私訳戦国乱世  クベーラの謙信

zurvan496

文字の大きさ
17 / 167

  天文の乱

しおりを挟む
 越後には、今ある問題が持ち上がっていた。
 守護の上杉定実に子がいないのである。それで養子をとる事になったのだ。
 定実には歳の離れた、腹違いの姉がおり、この姉が奥州の伊達家に嫁いでいる。
 その息子が伊達当主、稙宗である。
 定実と姉が、歳が離れているので。甥である稙宗は、定実と同じ五十過ぎ。
 それでそのを三男時宗丸を、養子に迎え様と言うのだ。

 この件を定実に言い出したのは、越後の国衆、揚北衆の中条藤資である。
 藤資は妹を稙宗に側室をして差し出しており、その妹が時宗丸を産んだのだ。
 要は自分の甥を、越後の国主にしようと言うのである。
 
 定実も始めは悩んだが、他に当てもない。
 それに稙宗は英傑だ。
 戦さや謀略、そして婚姻を結ぶ事により、奥州全域をその支配下におている。
 大した後ろ盾も無い定実には助かる。

 それで定実が許可して、この話は進む。

 しかし反対する者たちがいた。
 藤資と同じ、揚北衆の色部勝長、本庄房長らである。

 揚北衆は、阿賀野川の北岸を領地にする国衆たちで、頑固で武辺者が多い。
 守護や守護代に対しても従順ではなく、また身内同士でも激しく争う。
 勝長、房長らが反対したのも、時宗丸が守護になれば、藤資が権力を握る。
 そうなれば領地争いも、藤資が有利になる。
 それだけは絶対に避けねばならない。

 だから反対なのである。

 両者の対立は激しくなり、ついに戦さにまでなった。

「なんとかしろ」
 守護である定実は、守護代である長尾晴景に命じる。
 
 この場合の、なんとかしろ、は守護代として軍勢を率い、勝長、房長らを攻めろと言う事だ。
 既に養子の件は、時宗丸で良いと、定実が許可している。
 それなのに、勝長らが逆らうのは、定実に逆らう事だ。
 当然、討伐という事になる。

 しかし気弱で争いを好まない晴景は、そんな事できない。
 ではどうしたかといえば、本庄実乃が景虎に言った、晴景の優れているところを見せたのだ。

 藤資と勝長、房長らを呼び出し、話し合いで解決しようとしたのである。

 勿論、どうにかなるわけが無い。

「御屋形さまが決めた後継ぎの話を、家臣の分際で口出しするとは無礼千万」
 藤資がまずそう吠える。
「どの口が言うか」
 勝長らも黙っていない。
「御屋形さまと弾正左衛門尉(長尾為景)が争った時、お主、弾正に付いたではないか」
 事実である。
 定実と為景が争った時、藤資は為景の側に付いていた。
 ただ別に藤資に、為景への中義心があったわけでは無い。
 勝長らが定実に付いたので、為景に付いただけだ。
 
 そんな事から始まり、両者の言い合いは、
「あの時の遺恨、忘れたか」
「なにを言う、貴様こそ仇のくせに」
 などとかつての戦さの話になり、最期には、
「そもそもあの土地は、わしの領地じゃ」
 だとか
「今年も無断で、水を引きおって」
 と土地争い、水利争いの話になる。

「まぁ、双方とも、落ち着け」
 晴景は宥めるが、
「うるさい」
「黙れ」
 と聞く耳を持たない。

 結局、勝長らが席を立ち、話し合いは物別れに終わった。 
 
 仕方なく晴景は、勝長らに使者を送り、領地の件はいずれ話し合いをするので、養子の件は承知するようにと言った。
 勝長らも渋々承知する。
 本当のところを言えば、藤資の言う通り、守護である定実が既に許可を出しているのだ。国衆の勝長らが反対してもどうしようもない。
 それに代わりの当てがあるなら、反対のしようがあるのだが、勝長らに当てはない。
 結局受け容れるしかないのである。



 こうして話がまとまりかけたところで、事態は急変する。

 定実が養子にしようと思っていた時宗丸の父親、伊達稙宗が謀叛あったのである。
 それも実の息子、晴宗に起こされたのだ。
 戦さと謀略と婚姻で、奥州を一つにまとめ上げた奥州王伊達稙宗であったが、その強権に反発する国衆地侍も多い。
 その者立ちが嫡子晴宗を担いで、挙兵したのである。

