61 / 167
足利義輝
しおりを挟む
景虎は足利公方義輝に拝謁した。
と言っても、親しく口を利くけるわけではない。
景虎は頭を下げて、義輝の側近の一色藤長なる者が、
「これなるが、越後から来た、長尾弾正にございます」
と言って、顔を少し上げて、それを義輝に見せるだけだ。
そう言う作法なのだ。
作法通り、景虎は顔を義輝に見せる。
景虎の方は義輝の顔を見てはいけない。
無礼になるからだ。
だが景虎は、思わずはずみで義輝の方を見てしまった。
しまったと思ったが、そのまま義輝の顔を凝視する。
精悍な顔つきをした立派な武者面だ。
年は景虎より五つほど下の、二十はじめのはすだが、それより老けて見える。
貫禄がると言うか、風格があるというか、とにかく人物として重みを感じた。
そしてその小さな目は、深く暗かった。
「弾正」
低い声で義輝が告げる。
「ご苦労であった」
その声を聞いた時、景虎は自分が思い違いをしていた事に気がつく。
義輝は全て分かっているのだ。
幕府がどうしようないこと。
景虎ら諸侯が、なぜ公方である自分の言うことを聞かず、土地争いをしてるのかも。
みな分かっているのだ。
分かっていて、どうしようもないと分かっていて、それでも公方としての責務を投げ出さず、どうにかしようとしているのだ。
どうしようもないと分かっていながら。
別に投げ出しても良い。
現に義輝の五代前の義政は、全てを投げ出し、自分の趣味である芸事に精を出していた。
義輝も全てを捨てて、好きな、そして才がある兵法者になっても良いのだ。
それなのに義輝は、それを投げ出さず、自らの務めを果たそうとしている。
果たせないのにだ。
義輝は無力かもしれない、無能かもしれない。
それでも愚かではない。
分かってはいるのだ。
はぁ・・・・と溜め息を吐き、景虎は思わず、
「ご武運を」
と言ってしまった。
義輝の側に控える一色藤長、三淵藤英ら側近が咎めようとするが、義輝が手で制す。
そして、ああっ、とだけ義輝は答えた。
景虎は心の底から、頭を下げた。
どうすることも出来ない。
声を掛けるとこしか、或いはそれすらも、自分には出来ないのだ。
人の無力さを、ただただ景虎は思った。
と言っても、親しく口を利くけるわけではない。
景虎は頭を下げて、義輝の側近の一色藤長なる者が、
「これなるが、越後から来た、長尾弾正にございます」
と言って、顔を少し上げて、それを義輝に見せるだけだ。
そう言う作法なのだ。
作法通り、景虎は顔を義輝に見せる。
景虎の方は義輝の顔を見てはいけない。
無礼になるからだ。
だが景虎は、思わずはずみで義輝の方を見てしまった。
しまったと思ったが、そのまま義輝の顔を凝視する。
精悍な顔つきをした立派な武者面だ。
年は景虎より五つほど下の、二十はじめのはすだが、それより老けて見える。
貫禄がると言うか、風格があるというか、とにかく人物として重みを感じた。
そしてその小さな目は、深く暗かった。
「弾正」
低い声で義輝が告げる。
「ご苦労であった」
その声を聞いた時、景虎は自分が思い違いをしていた事に気がつく。
義輝は全て分かっているのだ。
幕府がどうしようないこと。
景虎ら諸侯が、なぜ公方である自分の言うことを聞かず、土地争いをしてるのかも。
みな分かっているのだ。
分かっていて、どうしようもないと分かっていて、それでも公方としての責務を投げ出さず、どうにかしようとしているのだ。
どうしようもないと分かっていながら。
別に投げ出しても良い。
現に義輝の五代前の義政は、全てを投げ出し、自分の趣味である芸事に精を出していた。
義輝も全てを捨てて、好きな、そして才がある兵法者になっても良いのだ。
それなのに義輝は、それを投げ出さず、自らの務めを果たそうとしている。
果たせないのにだ。
義輝は無力かもしれない、無能かもしれない。
それでも愚かではない。
分かってはいるのだ。
はぁ・・・・と溜め息を吐き、景虎は思わず、
「ご武運を」
と言ってしまった。
義輝の側に控える一色藤長、三淵藤英ら側近が咎めようとするが、義輝が手で制す。
そして、ああっ、とだけ義輝は答えた。
景虎は心の底から、頭を下げた。
どうすることも出来ない。
声を掛けるとこしか、或いはそれすらも、自分には出来ないのだ。
人の無力さを、ただただ景虎は思った。
応援ありがとうございます!
0
お気に入りに追加
6
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる