いえいえ。私は元の世界に帰るから結婚は却下しますっ!

月宮明理

文字の大きさ
10 / 36
3章 フローラさんの病

フローラさんの病の発端

しおりを挟む
 部屋に戻ると、シグルドはフローラさんについて話してくれた。
 フローラさんの病気は精神的なものだそうだ。なんでも、特定のモノを激しく拒絶し、ああなってしまうらしい。

 だからキーワードになる『ソレ』を連想させるようなことをしてはいけない。見ても聞いてもダメ。
 それを聞いて、どうしてお妃様であるフローラさんがあんな建物に居るのか納得できた。
 きっと――城の方には居られないのだ。

 私の予想では、ソレはきっとお城の中に存在するものだから……。

「シグルド……、お妃様が苦手としているソレってさ……」
「はい」
「もしかしなくても――お父様のこと?」

 シグルドは何も言わずに、ただ頷いた。
 やっぱりと思うと同時に、罪悪感が芽生えた。知らなかったこととはいえ、間違いなくフローラさんを刺激したのは間違いなく私なのだ。

 お父様の話なんてしなければよかった。もともとそんなに思い入れがあって話したわけじゃない。なんとなく……思いつきで話しただけだったんだ。
 自分の発言でこんなにも後悔したのは初めてだった。

「ヒメカ様のせいではありませんよ。なんの説明もなしに連れて行った僕がいけないのです」

 それもそうか……って簡単に割り切れたら苦労はしない。

 銃を知らない子どもが誤って発砲し人を傷つけてしまった場合、いくら「お前のせいではない」と言われたって、目の前が人間が鮮血を飛び散らせた様子を一生忘れはしないだろう。そして事の重大さを理解できるほどに成長した時には、すでに変えることのできない過去のことになっているのだ。
 私にフローラさんを追いつめるつもりがなくても、引き金を引いたのは……私。その事実は誰が何と言おうと変わらないものだった。

 のたうちまわるフローラさんの様子を思い出すと、すごく申し訳ない気持ちになって、今すぐ駆けつけて謝り倒したくなる。

 自分の罪を軽くしたいからか、思考がそれて疑問が浮んだ

 ――どうしてフローラさんはお父様が苦手なんだろう?

 二人は国王様とお妃様――つまり夫婦のわけだけど、どうしてこんな状態なのか。
 シグルドにそれを訊くと、眉を下げてかなり困った顔をした。

「……どうしても、聞きたいですか?」

 そんな言い方をされると聞くのが怖くなるじゃないか。自分の軽はずみな言動でフローラさんを苦しめてしまったのが頭をよぎって、私は自問した。

 ――この質問は好奇心によるものではないか?

 ――答えを聞かなければならない理由はあるか?

 ――答えを聞くことによって苦しむことになる人はいないか?

 前二問に関しては答えが出ていた。

 ――私は真剣な気持ちで、何があったか知りたい。汚らわしい野次馬根性なんかじゃない。

 ――私はフローラさんに罪滅ぼしがしたい。だから答えを知って、できることならなんでもしたい。

 そして三つめの質問。

「……シグルドは、言いたくない? 言ったら罰せられたりする?」

 国王様とお妃様の個人的な話だ。城の中で口外無用とされている可能性もある。そんなリスクを、私のわがままのために負わせることはできない。
 しかし、シグルドは首を横に振った。

「言いたくないのではありません。……聞かせたくないのです」
「ん……?」

 言葉遊びのような言い回しに、一瞬何を言っているのか理解できなかった。

「それでも聞きたいというのなら……お話しますよ」

 つまり、私への配慮というわけか。私……というか、二人の娘である『ヒメカ』が聞くとショックを受けるような内容ということなのだろう。
 私は少し考えたのち、話すように促した。



 私の世界にもよくある話だった。

 国王様ともなると、何をするにも人が付き添う。身を守る兵士もいれば……世話を焼く女もいる。それも何人も。だからその中に、国王様が気に居るような――つまり関係を持ちたいと思う女性が居てもなんら不思議はない。
 だからといってそれが言い訳になるわけでもないが……国王様は浮気したのだ。いや、浮気か本気かは本人にしか判らないことだけど……どちらにせよお妃様・フローラさんを裏切ったのだ。

