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  山崎専柳斎秀仙

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 ううううううっ、と謙信は頭を抱える。
 謙信にとって青苧の商いは、絶対に維持せねばならぬものだ。
 そしてそれを売るのは、上方が一番なのである。
 信長が送ってきた屏風を思い出す、そこには人が行き交い活気に溢れる京が描かれていた。
 その京に青苧を売るのが、最良である。
 親綱もまったく売れないとは言っていない。
 売れなくなって来ていると言っているのだ。

 どうする?
 数を減らしては、と親綱は言った。
 しかしそれが根本的な解決で無いことは、謙信にも分かる。
 青苧が売れることを前提に、謙信は今まで国を治めてきた。
 それを減らすわけにはいかない。

 ならもう一つの策・・・・・・。
 西国に売る。毛利と手を結ぶ。
 しかしそうなれば信長が黙っていない。
 謙信も信玄と同じで、信長と事を構えたくない。
 信長には勢いがある。勢いがある者と勢いがある時に戦うのは、ただの馬鹿だ。
 今相手にする事はない。
 その勢いが弱まった時に、叩けば良い。

 そうしたい。
 だがこちらの都合で、物事は動かない。
 最善の道を、決していつも選べるわけではない。

 悩む。

 いま青苧の商いで稼いだ銭は、その殆どを越中の河田長親率いる浪人衆の為に使っている。
 浪人を雇うだけではない。鉄砲を買い揃え、玉薬を用意するに多くの銭を使っているのだ。
 そしてその鉄砲を使い、加賀越前の門徒たちと戦っている。
 だが毛利と結べば、本願寺との和睦を進めることができる。
 そうすれば銭がいらなくなる。
 しかしそうなれば、織田との対決は避けられない。

 悩む。
 が、本庄繁長が裏切った時の事を、謙信は思い出す。
 散々悩んだ挙句、評定まで開いて上手くいかなかった。
 結局悩んだところで、決断するしかない。
 上手くいくかどうかは、神のみぞ知るだ。
 よし、と謙信は決断した。



「安芸に向かってくれ」
 謙信は山吉豊守に命じた。
 信長と手を切り、毛利と結ぶことにしたのである。
「承知・・・・ゴホォゴホォ・・・しました」
 咳き込みながら豊守が応える。
「・・・・・大丈夫か?」
「あっ、はい・・・・」
 穴でも開いているのか、胸を押さえてゼイゼイヒュウヒュウと嫌な音をさせる。

 取り次ぎ衆として他国に赴き、色々な交渉を行って謙信を支えてきた山吉豊守も、既に五十。
 病にかかるとすぐには治らぬらしい。

「殿」
 直江景綱が口を挟む。
「山崎専柳斎どのに任せてみては、いかがでしょうか?」
 そうだな、と謙信は呟く。

 山崎専柳斎秀仙は儒学者で、食客として春日山城にいる。
 元々は常陸の佐竹家の食客だった。使者として越後にやって来て、そのまま居着いているのである。
 儒学者や禅僧というのは、教養があり弁が立つ。彼らは諸国を周り、諸侯に食客として仕え、他国との交渉を任せられる者が多い。
 
「分かった、専柳斎に任せてみよう」
「・・・・・・申し訳ありませぬ」
 豊守が頭を下げる。
 真面目な男だ。謙信が命ずると、どんな難題でも一生懸命取り組む。
 優れた智略があるわけでは無いが、その真面目さが謙信も、そして周りの者の好むところである。
「しっかり養生しておけ」
 謙信はそう告げた。
 お前は必要な男なのだから。
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