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6章 王子様
ルカ王子の正体
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「なっ……!」
艶のある言い方と言葉にうろたえて、顔に熱が集中した。しかし、まったくそんないかがわしい覚えはない。
私は王子様の顔を見ようと横を向く。すると、思っていたよりもずっと近くに王子様のきれいな顔があって、透明感のある瞳をいたずらに細めていた。その顔は記憶の中の誰かとダブる。
そしてすぐに、思い当たる人物を記憶の引き出しから発見した。結構最近の出来事だったから、探し当てるのは非常に容易だった。
――安らぎ草をくれた怪しい兵士。
あの時は夜だったこともあって、今と受ける印象が違ったし、瞳の色が空色だということも分からなかった。
「あ、あの時の……兵士の……」
「そうだよ。やっと思いだしたな」
「……って、妙な言い方しないで! 激しい夜だなんて……」
「事実だろ?」
そう言うと彼は意地悪く笑う。
確かに、時間帯としては夜だったし、色々大変だったから激しいという表現もあながち間違いじゃない。けど――
「他の人が聞いたら誤解するでしょ!」
「へぇ、どんな? ……いてっ!」
いまだにからかう気満々の王子様の頭に軽いチョップをお見舞いした。
「そ、そういえばあの時、なんで兵士の格好なんかしてたの?」
このまま話題を引きずられては困る。そう思った私は、咄嗟《とっさ》に思いついた質問を口にした。
「あぁ、あの日は満月だったから、外に出てゆっくりと月が見たかったんだ。けど、世話係のやつらが、『今日の勉強がまだ終わっていません』とか言って、俺を部屋に閉じ込めたんだ。んで、隙を見て抜け出したってわけ。当然見つかったら連れ戻されちまうから、兵士に化けて隠れてたんだ」
王子様は叩かれた頭をさすりながら言った。
口を尖らせて言う彼を見たら、世話係の人たちの苦労が想像できた。
こんなやんちゃな人だったら苦労するだろうな。と考えて、シグルドの顔が浮かぶ。それも、あの日私を迎えに来た時のだ。心配した、と泣きそうに言っていた彼を思い出すと、心がチクンと痛んだ。
もしかしたら、王子様よりも私の方が世話係に苦労をかけているのかもしれない。
「なぁ、ヒメカ」
シグルドに対する行動を少し反省していると、王子様から真面目な声がかかった。
「何?」
歩みを止めて見上げると、満面の笑みの王子様。さっきのような嫌味を含んでいない、純粋な笑顔だった。
「この婚約、受けてくれてありがとな。俺、今、すっげぇ幸せなんだ」
ドキリと心臓が鳴る。
かっこいい王子様に、ストレートに愛を告げられれば……どうしたってドキドキしてしまう。
しかしそれだけが理由じゃない。それとは別に、そんなロマンチックな感情とはまったく違う意味でも、心臓が鳴っていた。
こんなにも純粋に好きだと言ってくれる王子様を、利用するみたいなことをしていいのだろうか。
最終的に断るつもりの婚約でこんなにも王子様は喜んでいる……。
それを自覚したとたん、刺すような痛みが心臓を襲った。
――あぁまただ。また、罪悪感だ。
「……」
王子様の顔を見ることができなくて、私は思わず顔を逸した。
「こっち見ろよ」
私の意志は無視されて、顎に手を添えられ無理矢理顔の向きを変えられる。近づいてくる王子様の顔を確認して、私は数秒後に自分に起こるであろう事態を悟った。
――キスされる!
拒めばいいのか、受け入れればいいのか……どう対処するのが正解か分からず、身体が硬直した。
このどうしようもない状況から逃れようと、反射的に目を閉じてしまう。これでは受け入れる選択をしたのと同じだ。
頭がオーバーヒートしている最中、
「ヒメカ様!」
私を呼ぶ声が、広い廊下に響く。
何事かと思い、目を開けると、ほんの数センチ先に王子様の顔があった。王子様も大きく目を開いて驚いている。
声のした方へ向き直ると、見知った姿が目に入ってきた。
「シグルド……?」
笑みを浮かべ、こちらに近づいてくるシグルド。
どこから見られていたのだろう? ……いや、どこから見られていたとしても関係ない。
タイミングを考えれば、私と王子様がキスしようとしていたところは、確実にシグルドの視界に入っていたはずだ。唯一の救いは、未遂で済んだということくらい。
恥ずかしいというより、気まずい。
「お二人とも、話は終わったんですね」
「うん。今からマリンちゃんのところに行くところなの」
「それはちょうど良かった。――こちらです、ご案内しましょう」
シグルドは軽くお辞儀をすると、くるりと背を向けて歩きだした。
一体シグルドは何をしに来たのだろう?
シグルドは私たちの後ろからではなく、前からやってきた。これじゃあ、もと来た方に逆戻りじゃないか。
些細な疑問を抱きながら、初めて王の間に行った時のようにシグルドの後ろをついて行く。
とその時、
「おい」
低く唸るように言うと同時に、私に腕を掴んでいた王子様。しかし、その刺すような視線は私ではなく、シグルドのほうに向けられていた。その視線はたっぷりと敵意が込められているように感じる。
「あんた、誰だ?」
ゆっくりとした動作で振り返ったシグルドはいつもと同じように微笑んでいた。そしてゆっくりと丁寧に話し出す。
「申し遅れました。僕は幼少期よりヒメカ様にお仕えしているシグルドというものです。日頃からヒメカ様の身の回りのお世話をさせていただいております」
「フン! ただの世話係が色恋沙汰にまで首をつっこむのか?」
「いいえ、僕はただヒメカ様が心配だっただけですよ。悪いオオカミにペロリと食べられてしまうのではないか、とね」
「言うじゃねぇか。……ったく、過保護な世話係がいたもんだな」
王子様は今までの不機嫌な表情を崩し、すっごく意地悪そうな顔で笑った。
「ルカ王子も娘ができれば分かりますよ」
「それは婚約を素直に祝福するという意味か?」
「……それとこれとは別の話です」
にこやか……とはいえないけれど、互いに敵意なく話す二人。緊迫した空気はもうなかった。
艶のある言い方と言葉にうろたえて、顔に熱が集中した。しかし、まったくそんないかがわしい覚えはない。
私は王子様の顔を見ようと横を向く。すると、思っていたよりもずっと近くに王子様のきれいな顔があって、透明感のある瞳をいたずらに細めていた。その顔は記憶の中の誰かとダブる。
そしてすぐに、思い当たる人物を記憶の引き出しから発見した。結構最近の出来事だったから、探し当てるのは非常に容易だった。
――安らぎ草をくれた怪しい兵士。
あの時は夜だったこともあって、今と受ける印象が違ったし、瞳の色が空色だということも分からなかった。
「あ、あの時の……兵士の……」
「そうだよ。やっと思いだしたな」
「……って、妙な言い方しないで! 激しい夜だなんて……」
「事実だろ?」
そう言うと彼は意地悪く笑う。
確かに、時間帯としては夜だったし、色々大変だったから激しいという表現もあながち間違いじゃない。けど――
「他の人が聞いたら誤解するでしょ!」
「へぇ、どんな? ……いてっ!」
いまだにからかう気満々の王子様の頭に軽いチョップをお見舞いした。
「そ、そういえばあの時、なんで兵士の格好なんかしてたの?」
このまま話題を引きずられては困る。そう思った私は、咄嗟《とっさ》に思いついた質問を口にした。
「あぁ、あの日は満月だったから、外に出てゆっくりと月が見たかったんだ。けど、世話係のやつらが、『今日の勉強がまだ終わっていません』とか言って、俺を部屋に閉じ込めたんだ。んで、隙を見て抜け出したってわけ。当然見つかったら連れ戻されちまうから、兵士に化けて隠れてたんだ」