 しかも、タイミングがまた最悪だった。フローラさんが懐妊中の出来事だったのだ。お腹にいた子どもはもちろん、『ヒメカ』。
 心も身体も不安定な時期に、頼るべき相手からの裏切りは相当こたえたらしい。それはもう、私なんかが想像できないほどに。
 実際、その事実を知ったフローラさんは流産しかけてしまい、やっとのことでなんとか持ち堪えたそうだ。

『だって、生まれてくる子どもにはなんの罪もないもの。元気に産んであげなくちゃ』

 そう言ったフローラさんに、周りは拍手喝采だったとか。

 しかし、そんな気丈なフローラさんだったからこそ、周りの人間は誰一人として異常に気がつかなかった。
 頼る相手が誰もいなかったフローラさんは、徐々に神経をすり減らしていっていた。本人も気がつかないくらい、少しずつ、少しずつ。

 出産を終えて数日が経って、フローラさんの身体自体は体力を取り戻しつつあったある日、産まれた子どもの顔を見にやってきた国王様を見て……発狂したのだ。
 わけのわからないことを言って怒鳴り散らし、手近にあったものを国王様に投げつけていたという。この時はまだ誰も国王様が原因だとは思わなかった。けれど、何度も繰り返すうちに原因が国王様にあると疑い始める者が出てきた。

 ついには国王様自身がフローラさんを別館へ移すと言いだし、大慌てで工事を行い、現在のこの形に落ち着いたということだ。
しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

一級魔法使いになれなかったので特級厨師になりました

しおしお
恋愛
魔法学院次席卒業のシャーリー・ドットは、 「一級魔法使いになれなかった」という理由だけで婚約破棄された。 ――だが本当の理由は、ただの“うっかり”。 試験会場を間違え、隣の建物で行われていた 特級厨師試験に合格してしまったのだ。 気づけばシャーリーは、王宮からスカウトされるほどの “超一流料理人”となり、国王の胃袋をがっちり掴む存在に。 一方、学院首席で一級魔法使いとなった ナターシャ・キンスキーは、大活躍しているはずなのに―― 「なんで料理で一番になってるのよ!?  あの女、魔法より料理の方が強くない!?」 すれ違い、逃げ回り、勘違いし続けるナターシャと、 天然すぎて誤解が絶えないシャーリー。 そんな二人が、魔王軍の襲撃、国家危機、王宮騒動を通じて、 少しずつ距離を縮めていく。 魔法で国を守る最強魔術師。 料理で国を救う特級厨師。 ――これは、“敵でもライバルでもない二人”が、 ようやく互いを認め、本当の友情を築いていく物語。 すれ違いコメディ×料理魔法×ダブルヒロイン友情譚! 笑って、癒されて、最後は心が温かくなる王宮ラノベ、開幕です。

おばさんは、ひっそり暮らしたい

波間柏
恋愛
30歳村山直子は、いわゆる勝手に落ちてきた異世界人だった。 たまに物が落ちてくるが人は珍しいものの、牢屋行きにもならず基礎知識を教えてもらい居場所が分かるように、また定期的に国に報告する以外は自由と言われた。 さて、生きるには働かなければならない。 「仕方がない、ご飯屋にするか」 栄養士にはなったものの向いてないと思いながら働いていた私は、また生活のために今日もご飯を作る。 「地味にそこそこ人が入ればいいのに困るなぁ」 意欲が低い直子は、今日もまたテンション低く呟いた。 騎士サイド追加しました。2023/05/23 番外編を不定期ですが始めました。

【完結】捨て去られた王妃は王宮で働く

ここ
ファンタジー
たしかに私は王妃になった。 5歳の頃に婚約が決まり、逃げようがなかった。完全なる政略結婚。 夫である国王陛下は、ハーレムで浮かれている。政務は王妃が行っていいらしい。私は仕事は得意だ。家臣たちが追いつけないほど、理解が早く、正確らしい。家臣たちは、王妃がいないと困るようになった。何とかしなければ…

