:11……?!」
蛍は机に向かって翌日の英単語テストに向けて、単語集の付箋が付いている部分だけを重点的に見直しをしていた。そして時計の針が午後11時を指した瞬間、蛍の頭上に浮かぶ数字が変わった。あまりにも静かに、無感情に、残酷に。
陽炎は、初めて蛍の頭上に数字が現れた日を思い出した。それはいつだったか。なぜ、この瞬間に数字が変わったのか。陽炎はそれに対する答えを必死に探していた。蛍が模試を受けに行った、例のあの夜は、ちょうど1ヶ月前。
「あ……そんな…!!」
陽炎の頭にある1つの残酷な考えがよぎった。ちょうど1ヶ月が経って、数字が変わった。「1:00」は残り1年、「0:11」は残り11ヶ月。
陽炎が考えあぐねているうちに、何も出来ないまま、蛍の死が1ヶ月だけ近付いた。
「蛍...!蛍!!!」
陽炎は必死に蛍の耳に口を近づけて、精一杯彼の名前を叫んだ。だが蛍は微動だにしなかった。蛍にとって、陽炎は同じく目に見えない空気よりも存在感のない、いや、存在しているという概念を抱くことすらない存在だった。陽炎は蛍の肩を掴んで強く揺すろうとした。陽炎の手には間違いなく蛍の温もりは伝わるのに、身体を持たない陽炎の手は蛍の身体を無情にもすり抜ける。
「誰か…誰か!」
陽炎は蛍の部屋を飛び出ると、無我夢中で家の中を、街を走り回った。蛍の祖母に訴えても気付かれず、蝶舞に訴えても素通りされ、蛍の両親に訴えても誰にも陽炎の声は届かない。
「どうして…何で?!聞けよ!俺を見ろよ!」
寒い夜空に浮かぶ冷たい月の光。寝静まっていく街を照らすビル街の灯り。
仕事から疲弊した様子で自宅に向かうサラリーマン。宴会後で千鳥足になって酔っぱらっているサラリーマン。2人きりの世界に浸っている初々しいカップル。塾帰りと思われる蛍と同い年くらいの学生たちも、夜の寒さに身を震わせながら小走りで自宅に向かう。
「お願い…聞いてよ…蛍が…蛍が!!」
陽炎は普段の落ち着きを完全に失って半狂乱になり、道行く人の前に腕を大きく広げて立ちはだかっては泣き叫ぶ。そして彼らが皆彼に目もくれず素通りしていくたびに、陽炎の心はズタズタに引き裂かれていく。
眩しい月が雲間から姿を現し、白い光が陽炎を照らした時。もう何をしても修復できないくらいに無残に裂かれた陽炎の心に、僅かな希望の光が宿った。
「世央なら…もしかしたら…」
人いきれに紛れて、日常を傍らから見守るだけの生活は、もはや過ぎ去った。まだまだ遠い未来の話だと思っていたものが、刻一刻と蛍に迫る。陽炎はまだ、蛍の魂を神に届ける等という役割は果たしたくはなかった。
雑然とした夜。
この瞬間、死神の運命との戦いが始まった。
突如として現れた謎の数字。それは時刻を表していたわけでもなく、時が経つほどに変わるわけでもなく、ただ蛍の頭上に静かに存在し続けた。
そしてその数字は、蛍たちには見えなかった。蛍たちは変わらぬ日々を当たり前のように送っていく。陽炎だけが、数字の不可解さと不気味さに戦慄していた。
いっそのこと、カウントダウンのように分かりやすく数字が減っていってくれる方が陽炎にとっては有り難かった。確信はなかったが、「1:00」が「蛍の死」に関わるものかもしれないということには薄々気付いていた。
数字が減っていくならば、それは蛍の死が目の前にあるということ。棺桶に片足を突っ込んでいる筈の蛍の祖母の頭上にさえ、残り時間らしきものは陽炎にも見えない。蛍の頭上に浮かぶ数字が残り1時間を示すのか、残り1分を示すのか分からなかった。ただ、その僅かな残り時間で、「蛍の死」を出来る限り延ばすためなら陽炎は「蛍の死」を招く要因を消すくらいの覚悟は出来ていた。もしも蛍が飲酒運転の暴走車に轢かれて死ぬとするならば、その事故を起こす事になる人物を今のうちに処理してしまおうかとも考えた。