 伊達晴宗という男、どうやら父譲りの闘将らしい。
 晴宗方が優勢だとい報せが、越後にも届く。


「急ぎ、援軍を陸奥に送りましょう」
 当然、藤資はそう定実に訴える。
「他所の事など、放っておけば良い」
 そしてこちらも当然、勝長らがそう訴える。

「なんとかいたせ」
 定実は晴景に命じる。
 このなんとかとは、勿論、守護代である晴景が、越後の国衆たちを説いて回って、その国衆らを率い、晴宗を攻めろという事である。
 しかし温厚で戦さが苦手な晴景に、出来るはずがない。
「行きたい者だけ、行かされば良いのでは・・・・・」
 小さな声で呟くその晴景の言葉に、定実は呆れる。
 行きたい者など、藤資以外いない。
 他の者は他所の国の当主が、誰になろうと関係ない。
 藤資だけが、甥が越後の守護になる為に、稙宗を助けたいのだ。
 
 それにそもそも戦さをしたい者が、勝手に戦さをして良いのなら、守護も守護代も要らない。
 晴景の言葉は、己を無能であるというより、不要であると言っているようなものだ。

「少しは親父の様に、しっかりいたせ」
 そう定実が晴景を叱る。
 しかし晴景は、ゲホゲホと咳をしながら、申し訳ございませぬ、と謝るだけで、結局なにもしない。

 この話が越後中に広まり、みな晴景に愛想を尽かす。

 晴景はこの養子の一件、反対も賛成もしていない。
 それなのに両派から、そしてそれ以外の者からも、見放されたのだ。

 何も決めていないのに、何もやっていないのに、あるいはだからこそ、晴景は声望を失ったのである。





 

 
しおりを挟む
感想 1

あなたにおすすめの小説

わたしの下着 母の私をBBA~と呼ぶことのある息子がまさか...

MisakiNonagase
青春
39才の母・真知子は息子が私の下着を持ち出していることに気づいた。 ネットで同様の事象がないか調べると、案外多いようだ。 さて、真知子は息子を問い詰める? それとも気づかないふりを続けてあげるか? そのほかに外伝も綴りました。

滝川家の人びと

卯花月影
歴史・時代
勝利のために走るのではない。 生きるために走る者は、 傷を負いながらも、歩みを止めない。 戦国という時代の只中で、 彼らは何を失い、 走り続けたのか。 滝川一益と、その郎党。 これは、勝者の物語ではない。 生き延びた者たちの記録である。

もし石田三成が島津義弘の意見に耳を傾けていたら

俣彦
歴史・時代
慶長5年9月14日。 赤坂に到着した徳川家康を狙うべく夜襲を提案する宇喜多秀家と島津義弘。 史実では、これを退けた石田三成でありましたが……。 もしここで彼らの意見に耳を傾けていたら……。

母の下着 タンスと洗濯籠の秘密

MisakiNonagase
青春
この物語は、思春期という複雑で繊細な時期を生きる少年の内面と、彼を取り巻く家族の静かなる絆を描いた作品です。 颯真(そうま)という一人の高校生の、ある「秘密」を通して、私たちは成長の過程で誰もが抱くかもしれない戸惑い、罪悪感、そしてそれらを包み込む家族の無言の理解に触れます。 物語は、現在の颯真と恋人・彩花との関係から、中学時代にさかのぼる形で展開されます。そこで明らかになるのは、彼がかつて母親の下着に対して抱いた抑えがたい好奇心と、それに伴う一連の行為です。それは彼自身が「歪んだ」と感じる過去の断片であり、深い恥ずかしさと自己嫌悪を伴う記憶です。 しかし、この物語の核心は、単なる過去の告白にはありません。むしろ、その行為に「気づいていたはず」の母親が、なぜ一言も問い詰めず、誰にも告げず、ただ静かに見守り続けたのか——という問いにこそあります。そこには、親子という関係を超えた、深い人間理解と、言葉にされない優しさが横たわっています。 センシティブな題材を、露骨な描写や扇情的な表現に頼ることなく、あくまで颯真の内省的な視点から丁寧に紡ぎ出しています。読者は、主人公の痛みと恥ずかしさを共有しながら、同時に、彼を破綻から救った「沈黙の救済」の重みと温かさを感じ取ることでしょう。 これは、一つの過ちと、その赦しについての物語です。また、成長とは時に恥ずかしい過去を背負いながら、他者の無償の寛容さによって初めて前を向けるようになる過程であること、そして家族の愛が最も深く現れるのは、時に何も言わない瞬間であることを、静かにしかし確かに伝える物語です。 どうか、登場人物たちの静かなる心の襞に寄り添いながら、ページをめくってください。

