傲慢な神様の巫女

きたじまともみ

文字の大きさ
11 / 11
飢えた牙

11 事件の真相

しおりを挟む
「うーん、清宮さんが血を吸わせてくれたら教えてあげる」

 結衣は奥歯に力を込めて、恐怖に耐える。
 一度に飲める量で死ぬことはない。背の高い結衣は、昨日助けた女性よりも血液も多いだろう。
 結衣は要求を飲もうと口を開くが、善に遮られる。

「バカか! 自分を犠牲にするな! 俺が守ると言っただろ」

 ヴァンパイアは視線を斜め上に向けて、だるそうに大きく息を吐き出した。

「清宮さん、その雑魚を黙らせてくれない? せっかく楽しく会話してるのに、すごく邪魔」

 雑魚? 善が? 神様なのに?
 結衣は眉間を狭めて首を捻る。
 善の体が強張ったように感じた。

「……善のこと見えてたの?」
「清宮さんと話してるのに、間に立っていて邪魔だなって思ってたよ。でも僕の相手にはならないから、放っておいただけ」

 善がヴァンパイアを倒すんじゃないの?
 結衣は不安から「善」と名前を呼ぶ。
 善は一瞬だけ後ろに張り付く結衣に目を向けたが、すぐに正面に向き直った。
 善の表情は固かった。

「あっ、そうだ! グラス一杯くらいでもいいよ。清宮さんくらい美味しそうな血液って初めてだから、殺しちゃうのは勿体無いよね。週に一回くらいの頻度で飲ませてよ。匂いだけで今日一日我慢していたんだ」

 ヴァンパイアは結衣の擦り傷を拭ったハンカチを、恍惚とした表情で掲げた。
 結衣はヒッと喉を引き攣らせるが、すぐにハッとして直前の言葉に耳を疑った。

「……待って! 殺さなくていいのに殺してたの? どうして?」

 結衣の悲痛な叫び声が響く。
 ヴァンパイアは心底不思議そうに目を瞬かせた。

「おかしなことを聞くね。食事を残しちゃいけないって教わらなかったの?」
「食事? 人間だよ」
「うん、そうだね。清宮さんが牛や豚を食べるのと一緒。清宮さんは可哀想って泣きながら、牛や豚を食べるの?」

 結衣は言葉が出てこなかった。
 結衣は美味しい、と喜んで食事をしている。
 ヴァンパイアにとって、人間は家畜と同じなのかもしれない。
 黙り込んで下唇を噛む結衣を、ヴァンパイアは嘲るように笑った。

「その顔いいね。気分がいいから教えてあげる。渡辺圭吾と妹が二人で歩いている時に、妹を攫おうと思ったら渡辺圭吾が必死に僕にしがみついてきた。妹は逃してくれって」

 耳を塞ぎたい。聞きたくない。それでも二人の居場所を知るために、結衣は歯を食いしばって耳を傾ける。

「僕は『いいよ』って言ったんだ。渡辺圭吾の血液を吸うと、彼は失神した。妹は腰が抜けたみたいで座り込んで動かなかったから、二人とも巣に連れ帰った。意識を取り戻した渡辺圭吾は、妹がいることに錯乱した。妹の前で何回かに分けて全部血液を飲んだんだ。次はお前だ、って見せつけるように」
「……ひどい」

 無意識に声が溢れた。気にした様子もなく、ヴァンパイアは話し続ける。

「その後、妹の血液も全部いただいた。妹はどう思っていたんだろうね? 渡辺圭吾は先に死んだ。妹は恐怖に震える時間が長くなっただけだ。兄を恨んで死んでいったのかな?」

