ギルド《ボンド》

きたじまともみ

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第一章 癒しの矢

34 決着

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「アンドリューに星の結晶でこちらに戻された。私はそんなことは望んでいない。フレディ、尻拭いをさせることになる、すまない」

 ファントムのメンバーは涙を流す。自分の知っている見た目ではなくても、忙しなかった別れをもう一度やり直せるのだから。

「星の結晶はケイルの遺跡に返してきた。次のギルドマスターはフレディだ。アンドリューは破門にする」
「なんで俺じゃなくて、フレディなんかがギルドマスターになるんだよ! 俺の方が強いのに!」

 バージルさんくらいありそうな大男が、声を荒げてベアテルさんの前に立つ。

「仲間を大切にできないものに、ギルドマスターなんて任せられない。その肩書きが欲しいがために、街中を巻き込んで……」

 ベアテルさんはアンドリューに腕を伸ばすが、反対の手で押さえつけた。

「そろそろ私は自我が保てなくなるころだ。全盛期の身体だから、街が消し飛ぶことになるかもしれない。そうなる前に私は消える。星の結晶は一時的に膨大なエネルギーを得ることができるが、その後自我を忘れて破壊の限りを尽くすだけの人形になる。だから星の結晶の力は使ってはいけない。ケイルの遺跡には、これからも足を踏み入れるな」
「そんな……。俺はただ、あんたに認められたかっただけで」

 アンドリューが頭を抱えて蹲る。

「お嬢さん」

 ベアテルさんがシーナに向かって声をかける。近付いてきたから、シーナの前に立った。
 ベアテルさんはいつ自我が保てなくなるか分からないと言った。警戒せざるを得ない。

「カイくん、大丈夫だよ」

 シーナは俺の袖を引く。一歩前に出てベアテルさんを見上げた。

「お嬢さんの手と心は温かかった。そのおかげで穏やかに逝けた。ありがとう。お嬢さんにお礼を言えたことだけは、星の結晶に感謝しなければな」

 ベアテルさんの手のひらに風が集まる。小さなナイフのように、薄く鋭い形に変わっていった。
 シーナの腕を引いて身体で庇う。

「もう限界だ。フレディ、後を頼む。バージル、迷惑をかけた。すまない」

 フレディさんは顔に力を入れて頭を下げ、バージルさんは片手を上げた。

「じーさん、墓の場所教えろよ。美味い酒持っていってやるから」

 できるはずもないことを言うバージルさんに、ベアテルさんは口元を広げた。風をまとわせ、身体が浮くと猛スピードで飛び立っていった。

 ファントムのメンバーは、その場に崩れて声を上げて泣いた。
 バージルさんがこちらにゆっくり歩いて来る。シーナの頭を思いっきり撫で回した。

「おかえり」
「はい、ただいま!」
「じーさんに寄り添ってくれてありがとな」
「いえ、なにもできませんでした」

 治癒術も時の魔術も使えなかった、と暗に言っているようだった。

「でもシーナはベアテルさんの心を癒したんだろ? そうじゃなきゃ、あんな状態で礼なんて言えないんじゃないのか?」

 俺の言葉にシーナは「そうだといいな」とはにかんだ。

「それはそうと、うちのシーナにふざけたことしてくれたんだ。ケジメはきっちり取ってもらわなきゃいけねぇ!」

 バージルさんがファントムのメンバーを見下ろす。

「うちは『他人に厳しく、身内に甘く』って信条を掲げているんだ。容赦はしねぇ!」
「もちろんだ。申し訳なかった。うちのものがやったことだから、私が全部責任を取る」

 呆然としていたアンドリューがハッとして、フレディさんの胸ぐらを掴んだ。

「俺は破門にされたんだ。なんでお前が責任を取るんだよ!」
「ことを起こしたのは、破門になる前だ」

 力なく、アンドリューの腕は下ろされた。

「そいつのことはフレディに任せる」

 バージルさんは大きく息を吸い込んで、一気に放出した。

「お前ら、ファントムぶっ潰すぞ!」

 バージルさんはファントムのギルドハウス目掛けて走ると、勢いのまま壁を殴りつけた。ミシミシとヒビが割れ、大きな穴が開く。
 その穴から突入すると、暴れ回っているのか破壊音が鳴り響いた。

「シーナ!」

 チアがルルから飛び降りて、シーナに抱きついた。遅れてマイルズも降りる。ルルは小さくなって、マイルズに抱えられた。

「どうなってるの? 急にゴーレムがいなくなるし、みんな集まってファントムのギルドハウスを見ながらボーッとしてるし。そこから聞こえるこの音なに?」

 先ほどここで起きたことを説明した。

「じゃあ中にいるのはバージルさんだけってこと?」
「そうだよ」
「壊せばいいんだね」

 チアが瞼を下ろして集中すると、バチバチと硬い音が響く。
 ファントムのギルドハウス上空、白い光が青い空を裂くように、どんどん範囲を広げていった。

「チア待って! 中にはバージルさんがいるんだよ」

 切羽詰まった声をシーナが上げる。

「チアの攻撃はバージルさんには当たらないから、大丈夫なんじゃないのか?」
「そうだけど、チアの攻撃で崩れた瓦礫は別。バージルさんが生き埋めになっちゃう」

 止めようと必死な俺たちとは別で、チアは冷静だ。

「私も他の人だったらこんなことしないよ。バージルさんは大丈夫」

 チアが手を上げ、勢いよく下げると、いくつもの雷がファントムのギルドハウスを襲う。
 耳をつんざく音を響かせて、建物が崩れ落ちた。立派な建物は見るも無惨な瓦礫の山となった。

