冬の窓辺に鳥は囀り

ぱんちゃん

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tapestries. 僕とロセウス

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セレスと一緒に学園の正門を出ると、僕の隣がふわぁっと淡い色に染まる。
リラの花みたいな優しいピンク色は、まるでセレスのほっぺたみたい。
なんとなく僕も幸せな気持ちになって、向こうから歩いてくる黒の騎士を見てしまう。

うん。今日も変わらずバラ色ロセウスだね。

僕は、無の境地。
寄り添う二人を眺めて、うんうんと頷く。



セレスが教会を去ってしまっても、僕らは毎日一緒に学園へ行って、一緒に帰る。
正門を背にして王城に向かうと、その左側には大きな円柱の塔がいくつも建っていて、高さは王城の天辺よりも高い。円柱とは言われているけど、あんまりにも大きいから、離れてみないと本当に丸いかは分からない程だ。

その中の一番教会に近い塔がセレスの住んでいる魔術寮。
1人部屋だって聞いたから、僕は心配になって「眠れてる?」って聞いてみたことがある。
セレスは一人きりで眠るのが苦手だから、無理してるんじゃないかって思って。
するとなんだかとっても変な顔をして、ちょっと考えてから大丈夫って頷いた。
「大丈夫。隣の人がとっても賑やかな人なんだ。」って。

半分くらいは大丈夫じゃなさそうだなって、僕は察した。
でもそんなに暗い感じじゃなかったから、僕は様子見してる最中なんだ。



王城が近くなってきた頃、僕はきょろりと周りを見回した。
フォルティス様が居るってことは、第四騎士団の人達は今日は討伐に行っていないことを意味してる。
じゃぁ、警戒すべきは厩舎の奥の方。
中央路や南北大路の近辺では見かけたことがないから、僕は今まで遭遇したことがない。
僕は朝の祈りの時間に、これからも会わないことを毎日祈ってる。

「ねぇねぇ、フォルティス様。」

僕が変な感じだってことに薄々気が付いているだろう黒の騎士は、さっきのロセウスをすっかり引っ込めて僕を見る。
僕は何気ない風を装って、どきどきしながら口を開いた。

「トーナメントの時、イーサンさんと戦ってた赤の騎士はなんて名前?」






その日は、すごくすごく大事な日だった。
僕はこれまでの人生の中で、この日以上に大事だと思った日はなかったってくらい。

だって、セレスの苦しい恋に、やっと幸せの色がつくはずの日だったんだから。



ずっと会えてなかった二人を引き合わせた日。セレスはすごく不思議な色で帰ってきた。

明るくなり切れない、くすんだロセウス。

フォルティス様の色の感じから良い方向に向かった気がしていたのに、なんだかとっても煮え切らなくて、僕はそわそわしながら部屋でセレスを待ってた。

会えない一月を、悲しい青色で過ごしていたセレス。
なのに明るくふるまって、泣き言なんて一言も言わなかった。
僕は、こんなに悲しい色なのに無理して笑って欲しくなかった。いつ黒くなってもおかしくないって思ってたから。
あの作戦が駄目になってたら、もういっそランバードさんを全面的に巻き込むつもりでいたくらい。

でも少なくともフォルティス様は幸せそうな色だったし、セレスの色だってバラ色だった。
人によっては色の違いが出るものだし、きっと上手くいったんだって、僕は思い直してたのに…。

部屋に帰ってきたセレスは、見たことないくらい黒かった。
けぶる黒には、ラピスラズリの青が斑に巻き付いていたんだ。


僕の心が、ばらばらになっちゃったかと思った。
見ていられなくて、無意識に能力を切る。

暗く沈む瞳が僕を見る。
今日からオーフェン先生のところで夜を過ごすことになったと、下手くそに笑う。

僕は、とっさにぎゅうと抱き着いた。
僕の頭を撫でるその優しい手つきに、僕は心の中でごめんと叫ぶ。

ほっとしたわけじゃない!
逃げたわけじゃない!
でもごめん。ごめんっ。
大好きなのに、ごめんっ!

