ステータスなしの元人気メンタリスト、異世界の最強ドラゴンをお手だけで服従させる~目を見ただけで思考が読めるので、魔法使いが詠唱してくれません

マーマー

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第1章第4節 共犯者の契約と、震える背中

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 地下牢の澱んだ空気が、ピリリと張り詰めていた。
 レンの宣言――「僕の『目』となって働いてもらう」という傲慢な言葉に対し、セシリアの反応は劇的だった。

「……ふざけるな」

 彼女は顔を上げ、蒼い瞳に侮蔑と怒りの炎を宿してレンを睨みつけた。
 先ほどまでの「諦め」は消え失せ、代わりに明確な「敵意」が生まれている。
 レンの背筋に、氷柱を突き刺されたような悪寒が走る。

(ひぃぃッ! やっぱ怒った! 元騎士団長の殺気ってレベルが違うだろ! 拘束されてなかったら確実に首が飛んでた!)

 レンの内面は、全速力で逃げ出す準備を整えていた。
 だが、ここで視線を逸らせば「口だけの詐欺師」だと見抜かれる。動物の世界と同じだ。目を逸らした方が食われる。
 レンは必死に膝の震えを制御し、あえてさらに一歩、彼女の懐へと踏み込んだ。

「ふざけてなどいない。……君は勘違いをしているよ、セシリア」

 レンは彼女の目の高さに合わせて屈み込み、その整った顔を至近距離で覗き込んだ。

「君が怒っているのは、僕に対してじゃない。無実の罪を着せた宰相ゼクスに対してでもない」
「……何?」
「君は、自分自身に腹を立てているんだ。『なぜあの時、もっと上手く立ち回れなかったのか』。『なぜ、部下を守れなかったのか』。……違うかい?」

 セシリアの目が大きく見開かれた。
 唇がわずかに震え、視線が右下へと泳ぐ。
 
(図星だ。右下への視線移動は、過去の身体的感覚や情動へのアクセス。彼女はいま、過去の悔しさを再体験している)

 レンの観察眼(スキャン)は止まらない。
 彼女の拳は白くなるほど握りしめられ、首筋の血管が浮き出ている。それは、行き場のない感情を必死に抑制しているサインだ。

「君は真面目すぎた。清廉潔白でありすぎた。だから、泥にまみれる覚悟が足りなかった。……その『潔癖さ』こそが、君の敗因だ」

 残酷な真実を突きつける。
 これは『ショック・ブリッジ』と呼ばれる手法だ。相手のトラウマや触れられたくない核心を突き、一時的に思考を停止(フリーズ)させる。
 心の防壁に亀裂を入れるのだ。

「き、貴様に……私の……騎士としての誇りの、何がわかるッ……!」

 セシリアの声が湿り気を帯びる。怒りから、悲しみへ。感情の蓋が開きかけている。
 今だ。
 レンは声を落とし、悪魔の誘惑のように囁いた。

「誇りで国が守れるか? 名誉で民が救えるか? ……いいや、守れない」

 レンは断言した。
 そして、ニヤリと笑う。

「悪を討つには、それ以上の悪が必要だ。清廉な騎士様ごっこは終わりだ、セシリア。……僕と一緒に、泥にまみれて国を救う覚悟はあるか?」

 これは『リフレーミング』。
 彼女が抱える「騎士としての失敗」というネガティブな枠組みを、「泥にまみれてでも戦うダークヒーロー」というポジティブ(あるいは能動的)な枠組みへと再定義する。
 彼女のような責任感の強いタイプには、「清く正しく」よりも「汚れてでも成し遂げる」という悲壮な決意の方が刺さる。

 セシリアは押し黙った。
 その瞳の中で、葛藤の嵐が吹き荒れているのが手に取るようにわかる。
 沈黙が痛い。
 レンの胃液が逆流しそうだ。もし断られたら、ガレスの手前、格好がつかないどころの話ではない。

(頼む、頷いてくれ! 俺には君のような武闘派ボディーガードが必要なんだよ! 俺一人じゃスライムにも勝てないんだよぉぉ!)

