ステータスなしの元人気メンタリスト、異世界の最強ドラゴンをお手だけで服従させる~目を見ただけで思考が読めるので、魔法使いが詠唱してくれません

マーマー

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第6章第11節 賢者の咆哮と、異形の心理学

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 レンは、冷や汗でびっしょりになった背中をマントで隠しながら、腕を組み、キメラを見下すような(実際は見上げているが)不敵な笑みを浮かべた。

 「……フッ。……なるほど。……少しは楽しめそうな『ペット』じゃないか」

 その瞬間、キメラの動きがピタリと止まった。獅子の目、山羊の目、蛇の目、三つの異なる視線が一斉にレンを凝視した。
 レンの「観察眼」が、怪物の微細な反応を捉える。獅子のたてがみが微かに逆立ち、山羊の蹄が地面をかく動作が止まり、蛇の尾がシュルシュルと音を立てて萎縮した。

 (……よし。……ハッタリは通じた。……ここからが、勝負だ……!)

 レンは、魔力ゼロのメンタリストとして、異形の怪物との心理戦(?)を開始した。

 彼は、ゆっくりとした動作で、懐から小さなガラス瓶を取り出した。中には、ただの水が入っている。だが、レンはそれを、さも貴重な魔法薬であるかのように、恭しく掲げて見せた。

 「……貴様の苦しみ、私には分かるぞ」

 レンの声は、地下空間によく響く、低く、落ち着いたトーンだった。彼は、キメラの目を見据え、語りかけるように続けた。

 「……異なる魂を無理やり繋ぎ合わされ、終わりなき葛藤に苛まれているのだろう? ……獅子の誇り、山羊の食欲、蛇の狡猾さ……。……それらが体内でせめぎ合い、貴様を狂わせている」

 キメラの喉から、グルルル……と低い唸り声が漏れた。だが、その声には、先ほどまでの明確な敵意よりも、戸惑いや困惑の色が混じっているように聞こえた。

 (……動物行動学の応用だ。……異なる種の合成獣なら、それぞれの本能が矛盾してストレスを抱えているはず。……そこを突く)

 レンは、ガラス瓶の蓋を開け、中の水を地面に数滴垂らした。ポタ、ポタ、と水滴が石畳に落ちる音が、静寂の中で奇妙なほど大きく響いた。

 「……これは、魂の鎮静剤だ。……貴様の体内の不協和音を静め、安らぎを与える」

 もちろん、ただの水道水だ。だが、レンはそれを「特別な何か」であると、全身全霊で演じている。

 キメラの視線が、レンの顔と、地面に落ちた水滴の間を行き来した。蛇の尾が、興味深そうに水滴の方へと伸びかけるが、獅子の頭がそれを威嚇するように唸り、山羊の足が後ずさりする。

 「……フッ。……怖いか? ……無理もない。……だが、私を信じろ。……私は、貴様を傷つけるつもりはない」

 レンは、ゆっくりと、一歩、キメラに近づいた。

 その瞬間、背後の教皇が、微かに息を呑む気配がした。騎士たちの鎧が擦れる音が、緊張の高まりを告げる。

 (……おいおい、ジジイ。……ビビってんじゃねーよ。……こっちは命がけなんだぞ……!)

 レンは内心で毒づきながら、さらに一歩、近づいた。キメラとの距離は、もう5メートルもない。獅子の口から滴り落ちる唾液の臭いが、鼻をつく。

 「……グオォォォッ!」
 キメラが、再び咆哮を上げた。だが、今度は威嚇というよりは、混乱と恐怖の発露のようだった。前足で地面を叩き、後退しようとするが、後ろは壁だ。

 「……落ち着け。……大丈夫だ」

 レンは、足を止め、両手を広げて見せた。敵意がないことを示す、最大限のジェスチャーだ。

 そして、彼は最後の賭けに出た。

 レンは、大きく息を吸い込み、腹の底から声を張り上げた。

 「……伏せろォォォォッ!!」

 それは、人間の声帯から発せられたとは思えないほどの、凄まじい咆哮だった。地下空間の壁がビリビリと震え、天井から埃がパラパラと落ちてくる。

 キメラは、その声の衝撃に、ビクッと体をすくませた。獅子の耳が伏せられ、蛇の尾が体に巻き付き、山羊の足がガクガクと震え始めた。

 (……通じた! ……ドラゴンの咆哮を模倣した、ハッタリ威嚇! ……声帯が千切れるかと思ったぜ……!)

 レンは、心の中でガッツポーズをした。喉が焼けるように痛いが、顔には出さない。

 「……良い子だ。……そのまま、動くな」

 レンは、声を低く、優しく変え、ゆっくりとキメラに近づいていった。
 キメラは、完全に萎縮し、地面に腹をつけて震えている。その姿は、もはや災厄の獣ではなく、叱られた子犬のようだった。

 レンは、キメラの目の前まで来ると、しゃがみ込み、その巨大な獅子の頭に、そっと手を触れた。

 ゴツゴツとした硬い毛並みの感触が、手のひらに伝わる。キメラは、ビクッと身を震わせたが、抵抗はしなかった。

 「……よしよし。……もう、大丈夫だ」

 レンは、キメラの頭を撫でながら、心の中で安堵のため息をついた。

 (……ふぅ……。……何とかなった……。……マジで、死ぬかとオモタ……)

 レンが立ち上がり、振り返ると、そこには驚愕の表情を浮かべた教皇と騎士たちの姿があった。
 教皇は、信じられないといった様子で目を丸くし、口を半開きにしている。騎士たちは、剣を握る手が震えており、中には腰を抜かしかけている者もいた。

 レンは、彼らに向かって、ニヤリと笑って見せた。

 「……いかがでしたか、教皇猊下? ……私の『対話』は」

 教皇は、ハッと我に返り、咳払いを一つした。
 「……み、見事だ、国師殿。……まさか、言葉も通じぬ合成獣を、一瞬で手懐けてしまうとは……。……貴殿の力、改めて感服した」

 教皇の声には、隠しきれない動揺と、新たな畏怖の色が混じっていた。

 (……よし。……これで、また一つ賢者ポイント稼いだぜ。……狸ジジイめ、少しはビビったか?)

 レンは、内心でほくそ笑んだ。だが、彼の胃はまだキリキリと痛んでいた。

 「……フッ。……これくらい、造作もありませんよ。……ですが、この子は少し、疲れているようです。……静かな場所で、休ませてやってはくれませんか?」
 レンは、キメラの頭をポンポンと叩きながら言った。

 「……あ、ああ。……もちろんだ。……すぐに、別の檻を用意させよう」
 教皇は、慌てて騎士たちに指示を出した。

 騎士たちが、恐る恐るキメラに近づき、鎖をかけようとする。キメラは、レンの方をチラリと見たが、レンが小さく頷くと、大人しく鎖に繋がれた。

 「……では、戻りましょうか、教皇猊下。……ここの空気は、少し体に障ります」
 レンは、マントを翻し、出口へと歩き出した。

 教皇は、レンの背中を、複雑な表情で見つめていた。その目には、賢者への敬意と、底知れぬ怪物への恐怖、そして、自らの計画に利用できるかという冷徹な計算が入り混じっていた。

 (……やれやれ。……一つ山を越えたと思ったら、また次の山かよ……)

 レンは、地下道の冷たい空気を吸い込みながら、再び胃薬の袋に手を伸ばした。
 地上に戻れば、今度は「原初の聖典」を巡る、さらなる胃痛の日々が待っているのだ。
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