大好き。大好きだよ。
いつだって一緒に居るよ。
無理して笑ってくれなくても、大好きだから傍に居るんだよ。





「前にも言ったけれど、その能力に依存しすぎるのは、あまり良い事ではないよ。」

オーフェン先生が僕の前においてくれた熱いお茶は、いつも通りのいい香り。
フルーティーでほのかに甘くて、ちょっと上質な茶葉。
今日みたいに、心が潰れそうな時にしか出してくれないって、僕は知ってる。
先生が一人の時には、お湯だけを飲んでるってことも。

先生は、僕の心を覗き込んでくるような、真っすぐの目で僕を見る。
僕を子供でも大人でもなく、同じ人として、真剣に心配してくれている。

「人の心は、本来見ることが出来ないだろう? 本当の意味で他人に知られることがないから、心の中は、深く、複雑で、綺麗なものばかりじゃない。そうだね?」

「それを直接見ることは、私ですら恐ろしいことだ。 まして、君の心はまだとても柔らかくて、その煩雑さにとても耐えきれるものじゃない。 少しの刺激で、いともたやすく傷ついてしまう。」

「視えていたものを、視えなくするのはとても怖いことだね。けれど見えない私にも君の心が分かるように、能力がなくても人の心は知ることが出来るんだ。 目の大きさ。目尻の形。口元の歪み。眉間の皺。眉の動き。サインは常にその人の中にある。」

「君の能力は、あまり人に知られない方が良いと私は思う。他人の表情を読むことは、自分の表情をコントロールすることにも役に立つ。心の深淵を覗き込んでも、君が君として立っていられるくらい強くなるまで、少し能力を控えなさい。」

コクコクとせわしなく頷く僕に、オーフェン先生の瞳が柔らかくなる。

「セレスの事は、大丈夫だよ。私が必ず何とかしてみせる。それに、視える君ならわかっているだろう?ルーメン小隊長が、どれだけセレスを愛しているか。」

そう言っていたずらっぽく笑ったオーフェン先生に、僕もほっとして微笑みを返す。
少しぬるくなって飲みやすくなったお茶を、僕は安堵して飲み干したのだった。



先生はそう言ってくれたけど、僕は自分の気持ちが後ろめたかった。
いつでもぴったりくっついて、視たり切ったりを繰り返す。

暗い瞳とその表情は、やっぱり色とリンクしていて。
でも僕は、普段通りを心掛けた。
こんな時、サントスが居てくれたらって今までは思ってきたけれど、今回ばかりはサントスが居なくて良かったって心底思う。
サントスの哀しみだって、僕はどうしたって背負えないんだもん。


僕はこれまで、黒の気配の事でセレスを質問攻めにしたことはない。
どこまで踏み込んでいいのか。どこまでなら許してくれるのか。

僕はそれを計りながらこれまで一緒に居たけれど、その日はセレスの方から沢山話しをしてくれた。

黒と青は混じりに混じって、表情が分からないくらいだった。
僕は途中から能力を切って、その顔をじっくりと見る。

セレスは、フォルティス様の気持ちを素直に受け入れたいのに、自分の気持ちに足を取られて身動きが取れなくなっているんだなって、僕は思う。

途方に暮れて、呆然としているセレスの顔を見て、僕は、なぁんだ、って思う。
こんなに簡単な事で、こんなに哀しまなくて良かったんだよって。

フォルティス様が、生半可な『好き』でセレスの傍に居るんじゃないんだよって、僕はありのままに伝えてみる。
そりゃあもう、隙あらばでろっでろに甘やかそうとしてくる僕の兄さま姉さま達も負けちゃうくらいだよ。

なぁんの心配もいらないよっていう僕の目を見るセレスの目が、みるみるまんまるになっていって。
色を視ていないのに、ふわーっと明るくなっていったのがわかった。

あぁ。オーフェン先生の言ったことは、本当なんだ!

僕はあらためて、先生ってすごいっ!って思ったんだ。






運命のトーナメントの日。僕は、第四騎士団の勝利をちょっぴりだって疑ってなかったよ。
フォルティス様は、すっごくキラキラ。まるで白く発光してるみたいだった。

騎士の皆さんの並々ならぬ集中力で、僕の目は潰されちゃいそうだったから、試合中は能力を切っていたんだけど。
決勝戦の会場で、僕はなんだか身体の表面がビリビリして、その異常さに思わず能力を使った。
でも、はてな?と思わず首をかしげる。

黄色いのはわかる。楽しいんだなーって。
腕試しみたいなものだもん、わくわくする気持ちなんだって、想像できるよ?
でも、なんで滅茶苦茶強い第四騎士団が黒っぽい茶色?(恐怖?)とか、真っ赤?(怒り)とかピンク?なの? 色ボケ? 決勝戦なのに?

