召喚された聖女は運命に抗いたい!

葉桜

文字の大きさ
4 / 6

3.祭司さまと聖護士さま

しおりを挟む
 顔を上げたサミュエルさんが驚いたように目を丸くしまがらあたしを見て、それから眉を下げながらもふっと微笑んだ。

「ありがとうございます。〈聖女〉は〈聖護士〉により守られることになるのが通例ですから、おそらく貴女にもすぐに〈聖護士〉の護衛がつくと思います。そうなれば限られはしても、ある程度は自由に行動が出来るようになるかと」
「〈聖護士〉?」

 聞きなれないワードに首を傾げると、サミュエルさんは穏やかな声音で優しく教えてくれる。

「〈世界樹〉の管理を担う者たち同様、洗礼を受けた者の一人です。その中でも騎士としての資質を持ち合わせると祭司様により選ばれた事で騎士団に身を置き、いずれは聖女護衛の任を与えられる――この者を〈聖護士〉と呼ぶのです」
「〈聖女〉が喚ばれると任命される、ってことですか?」
「ええ。常には〈聖護士〉と呼ばれる者はおらず、〈聖女〉の召喚に成功した時のみ任命がなされます。確か、〈聖護士〉は〈聖女〉と共に浄化の儀式を行うのだとも聞いていますよ」

 サミュエルさんが答え、柔和に微笑みながら頷いたそのすぐ後だった。
 サロンから廊下につながる扉から、失礼いたします、という女性の声――侍女さんの声が聞こえてきた。ティーセットの準備をしてくれたひとだ。

「サミュエル様、祭司様をご案内致しました」
「ご苦労様です。どうぞ、中に」

 どうやら話していた祭司なる人がやってきたらしい。
 サミュエルさんの言葉に従い、扉が開かれると祭司と思しき男の人が入ってきた。

「ご足労いただき申し訳ありません、レジス祭司」

 席から立ち上がり、サミュエルさんはその男性に深々と頭を下げる。
 サミュエルさんも良質そうな素材のローブを羽織っているけれど、それ以上に良い素材であろうことが遠目でもわかる。ともすれば牧師のようにも思える白のローブを羽織るその小太りの男の人は、召喚が行われた場所にはいなかった見知らぬ人だ。
 レジスと呼ばれたその人は、頭を下げるサミュエルさんを見て柔和な表情を崩さず、それでいて困ったように眉を下げて口を開く。

「顔をおあげください、サミュエル殿。私は召喚の儀式の場には赴けなかった身、儀式が滞りなく終わり聖女様をお迎えできたとの報せをいただけたことに感謝はすれど、足労程度で憤る理由とはなりますまい」
「お心遣い、感謝いたします」

 顔を上げたサミュエルさんが小さく微笑んだことに満足げにうなずいて、レジスさんはその目をあたしに移した。
 それから笑みを深めて会釈をひとつ。

「お初にお目に掛かります、聖女様。私はレジス・バイエ。この国で〈祭司〉という肩書きを賜っておる者です」
「は、はあ……あたしは荻野おぎのシズク、雫といいます」
「シズク様。此度は異界より喚び声を聞き届けてくださり、ありがとうございます」
「え、えぇと……」

 喚び声もなにも、気付いたら見知らぬ場所にいたんだけど――とは言えないよねぇ。
 良くも悪くも彼らにはあたしの都合なんて関係ないし、価値もなければ無意味なものなのだから。それに此処であたしの経緯を話したところで帰れるわけでもないのだし――何より、告げることで変な空気になるのは嫌だ。これが一番の本音ね。

 とはいえポーカーフェイスなんてできっこないし、それ以前にむず痒い扱いに戸惑い、しどろもどろになるのも仕方ないわけで。
 そんなあたしに気にした様子もなく、レジスさんは柔和な笑顔を浮かべたままで。

「此度の聖女様は謙虚な方とお見受け致します」

 ……それは、どうなんだろうなあ。

「それで、祭司様。聖女様をお迎えするご準備は?」

 サミュエルさんの問いかけに、レジスさんは深く頷く。

「もちろん、出来ておりますよ。部屋は聖女専属侍従に支度任せていますし、此処へも〈聖護士〉と共に参りましたので」
「そうでしたか。それでは先にお顔合わせをしてもらってもよろしいのでは? 聖女様にとっても引き伸ばされるよりよろしいでしょう」

 あ、そこであたしを振り返られます? ただ、どうせ会わなきゃならないって言うのなら、今すぐでも何ら問題はないとは思う。
 同意を求めるサミュエルさんにあたしは曖昧に頷く。と、レジスさんが声を弾ませながら顔をさらに綻ばせた。

「この場をお借りしてもよろしいのでしたら、お言葉に甘えて――〈聖護士〉リィンハルト。中へお入りなさい」

 声を張り上げてレジスさんが呼び掛けた先は、侍女さんによって静かに閉められた廊下へと繋がる扉の先。
 間を置かず、はっ、という短い男声が聞こえてきたかと思うと、がちゃりと閉ざされていたドアが開いた。
 それを潜り現れたのは男の人。あたしより年上の、それでいてサミュエルさんよりも若い青年。アッシュグレーの短髪に、青色の眼。軽鎧に白のローブと外套。一見して清潔な印象を受ける端麗な容姿をした人だった。
 彼はレジスさんとサミュエルさんに目礼をし、それからあたしを見ると丁寧に頭を下げる。

「聖女様、こちらがこれから貴方様をお守りし、共に儀式を行うこととなります、当代の〈聖護士〉リィンハルトに御座います」

 紹介を受けた青年――リィンハルトさんは頭を下げたまま、

「お初にお目にかかります、聖女様。祭司様よりご紹介に預かりました、リィンハルト・レーティアと申します」

 言い切ってようやく顔をあげてあたしを真っ直ぐに捉えた。
しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

