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3.祭司さまと聖護士さま
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顔を上げたサミュエルさんが驚いたように目を丸くしまがらあたしを見て、それから眉を下げながらもふっと微笑んだ。
「ありがとうございます。〈聖女〉は〈聖護士〉により守られることになるのが通例ですから、おそらく貴女にもすぐに〈聖護士〉の護衛がつくと思います。そうなれば限られはしても、ある程度は自由に行動が出来るようになるかと」
「〈聖護士〉?」
聞きなれないワードに首を傾げると、サミュエルさんは穏やかな声音で優しく教えてくれる。
「〈世界樹〉の管理を担う者たち同様、洗礼を受けた者の一人です。その中でも騎士としての資質を持ち合わせると祭司様により選ばれた事で騎士団に身を置き、いずれは聖女護衛の任を与えられる――この者を〈聖護士〉と呼ぶのです」
「〈聖女〉が喚ばれると任命される、ってことですか?」
「ええ。常には〈聖護士〉と呼ばれる者はおらず、〈聖女〉の召喚に成功した時のみ任命がなされます。確か、〈聖護士〉は〈聖女〉と共に浄化の儀式を行うのだとも聞いていますよ」
サミュエルさんが答え、柔和に微笑みながら頷いたそのすぐ後だった。
サロンから廊下につながる扉から、失礼いたします、という女性の声――侍女さんの声が聞こえてきた。ティーセットの準備をしてくれたひとだ。
「サミュエル様、祭司様をご案内致しました」
「ご苦労様です。どうぞ、中に」
どうやら話していた祭司なる人がやってきたらしい。
サミュエルさんの言葉に従い、扉が開かれると祭司と思しき男の人が入ってきた。
「ご足労いただき申し訳ありません、レジス祭司」
席から立ち上がり、サミュエルさんはその男性に深々と頭を下げる。
サミュエルさんも良質そうな素材のローブを羽織っているけれど、それ以上に良い素材であろうことが遠目でもわかる。ともすれば牧師のようにも思える白のローブを羽織るその小太りの男の人は、召喚が行われた場所にはいなかった見知らぬ人だ。
レジスと呼ばれたその人は、頭を下げるサミュエルさんを見て柔和な表情を崩さず、それでいて困ったように眉を下げて口を開く。
「顔をおあげください、サミュエル殿。私は召喚の儀式の場には赴けなかった身、儀式が滞りなく終わり聖女様をお迎えできたとの報せをいただけたことに感謝はすれど、足労程度で憤る理由とはなりますまい」
「お心遣い、感謝いたします」
顔を上げたサミュエルさんが小さく微笑んだことに満足げにうなずいて、レジスさんはその目をあたしに移した。
それから笑みを深めて会釈をひとつ。
「お初にお目に掛かります、聖女様。私はレジス・バイエ。この国で〈祭司〉という肩書きを賜っておる者です」
「は、はあ……あたしは荻野雫、雫といいます」
「シズク様。此度は異界より喚び声を聞き届けてくださり、ありがとうございます」
「え、えぇと……」
喚び声もなにも、気付いたら見知らぬ場所にいたんだけど――とは言えないよねぇ。
良くも悪くも彼らにはあたしの都合なんて関係ないし、価値もなければ無意味なものなのだから。それに此処であたしの経緯を話したところで帰れるわけでもないのだし――何より、告げることで変な空気になるのは嫌だ。これが一番の本音ね。
とはいえポーカーフェイスなんてできっこないし、それ以前にむず痒い扱いに戸惑い、しどろもどろになるのも仕方ないわけで。
そんなあたしに気にした様子もなく、レジスさんは柔和な笑顔を浮かべたままで。
「此度の聖女様は謙虚な方とお見受け致します」
……それは、どうなんだろうなあ。
「それで、祭司様。聖女様をお迎えするご準備は?」
サミュエルさんの問いかけに、レジスさんは深く頷く。
「もちろん、出来ておりますよ。部屋は聖女専属侍従に支度任せていますし、此処へも〈聖護士〉と共に参りましたので」
「そうでしたか。それでは先にお顔合わせをしてもらってもよろしいのでは? 聖女様にとっても引き伸ばされるよりよろしいでしょう」
あ、そこであたしを振り返られます? ただ、どうせ会わなきゃならないって言うのなら、今すぐでも何ら問題はないとは思う。
同意を求めるサミュエルさんにあたしは曖昧に頷く。と、レジスさんが声を弾ませながら顔をさらに綻ばせた。
「この場をお借りしてもよろしいのでしたら、お言葉に甘えて――〈聖護士〉リィンハルト。中へお入りなさい」
声を張り上げてレジスさんが呼び掛けた先は、侍女さんによって静かに閉められた廊下へと繋がる扉の先。
間を置かず、はっ、という短い男声が聞こえてきたかと思うと、がちゃりと閉ざされていたドアが開いた。
それを潜り現れたのは男の人。あたしより年上の、それでいてサミュエルさんよりも若い青年。アッシュグレーの短髪に、青色の眼。軽鎧に白のローブと外套。一見して清潔な印象を受ける端麗な容姿をした人だった。
彼はレジスさんとサミュエルさんに目礼をし、それからあたしを見ると丁寧に頭を下げる。
「聖女様、こちらがこれから貴方様をお守りし、共に儀式を行うこととなります、当代の〈聖護士〉リィンハルトに御座います」
紹介を受けた青年――リィンハルトさんは頭を下げたまま、
