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第七章 限界突破のソウルサクリファイス
4・静かなる戦い、開幕
しおりを挟む『馬鹿な事やって無ぇで早く逃げろ!』
耳朶を揺るがすイヤホンからの叫び声に正気に戻る。
この女はあまりにも危険だと生存本能が警鐘を鳴り響かせる。
気付けば体が動いていた。下半身に力を込め、開いた窓から身を投げ出す。
怪我の可能性に構っていられるものか。今はとにかく逃げなければならない。
逃げて、対策を練らなければならない。リセットするのはその後だ。
狭苦しい庭に足から着地。痛みは無視。立ち上がり敷地の外へと駆け出す。
塀を乗り越えるのは《危険》があるため出来ない。表口から逃げるしかなかった。
「誰かっ! 誰か助けて! 警察を!」
殺人犯と遭遇した場合のシミュレーションはグリードと行っている。
その為の最適な行動も計算済みだ。大声で叫び、助けを呼ぶ。
家に入る直前、周囲の道路にはちらほらと人影が存在した。この距離で叫べば気付かない事もないだろう。
そして、騒ぎになってしまえばいくら殺人犯と言えども無茶は出来ない。
――これなら、逃げ切れるっ!
既に出口は目の前。逃走成功を確信し、足を踏み出す。
だが。
「っ!」
見えない《何か》が僕の行く手を阻んだ。まるで金属の壁にでも体当たりしてしまったのようだった。
衝撃で止まる呼吸。痛みで痺れる体。
「そう言う《契約》なのよ」
うずくまる僕の背後からかけられたのは、愛沢珠希の声。
「この敷地からは誰も出れないし、誰も入れない。外から何が起きているのかだって、誰も分からないの」
悪魔との契約。常識では考えられない奇跡。外部との遮断。繋がらない携帯電話。存在しない目撃者。
なるほど、納得だ。彼女は契約者なのだから。
『分が悪過ぎる。すぐにリセットしろ。取り返しがつかなくなる前に』
「……駄目だ」
今リセットしても何も変わらない。家族を救う事は出来ない。
愛沢が犯人であることを警察に理論立てて説明する手段も無ければ、《死の引き金》も分かっていないのだから。
目まぐるしい速さで思考の渦が頭を駆け巡る。
今までリセットで死ぬ直前に感じたものと同じだ。世界が灰色になり時間が無限に引き延ばされる。精神だけが高速展開していく感覚。
――敵は油断していた。今なら奇襲で殺せる。駄目だ。殺せなかったら僕が死ぬ。武器が違い過ぎる。
――策ならある。手段ならある。今なら殺せる。駄目だ、無意味だ。家族の方が先に死ぬ。引き金は引かれている。それに、共倒れになる危険性だってある。
――今殺しても無意味。ならばすぐにリセットするべきか。
違う、違う、違う。
僕が行うべき事は何だ。家族を救うために必要な物は何だ。
考えろ、考えろ、考えろ。
最適な行動を、最善の一手を。
「……相手から情報を引き出してからリセットする。これしかない」
「誰と話しているの? この中では電話なんて出来ないはずだし、それにさっきから妙な気配がするのだけれど、何かしら」
背後で愛沢が首をかしげる気配がした。僕の家族を殺した時と違い、すぐに事を起こすつもりはないようだった。
理由は分からない。きっと僕に分かる訳はない。
――関係無い。行ける。やってやる。死ぬなら前のめりだ。
一手のしくじりも許されない。相手の興味を引き、僕に手を出すまでの時間を稼ぐ。
会話の中でどうして家族を殺したのか聞き出すのだ。
きっと動機の中に《死の引き金》が潜んでいる。何故なら、僕と愛沢の間に接点などほとんど無いのだから。
大丈夫。今の僕ならできる。相手を会話に巻きこむことくらい。
《取り消した世界》の今日でグリードがやってくれたように。罪の意識に苛まれる僕を、言葉の力で助けてくれた時のように。
『分かった。ならば、まずは興味を引くことだ』
僕の思惑を読んだかのようにグリードが囁いた。
『契約内容は悪魔によって違う。得られる力も払う代償も。他の悪魔に出会ったことのないオレにわかるのはそれだけだ。やるのなら、覚悟が必要だぞ』
グリードのアドバイスと同時に世界に色が戻る。進まなかった時計の針が正常に時を刻みだす。
覚悟はとっくに決まっている。あとは、実行するだけだ。
「……先生は《契約者》なんですか?」
背を向けたまま、言葉を発す。
友の助言に従い真っ先に口にしたのは《切り札》だった。
突拍子もない話題で相手の注意をひきつける。過去にグリードが夢の話題で僕を元気づけた時と同じ手法だった。
「……あなた、何者?」
立ち上がり、振り向く。案の定、愛沢は困ったような薄い笑みを浮かべていた。
『グッド。第一段階はクリアだ。次に何をするべきか、分かっているな?』
勿論だ。彼の言う第一段階、相手の興味を引くことには成功した。そして愛沢は僕に疑問の言葉を投げかけた。
「さあ、何者なんでしょうね」
しかし、僕は相手の疑問には答えずに新たな謎を提示する。
そうすれば、相手は謎が解けるまで無理な真似は出来ない。興味を持たずにいられない。パニックに陥る僕をなだめる為にグリードはいつもそうしてきた。
『油断するなよ。相手の反応を待つ間にありとあらゆるパターンを考えろ。お前とその女が知り合いなのならば次の行動を類推するんだ。過去の会話から、仕草から突破口を見出すんだ』
心の中でオーケイと返答すると、ようやく愛沢が口を開いた。
「……もしかして夜澤クン、あなたも《契約者》なの?」
イエスと言えば会話は終わる。
相手は僕を殺すに違いない。
ならば答えはノーか。
――違うね。
正解は、沈黙。
黙る事で時間を稼ぐ。グリードの言葉に従い、その隙に愛沢との記憶を掘り起こすのだ。
殺人事件が始まったのは二か月前。僕がグリードと契約した前日の深夜だ。
以降も愛沢は普通に教職員として学校に来ていた。一度や二度は会話を交わしたはずだ。
いつだ。僕は事件以降、愛沢と何かを話したはずだ。
思い出せ。時間が無い。沈黙を続けるのも限界が近い。
化かし合いに飽きた殺人鬼がいつ襲いかかってきてもおかしくないのだ。
――殺人鬼。殺人。そう、だ。
「先生の身の周りで誰かが亡くなった。ですよね?」
閃きと共に僕が口にした言葉により、愛沢の顔色が変わった。
思い出したのだ。最後に彼女と会話した日を。
僕が間接的に殺人を犯した日。
鍵は、《取り消した世界》での出来事にあった。
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次回更新、翌朝!
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