恋が始まらない

北斗白

文字の大きさ
31 / 48

第31話「コーヒーと内心」

しおりを挟む
適当にアイスコーヒーを注文して、冬馬の向かい側に純と笹森が座ると言った形で腰を下ろす。それから各自が注文した飲み物が運ばれてくると、笹森が「それじゃ話しますか」と啖呵たんかを切った。
 
 「松田君から話は聞いたよ。大変な目に遭ったんだってね」
 「まぁ……」

 恐らく笹森が言及しているのは、伊達関連の出来事だと思うが、冬馬の心境として一番辛かったのは最も他の事だ。だがそれを言ったところで話が面倒くさくなりかねないので要らない情報は口を噤むようにした。

 「けど水城君の配慮のお陰で、他のクラスメイトが何かされるとかはないみたい」

 笹森のこの言葉を聞いて少しホッとした。球技大会の日から今日まで自分なりの解釈で状況をとらえてきたので、実際にいじめられている人がいないという確信を持てないまま過ごしていたので聞いて安心した。
 だが顔を綻ばせている冬馬とは真反対に真剣な表情をした純が言った。

 「でも、僕はそんなの望んでいない」
 「え……?」
 「だっておかしいでしょ。何で他の生徒の為に冬馬一人が犠牲にならなきゃないの? 冬馬は優しいから受け入れてるかもしれないけど僕は嫌だ。だから前みたいに一緒に話そうよ」
 
 だが元はと言えば親友である純を遠ざけたのは紛れもない自分自身だ。それで時間が経ってから冬馬も一人でいるのが辛いからと言って、一度背を向けてしまった親友に開き直って顔を向けるなんて到底出来た事ではない。
 冬馬の心の中に葛藤が生じる中、純は続けた。

 「僕、違うと思うんだ。大事な親友が辛い目に遭っているのに見て見ぬ振りをするなんて。そりゃあ伊達も怖いけど、僕にとっては冬馬を一人にするクラスの雰囲気の方がよっぽど怖いよ」
 「純……でも俺は自分から遠ざけてるんだ。皆が悪いわけじゃないよ」
 「違う。それは皆に弱い心があるからだよ。でもやっぱりこんなの納得がいかなかったから、僕はもう弱い自分でいる事を止めた。だから冬馬、また一緒にいようよ」

 こんなにも完全に冬馬の言葉を否定する純は見たことがない。冬馬の目を見て一生懸命に訴えてくれるのは、この期間に自分のことを何よりも考えてくれていた証拠だろう。
 ……もし純が本気で自分と一緒に居たいと言っているのであれば、少しくらいは心を許すのはアリかもしれない。それに本心で語るならば自分だって一番の親友と話す事すら許されないなんてあまりにも寂しすぎた。
 純だけではなく、冬馬にとっても我慢の限界に近づいていた。
 
 「……うん。今までごめん。それと純、これからもよろしくね」
 「僕も今までごめん……でも良かった。また冬馬と話すことが出来るなんて。笹森君、協力してくれてありがとうね」
 「あ……」

 純との感動シーンに心が奪われてしまって、冬馬の心の中に渦巻いていた一番の疑問の事を忘れてしまっていた。

 「あ、あの。純と笹森君って何で仲良くなったの?」

 冬馬の投げかけに、向かい側に座る笹森がアイスコーヒーを一口啜って答える。

 「あー、最近水城君が学校で一切口開かないから、松田君に事情聴いたら教えてくれて話してるうちに仲良くなったって感じ」
 「そ、そうなんだ……」

 大分噛み砕かれたような気もするが、話の内容からして笹森も自分の事を少しでも気にかけてくれたんだろう。彼とは球技大会での一回しか話したことはないが、それでも自分を気にかけてくれてたという事が非常にありがたい。
 この学校に入学した時から彼の事は視界に入っていたが、絵に描いたような素晴らしい人とはこういうことなんだなぁとつくづく実感する。
 それに容姿に伴って中身も良いというのは、笹森に対して羨ましいと嫉妬する反面、今の高校生に多く見られる「差別」の概念を壊しているような心持ちに尊敬している。