対する第五騎士団も、なんか変な感じ。
大体黄色なのに、1人だけピンク色…。ピンクだけど、変なピンク。ちょっと紫がかってる。僕の心がピリッとくる感じ。

強い人たちって変なんだなって、僕は思う。
こんなにビリビリしてるのに、ピンク色でいられるなんておかしいよね?


試合が始まっても、僕はフォルティス様そっちのけだった。
だってフィールドの中央、僕のちょうど目の前でピンクと赤がぶつかり合っていたんだもん。
しかもその二人の戦いは、剣がギリギリと切り結ぶ度に、赤はどんどん濃くなっていって肌を刺すようなビリビリも強くなっていくし、それにつられるようにピンクの紫が濃くなっていく。
ピンクも赤っぽいピンクで、紫が混じり合ったもの凄く濃い赤紫色。
最初は向こうが透けるくらいの透明度があったのに、なんだかどんどんけぶってきてる。

僕は、明らかな恐怖を感じていた。
背がざわめき、体中の毛が逆立っていた。

この紫は、駄目だってわかる。
子供の僕が、見ちゃいけない色だってわかる。

腕を擦っても、鳥肌が一向に治まらなかった。
もの凄く嫌な気持ちなのに、なぜだか目を逸らすことも出来なかった。

赤味の強い紫色は、いよいよ重く、もう煙幕のよう。
その煙の歪みの隙間から、うっとりとした顔で笑うその表情がチラリと覗く。

その瞬間、僕の心が決壊した。

こわーーーーーーい!!!!!こわいこわいこわいこわいこわい!!!!!!!!!

僕はぎゅっとセレスの袖を引いて、その冷たく湿る手のひらを夢中で握った。

赤紫同様相手の赤も、もうすでに煙幕の様に重くなっていて、僕の目にはフィールドの中央が紫と赤の煙の塊にしか見えない。
なのに唐突に、煮えたぎるような赤が一瞬にして消えて、じわりと黒く淀んでくる。

「ひっ!」

吸い込んだ息に、小さく微かに悲鳴が混じる。
お腹の底からぞわぞわとした恐怖が沸き上がってきて、僕の目がじゅわじゅわに潤んでくる。

「やりすぎだぁぁぁぁーーー!!!」

もの凄いスピードで紺色の髪の人が走り込んできて黒ずむ人の鳩尾に柄頭を振りぬき、その流れで紫の人に回し蹴りを放った。
その一瞬で黒の騎士(イーサンさんだった!!)は昏倒し、赤の騎士はもの凄い勢いで後方へ吹っ飛んでいく。

「おまえがやりすぎだぁぁぁぁぁっっ!!!!」

怒鳴り声と共に治癒師が二人駆け出して。そして、会場は大歓声に包まれた。

僕はあまりの恐怖にセレスの肩をゆすり、異常に気付いたオーフェン先生に抱きしめられたのだった。






オーフェン先生に支えられて、僕は隣の二人を見守る。
二人の表情はすごく静かだったけれど、空気がとってもキラキラしていた。

幸せな顔で、幸せな色に包まれたフォルティス様の腕に飛び込んでいく、幸せ色のセレス。

綺麗な綺麗なバラ色ロセウスは、金色のキラキラで輝いていた。
僕はそのあまりの清らかさにほっとして。心の底からほっとして。
声をあげて号泣した。

好きっていうのは、こういう色だよ。
愛っていうのは、こういう色だよ。

僕は、もう二度とロセウスをバカになんてしない。

それはどこまでも限りなく明るい、幸せの愛の色なんだから。









「あー……。アレックス・レオガルドのことか?」

なんとなく、フォルティス様が遠くを見る様な目をして言った。

アレックス・レオガルド…

僕はその名前を心に刻んだ。
最大警戒対象者の名前は、知っておく必要がある。
僕は、不思議そうに覗き込んでくるセレスの青灰の瞳を、真っすぐに見て口を開いた。

「いい? お願いだから、その人には近づかないで。ぜったいぜったい、絶対にだよ!?」



紫色は、警戒色。

僕はまた一つ、自分の能力への理解を深めた。
そして、オーフェン先生の言葉の意味も、本当の意味で理解したのだった。







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