「お初にお目にかかります、聖女様。祭司様よりご紹介に預かりました、リィンハルト・レーティアと申します」
言い切ってようやく顔をあげてあたしを真っ直ぐに捉えた。
「ありがとうございます。〈聖女〉は〈聖護士〉により守られることになるのが通例ですから、おそらく貴女にもすぐに〈聖護士〉の護衛がつくと思います。そうなれば限られはしても、ある程度は自由に行動が出来るようになるかと」
「〈聖護士〉?」
聞きなれないワードに首を傾げると、サミュエルさんは穏やかな声音で優しく教えてくれる。
「〈世界樹〉の管理を担う者たち同様、洗礼を受けた者の一人です。その中でも騎士としての資質を持ち合わせると祭司様により選ばれた事で騎士団に身を置き、いずれは聖女護衛の任を与えられる――この者を〈聖護士〉と呼ぶのです」
「〈聖女〉が喚ばれると任命される、ってことですか?」
「ええ。常には〈聖護士〉と呼ばれる者はおらず、〈聖女〉の召喚に成功した時のみ任命がなされます。確か、〈聖護士〉は〈聖女〉と共に浄化の儀式を行うのだとも聞いていますよ」
サミュエルさんが答え、柔和に微笑みながら頷いたそのすぐ後だった。
サロンから廊下につながる扉から、失礼いたします、という女性の声――侍女さんの声が聞こえてきた。ティーセットの準備をしてくれたひとだ。
「サミュエル様、祭司様をご案内致しました」
「ご苦労様です。どうぞ、中に」
どうやら話していた祭司なる人がやってきたらしい。
サミュエルさんの言葉に従い、扉が開かれると祭司と思しき男の人が入ってきた。
「ご足労いただき申し訳ありません、レジス祭司」
席から立ち上がり、サミュエルさんはその男性に深々と頭を下げる。
サミュエルさんも良質そうな素材のローブを羽織っているけれど、それ以上に良い素材であろうことが遠目でもわかる。ともすれば牧師のようにも思える白のローブを羽織るその小太りの男の人は、召喚が行われた場所にはいなかった見知らぬ人だ。
レジスと呼ばれたその人は、頭を下げるサミュエルさんを見て柔和な表情を崩さず、それでいて困ったように眉を下げて口を開く。
「顔をおあげください、サミュエル殿。私は召喚の儀式の場には赴けなかった身、儀式が滞りなく終わり聖女様をお迎えできたとの報せをいただけたことに感謝はすれど、足労程度で憤る理由とはなりますまい」
「お心遣い、感謝いたします」
顔を上げたサミュエルさんが小さく微笑んだことに満足げにうなずいて、レジスさんはその目をあたしに移した。
それから笑みを深めて会釈をひとつ。
「お初にお目に掛かります、聖女様。私はレジス・バイエ。この国で〈祭司〉という肩書きを賜っておる者です」
「は、はあ……あたしは荻野雫、雫といいます」
「シズク様。此度は異界より喚び声を聞き届けてくださり、ありがとうございます」
「え、えぇと……」
喚び声もなにも、気付いたら見知らぬ場所にいたんだけど――とは言えないよねぇ。
良くも悪くも彼らにはあたしの都合なんて関係ないし、価値もなければ無意味なものなのだから。それに此処であたしの経緯を話したところで帰れるわけでもないのだし――何より、告げることで変な空気になるのは嫌だ。これが一番の本音ね。
とはいえポーカーフェイスなんてできっこないし、それ以前にむず痒い扱いに戸惑い、しどろもどろになるのも仕方ないわけで。
そんなあたしに気にした様子もなく、レジスさんは柔和な笑顔を浮かべたままで。
「此度の聖女様は謙虚な方とお見受け致します」
……それは、どうなんだろうなあ。
「それで、祭司様。聖女様をお迎えするご準備は?」
サミュエルさんの問いかけに、レジスさんは深く頷く。
「もちろん、出来ておりますよ。部屋は聖女専属侍従に支度任せていますし、此処へも〈聖護士〉と共に参りましたので」
「そうでしたか。それでは先にお顔合わせをしてもらってもよろしいのでは? 聖女様にとっても引き伸ばされるよりよろしいでしょう」
あ、そこであたしを振り返られます? ただ、どうせ会わなきゃならないって言うのなら、今すぐでも何ら問題はないとは思う。
同意を求めるサミュエルさんにあたしは曖昧に頷く。と、レジスさんが声を弾ませながら顔をさらに綻ばせた。
「この場をお借りしてもよろしいのでしたら、お言葉に甘えて――〈聖護士〉リィンハルト。中へお入りなさい」
声を張り上げてレジスさんが呼び掛けた先は、侍女さんによって静かに閉められた廊下へと繋がる扉の先。
間を置かず、はっ、という短い男声が聞こえてきたかと思うと、がちゃりと閉ざされていたドアが開いた。
それを潜り現れたのは男の人。あたしより年上の、それでいてサミュエルさんよりも若い青年。アッシュグレーの短髪に、青色の眼。軽鎧に白のローブと外套。一見して清潔な印象を受ける端麗な容姿をした人だった。
彼はレジスさんとサミュエルさんに目礼をし、それからあたしを見ると丁寧に頭を下げる。
「聖女様、こちらがこれから貴方様をお守りし、共に儀式を行うこととなります、当代の〈聖護士〉リィンハルトに御座います」
紹介を受けた青年――リィンハルトさんは頭を下げたまま、
「お初にお目にかかります、聖女様。祭司様よりご紹介に預かりました、リィンハルト・レーティアと申します」
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