私訳戦国乱世  クベーラの謙信

zurvan496

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  北条三郎

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「北条三郎にございます」
 若者はスッと顔を上げた。
「・・・・・っぁ・・・・」
 輝虎は言葉を失う。
「約定を違えて、申し訳ございませぬ」
 そう言って若者は、ジッと輝虎を見つめる。
 美しい・・・・そう思わず、声に出して言いそうになった。
 それほどその若者、北条三郎は美しのだ。

 むかし京で初めて河田長親に出会った時、男の子であろうと上方の者は美しいなと、輝虎は思った。
 しかし北条三郎は、その長親より美しい。

 正しく言うと、ただ美しいのではなく、色気があるのだ。
 黒目がちの大きな目をした長親が、溌剌とした太陽なら、切長の目をした三郎は、妖艶な月である。

「平にご容赦ください」
 一度、深く頭を下げ、再び顔を上げると、三郎はその切長の目で輝虎に懇願した。
「なにとぞ人質に件、ご再考くお願いします」
「・・・・・・」
 その目に見つめられ、輝虎は動悸が早くなる。
「・・・あっ、あっ・・・そ、そうだな」
 ゴホン、とわざとらしく咳をして、輝虎が告げる。
「少し考えるので、下がっておれ」
「かたじけのございます」
 少し目を潤ませ、三郎が頭を下げた。


「・・・・・・その・・・・なんだ」
 三郎が出て行った後、輝虎は神妙な顔をする。
「彼奴が悪い訳ではないし、その・・・・・こちらも出すのは、柿崎の平三郎なのだから、別に彼奴でも、なぁ、その・・・・まぁ、なぁ、北条の一門ではあるのだし・・・・・なんだ、良いのではないかな」
「あはははは・・・・・・そうですね」
 無理矢理愛想笑いを浮かべて、豊守が答えた。
 その横で、ふん、と鼻を鳴らし、高広が吠える。
「良いですなぁ、見目麗しいと、なにをやっても赦してもらえる」
「なんだと」
 輝虎が睨むと、高広は戯けてしなを作る。
「拙者も良い顔に生まれたかった」
「うるさい」
 顔を顰めて輝虎が怒鳴る。
「どんな顔をしておろうと、お前の罪は赦されぬわ」
「なぜそうやって、拙者にばかり意地悪をされる」
 まぁまぁ、と豊守が宥めに入る。
「殿・・・・・三郎どのを受け入れるのであれば、ここままず・・・・・」
「受け入れるとは申しておらぬ」
 輝虎はプイと横を向く。
「考えると申しただけじゃ」
「いや、まぁ、そうですが・・・・・・」
 ほっとけ、と高広が口を挟む。
「どうせ殿は受け入れよ」
「うるさいお前は」
 まぁまぁ、と再び豊守が二人を宥める。

「とりあえず丹後(北条高広)どのの帰参を赦されては・・・・・」
「まぁよい」
 輝虎は顔を歪めて、高広を見る。
「どうせ小田原にも居場所はないのだろう、帰参を赦してやる」
「なんですか、その申され様は」
 高広が唾を飛ばして言い返す。
「元々、殿が悪いのではありませぬか」
「わしは悪うない」
「嘘をつかれたのは殿でございます」
「嘘ではなかったと申しておろうが」
 まぁまぁお二人とも、落ち着かれませ、と豊守が再度、宥める。
「殿、帰参をお赦しになるのですね?」
「・・・・・・ああっ、分かった」
 輝虎も観念する。
「丹後どの」
「・・・・・・」
 高広は鼻に皺を寄せて、黙ったままだ。
「約束したではありませぬか」
 豊守の言葉に、わかったわ、と答え、高広は輝虎に頭を下げる。
「帰参をお赦しいただき、かたじけのうございます」
「うむ・・・・・それで?」
 輝虎が目を細める。
「・・・・・・・・」
 顔を上げた高広が、ムッとして輝虎を見つめる。
 しばし迷ったが、観念して高広は告げた。
「もう二度と、このような事は致しませぬ」
「当たり前じゃ」
 吐き捨てる輝虎を、高広は睨む。

「殿」
「なんじゃ?」
 息を大きく吸い、高広が最後に吠える。
「拙者もう二度と、城代は致しませぬ」
 クッと輝虎は高広を睨み、答えた。
「誰もお前などに、二度と命じるか」
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