私訳戦国乱世  クベーラの謙信

zurvan496

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  上洛要請

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「殿」
 大館晴光が部屋を出て、少し間を置いた後、直江景綱が口を開く。
「公方さまのご使者に、無礼ですよ」
 ふん、と景虎は顔を背ける。

 信濃から戻った景虎の元に、京の足利公方義輝からの使者、大館陸奥守晴光がやって来た。
「是非、上洛して頂き、逆賊三好を討伐をお願い致します」
 いかにも上方者らしい、色白の品の良い瓜実顔の晴光は、そう景虎に訴える。

 五年前に景虎が上洛した時、足利義輝は三好長慶によって京を追われていた。
 その後、両者は和睦、義輝は京に戻ることが出来たのだ。

 ただ和睦はしたが、対立は収まっていない。

 義輝は各地の諸侯に使者を送り、上洛して三好を討つように命じているのだ。

「無茶を仰る」
 晴光の口上を聞きながら、聞こえぬ様に小さな声で、景虎は呟く。

 義輝は上洛しろと簡単に言うが、言われた景虎たち諸侯からすれば、これほど無茶な話はない。
 景虎たちは国主である。従う兵は、国衆や地侍である。
 彼らがなぜ国主に従うかといえば、その領地を国主が認めてくれる、安堵してくれるからなのだ。
 その代わりに国主が陣触れを出せば、彼らは兵を引き連れやって来る。
 その時、皆、手弁当だ。
 国主が領地を認めると言うのは、その領民から国衆たちが年貢を取ることを認めると言うことだ。
 だから陣触れの時、国衆たちは手弁当でやってこれるのだ。

 そうなれば当然、国衆たちはあまり遠くに行きたがらない。
 
 他国の者が自分たちの国に攻めて来るなら、国衆たちは一致団結して、国主の下に馳せ参じる。
 しかし他国を攻めるとなると、途端にやる気を無くす。
 景虎が信濃に攻めた時、国衆の中には、勝手に帰る者がいた。
 また、むかし景虎の父為景が、越後守護の上杉房能に謀叛を起こしたのも、房能が実兄の関東管領上杉顕定を助けるために、関東に攻め入ろうとしたのを、国衆たちが反対し、それを受けて守護代である為景が立ったからである。

 隣国を攻めるのですら困難なのである。それを遥か遠く都へなど、出来るわけが無い。

 そこをなんとかして、なんともならないが、それでもなんとかして、上洛したとする。それでどうにかなるとは、景虎には思えない。
 景虎が越後の兵を連れて、三好長慶を京から追っ払ったとする。
 追われた長慶は本拠地の阿波に逃げるはずだ。
 その後、どうするのだ?
 景虎が越後に戻れば、長慶は阿波から京に戻るだけだ。
 なら景虎がずっと京に居れば良いのか?
 勿論、兵は帰りたがるが、それをなんともならないが、なんとかして、京に居続けたとする。
 そうなればその間の、兵の食糧と寝床はどうするのだ。
 京で勝手に、越後の兵が食糧を集め、寝床を確保すれば良いのか?
 そんなことをすれば、絶対に京の者と揉める。

 わしは木曽の旭将軍になる気はない。
 そう景虎は心の中で思う。
 木曽の旭将軍とは、源平合戦の英雄の、木曾義仲のことである。
 後白河法皇の平家討伐の命を受け上洛し、平家を京から追い払うが、その後、乱暴狼藉を働き、法皇と対立、最期は追討令を受けて、同じ源氏の源義経に討れたのだ。
 景虎は自分が義仲、足利義輝が後白河法皇、三好長慶が平家に見えてくる。
 
 そんな上洛の命など、うかうか受けるわけにはいかない
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