元王女で転生者な竜の愛娘

葉桜

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第20話

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「いや、いやいや。――それはダメだろ」

 額を押さえながら、渋い顔でテオはそう搾り出す。

 まあ、常識的にや倫理的に考えたらそうだろうなあ、とは私自身も思う。普段ならば私だって受け入れたりはしない。
 常識的にも倫理的にもそうだけれど、いくらカノンが私にとって小さな頃から知っている相手とはいえ、イケメンと同じ部屋で過ごせだなんて難易度があまりにも高すぎるのである。

 ただ、こと王城で過ごす間は事情が違うのだ。

「何か問題でもあるのか?」
「明確に言葉にせずともわかるようなレベルで問題しかない」
「天狼の常識的には問題がないが」
「そういう言い回ししてる時点で確信犯じゃねえか!」
「あっははは!」

 カノンは全力でテオをからかって遊んでるけどね。
 常に意識しているであろう口調から優雅さが剥がれ落ちたテオの反応に、カノンは嬉しそうに笑う。

「別にそっちの心配や気遣いを無視したいってわけじゃないんだ。ただ、可能な限り同じ部屋で過ごせたほうが都合がよくてね」
「……その都合というのは、男女で同じ部屋を使っても許される程のものなのだろうな?」
「おっと、そろそろ信用がなくなってきている気配がするな?」

 テオに半目で睨むように見られてようやく、カノンが眉をほんの少しだけ下げた。そんなカノンの表情と言葉に、私は小さく溜息を吐きながら、

「正しい対応だと思うけど?」
「えー? リリィまでそう言う?」
「もうっ、あまりにも好き勝手するようなら、あとでレナとシル姉に報告するからね?」

 本っ当にひとをからかうことに楽しみを見出す意地の悪いところがあるんだから。流石に相手だとか限度は見極めているけれど、最近は私やグレン兄達の反応が悪くなったって言ってたのもあってか、嬉々としてテオで遊ぼうとするんだから。

「テオも、適度に無視しなきゃダメよ? 相手にすればするほど調子にのるし、煙に巻こうとするんだから」
「ああ、今後はそうしようとは思うが……随分と力がこもっているな?」

 そりゃあ散々からかわれながら育ってきたんだもの、とは思っても口にしない。言わなくてもこれは多分伝わるだろうし。

「別に、悪い人ではないのよ? それだけは信じて欲しいんだけど」
「嫌われないスレスレを狙うようにはしているからなあ」
「そういう頑張りはいらないんだよ、カノン」
「ンキュ……」

 ほら、リフも呆れてる。そういう頑張りはいらないのよ、カノン。
 といっても聞いてはくれないし、状況とかは考えてくれるから慣れるしかないんだけど、それはそれとして。

「それでお部屋の件だけど、カノンも一緒にこの部屋でって私からもお願いしたいの。別に危険があるからとかじゃないけど、レイン兄たちからも可能な限り一緒にいるようにって言われてるのもあるし……」
「リリィはそれで本当に構わないのか?」
「……構わなくはない、わね。本心的には」
「――リリィ?」
「でも、万が一にも何もありはしないって確信しているから」

 物言いたげなカノンの視線は無視して言った言葉に嘘はない。だってそれだけはありえないのだ。
 異種族だからとかじゃない。家族のような存在だからなのもあるし、何よりも――カノンにとって私はとてもつもなーく子供だからだ。

 曰く、これは長命種あるあるのようなものらしいのだけれど、三桁も生きれば人間は等しく幼い子供のような感覚になってしまうらしい。
 もちろん、絶対に有り得ないなんてことはない。
 守護恩恵を与えるための契約もそうだけれど、心から惹かれればそういう関係にもなる事だってあるんだとも聞く。

 ただレナ達もそう言うし、カノン自身も口にするけれど、カノンのその辺の感覚というものは、とても曖昧というか大雑把だ。つまり、カノンにとっては多くの区分が存在するはずの愛というものも、漠然とひとくくりにされているようなものなのだという。
 要約すると愛も恋も一緒くたどころか、親愛や友情といった他者への情も何もかもひっくるめられているようなものなのである。不思議でややこしくも大変単純明快な想いの形だ。
 だからカノンは私のこともリフのことも、多分テオの事もアルマン陛下のことも等しくおんなじという感情を向けている。それ以上も以下も、少なくともカノン当人の中では細分化されていないし、する予定は今のところはないのだと思う。
 いつか本当に大好きな人が出来たら変わるかもね、なんてレナは言うけれど、それが何時なのかはカノンにもわからないのだから私にもわかるはずがないのだ。