最愛の番に殺された獣王妃

望月 或
恋愛
目の前には、最愛の人の憎しみと怒りに満ちた黄金色の瞳。 彼のすぐ後ろには、私の姿をした聖女が怯えた表情で口元に両手を当てこちらを見ている。 手で隠しているけれど、その唇が堪え切れず嘲笑っている事を私は知っている。 聖女の姿となった私の左胸を貫いた彼の愛剣が、ゆっくりと引き抜かれる。 哀しみと失意と諦めの中、私の身体は床に崩れ落ちて―― 突然彼から放たれた、狂気と絶望が入り混じった慟哭を聞きながら、私の思考は止まり、意識は閉ざされ永遠の眠りについた――はずだったのだけれど……? 「憐れなアンタに“選択”を与える。このままあの世に逝くか、別の“誰か”になって新たな人生を歩むか」 謎の人物の言葉に、私が選択したのは――

「魔道具の燃料でしかない」と言われた聖女が追い出されたので、結界は消えます

七辻ゆゆ
ファンタジー
聖女ミュゼの仕事は魔道具に力を注ぐだけだ。そうして国を覆う大結界が発動している。 「ルーチェは魔道具に力を注げる上、癒やしの力まで持っている、まさに聖女だ。燃料でしかない平民のおまえとは比べようもない」 そう言われて、ミュゼは城を追い出された。 しかし城から出たことのなかったミュゼが外の世界に恐怖した結果、自力で結界を張れるようになっていた。 そしてミュゼが力を注がなくなった大結界は力を失い……

悪役令息、前世の記憶により悪評が嵩んで死ぬことを悟り教会に出家しに行った結果、最強の聖騎士になり伝説になる

竜頭蛇
ファンタジー
ある日、前世の記憶を思い出したシド・カマッセイはこの世界がギャルゲー「ヒロイックキングダム」の世界であり、自分がギャルゲの悪役令息であると理解する。 評判が悪すぎて破滅する運命にあるが父親が毒親でシドの悪評を広げたり、関係を作ったものには危害を加えるので現状では何をやっても悪評に繋がるを悟り、家との関係を断って出家をすることを決意する。 身を寄せた教会で働くうちに評判が上がりすぎて、聖女や信者から崇められたり、女神から一目置かれ、やがて最強の聖騎士となり、伝説となる物語。

他国から来た王妃ですが、冷遇? 私にとっては厚遇すぎます!

七辻ゆゆ
ファンタジー
人質同然でやってきたというのに、出されるご飯は母国より美味しいし、嫌味な上司もいないから掃除洗濯毎日楽しいのですが!?

【短編】花婿殿に姻族でサプライズしようと隠れていたら「愛することはない」って聞いたんだが。可愛い妹はあげません!

月野槐樹
ファンタジー
妹の結婚式前にサプライズをしようと姻族みんなで隠れていたら、 花婿殿が、「君を愛することはない!」と宣言してしまった。 姻族全員大騒ぎとなった

敵に貞操を奪われて癒しの力を失うはずだった聖女ですが、なぜか前より漲っています

藤谷 要
恋愛
サルサン国の聖女たちは、隣国に征服される際に自国の王の命で殺されそうになった。ところが、侵略軍将帥のマトルヘル侯爵に助けられた。それから聖女たちは侵略国に仕えるようになったが、一か月後に筆頭聖女だったルミネラは命の恩人の侯爵へ嫁ぐように国王から命じられる。 結婚披露宴では、陛下に側妃として嫁いだ旧サルサン国王女が出席していたが、彼女は侯爵に腕を絡めて「陛下の手がつかなかったら一年後に妻にしてほしい」と頼んでいた。しかも、侯爵はその手を振り払いもしない。 聖女は愛のない交わりで神の加護を失うとされているので、当然白い結婚だと思っていたが、初夜に侯爵のメイアスから体の関係を迫られる。彼は命の恩人だったので、ルミネラはそのまま彼を受け入れた。 侯爵がかつての恋人に似ていたとはいえ、侯爵と孤児だった彼は全く別人。愛のない交わりだったので、当然力を失うと思っていたが、なぜか以前よりも力が漲っていた。 ※全11話 2万字程度の話です。

ゲームの悪役パパに転生したけど、勇者になる息子が親離れしないので完全に詰んでる

街風
ファンタジー
「お前を追放する!」 ゲームの悪役貴族に転生したルドルフは、シナリオ通りに息子のハイネ(後に世界を救う勇者)を追放した。 しかし、前世では子煩悩な父親だったルドルフのこれまでの人生は、ゲームのシナリオに大きく影響を与えていた。旅にでるはずだった勇者は旅に出ず、悪人になる人は善人になっていた。勇者でもないただの中年ルドルフは魔人から世界を救えるのか。

追放された悪役令嬢はシングルマザー

ララ
恋愛
神様の手違いで死んでしまった主人公。第二の人生を幸せに生きてほしいと言われ転生するも何と転生先は悪役令嬢。 断罪回避に奮闘するも失敗。 国外追放先で国王の子を孕んでいることに気がつく。 この子は私の子よ!守ってみせるわ。 1人、子を育てる決心をする。 そんな彼女を暖かく見守る人たち。彼女を愛するもの。 さまざまな思惑が蠢く中彼女の掴み取る未来はいかに‥‥ ーーーー 完結確約 9話完結です。 短編のくくりですが10000字ちょっとで少し短いです。

処理中です...