私訳戦国乱世  クベーラの謙信

zurvan496

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  初陣

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 栃尾城に来て三ヶ月ほど経ち、田植えが終わった頃、
「そろそろ、戦さをいたします」
 と本庄美作守実乃が言ってきた。
 田植えと稲刈りの間にするもの。
 国衆地侍の戦さとは、そういうものだ。


 三条城の長尾景俊が、栃尾に向かって来る。それを栃尾方が迎えうつ。
 そう言う戦さになる様だ。

 国衆の小競り合いだ。両軍ともに四、五百というところ。
 攻められているので、勢いは三条方にあり、地の利は栃尾方にある。
 どうする?
 景虎は実乃は見た。

 名目上の大将は景虎だが、実質的には実乃が指揮をとる。
「兵を二手に分けます」
 実乃は答える。
「平三さまの隊とそれがしが率いる隊」
 強い視線でジッと、実乃は景虎を見つめる。
「平三さまの隊に敵が攻めかかって参りましたら、それがしが背後から敵を襲います」
 待て、と実乃の言葉が遮られる。
「平三さまを、囮にするつもちか?」
 強い口調で詰問したのは、金津新兵衛義旧だ。

 此度、景虎は栃尾に来るのに兵を率いていない。
 唯一、付き従っているのが、義旧である。
 金津義旧は、妻が景虎の乳母であった。
 その縁で、景虎が寺に入ってからも、何度も訪ねて来てくれた。
 肉親の縁の薄い景虎にとって、本当の家族の様に思える相手だ。
 義旧の方もそうで、景虎の為なら死をも恐れぬ忠義を見せる。

「ご安心を、平三さまの隊には腕利きを備えさせておきます」
 実乃が答えると、
「そういうことではない」
 と義旧が、更に口調を強くする。
「まぁ待て、じい」
 景虎が義旧を宥める。

「美作守の策、まことにもっともだ」
「しかし・・・・」
「ただ」
 反論しようとする義旧を、景虎が遮る。
「腕利きは、お主の隊に回せ」
 あっ、義旧が声を上げ、で、ですが・・・と実乃が慌てる。
「背後から攻撃する隊の方が重要だ」
 ピシャリと景虎は告げる。

「お主の隊は、腕利きを少数にして、素早く攻撃出来る様にしろ」
 景虎の言葉に、実乃は目を見開く。
「わしの隊は人足を多くして、とにかく数を多く見せるのだ」
 それが囮というものだ。
 そう景虎が断言する。

「な、なにを申しておるのですか、虎千代さま」
 思わず義旧が、景虎を幼名で呼ぶ。
「わしの方は、心配ない」
 義旧の非難を無視して、景虎は実乃に言う。
「じいがおる」
 顎で義旧を指す。
「じいが居れば、問題ない」
 そうだろ、じい、と景虎が言うと、勿論にございます、と義旧が胸を叩く。

「・・・・・・・分かりました」
 しばし景虎を見つめた後、実乃は頭を下げる。
「ではその様に」
 うむ、と景虎は答える。



 戦さは景虎と実乃の読み通りに進んだ。
 景虎の前で、厳しい顔をした義旧が仁王立ちしていたが、そこまで敵がくることも無く、実乃の手の者が景俊を討ち取り、あっさり終わった。
 初陣の景虎からすれば、少々拍子抜けだ。

「お味方、大勝利にございます」
 二カッと笑い、義旧が言う。
 そうだな、と景虎は淡々と答える。
「平三さま」
 ムッと顔を顰め、義旧が告げる。
「此度は運よく勝てましたが、戦さは水もの、慢心は禁物でござる」
 景虎は苦笑する。
 あまりにも景虎が、拍子抜けの顔をしていたので、義旧は心配になり、戒めたのだろう。
「ああ、分かった」
 頷き、しかし・・・・・と景虎は呟く。
「本庄美作は、なかなかの戦上手だな」
 確かに、と義旧は頷く。
 知略を用いたと言うことはないが、手堅い戦さを手堅くやった。
 なかなかの人物だと、景虎は感心した。

「我らの大勝利にございます」
 本庄実乃が報告にやって来た。
「見事である」
「ハハッ、ありがたきお言葉」
 実乃は頭を下げる。
「全て平三さまのお力にございます」
 別に景虎は何もしていない。
 ただ実乃とすれば義旧の手前、そう言わねばならないのだろう。

「今後も、御屋形さまと殿に忠節を励む様に」
 そう景虎が言うと、承知いたしました、と実乃はもう一度、深く頭を下げる。
 御屋形さまとは、越後守護であり景虎の義理の叔父でもある上杉定実のことである。
 殿とは勿論、景虎の兄、晴景のことである。
 あくまでこの戦さは、定実、晴景が領地を安堵している本庄実乃に対し、長尾俊景が無法にも攻撃を仕掛けたと言うこと。
 実際は実乃と景俊の土地争いなのだが、形の上では、俊景が定実と晴景に、謀叛を起こしたと言うのではある。
「では、帰陣いたす」
 そう景虎が言うと、ハハッ、と実乃は答え、自分の家来たちに、城に戻るぞ、と命じる。

 こうして見事に、長尾平三景虎は、初陣を大勝利で飾った。
 
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