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第六話 奇跡の魔女・ティアナ=マードック
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「お義母さま……」
現れた人物にティアナは驚き、消え入りそうな声で呟いた。
そこにいたのは、ティアナをいじめ抜いた義母だった。
顔を見ただけで昔のことが脳裏に蘇り、胃のものがせり上がってくるような不快感を覚える。そしてそれ以上に、義母が祝福のためにここに来たのではないという嫌な予感が湧き上がってきた。
「あんたみたいな女、奇跡の魔女にふさわしくない! あんたのせいで私がどんな目にあったと思っているの?」
義母は呪詛を吐くように憎しみをティアナにぶつけた。
義母が言っているのは、ティアナが魔女団に早期入団することになった際に自分の行いを白状するはめになったことを指している。もちろんティアナは何一つ悪くない。
「無礼者! カプデビラ王国の祝福に水を差す不届き者を連れて行け!」
エリオットはこの迷惑な女をここに居座らせる気はない。
すぐに他の警備に当たっていた騎士たちがティアナの義母を捕らえて連行した。その間にも彼女はずっとティアナを罵倒し続けた。
問題の人物がいなくなっても、冷めてしまった熱気は戻ってこない。ティアナの義母は短い時間で大幅な熱量を奪っていった。
祝福と歓迎を受けて歩くはずだった一本道。今そこに残っているのはこそこそと噂する声と疑惑の視線だけだった。
下を向いて歩みを止めてしまいたかった。いやそれどころか、視線を振り切って引き返してしまいたい。
けれどそれはできない。ティアナは奇跡の魔女になったのだから。
強張った顔に必死で笑顔を作り、ティアナは舞台までの長い道のりを歩んだ。
「大丈夫ですか?」
こっそり舞台上でエリオットが聞くと、
「もちろんです。……この場の空気も変えてみせます」
ついさっき想定外の事件があって傷ついた少女とは思えない、落ち着き払った答えだった。戸惑うエリオットに、ティアナは笑顔さえ浮かべてみせた。
幸せな日々が続き過ぎていたのね。
義母からの罵倒に傷ついた自分に気づいてティアナは思う。昔なら何を言われても何も感じなかったというのに。
心の痛覚が壊れていただけで、現在の状態の方がまともだ。しかしティアナはそうは思わなかった。
私は奇跡の魔女だから。みんなの幸せのために生きている。
今周囲を見渡すと、国民たちは幸せな様子には見えない。義母のせいで、奇跡の魔女として選ばれたティアナに不安を抱いてしまっている。
「ごきげんよう、カプデビラ王国民のみなさま。奇跡の魔女という栄誉ある立場を頂いた、ティアナ=マードックと申します」
声帯に魔力を込めて。広場中にティアナの声が行き渡る。舞台上のティアナの姿が見えないほど遠くにいる人にも、魔力に乗ったティアナの声は鮮明に聞こえた。
ただの魔女ではここまでできない。それを容易く行えてしまう彼女は、やはり奇跡の魔女にふさわしい。
民衆がティアナを見る目に光が戻る。
「私の声が聞こえますか? 私の声が届くところは私の魔力が届くところです。私はこの天から与えられた膨大な魔力を使ってこの国を守ります。カプデビラ王国の国民を幸せにします。だから、どうか……不安にならないでください」
誰から始まったのか分からない。ぽつりぽつりとティアナに応える声が上がり始めると、瞬く間に周囲に伝染し広場いっぱいに広がった。
こうしてティアナは、義母の残した毒気を完璧に吹き飛ばした。そこからは城に戻るまでティアナはずっと歓声の渦の中で過ごした。
ティアナの上気していた頬は、時間が経つに連れて元の色を取り戻していく。
「素晴らしい演説でした」
お披露目を終えて。城の控えの間で、エリオットはそう言った。
「そんなことありませんわ」
ただ奇跡の魔女としての義務を果たしただけ。むしろ、個人的な事情でお披露目を台なしにしてしまいかねなかった責を咎められるべきだ。
「あなたは……どうして」
「エリオット様?」
「どうして、素直に自分の素晴らしさを受け入れないのですか?」
エリオットはついに耐えられなくなった。
どんな褒め言葉も、ただの音のように聞き流し、決してその意味を受け取ってくれない。それが悔しくて、悲しかった。
無礼だということにも気づかず、エリオットはティアナを壁と自分の身体で挟むように追いつめた。
「エリオット様……?」
ティアナは困惑していたが、冷静だった。
エリオット様の機嫌を損ねる何かを無意識のうちにしてしまったの?
考えても分からない。ティアナは自分自身を無価値だと決めつけているのだから。
「私はティアナが奇跡の魔女で良かったと言っているんだ」
長身をかがめ、逃がさないと言いたげに視線を合わせる。
ティアナは二、三度まばたきをしてエリオットを見つめた。
私が奇跡の奇跡の魔女で良かった? それはどういう意味?
「まさかそれは……ティアナ=マードック個人を褒めていらっしゃるのですか?」
ありえないと思いつつも聞いてしまった。
「そうだ」
ありえないと思っていた答えが返ってくる。
ティアナの困惑は深まり、冷静ではいられなくなった。そしてなぜだか、涙が出た。
「っ! す、すみません!」
涙するティアナに、エリオットは我に返った。動揺したまま、壁から離れてティアナを解放する。
「このような真似をして……あなたを怖がらせてしまった」
「違うのです。エリオット様。……私、嬉しくて」
「嬉しくて?」
ティアナは生まれてから今まで、奇跡の魔女候補、奇跡の魔女以外の価値を持っていなかった。一人の人間として認められたことがない。いつしか個人としての価値を認めてもらいたいという欲求すらも放棄していた。
それでも。こうしてティアナ自身を肯定されると、感じたことのない幸福感が涙となって湧き上がってくる。
「あなたが初めてですわ、エリオット様。私をひとりの人として認めてくださったのは」
明るく、心から幸せそうに笑い、ティアナはエリオットの手を取った。
「ありがとうございます。エリオット様の言葉が私という人間を救いました」
こうしてティアナの中でエリオットは特別な存在になった。
その後二人で過ごしたティータイムは、ニコラと過ごす時間のように楽しくて幸福な時間だった。
しかしティアナはまだ知らない。
ニコラと過ごす時の『楽しい』とエリオットと過ごす時の『楽しい』が別のものだということを……。
現れた人物にティアナは驚き、消え入りそうな声で呟いた。
そこにいたのは、ティアナをいじめ抜いた義母だった。
顔を見ただけで昔のことが脳裏に蘇り、胃のものがせり上がってくるような不快感を覚える。そしてそれ以上に、義母が祝福のためにここに来たのではないという嫌な予感が湧き上がってきた。
「あんたみたいな女、奇跡の魔女にふさわしくない! あんたのせいで私がどんな目にあったと思っているの?」
義母は呪詛を吐くように憎しみをティアナにぶつけた。
義母が言っているのは、ティアナが魔女団に早期入団することになった際に自分の行いを白状するはめになったことを指している。もちろんティアナは何一つ悪くない。
「無礼者! カプデビラ王国の祝福に水を差す不届き者を連れて行け!」
エリオットはこの迷惑な女をここに居座らせる気はない。
すぐに他の警備に当たっていた騎士たちがティアナの義母を捕らえて連行した。その間にも彼女はずっとティアナを罵倒し続けた。
問題の人物がいなくなっても、冷めてしまった熱気は戻ってこない。ティアナの義母は短い時間で大幅な熱量を奪っていった。
祝福と歓迎を受けて歩くはずだった一本道。今そこに残っているのはこそこそと噂する声と疑惑の視線だけだった。
下を向いて歩みを止めてしまいたかった。いやそれどころか、視線を振り切って引き返してしまいたい。
けれどそれはできない。ティアナは奇跡の魔女になったのだから。
強張った顔に必死で笑顔を作り、ティアナは舞台までの長い道のりを歩んだ。
「大丈夫ですか?」
こっそり舞台上でエリオットが聞くと、
「もちろんです。……この場の空気も変えてみせます」
ついさっき想定外の事件があって傷ついた少女とは思えない、落ち着き払った答えだった。戸惑うエリオットに、ティアナは笑顔さえ浮かべてみせた。
幸せな日々が続き過ぎていたのね。
義母からの罵倒に傷ついた自分に気づいてティアナは思う。昔なら何を言われても何も感じなかったというのに。
心の痛覚が壊れていただけで、現在の状態の方がまともだ。しかしティアナはそうは思わなかった。