 レンの切実な祈りが通じたのか、あるいはハッタリが効きすぎたのか。
 セシリアはゆっくりと顔を上げ、涙を拭うこともせずにレンを見据えた。
 その瞳には、先ほどまでの濁りはなく、冷たく鋭い光が宿っていた。

「……私の剣は、折れていない」

 彼女は低い声で、しかし力強く告げた。

「ガレス。……鍵を」
「は、はいッ! ただいま!」

 ガレスが弾かれたように動き、震える手で拘束具の鍵を開けた。
 ガチャン、と重い音がして、鉄の輪が外れる。
 セシリアはふらつきながらも自力で立ち上がり、錆びついた手枷を床に投げ捨てた。
 そして、レンの前に跪く。
 騎士の礼。しかしそれは、主君に対する忠誠というよりは、共犯者に対する契約の儀式だった。

「レン・クロウリー。貴様が本当にこの腐った国を変えられるというのなら……この命、くれてやる。地獄の底まで付き合ってやる」

 重い。
 愛が重いというか、覚悟が重すぎる。
 レンは引きつりそうになる頬を必死に抑え、鷹揚に頷いてみせた。

「契約成立だ。……さあ、行こうか。長居は無用だ」

 レンはくるりと背を向け、出口へと歩き出した。
 背中で「はっ!」という二人の力強い返事を聞きながら、レンは内心でハンカチを噛み締めていた。
 (やった……! これで最強の肉壁(タンク)ゲットだ……! あとは全力で彼女の後ろに隠れて生きていこう……!)

          *

 地上への帰り道。
 一行の足取りは、来る時とは比べ物にならないほど緊張感に満ちていた。
 セシリアは武器を持っていないが、落ちていた鉄パイプ(たぶん松明の柄)を拾い、それを聖剣エクスカリバーのように構えている。その立ち姿だけで、雑魚兵士なら裸足で逃げ出すレベルのプレッシャーだ。

「……レン様。門番たちが騒いでおります」

 ガレスが小声で警告する。
 出口の光の先、鉄格子の門の前には、先ほどの隊長だけでなく、さらに十数名の兵士が集まっていた。
 どうやら、隊長の独断で門を開けたことが他の班にバレて、揉めているらしい。

「おい、どういうことだ! なぜ勝手に面会を通した!」
「う、うるさい! 俺の判断だ! 文句があるなら……」
「宰相閣下に報告するぞ!」

 罵声が飛び交っている。
 このまま出て行けば、ハチの巣をつついたような騒ぎになるのは必至だ。
 セシリアが鉄パイプを強く握りしめ、レンの前に出ようとする。

「強行突破します。私が囮になりますので、レン様たちはその隙に……」
「待て」

 レンは彼女の肩を掴んで止めた。
 ここで暴れられたら困る。セシリアは病み上がり(というか餓死寸前)だし、レンに至っては流れ弾一発でゲームオーバーだ。
 何より、「圧倒的な強者」という設定を維持するためには、野蛮な乱闘は避けるべきだ。

「血を見るのは好きじゃない。……僕に任せておけ」
「しかし……!」
「『下がっていろ』と言っている」

 レンは努めて冷淡に言い放ち、兵士たちの群れへと歩み寄った。
 心臓が破裂しそうだ。
 だが、今のレンには「セシリア」という強力なカードがある。そして、先ほどの「隊長の弱み」というカードも。

 レンが姿を現すと、兵士たちがいっせいに振り返り、槍を構えた。

「で、出てきたぞ! 捕らえろ! 脱獄の手引きだ!」
「動くな! 串刺しにするぞ!」

 十数本の槍の穂先がレンに向けられる。
 先端恐怖症には耐え難い光景だ。
 だが、レンは歩みを止めない。
 むしろ、呆れたようにため息をつき、懐から一枚の羊皮紙を取り出した。
 ただの白紙だ。先ほど馬車の中で、メモ帳から破りとっただけの紙切れ。