 ヴァンパイアは大きな笑い声を上げる。整った顔が、結衣にはとても醜く見えた。

「それを想像したらすっごく楽しめたから、一緒の場所に埋めてあげた。場所はあの山」

 ヴァンパイアが指を差したのは、荒れ果てた山だった。
 そちらに目を向けると、ヴァンパイアは手をパンッと鳴らし、口角を上げて笑う。

「話はおしまい。どう? 週に一回献血する?」
「献血じゃないでしょ! 誰のためにもならないじゃない」
「僕のためになるよ」

 結衣は力一杯首を振った。
 ヴァンパイアはキョトンとした表情を見せる。

「もしかして、その雑魚が僕に勝てるとでも思っているの?」

 ヴァンパイアは心底おかしそうに顔を歪める。

「善が私を守るって言ったんだから、その言葉は守られることなの。あんたと同じで顔だけしか取り柄のない男だけど、あんたとは違うんだから」
「おい、一緒にするな」

 結衣の切った啖呵に、善がすかさず睨みを効かせる。

「そう、じゃあそいつを倒せば、清宮さんが手に入るんだね」

 ヴァンパイアの刺すような目つきに硬直する。纏う空気が禍々しく冷たいものに変化していくような気がして、寒くもないのに鳥肌が立つ。

「結衣、何があっても離れるな。俺を信じろ」

 善の顔は見えないけれど、声は険しい。それでも絶対に結衣を守ろうという気持ちは伝わった。
 結衣は大きく深呼吸をして心を落ち着かせる。

「わかった。絶対に善から離れない」

 ヴァンパイアが地面を蹴ったかと思うと、一瞬で善の前に移動する。
 鋭い爪を振り被った。結衣は思わず目を閉じる。

 ガッという衝撃音を聞き、恐る恐る目を開けると、善が片手を伸ばしていた。
 透明な壁があるかのように、ヴァンパイアの攻撃を抑えている。

「善、すごい!」

 結衣は目を大きく見開き、感嘆の声を上げる。
 止めているのは善なのに、ヴァンパイアは涼しい顔をしていて、結衣は不安に襲われる。

 背伸びをして善の肩の上から顔を出して善の顔を伺う。
 見えた横顔は苦悶の表情を浮かべていて、冷や汗を流していた。

「ぜ、善?」

 結衣が名前を呼ぶと、ヴァンパイアがさらに踏み込んで力を込めた。
 本当に透明な壁があったようで、蜘蛛の巣のようなヒビが入って広がっていく。

 ヴァンパイアが顔を輝かせると、善は舌打ちをして結衣の身体に腕を回し、後ろに飛んだ。

 その瞬間に透明な壁は崩れ落ちた。
 平然とした表情のヴァンパイアとは違い、善の息は上がっている。

「善、大丈夫?」
「どうってことない」

 強がりだと明らかにわかるが、結衣にはどうすることもできない。

「これでわかったよね? そいつじゃ僕に勝てないって」

 ヴァンパイアは勝利を確信したように、高揚感を抑えられないといった口調で声を上げる。

「そうだな、今の俺では無理だ」

 あっさりと認める善に、結衣は瞠目した。
 ヴァンパイアは愉快そうに、限界まで口角を上げる。

「善?」

 不安に押しつぶされそうになりながら、結衣は善を呼ぶ。

「じゃあこれ以上戦っても無意味でしょ。清宮さんをこっちに渡して」

 ヴァンパイアがこちらに手を伸ばす。
 月明かりに照らされて、鋭利な爪の先端が光った。

「聞いていなかったのか? 今の俺では無理だと言ったんだ」

 善がしゃがみ、結衣の足の間に腕を入れた。ギョッとしている間に反対の手で右手を掴まれた。右手と右足を掴まれて善の肩に担がれる。レスキューのドラマで見たことのある担ぎ方だった。

「どういうつもり?」

 ヴァンパイアは鋭い眼光を向ける。

「逃げる」

 善は結衣を担いだまま、一目散に駆け出した。
 最初からトップスピードで走るジェットコースターのようで、結衣は悲鳴を上げた。

「うるさい。舌を噛みたくなければ、口を閉じていろ」

 結衣は口を引き結んだ。
 景色が凄まじいスピードで流れ、風を切る音が耳に響く。屋根の上を移動しているから、高さに息を飲んだ。視界の隅に、街灯の光が線を描いて通り過ぎるのが見える。

 善に支えられているとはいえ、怖くてたまらない。
 神社の石階段を登っている時に、善が「結衣!」と叫んだ。

「いいか。俺が必ず奴を倒す。結衣は俺が勝つことだけを祈っていろ」

 結衣は返事の代わりに、左手で善の背中をトンと叩いた。
しおりを挟む
感想 0

この作品の感想を投稿する

あなたにおすすめの小説

行き遅れた私は、今日も幼なじみの皇帝を足蹴にする

九條葉月
キャラ文芸
「皇帝になったら、迎えに来る」幼なじみとのそんな約束を律儀に守っているうちに結婚適齢期を逃してしまった私。彼は無事皇帝になったみたいだけど、五年経っても迎えに来てくれる様子はない。今度会ったらぶん殴ろうと思う。皇帝陛下に会う機会なんてそうないだろうけど。嘆いていてもしょうがないので結婚はすっぱり諦めて、“神仙術士”として生きていくことに決めました。……だというのに。皇帝陛下。今さら私の前に現れて、一体何のご用ですか?