 「そういえば、冬馬が一人でいた今までずっと小説書いてたよね? どこまで進んだの。ラブストーリー」

 笑みを漏らして話し始めた純の最後の言葉に、馬鹿にしたような感情が混じっているような印象を覚えて、まだ笑うのかと突っ込みたくなる。

 「え、水城君ってラブストーリー書いてるの?」
 「まあ、サークルの課題でね……。でも全部バッドエンドルートに行っちゃって刹那社長に怒られそうなんだよね」

 「刹那社長って?」という笹森の疑問に、純が「僕たちのサークルのボスだよ」と答える。本当は今日も執筆作業の続きをしようとしていたところだが、何の刺激もない現状を打破しない限りは、結局バッドエンドルートに息ついてしまうのが見え見えだ。

 「ちょっと読ませてよ」
 
 ニコニコと笑顔のまま純が口を開く。
 あの日、課題を貰った帰り道に爆笑の渦に飲み込まれていた純に見せるのは気が進まないが、もしかしたらバッドエンドを抜け出すアドバイスが貰えるかもしれない。
 鞄からホッチキスで纏めた資料を出し、純の問いかけに了承しようとした時、純の隣に座っていた笹森が言った。

 「……僕にも読ませてもらってもいいかな?」
 「うん、良いけど」

 冬馬のビジョンに、これまでスポーツマンのイメージが定着していた笹森が小説を読みたがるなんて思いもしなかった。ましてや教室でも本を読んでいるところを見たことがない。
 まあいろんな意見が聞けて良いか。と納得した冬馬は、「先に僕が読ませてもらうね」という純の要求に、先に読んでもらう事となった。
 純が読んでいる間、本なんて読むんだね。まあ家で小説は読んでるよ。などと笹森と雑談を交える。それから少しして、読み終わった純が笹森に資料を手渡した。

 「冬馬……ラブストーリー書ける素質もあったんだね」
 「え、ああ、ありがと」

 何かしらの指摘が飛んでくるのかと覚悟していたので、思いのほか褒められて変な感情になる。

 「でもこれじゃあ恋物語ラブストーリーじゃなくて失恋物語ハートブレイクストーリーだね」
 「ですよね……」

 失恋の物語を執筆したかったわけじゃない。ただどうしてもと言っていいほどに自然と物語がバッドエンドの方向に傾いてしまう。
 
 「要するに、主人公が些細なキッカケでヒロインの事を好きになって、段々とお互いの距離を縮めて行っていると思っていたけど、それは主人公の勘違いで、ヒロインからしてみれば普通に男子生徒と関わるのと同じだったと。しかもある出来事によって主人公が虐められてしまったとき、学校一に君臨する美女ともいえるヒロインはゴミを見る目で主人公を見下して、それに傷ついた主人公は不登校になって他の人から心を閉ざしちゃうわけだ」
 「おお、凄く綺麗にまとめたね」

 純はもとより、定期的に開催されている学校内の考査でも、国語の点数が他の教科に比べて圧倒的に高い。国語だけなら冬馬よりもいい点数を取っているが、他の教科が全然なので、いつも順位は真ん中よりやや下という結果を残している。
 
 「これをバッドエンドから抜け出すって、どっちかが行動を起こさないと厳しいんじゃない?」
 「まあ、結局はそうなると思うんだけど、どう行動を起こしていいのかわかんないんだよなぁ」

 頭の中で色々と構成を練り直したり、色々な小説も読み漁ったりしてしなりをを考え直してみたが、やはり今までに自分の身に恋愛経験がない……こっぴどく振られた経験しかないせいか、今の高校生の恋愛を描くことがとても難しい。
 
 「愚直に書いてみるってのもアリなんじゃない?」
 「愚直って?」
 「物語を素直に進めてみるってこと。口悪くなるけど、読んだ感じ胸糞悪いっていうかモヤモヤが止まらないっていうのかな。両方とも面と向かって正直な気持ちを言ってないからもどかしいんだよね」
 
 なるほどな……と納得していると、笹森も読み終わったらしく、冬馬に「ありがとう」と資料を返してきた。

 「笹森君はこのストーリーどう思う?」

 純が口に出すと、笹森はグラスに残っていたものを全部飲み干して言った。
しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

貴方の事なんて大嫌い!