四代目 豊臣秀勝

克全
歴史・時代
アルファポリス第5回歴史時代小説大賞参加作です。 読者賞を狙っていますので、アルファポリスで投票とお気に入り登録してくださると助かります。 史実で三木城合戦前後で夭折した木下与一郎が生き延びた。 秀吉の最年長の甥であり、秀長の嫡男・与一郎が生き延びた豊臣家が辿る歴史はどう言うモノになるのか。 小牧長久手で秀吉は勝てるのか? 朝日姫は徳川家康の嫁ぐのか? 朝鮮征伐は行われるのか? 秀頼は生まれるのか。 秀次が後継者に指名され切腹させられるのか?

【戦国時代小説】 甲斐の虎•武田信玄と軍師•山本勘助

蔵屋
歴史・時代
 わたしは、以前、甲斐国を観光旅行したことがある。  何故、甲斐国なのか?  それは、日本を象徴する富士山があるからだ。     さて、今回のわたしが小説の題材にした『甲斐の虎•武田信玄と軍師•山本勘助』はこの甲斐国で殆どの戦国乱世の時代を生き抜いた。そして越後の雄•上杉謙信との死闘は武田信玄、山本勘助にとっては人生そのものであったことだろう。  そんな彼らにわたしはスポットライトを当て読者の皆さんに彼らの素顔を知って頂く為に物語として執筆したものである。  なお、この小説の執筆に当たり『甲陽軍鑑』を参考にしていることを申し述べておく。  それでは、わたしが執筆した小説を最後までお楽しみ下さい。  読者の皆さんの人生において、お役に立てれば幸いです。  

影武者の天下盗り

井上シオ
歴史・時代
「影武者が、本物を超えてしまった——」 百姓の男が“信長”を演じ続けた。 やがて彼は、歴史さえ書き換える“もう一人の信長”になる。 貧しい百姓・十兵衛は、織田信長の影武者として拾われた。 戦場で命を賭け、演じ続けた先に待っていたのは――本能寺の変。 炎の中、信長は死に、十兵衛だけが生き残った。 家臣たちは彼を“信長”と信じ、十兵衛もまた“信長として生きる”ことを選ぶ。 偽物だった男が、やがて本物を凌ぐ采配で天下を動かしていく。 「俺が、信長だ」 虚構と真実が交差するとき、“天下を盗る”のは誰か。 時は戦国。 貧しい百姓の青年・十兵衛は、戦火に焼かれた村で家も家族も失い、彷徨っていた。 そんな彼を拾ったのは、天下人・織田信長の家臣団だった。 その驚くべき理由は——「あまりにも、信長様に似ている」から。 歴史そのものを塗り替える——“影武者が本物を超える”成り上がり戦国譚。 (このドラマは史実を基にしたフィクションです)

日本の運命を変えた天才少年-日本が世界一の帝国になる日-

ましゅまろ
歴史・時代
――もしも、日本の運命を変える“少年”が現れたなら。 1941年、戦争の影が世界を覆うなか、日本に突如として現れた一人の少年――蒼月レイ。 わずか13歳の彼は、天才的な頭脳で、戦争そのものを再設計し、歴史を変え、英米独ソをも巻き込みながら、日本を敗戦の未来から救い出す。 だがその歩みは、同時に多くの敵を生み、命を狙われることも――。 これは、一人の少年の手で、世界一の帝国へと昇りつめた日本の物語。 希望と混乱の20世紀を超え、未来に語り継がれる“蒼き伝説”が、いま始まる。 ※アルファポリス限定投稿

処理中です...