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3章 フローラさんの病
フローラさんの病の発端
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部屋に戻ると、シグルドはフローラさんについて話してくれた。
フローラさんの病気は精神的なものだそうだ。なんでも、特定のモノを激しく拒絶し、ああなってしまうらしい。
だからキーワードになる『ソレ』を連想させるようなことをしてはいけない。見ても聞いてもダメ。
それを聞いて、どうしてお妃様であるフローラさんがあんな建物に居るのか納得できた。
きっと――城の方には居られないのだ。
私の予想では、ソレはきっとお城の中に存在するものだから……。
「シグルド……、お妃様が苦手としているソレってさ……」
「はい」
「もしかしなくても――お父様のこと?」
シグルドは何も言わずに、ただ頷いた。
やっぱりと思うと同時に、罪悪感が芽生えた。知らなかったこととはいえ、間違いなくフローラさんを刺激したのは間違いなく私なのだ。
お父様の話なんてしなければよかった。もともとそんなに思い入れがあって話したわけじゃない。なんとなく……思いつきで話しただけだったんだ。
自分の発言でこんなにも後悔したのは初めてだった。
「ヒメカ様のせいではありませんよ。なんの説明もなしに連れて行った僕がいけないのです」
それもそうか……って簡単に割り切れたら苦労はしない。
銃を知らない子どもが誤って発砲し人を傷つけてしまった場合、いくら「お前のせいではない」と言われたって、目の前が人間が鮮血を飛び散らせた様子を一生忘れはしないだろう。そして事の重大さを理解できるほどに成長した時には、すでに変えることのできない過去のことになっているのだ。
私にフローラさんを追いつめるつもりがなくても、引き金を引いたのは……私。その事実は誰が何と言おうと変わらないものだった。
のたうちまわるフローラさんの様子を思い出すと、すごく申し訳ない気持ちになって、今すぐ駆けつけて謝り倒したくなる。
自分の罪を軽くしたいからか、思考がそれて疑問が浮んだ
――どうしてフローラさんはお父様が苦手なんだろう?
二人は国王様とお妃様――つまり夫婦のわけだけど、どうしてこんな状態なのか。
シグルドにそれを訊くと、眉を下げてかなり困った顔をした。
「……どうしても、聞きたいですか?」
そんな言い方をされると聞くのが怖くなるじゃないか。自分の軽はずみな言動でフローラさんを苦しめてしまったのが頭をよぎって、私は自問した。
――この質問は好奇心によるものではないか?
――答えを聞かなければならない理由はあるか?
――答えを聞くことによって苦しむことになる人はいないか?
前二問に関しては答えが出ていた。
――私は真剣な気持ちで、何があったか知りたい。汚らわしい野次馬根性なんかじゃない。
――私はフローラさんに罪滅ぼしがしたい。だから答えを知って、できることならなんでもしたい。
そして三つめの質問。
「……シグルドは、言いたくない? 言ったら罰せられたりする?」
国王様とお妃様の個人的な話だ。城の中で口外無用とされている可能性もある。そんなリスクを、私のわがままのために負わせることはできない。
しかし、シグルドは首を横に振った。
「言いたくないのではありません。……聞かせたくないのです」
「ん……?」
言葉遊びのような言い回しに、一瞬何を言っているのか理解できなかった。
「それでも聞きたいというのなら……お話しますよ」
つまり、私への配慮というわけか。私……というか、二人の娘である『ヒメカ』が聞くとショックを受けるような内容ということなのだろう。
私は少し考えたのち、話すように促した。
私の世界にもよくある話だった。
国王様ともなると、何をするにも人が付き添う。身を守る兵士もいれば……世話を焼く女もいる。それも何人も。だからその中に、国王様が気に居るような――つまり関係を持ちたいと思う女性が居てもなんら不思議はない。
だからといってそれが言い訳になるわけでもないが……国王様は浮気したのだ。いや、浮気か本気かは本人にしか判らないことだけど……どちらにせよお妃様・フローラさんを裏切ったのだ。
しかも、タイミングがまた最悪だった。フローラさんが懐妊中の出来事だったのだ。お腹にいた子どもはもちろん、『ヒメカ』。
心も身体も不安定な時期に、頼るべき相手からの裏切りは相当こたえたらしい。それはもう、私なんかが想像できないほどに。
実際、その事実を知ったフローラさんは流産しかけてしまい、やっとのことでなんとか持ち堪えたそうだ。
『だって、生まれてくる子どもにはなんの罪もないもの。元気に産んであげなくちゃ』
そう言ったフローラさんに、周りは拍手喝采だったとか。
しかし、そんな気丈なフローラさんだったからこそ、周りの人間は誰一人として異常に気がつかなかった。
頼る相手が誰もいなかったフローラさんは、徐々に神経をすり減らしていっていた。本人も気がつかないくらい、少しずつ、少しずつ。
出産を終えて数日が経って、フローラさんの身体自体は体力を取り戻しつつあったある日、産まれた子どもの顔を見にやってきた国王様を見て……発狂したのだ。
わけのわからないことを言って怒鳴り散らし、手近にあったものを国王様に投げつけていたという。この時はまだ誰も国王様が原因だとは思わなかった。けれど、何度も繰り返すうちに原因が国王様にあると疑い始める者が出てきた。