王子様は叩かれた頭をさすりながら言った。
口を尖らせて言う彼を見たら、世話係の人たちの苦労が想像できた。
こんなやんちゃな人だったら苦労するだろうな。と考えて、シグルドの顔が浮かぶ。それも、あの日私を迎えに来た時のだ。心配した、と泣きそうに言っていた彼を思い出すと、心がチクンと痛んだ。
もしかしたら、王子様よりも私の方が世話係に苦労をかけているのかもしれない。
「なぁ、ヒメカ」
シグルドに対する行動を少し反省していると、王子様から真面目な声がかかった。
「何?」
歩みを止めて見上げると、満面の笑みの王子様。さっきのような嫌味を含んでいない、純粋な笑顔だった。
「この婚約、受けてくれてありがとな。俺、今、すっげぇ幸せなんだ」
ドキリと心臓が鳴る。
かっこいい王子様に、ストレートに愛を告げられれば……どうしたってドキドキしてしまう。
しかしそれだけが理由じゃない。それとは別に、そんなロマンチックな感情とはまったく違う意味でも、心臓が鳴っていた。
こんなにも純粋に好きだと言ってくれる王子様を、利用するみたいなことをしていいのだろうか。
最終的に断るつもりの婚約でこんなにも王子様は喜んでいる……。
それを自覚したとたん、刺すような痛みが心臓を襲った。
――あぁまただ。また、罪悪感だ。
「……」
王子様の顔を見ることができなくて、私は思わず顔を逸した。
「こっち見ろよ」
私の意志は無視されて、顎に手を添えられ無理矢理顔の向きを変えられる。近づいてくる王子様の顔を確認して、私は数秒後に自分に起こるであろう事態を悟った。
――キスされる!
拒めばいいのか、受け入れればいいのか……どう対処するのが正解か分からず、身体が硬直した。
このどうしようもない状況から逃れようと、反射的に目を閉じてしまう。これでは受け入れる選択をしたのと同じだ。
頭がオーバーヒートしている最中、
「ヒメカ様!」
私を呼ぶ声が、広い廊下に響く。
何事かと思い、目を開けると、ほんの数センチ先に王子様の顔があった。王子様も大きく目を開いて驚いている。
声のした方へ向き直ると、見知った姿が目に入ってきた。
「シグルド……?」
笑みを浮かべ、こちらに近づいてくるシグルド。
どこから見られていたのだろう? ……いや、どこから見られていたとしても関係ない。
タイミングを考えれば、私と王子様がキスしようとしていたところは、確実にシグルドの視界に入っていたはずだ。唯一の救いは、未遂で済んだということくらい。
恥ずかしいというより、気まずい。
「お二人とも、話は終わったんですね」
「うん。今からマリンちゃんのところに行くところなの」
「それはちょうど良かった。――こちらです、ご案内しましょう」
シグルドは軽くお辞儀をすると、くるりと背を向けて歩きだした。
一体シグルドは何をしに来たのだろう?
シグルドは私たちの後ろからではなく、前からやってきた。これじゃあ、もと来た方に逆戻りじゃないか。
些細な疑問を抱きながら、初めて王の間に行った時のようにシグルドの後ろをついて行く。
とその時、
「おい」
低く唸るように言うと同時に、私に腕を掴んでいた王子様。しかし、その刺すような視線は私ではなく、シグルドのほうに向けられていた。その視線はたっぷりと敵意が込められているように感じる。
「あんた、誰だ?」
ゆっくりとした動作で振り返ったシグルドはいつもと同じように微笑んでいた。そしてゆっくりと丁寧に話し出す。
「申し遅れました。僕は幼少期よりヒメカ様にお仕えしているシグルドというものです。日頃からヒメカ様の身の回りのお世話をさせていただいております」
「フン! ただの世話係が色恋沙汰にまで首をつっこむのか?」
「いいえ、僕はただヒメカ様が心配だっただけですよ。悪いオオカミにペロリと食べられてしまうのではないか、とね」
「言うじゃねぇか。……ったく、過保護な世話係がいたもんだな」
王子様は今までの不機嫌な表情を崩し、すっごく意地悪そうな顔で笑った。
「ルカ王子も娘ができれば分かりますよ」
「それは婚約を素直に祝福するという意味か?」
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