だが、「1:00」は余りにも静かだった。陽炎が恐れようが何しようが、変わらず同じ数字を黙って陽炎にだけ示していた。閉店間際の店や、閉館間際の図書館のように静か過ぎる空間を目にすると、不安感を覚えることは少なくない。陽炎はそれに通ずるものを、「1:00」に対して感じていた。
蛍は模試の日に駅で世央と別れて以来、世央のことを忘れようとするように我武者羅に勉強や部活に勤しむようになった。蝶舞は蛍の急激な変化に戸惑いつつ、その理由を尋ねることはせず、相変わらず放課後には蛍と一緒にスタバで取るに足らない時間を過ごしていた。
謎の数字が現れても、太陽は変わらず東から昇り西に沈む。朝には鳥がさえずり、夜には星が光る。変わらない筈の日常。
変化は突如として訪れた。
「0:11……?!」
蛍は机に向かって翌日の英単語テストに向けて、単語集の付箋が付いている部分だけを重点的に見直しをしていた。そして時計の針が午後11時を指した瞬間、蛍の頭上に浮かぶ数字が変わった。あまりにも静かに、無感情に、残酷に。
陽炎は、初めて蛍の頭上に数字が現れた日を思い出した。それはいつだったか。なぜ、この瞬間に数字が変わったのか。陽炎はそれに対する答えを必死に探していた。蛍が模試を受けに行った、例のあの夜は、ちょうど1ヶ月前。
「あ……そんな…!!」
陽炎の頭にある1つの残酷な考えがよぎった。ちょうど1ヶ月が経って、数字が変わった。「1:00」は残り1年、「0:11」は残り11ヶ月。
陽炎が考えあぐねているうちに、何も出来ないまま、蛍の死が1ヶ月だけ近付いた。
「蛍...!蛍!!!」
陽炎は必死に蛍の耳に口を近づけて、精一杯彼の名前を叫んだ。だが蛍は微動だにしなかった。蛍にとって、陽炎は同じく目に見えない空気よりも存在感のない、いや、存在しているという概念を抱くことすらない存在だった。陽炎は蛍の肩を掴んで強く揺すろうとした。陽炎の手には間違いなく蛍の温もりは伝わるのに、身体を持たない陽炎の手は蛍の身体を無情にもすり抜ける。
「誰か…誰か!」
陽炎は蛍の部屋を飛び出ると、無我夢中で家の中を、街を走り回った。蛍の祖母に訴えても気付かれず、蝶舞に訴えても素通りされ、蛍の両親に訴えても誰にも陽炎の声は届かない。
「どうして…何で?!聞けよ!俺を見ろよ!」
寒い夜空に浮かぶ冷たい月の光。寝静まっていく街を照らすビル街の灯り。
仕事から疲弊した様子で自宅に向かうサラリーマン。宴会後で千鳥足になって酔っぱらっているサラリーマン。2人きりの世界に浸っている初々しいカップル。塾帰りと思われる蛍と同い年くらいの学生たちも、夜の寒さに身を震わせながら小走りで自宅に向かう。
「お願い…聞いてよ…蛍が…蛍が!!」
陽炎は普段の落ち着きを完全に失って半狂乱になり、道行く人の前に腕を大きく広げて立ちはだかっては泣き叫ぶ。そして彼らが皆彼に目もくれず素通りしていくたびに、陽炎の心はズタズタに引き裂かれていく。
眩しい月が雲間から姿を現し、白い光が陽炎を照らした時。もう何をしても修復できないくらいに無残に裂かれた陽炎の心に、僅かな希望の光が宿った。
「世央なら…もしかしたら…」
人いきれに紛れて、日常を傍らから見守るだけの生活は、もはや過ぎ去った。まだまだ遠い未来の話だと思っていたものが、刻一刻と蛍に迫る。陽炎はまだ、蛍の魂を神に届ける等という役割は果たしたくはなかった。
雑然とした夜。
この瞬間、死神の運命との戦いが始まった。
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