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  為したい事

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 バッと立ち上がり、輝虎は広間を出て行く。
 殿、と誰かが呼んだ。おそらく甘粕景持あたりだろう。
 しかし輝虎は構わず、出て行く。

 そのまま中庭に向かう。
「・・・・・・・」
 既に小島弥太郎貞興が、馬を用意して待っていた。
 輝虎は近づき、その馬にパッと乗る。

 放生月毛を失い、貞興に代わりの馬を探してくる様、輝虎は命じた。
 用意されたののが、この灰色の馬である。
 
 悪くはないが、大人し過ぎる。

 おそらくは輝虎があまり戦さ場で駆け回らぬ様に、大人しい馬を用意しろと、直江景綱あたりに言われたのだろう。

「弥太郎」
 馬上から輝虎は呼び掛ける。
「博打を打った」
「・・・・・勝ち目は薄い」
 目を細めて貞興は、輝虎を見つめる。

 昨夜、鳶加藤こと加藤段蔵から書状が届いた。
 その内容は輝虎には、信じられないものだった。
 しかし輝虎はそれに賭けた。

 段蔵が信用できるかと言えば、あまり出来ない。
 書状の内容は、全く信じられない。

 輝虎はあまり信用出来ない者の言う、全く信用出来ない話に賭けた。

 なぜ賭けたかと言えば、打って出るという事が、輝虎らしい行動だからだ。
 
 所詮人は、見たいものしか見ないし、自分の都合の良い事しか信じない。
 出来ない事は出来ないし、やりたい事しかやらない。

 それが人だ。

 輝虎は戦さが好きだ。戦さしか出来ない。
 人を殺めることしか出来ない。

 それしかないのだ。だからそれをする。
 
 上杉輝虎として戦い、上杉輝虎とし死ぬ。
 それだけだ。

 
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