柊 月
恋愛
ティリアーナには想い人がいる。 しかし彼が彼女に向けた言葉は残酷だった。 これは不器用で素直じゃない2人の物語。

溺愛のフリから2年後は。

橘しづき
恋愛
 岡部愛理は、ぱっと見クールビューティーな女性だが、中身はビールと漫画、ゲームが大好き。恋愛は昔に何度か失敗してから、もうするつもりはない。    そんな愛理には幼馴染がいる。羽柴湊斗は小学校に上がる前から仲がよく、いまだに二人で飲んだりする仲だ。実は2年前から、湊斗と愛理は付き合っていることになっている。親からの圧力などに耐えられず、酔った勢いでついた嘘だった。    でも2年も経てば、今度は結婚を促される。さて、そろそろ偽装恋人も終わりにしなければ、と愛理は思っているのだが……?

隣人はクールな同期でした。

氷萌
恋愛
それなりに有名な出版会社に入社して早6年。 30歳を前にして 未婚で恋人もいないけれど。 マンションの隣に住む同期の男と 酒を酌み交わす日々。 心許すアイツとは ”同期以上、恋人未満―――” 1度は愛した元カレと再会し心を搔き乱され 恋敵の幼馴染には刃を向けられる。 広報部所属 ●七星 セツナ●-Setuna Nanase-(29歳) 編集部所属 副編集長 ●煌月 ジン●-Jin Kouduki-(29歳) 本当に好きな人は…誰? 己の気持ちに向き合う最後の恋。 “ただの恋愛物語”ってだけじゃない 命と、人との 向き合うという事。 現実に、なさそうな だけどちょっとあり得るかもしれない 複雑に絡み合う人間模様を描いた 等身大のラブストーリー。

【完結】小さなマリーは僕の物

miniko
恋愛
マリーは小柄で胸元も寂しい自分の容姿にコンプレックスを抱いていた。 彼女の子供の頃からの婚約者は、容姿端麗、性格も良く、とても大事にしてくれる完璧な人。 しかし、周囲からの圧力もあり、自分は彼に不釣り合いだと感じて、婚約解消を目指す。 ※マリー視点とアラン視点、同じ内容を交互に書く予定です。(最終話はマリー視点のみ)

十八歳で必ず死ぬ令嬢ですが、今日もまた目を覚ましました【完結】

藤原遊
恋愛
十八歳で、私はいつも死ぬ。 そしてなぜか、また目を覚ましてしまう。 記憶を抱えたまま、幼い頃に――。 どれほど愛されても、どれほど誰かを愛しても、 結末は変わらない。 何度生きても、十八歳のその日が、私の最後になる。 それでも私は今日も微笑む。 過去を知るのは、私だけ。 もう一度、大切な人たちと過ごすために。 もう一度、恋をするために。 「どうせ死ぬのなら、あなたにまた、恋をしたいの」 十一度目の人生。 これは、記憶を繰り返す令嬢が紡ぐ、優しくて、少しだけ残酷な物語。

片想い婚〜今日、姉の婚約者と結婚します〜

橘しづき
恋愛
 姉には幼い頃から婚約者がいた。両家が決めた相手だった。お互いの家の繁栄のための結婚だという。    私はその彼に、幼い頃からずっと恋心を抱いていた。叶わぬ恋に辟易し、秘めた想いは誰に言わず、二人の結婚式にのぞんだ。    だが当日、姉は結婚式に来なかった。  パニックに陥る両親たち、悲しげな愛しい人。そこで自分の口から声が出た。 「私が……蒼一さんと結婚します」    姉の身代わりに結婚した咲良。好きな人と夫婦になれるも、心も体も通じ合えない片想い。

思い出さなければ良かったのに

田沢みん
恋愛
「お前の29歳の誕生日には絶対に帰って来るから」そう言い残して3年後、彼は私の誕生日に帰って来た。 大事なことを忘れたまま。 *本編完結済。不定期で番外編を更新中です。

【完結】少年の懺悔、少女の願い

干野ワニ
恋愛
伯爵家の嫡男に生まれたフェルナンには、ロズリーヌという幼い頃からの『親友』がいた。「気取ったご令嬢なんかと結婚するくらいならロズがいい」というフェルナンの希望で、二人は一年後に婚約することになったのだが……伯爵夫人となるべく王都での行儀見習いを終えた『親友』は、すっかり別人の『ご令嬢』となっていた。 そんな彼女に置いて行かれたと感じたフェルナンは、思わず「奔放な義妹の方が良い」などと言ってしまい―― なぜあの時、本当の気持ちを伝えておかなかったのか。 後悔しても、もう遅いのだ。 ※本編が全7話で悲恋、後日談が全2話でハッピーエンド予定です。 ※長編のスピンオフですが、単体で読めます。

処理中です...