ついには国王様自身がフローラさんを別館へ移すと言いだし、大慌てで工事を行い、現在のこの形に落ち着いたということだ。
フローラさんの病気は精神的なものだそうだ。なんでも、特定のモノを激しく拒絶し、ああなってしまうらしい。
だからキーワードになる『ソレ』を連想させるようなことをしてはいけない。見ても聞いてもダメ。
それを聞いて、どうしてお妃様であるフローラさんがあんな建物に居るのか納得できた。
きっと――城の方には居られないのだ。
私の予想では、ソレはきっとお城の中に存在するものだから……。
「シグルド……、お妃様が苦手としているソレってさ……」
「はい」
「もしかしなくても――お父様のこと?」
シグルドは何も言わずに、ただ頷いた。
やっぱりと思うと同時に、罪悪感が芽生えた。知らなかったこととはいえ、間違いなくフローラさんを刺激したのは間違いなく私なのだ。
お父様の話なんてしなければよかった。もともとそんなに思い入れがあって話したわけじゃない。なんとなく……思いつきで話しただけだったんだ。
自分の発言でこんなにも後悔したのは初めてだった。
「ヒメカ様のせいではありませんよ。なんの説明もなしに連れて行った僕がいけないのです」
それもそうか……って簡単に割り切れたら苦労はしない。
銃を知らない子どもが誤って発砲し人を傷つけてしまった場合、いくら「お前のせいではない」と言われたって、目の前が人間が鮮血を飛び散らせた様子を一生忘れはしないだろう。そして事の重大さを理解できるほどに成長した時には、すでに変えることのできない過去のことになっているのだ。
私にフローラさんを追いつめるつもりがなくても、引き金を引いたのは……私。その事実は誰が何と言おうと変わらないものだった。
のたうちまわるフローラさんの様子を思い出すと、すごく申し訳ない気持ちになって、今すぐ駆けつけて謝り倒したくなる。
自分の罪を軽くしたいからか、思考がそれて疑問が浮んだ
――どうしてフローラさんはお父様が苦手なんだろう?
二人は国王様とお妃様――つまり夫婦のわけだけど、どうしてこんな状態なのか。
シグルドにそれを訊くと、眉を下げてかなり困った顔をした。
「……どうしても、聞きたいですか?」
そんな言い方をされると聞くのが怖くなるじゃないか。自分の軽はずみな言動でフローラさんを苦しめてしまったのが頭をよぎって、私は自問した。
――この質問は好奇心によるものではないか?
――答えを聞かなければならない理由はあるか?
――答えを聞くことによって苦しむことになる人はいないか?
前二問に関しては答えが出ていた。
――私は真剣な気持ちで、何があったか知りたい。汚らわしい野次馬根性なんかじゃない。
――私はフローラさんに罪滅ぼしがしたい。だから答えを知って、できることならなんでもしたい。
そして三つめの質問。
「……シグルドは、言いたくない? 言ったら罰せられたりする?」
国王様とお妃様の個人的な話だ。城の中で口外無用とされている可能性もある。そんなリスクを、私のわがままのために負わせることはできない。
しかし、シグルドは首を横に振った。
「言いたくないのではありません。……聞かせたくないのです」
「ん……?」
言葉遊びのような言い回しに、一瞬何を言っているのか理解できなかった。
「それでも聞きたいというのなら……お話しますよ」
つまり、私への配慮というわけか。私……というか、二人の娘である『ヒメカ』が聞くとショックを受けるような内容ということなのだろう。
私は少し考えたのち、話すように促した。
私の世界にもよくある話だった。
国王様ともなると、何をするにも人が付き添う。身を守る兵士もいれば……世話を焼く女もいる。それも何人も。だからその中に、国王様が気に居るような――つまり関係を持ちたいと思う女性が居てもなんら不思議はない。
だからといってそれが言い訳になるわけでもないが……国王様は浮気したのだ。いや、浮気か本気かは本人にしか判らないことだけど……どちらにせよお妃様・フローラさんを裏切ったのだ。
しかも、タイミングがまた最悪だった。フローラさんが懐妊中の出来事だったのだ。お腹にいた子どもはもちろん、『ヒメカ』。
心も身体も不安定な時期に、頼るべき相手からの裏切りは相当こたえたらしい。それはもう、私なんかが想像できないほどに。
実際、その事実を知ったフローラさんは流産しかけてしまい、やっとのことでなんとか持ち堪えたそうだ。
『だって、生まれてくる子どもにはなんの罪もないもの。元気に産んであげなくちゃ』
そう言ったフローラさんに、周りは拍手喝采だったとか。
しかし、そんな気丈なフローラさんだったからこそ、周りの人間は誰一人として異常に気がつかなかった。
頼る相手が誰もいなかったフローラさんは、徐々に神経をすり減らしていっていた。本人も気がつかないくらい、少しずつ、少しずつ。
出産を終えて数日が経って、フローラさんの身体自体は体力を取り戻しつつあったある日、産まれた子どもの顔を見にやってきた国王様を見て……発狂したのだ。
わけのわからないことを言って怒鳴り散らし、手近にあったものを国王様に投げつけていたという。この時はまだ誰も国王様が原因だとは思わなかった。けれど、何度も繰り返すうちに原因が国王様にあると疑い始める者が出てきた。
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