私訳戦国乱世  クベーラの謙信

zurvan496

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  上泉信綱

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「分かった段蔵、お主の腕、認めてやる」
 ありがたき幸せ、と加藤段蔵はわざとらしく頭を下げる。

「武蔵守」
 景虎は長野業正の後ろに控える、業正の家老、上泉武蔵守信綱を呼ぶ。
 はっ、と信綱は返事をする。
「其奴を斬れ」
「・・・・・・」
 命令した景虎を、無表情の信綱はジッと見つめる。

「其奴の腕、確かに大したものだ」
 段蔵の方を見て、景虎は言う。
「しかし忠義ではなく、銭と情で動くと申した」
 段蔵は黙って不敵な笑みを浮かべている。
「味方に居るうちは良いが、敵に回ると厄介」
 景虎は信綱の方を向く。
「今すぐ、斬ってしまえ」

 少しの沈黙の後、
「お断りします」
 と信綱が答える。
「なぜじゃ?」
「まず、拙者の腕では斬れませぬ」
 ほぉ、と景虎は声を漏らす。
「お主の腕でも斬れぬか」
 はい、と信綱は答える。

 長野業正の第一の家臣、上泉武蔵守信綱は、四十を超えた小柄な男だ。
 しかし一見、貧相にすら見えるこの小男は、新陰流という剣術の流派を興した、天下無敵の剣豪だ。

 信綱は天下無敵だが、天下無双ではない。
 なぜなら天下にはもう一人、最強の剣豪、塚原卜伝がいるからだ。
 
 なぜ上泉信綱が無敵かといえば、塚原卜伝と互角に渡り合えるからだ。
 なぜ塚原卜伝が最強かと言えば、上泉信綱に遅れを取らないからだ。

 だから天下に無双の剣豪はいない。無敵と最強の双璧がいるのだ。

 一年前、景虎は箕輪城にいた時、酒宴の席で秀綱に、塚原卜伝とどちらが強いか尋ねた。
 別に景虎は剣術に興味はない、酒が入ってからかい半分で訊いただけだ。
「拙者と塚原先生が百度立ち会えば、九十九回、拙者が勝ちます」
 しかし・・・・・と秀綱は表情を動かさず答えを続ける。
「初めの一度は、必ず塚原が取ります」
 よく人に訊かれるのだろう、定型の様な答えだった。

 だが或いは本当の事かもしれない。
 立ち合いは一度きりだ。
 その一度きりの立ち合いに、塚原卜伝は必ず勝つのだろう。
 逆に上泉信綱には、日々修練し、積み重ねた強さがある。
 
 そう言う事なのだろう。


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