辺境のスローライフを満喫したいのに、料理が絶品すぎて冷酷騎士団長に囲い込まれました

腐ったバナナ
恋愛
異世界に転移した元会社員のミサキは、現代の調味料と調理技術というチート能力を駆使し、辺境の森で誰にも邪魔されない静かなスローライフを送ることを目指していた。 しかし、彼女の作る絶品の料理の香りは、辺境を守る冷酷な「鉄血」騎士団長ガイウスを引き寄せてしまった。

私が王子との結婚式の日に、妹に毒を盛られ、公衆の面前で辱められた。でも今、私は時を戻し、運命を変えに来た。

MayonakaTsuki
恋愛
王子との結婚式の日、私は最も信頼していた人物――自分の妹――に裏切られた。毒を盛られ、公開の場で辱められ、未来の王に拒絶され、私の人生は血と侮辱の中でそこで終わったかのように思えた。しかし、死が私を迎えたとき、不可能なことが起きた――私は同じ回廊で、祭壇の前で目を覚まし、あらゆる涙、嘘、そして一撃の記憶をそのまま覚えていた。今、二度目のチャンスを得た私は、ただ一つの使命を持つ――真実を突き止め、奪われたものを取り戻し、私を破滅させた者たちにその代償を払わせる。もはや、何も以前のままではない。何も許されない。

転生してモブだったから安心してたら最恐王太子に溺愛されました。

琥珀
恋愛
ある日突然小説の世界に転生した事に気づいた主人公、スレイ。 ただのモブだと安心しきって人生を満喫しようとしたら…最恐の王太子が離してくれません!! スレイの兄は重度のシスコンで、スレイに執着するルルドは兄の友人でもあり、王太子でもある。 ヒロインを取り合う筈の物語が何故かモブの私がヒロインポジに!? 氷の様に無表情で周囲に怖がられている王太子ルルドと親しくなってきた時、小説の物語の中である事件が起こる事を思い出す。ルルドの為に必死にフラグを折りに行く主人公スレイ。 このお話は目立ちたくないモブがヒロインになるまでの物語ーーーー。

【完結】辺境に飛ばされた子爵令嬢、前世の経営知識で大商会を作ったら王都がひれ伏したし、隣国のハイスペ王子とも結婚できました

いっぺいちゃん
ファンタジー
婚約破棄、そして辺境送り――。 子爵令嬢マリエールの運命は、結婚式直前に無惨にも断ち切られた。 「辺境の館で余生を送れ。もうお前は必要ない」 冷酷に告げた婚約者により、社交界から追放された彼女。 しかし、マリエールには秘密があった。 ――前世の彼女は、一流企業で辣腕を振るった経営コンサルタント。 未開拓の農産物、眠る鉱山資源、誠実で働き者の人々。 「必要ない」と切り捨てられた辺境には、未来を切り拓く力があった。 物流網を整え、作物をブランド化し、やがて「大商会」を設立! 数年で辺境は“商業帝国”と呼ばれるまでに発展していく。 さらに隣国の完璧王子から熱烈な求婚を受け、愛も手に入れるマリエール。 一方で、税収激減に苦しむ王都は彼女に救いを求めて―― 「必要ないとおっしゃったのは、そちらでしょう?」 これは、追放令嬢が“経営知識”で国を動かし、 ざまぁと恋と繁栄を手に入れる逆転サクセスストーリー! ※表紙のイラストは画像生成AIによって作られたものです。

老聖女の政略結婚

那珂田かな
ファンタジー
エルダリス前国王の長女として生まれ、半世紀ものあいだ「聖女」として太陽神ソレイユに仕えてきたセラ。 六十歳となり、ついに若き姪へと聖女の座を譲り、静かな余生を送るはずだった。 しかし式典後、甥である皇太子から持ち込まれたのは――二十歳の隣国王との政略結婚の話。 相手は内乱終結直後のカルディア王、エドモンド。王家の威信回復と政権安定のため、彼には強力な後ろ盾が必要だという。 子も産めない年齢の自分がなぜ王妃に? 迷いと不安、そして少しの笑いを胸に、セラは決断する。 穏やかな余生か、嵐の老後か―― 四十歳差の政略婚から始まる、波乱の日々が幕を開ける。

処理中です...