 そんなわけなので、カノンと相部屋であることで心配されるような事は起きるような事はない。私はカノンを兄のように思っているし、カノンも私を妹のように思ってくれているのは確かであり、その関係を変えたいともお互いに思っていないからっていうのもあるけど。
 それに、リフも一緒なのだから尚の事だ。

「…………わかった」

 テオはしばらくじっと私を見ていたけど、カノンを一瞥すると静かに了承の意を示してくれた。

「リリィがそう言うのであれば、俺はこれ以上何も言わない」
「うん。ありがとう、テオ」

 何も言わない、というのはカノンが口にした都合という含みに関してもだろう。
 家でのレイン兄との話しがあったからなのかもしれないけれど、理解も早くて本当に有り難いからこそ、私は口を開いた。

「全てとは言えないけれど、ちゃんとテオに話せる事は嘘偽りなく話すわ」

 瞬間、テオは僅かに見開いた目を数回瞬かせ、それからふ、と笑った。

「こちらも、全てを叶えられる訳ではないが何かあれば言ってほしい。最大限の助力はするつもりだ。俺個人としても、陛下の意向としてもな」

 そう伝えておいて欲しい、と言い括るテオに、私も笑みを浮かべる。

「うん、とっても心強い。いろいろとありがとうね、テオ」
「礼はこちらのセリフなんだがな」
「だとしても、テオとアルマン陛下の柔軟な対応や気遣いあってこの場に俺達はいられるわけだからな。素直に受け取ってくれ」

 付け足すようにカノンが言えば、テオはきょとんとした表情を浮かべた後に眉根を下げ、

「大袈裟すぎやしないか?」
「テオもそうであるように、俺達にもいろいろあるのさ。といっても悪いようにはするつもりはないが」
「ああ、俺自身の勘でもってもそれを疑うつもりはない」

 それじゃあ、と部屋を後にするテオを見送る。
 テオ自身の手で開かれた扉が音を立てて閉じられ、そのまま決して薄くはない扉越しに聞こえる微かな足音が遠ざかると、カノンは至極満足げに呟くように言った。

「父王同様、良い眼をした賢い子だな。おまけにからかいがいがある」
「からかうのはほどほどにしておきなよ?」

 じゃないとアレンみたいな反応されるようになるわよ、カノン?




 予め言われていたとおり、テオは陽も傾いた頃に夕食の時間だ、と声を掛けてくれた。
 とはいっても食堂に向かうことはなくて、部屋で食べれるようにと運んできてもらったものをテオを交えていただいたわけだけれど。
 並んだ料理はもちろん家で食べていたレイン兄手製の家庭の味、といったものではなくて、王城でいただくに相応しい豪勢なものだ。味付けに文句もなければ量や、リフ用の食事までも考えられていた料理たちは、言うまでもなく私もリフもカノンも残すことはなく有り難く、美味しくいただいた。

 食事の席では特に目新しい事を話すことはなかったけれど、ただ一点、通りがかりにアナスタシア王女の不機嫌そうに叫ぶ声が聞こえた事だけはテオから教えてもらった。
 具体的には聞き取れなかったそうだけど、カノンはそれを聞いてどうせ思い通りにならなくて不満なだけだろう、と興味なさそうに吐き捨てた。そして私もテオもそれを否定することはなかった。

 それから夜も更けた頃。
 備え付けられた風呂も済ませて寛いでいると、不意にじゃれるリフを構っていたカノンが窓へと視線を遣った。

「……早速来たか」

 と、小さく呟くカノンに倣い見遣ると、丁度窓から見える空に影が一つ。それが何であるかについて考える必要はなかった。
 私が動くより早く立ち上がったカノンが、微かな音を立てながら近付くその影を迎え入れるように窓を開け放つ。

「数日ぶりだな。長旅、ご苦労さま」

 親しげにカノンが掛けた言葉に答えが返されるより先に聞こえたのは羽撃はばたき音。初めに捉えた時よりもはっきりとしたシルエットが背負う羽の立てた音だ。
 そしてその影――人物は、滑り込むようにして窓から室内に降り立ち、

「ええ、数日ぶりですね。お変わりないようで何よりです、カノンさん。それに……」

 紡がれたのは柔らかな女の子の声。
 バサリと音が鳴って、背に背負っていた羽――翼が消える。
 そこに降り立ったのは少女。私よりも年上だけれど、グレン兄よりは幼いその子はカノンに微笑み、私を見て、

「お久しぶりですね、リリィちゃん。それに、リフちゃんも。お元気でしたか?」
「うん、久しぶりだね――リュミィ!」

 そう言葉を返すと、女の子――リュミィは嬉しそうな笑みな浮かべた。
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