 チアは、ふぅ、と息を吐いてスッキリとした表情を見せる。
 全員が呆気に取られていると、瓦礫が爆発した。無傷のバージルさんがそこから這い出てくる。

 なんで無傷でいられるんだ?
 バージルさんは大股でこちらに向かってきた。

「怒ってるんじゃないの?」

 マイルズが青ざめた顔でチアを案じる。
 バージルさんはチアの前に立って見下ろした。

「チアがやったのか?」
「そうです」

 バージルさんは大きな手をチアに乗せて、思いっきり撫で回した。

「さすがは俺の娘! よくやった!」
「恥ずかしいからやめてください」

 豪快に笑うバージルさんの手をチアが払う。乱れた髪を手櫛で整えた。
 ……娘? チアは強い魔力のせいで、両親と暮らせなくなったはずだ。バージルさんなら暴走する魔術だって、腕力でなんとかしてしまいそうなのに。

 マイルズがチアを背に隠すように、バージルさんとチアの間に立った。バージルさんをキツく睨み上げる。

「バージルさんがチアちゃんに酷いことをしたんですか?」

 バージルさんは「酷いこと?」と首を捻る。

「違うよ。私がこの街の近くでヴィクトリアさんに育ててもらったって話したでしょ? バージルさんはヴィクトリアさんの旦那さんなの。バージルさんはボンドをまとめなきゃいけないから、この街で暮らしていたけど、しょっちゅうヴィクトリアさんと私に会いにきてくれた。この街に住めるようになって、一人で暮らすまでは三人で住んでたんだよ」

 マイルズの腕の中でルルが鳴く。

「そうだね、ルルも一緒だね」

 チアに撫でられてルルは気持ちよさそうに目を細める。

「え? 俺なんていまだに抱かせてもらったことないのに、なんでマイルズはルルを抱けるんだ?」

 バージルさんがルルに手を伸ばすと、ルルは尻尾でその手をはたいた。バージルさんは手を引っ込めてさする。

 なんでマイルズにだけ懐いたんだろう? 主人に似て食いしん坊だから、料理が気に入ったからか?

 袖をつままれた。俺の裾を掴んでいたのはシーナ。華奢な手だ。

「どうした?」
「市場に行けなかったね。残念だな」
「また来月もあるんだよな? 一緒に行かないか? 同じ場所で待ち合わせをして」

 シーナははにかんで頷く。

「水をさして悪いが、次はボンドが警備担当だからな」

 後ろからルーカスさんの声が聞こえて振り返る。
 ルーカスさんとリオはゴーレムがいなくなった後、街の被害を確認するために見回っていて、合流が遅くなったとのことだ。

「でも二交代なので、午前か午後かは遊べますよ」

 リオがフォローしてくれるが、一日中デートしていられるわけではなくて、少ししょげる。

「シーナ、身体は大丈夫か? 気分はどうだ?」

 ルーカスさんがシーナを気遣う。

「大丈夫ですよ」
「そうか。だが今日はもう休んだほうがいい。カイ、家まで送ってやれ」
「はい、もちろんです。シーナは疲れただろ? 帰ろうか」
「そうだね、ちょっと疲れたかも」

 ルーカスさんには『大丈夫』と言うのに、俺には『疲れた』と言ってくれるのが嬉しかった。




 道具屋の壁には穴が空いていた。ゴーレムがやったのだろう。

「営業できないよな?」
「そうだね。おばあちゃんとの思い出の店だもん。穴を塞ぐだけでよくてホッとした。無くなってなくてよかった」

 シーナにはリビングで休んでもらって、応急処置としてビニールシートで穴を塞いだ。

「穴、塞げたぞ」

 リビングに入って声をかける。シーナの目は赤くなっていた。

「どうした? どこか痛いのか?」

 シーナが泣いている? 動揺しまくりながら駆け寄った。

「違うの。コレが落ちていて、何だろうって中を見たの」

 シーナが持っていたのは白い封筒。見覚えがあって、俺は上着を探った。ない!
 シーナに向けて書いた手紙を落としていたらしい。

 マナを発見した時だろう。シーナを助けることで頭がいっぱいだったから、手紙のことはすっかり忘れていた。

「手紙って難しいよな。じいちゃんには文章も文字も勉強しろって書かれたし」

 ライハルのみんなから手紙が届いたことを伝える。

「すっごく嬉しかったよ。いっぱい考えて書いてくれたんだろうなって」

 シーナは手紙を広げる。書いては消してを繰り返した跡を、細い指先が撫でた。

『シーナ、いつもありがとう。治癒術や美味しい料理ですごく助けられている。それだけじゃなくて、シーナが笑うと心も温かくなる。シーナと出かける約束をして、仕事もすごく頑張れた。でも、シーナの自分を後回しにして、他の人を優先するのはいいところでもあるんだけど、すごく心配になる。直してほしいけど直せないだろうから、俺は誰よりもシーナを優先することにする。無理だけはしないでほしい。カイ』

 改めて読むと恥ずかしいな。

「カイくん、ありがとう。大切にするね」

 シーナは手紙を宝物かのように大事に抱えて、笑顔を向けてくれた。
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