私は奇跡の魔女だから。みんなの幸せのために生きている。
今周囲を見渡すと、国民たちは幸せな様子には見えない。義母のせいで、奇跡の魔女として選ばれたティアナに不安を抱いてしまっている。
「ごきげんよう、カプデビラ王国民のみなさま。奇跡の魔女という栄誉ある立場を頂いた、ティアナ=マードックと申します」
声帯に魔力を込めて。広場中にティアナの声が行き渡る。舞台上のティアナの姿が見えないほど遠くにいる人にも、魔力に乗ったティアナの声は鮮明に聞こえた。
ただの魔女ではここまでできない。それを容易く行えてしまう彼女は、やはり奇跡の魔女にふさわしい。
民衆がティアナを見る目に光が戻る。
「私の声が聞こえますか? 私の声が届くところは私の魔力が届くところです。私はこの天から与えられた膨大な魔力を使ってこの国を守ります。カプデビラ王国の国民を幸せにします。だから、どうか……不安にならないでください」
誰から始まったのか分からない。ぽつりぽつりとティアナに応える声が上がり始めると、瞬く間に周囲に伝染し広場いっぱいに広がった。
こうしてティアナは、義母の残した毒気を完璧に吹き飛ばした。そこからは城に戻るまでティアナはずっと歓声の渦の中で過ごした。
ティアナの上気していた頬は、時間が経つに連れて元の色を取り戻していく。
「素晴らしい演説でした」
お披露目を終えて。城の控えの間で、エリオットはそう言った。
「そんなことありませんわ」
ただ奇跡の魔女としての義務を果たしただけ。むしろ、個人的な事情でお披露目を台なしにしてしまいかねなかった責を咎められるべきだ。
「あなたは……どうして」
「エリオット様?」
「どうして、素直に自分の素晴らしさを受け入れないのですか?」
エリオットはついに耐えられなくなった。
どんな褒め言葉も、ただの音のように聞き流し、決してその意味を受け取ってくれない。それが悔しくて、悲しかった。
無礼だということにも気づかず、エリオットはティアナを壁と自分の身体で挟むように追いつめた。
「エリオット様……?」
ティアナは困惑していたが、冷静だった。
エリオット様の機嫌を損ねる何かを無意識のうちにしてしまったの?
考えても分からない。ティアナは自分自身を無価値だと決めつけているのだから。
「私はティアナが奇跡の魔女で良かったと言っているんだ」
長身をかがめ、逃がさないと言いたげに視線を合わせる。
ティアナは二、三度まばたきをしてエリオットを見つめた。
私が奇跡の奇跡の魔女で良かった? それはどういう意味?
「まさかそれは……ティアナ=マードック個人を褒めていらっしゃるのですか?」
ありえないと思いつつも聞いてしまった。
「そうだ」
ありえないと思っていた答えが返ってくる。
ティアナの困惑は深まり、冷静ではいられなくなった。そしてなぜだか、涙が出た。
「っ! す、すみません!」
涙するティアナに、エリオットは我に返った。動揺したまま、壁から離れてティアナを解放する。
「このような真似をして……あなたを怖がらせてしまった」
「違うのです。エリオット様。……私、嬉しくて」
「嬉しくて?」
ティアナは生まれてから今まで、奇跡の魔女候補、奇跡の魔女以外の価値を持っていなかった。一人の人間として認められたことがない。いつしか個人としての価値を認めてもらいたいという欲求すらも放棄していた。
それでも。こうしてティアナ自身を肯定されると、感じたことのない幸福感が涙となって湧き上がってくる。
「あなたが初めてですわ、エリオット様。私をひとりの人として認めてくださったのは」
明るく、心から幸せそうに笑い、ティアナはエリオットの手を取った。
「ありがとうございます。エリオット様の言葉が私という人間を救いました」
こうしてティアナの中でエリオットは特別な存在になった。
その後二人で過ごしたティータイムは、ニコラと過ごす時間のように楽しくて幸福な時間だった。
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