後宮なりきり夫婦録

石田空
キャラ文芸
「月鈴、ちょっと嫁に来るか?」 「はあ……?」 雲仙国では、皇帝が三代続いて謎の昏睡状態に陥る事態が続いていた。 あまりにも不可解なために、新しい皇帝を立てる訳にもいかない国は、急遽皇帝の「影武者」として跡継ぎ騒動を防ぐために寺院に入れられていた皇子の空燕を呼び戻すことに決める。 空燕の国の声に応える条件は、同じく寺院で方士修行をしていた方士の月鈴を妃として後宮に入れること。 かくしてふたりは片や皇帝の影武者として、片や皇帝の偽りの愛妃として、後宮と言う名の魔窟に潜入捜査をすることとなった。 影武者夫婦は、後宮内で起こる事件の謎を解けるのか。そしてふたりの想いの行方はいったい。 サイトより転載になります。

屈辱と愛情

守 秀斗
恋愛
最近、夫の態度がおかしいと思っている妻の名和志穂。25才。仕事で疲れているのかとそっとしておいたのだが、一か月もベッドで抱いてくれない。思い切って、夫に聞いてみると意外な事を言われてしまうのだが……。

彼の言いなりになってしまう私

守 秀斗
恋愛
マンションで同棲している山野井恭子(26才)と辻村弘(26才)。でも、最近、恭子は弘がやたら過激な行為をしてくると感じているのだが……。

JKメイドはご主人様のオモチャ 命令ひとつで脱がされて、触られて、好きにされて――

のぞみ
恋愛
「今日から、お前は俺のメイドだ。ベッドの上でもな」 高校二年生の蒼井ひなたは、借金に追われた家族の代わりに、ある大富豪の家で住み込みメイドとして働くことに。 そこは、まるでおとぎ話に出てきそうな大きな洋館。 でも、そこで待っていたのは、同じ高校に通うちょっと有名な男の子――完璧だけど性格が超ドSな御曹司、天城 蓮だった。 昼間は生徒会長、夜は…ご主人様? しかも、彼の命令はちょっと普通じゃない。 「掃除だけじゃダメだろ? ご主人様の癒しも、メイドの大事な仕事だろ?」 手を握られるたび、耳元で囁かれるたび、心臓がバクバクする。 なのに、ひなたの体はどんどん反応してしまって…。 怒ったり照れたりしながらも、次第に蓮に惹かれていくひなた。 だけど、彼にはまだ知られていない秘密があって―― 「…ほんとは、ずっと前から、私…」 ただのメイドなんかじゃ終わりたくない。 恋と欲望が交差する、ちょっぴり危険な主従ラブストーリー。

夫婦交換

山田森湖
恋愛
好奇心から始まった一週間の“夫婦交換”。そこで出会った新鮮なときめき

敗戦国の姫は、敵国将軍に掠奪される

clayclay
恋愛
架空の国アルバ国は、ブリタニア国に侵略され、国は壊滅状態となる。 状況を打破するため、アルバ国王は娘のソフィアに、ブリタニア国使者への「接待」を命じたが……。

敵に貞操を奪われて癒しの力を失うはずだった聖女ですが、なぜか前より漲っています

藤谷 要
恋愛
サルサン国の聖女たちは、隣国に征服される際に自国の王の命で殺されそうになった。ところが、侵略軍将帥のマトルヘル侯爵に助けられた。それから聖女たちは侵略国に仕えるようになったが、一か月後に筆頭聖女だったルミネラは命の恩人の侯爵へ嫁ぐように国王から命じられる。 結婚披露宴では、陛下に側妃として嫁いだ旧サルサン国王女が出席していたが、彼女は侯爵に腕を絡めて「陛下の手がつかなかったら一年後に妻にしてほしい」と頼んでいた。しかも、侯爵はその手を振り払いもしない。 聖女は愛のない交わりで神の加護を失うとされているので、当然白い結婚だと思っていたが、初夜に侯爵のメイアスから体の関係を迫られる。彼は命の恩人だったので、ルミネラはそのまま彼を受け入れた。 侯爵がかつての恋人に似ていたとはいえ、侯爵と孤児だった彼は全く別人。愛のない交わりだったので、当然力を失うと思っていたが、なぜか以前よりも力が漲っていた。 ※全11話 2万字程度の話です。

処理中です...