 それを、レンは高々と掲げた。

「――控えろ。これが目に入らないか」

 その堂々たる態度に、兵士たちが一瞬怯んだ。
 人間は、「自信満々に提示された書類」に対して、無意識に権威を感じてしまう習性がある。
 特に、自分たちの行動に後ろめたいことがある場合(隊長の賄賂騒動など)は尚更だ。

「そ、それは……なんだ?」
「宰相ゼクス閣下からの『極秘任務指令書』だ」

 レンは大嘘をついた。
 声に迷いはない。嘘をつく時のコツは、詳細を語らないことだ。相手の想像力に補完させる。

「我々は、閣下の特命を受けて、囚人セシリアを『別の場所』へ移送するために来た。……これ以上邪魔をするなら、任務遂行の妨害とみなす。その場合、君たちの『処分』も考える必要があるな」

 レンはチラリと、例の隊長を見た。
 隊長は顔面蒼白で、ガクガクと震えている。彼にとって、レンは「自分の不正を知る悪魔」だ。もしここでレンが捕まれば、取調べで全てを暴露されるかもしれない。
 隊長が生き残る道は一つ。レンの話に合わせて、さっさと追い出すことだけだ。

「お、おい! 槍を引け! そ、その御方は、閣下の密使だ!」
「は? 隊長、何言って……」
「いいから引けェッ!! 命令違反で処刑されたいのか!!」

 隊長の必死の形相(保身)が、逆にリアリティを生んだ。
 他の兵士たちは動揺し、顔を見合わせる。
 その一瞬の隙。
 心理的な空白(バキューム)。
 レンはその隙を見逃さず、兵士たちの間を割るようにスタスタと歩き抜けた。

「行くぞ、セシリア、ガレス」

 王のような振る舞いで。
 セシリアとガレスも、呆気にとられながらも慌てて後に続く。
 兵士たちは、誰も手を出せなかった。
 「もし本当に密使だったら?」「隊長があそこまで言うなら……」という迷いが、彼らの筋肉を凍りつかせていたのだ。これは『同調圧力』と『権威への服従』の合わせ技だ。

 門をくぐり抜け、馬車に乗り込む。
 御者が鞭を振るい、馬車が急発進する。
 離宮が遠ざかっていく。

 安全圏まで離れた瞬間。
 レンは座席に崩れ落ちた。

「……っはぁぁぁぁ~~~~……死ぬかと思った……」

 全身の力が抜け、スライムのように座席に溶ける。
 手足の震えが止まらない。冷や汗でシャツが重い。
 だが、対面に座る二人は、そんなレンの姿を「激務を終えた後の休息」として好意的に解釈していた。

「レン様……。あの緊迫した状況で、一枚の白紙で軍隊を黙らせるとは……。これぞ『無血開城』の奥義。やはり貴方様こそ、真の王の器……!」
「……見事だった。正直、貴様が何者かはまだわからんが、その肝の据わり方は認めよう。このセシリア、二言はない。今日から私は貴様の剣となろう」

 ガレスは感涙し、セシリアは真剣な眼差しで忠誠を誓っている。
 違う。そうじゃない。
 ただのハッタリだ。ただの詐欺だ。
 レンは涙目で天井を仰いだ。

(……これ、もう後戻りできないやつだ。逃げようとしても、この二人が絶対に逃してくれないやつだ……!)

 ガタゴトと揺れる馬車の中。
 最弱の詐欺師は、最強の騎士と老将軍をパーティーに加え、滅びゆく王国の中心へと引きずり込まれていくのだった。

「あの、とりあえず……次の街に着いたらトイレ休憩いいかな?」
「ご安心ください! 休む間もなく王都へ直行し、作戦会議です!」
「……はい」

 レンのささやかな願いは、車輪の音にかき消された。
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