いえいえ。私は元の世界に帰るから結婚は却下しますっ!

月宮明理

文字の大きさ
23 / 36
6章 王子様

ルカ王子の正体

しおりを挟む
「なっ……!」

 艶のある言い方と言葉にうろたえて、顔に熱が集中した。しかし、まったくそんないかがわしい覚えはない。

 私は王子様の顔を見ようと横を向く。すると、思っていたよりもずっと近くに王子様のきれいな顔があって、透明感のある瞳をいたずらに細めていた。その顔は記憶の中の誰かとダブる。
 そしてすぐに、思い当たる人物を記憶の引き出しから発見した。結構最近の出来事だったから、探し当てるのは非常に容易だった。

 ――安らぎ草をくれた怪しい兵士。

 あの時は夜だったこともあって、今と受ける印象が違ったし、瞳の色が空色だということも分からなかった。

「あ、あの時の……兵士の……」
「そうだよ。やっと思いだしたな」
「……って、妙な言い方しないで! 激しい夜だなんて……」
「事実だろ?」

 そう言うと彼は意地悪く笑う。
 確かに、時間帯としては夜だったし、色々大変だったから激しいという表現もあながち間違いじゃない。けど――

「他の人が聞いたら誤解するでしょ!」
「へぇ、どんな? ……いてっ!」

 いまだにからかう気満々の王子様の頭に軽いチョップをお見舞いした。

「そ、そういえばあの時、なんで兵士の格好なんかしてたの?」

 このまま話題を引きずられては困る。そう思った私は、咄嗟《とっさ》に思いついた質問を口にした。

「あぁ、あの日は満月だったから、外に出てゆっくりと月が見たかったんだ。けど、世話係のやつらが、『今日の勉強がまだ終わっていません』とか言って、俺を部屋に閉じ込めたんだ。んで、隙を見て抜け出したってわけ。当然見つかったら連れ戻されちまうから、兵士に化けて隠れてたんだ」

 王子様は叩かれた頭をさすりながら言った。

 口を尖らせて言う彼を見たら、世話係の人たちの苦労が想像できた。
 こんなやんちゃな人だったら苦労するだろうな。と考えて、シグルドの顔が浮かぶ。それも、あの日私を迎えに来た時のだ。心配した、と泣きそうに言っていた彼を思い出すと、心がチクンと痛んだ。

 もしかしたら、王子様よりも私の方が世話係に苦労をかけているのかもしれない。

「なぁ、ヒメカ」

 シグルドに対する行動を少し反省していると、王子様から真面目な声がかかった。

「何?」

 歩みを止めて見上げると、満面の笑みの王子様。さっきのような嫌味を含んでいない、純粋な笑顔だった。

「この婚約、受けてくれてありがとな。俺、今、すっげぇ幸せなんだ」

 ドキリと心臓が鳴る。
 かっこいい王子様に、ストレートに愛を告げられれば……どうしたってドキドキしてしまう。

 しかしそれだけが理由じゃない。それとは別に、そんなロマンチックな感情とはまったく違う意味でも、心臓が鳴っていた。

 こんなにも純粋に好きだと言ってくれる王子様を、利用するみたいなことをしていいのだろうか。

 最終的に断るつもりの婚約でこんなにも王子様は喜んでいる……。
 それを自覚したとたん、刺すような痛みが心臓を襲った。

 ――あぁまただ。また、罪悪感だ。

「……」

 王子様の顔を見ることができなくて、私は思わず顔を逸した。

「こっち見ろよ」

 私の意志は無視されて、顎に手を添えられ無理矢理顔の向きを変えられる。近づいてくる王子様の顔を確認して、私は数秒後に自分に起こるであろう事態を悟った。

 ――キスされる!

 拒めばいいのか、受け入れればいいのか……どう対処するのが正解か分からず、身体が硬直した。
 このどうしようもない状況から逃れようと、反射的に目を閉じてしまう。これでは受け入れる選択をしたのと同じだ。
 頭がオーバーヒートしている最中、

「ヒメカ様!」

 私を呼ぶ声が、広い廊下に響く。
 何事かと思い、目を開けると、ほんの数センチ先に王子様の顔があった。王子様も大きく目を開いて驚いている。
 声のした方へ向き直ると、見知った姿が目に入ってきた。

「シグルド……?」

 笑みを浮かべ、こちらに近づいてくるシグルド。

 どこから見られていたのだろう? ……いや、どこから見られていたとしても関係ない。
 タイミングを考えれば、私と王子様がキスしようとしていたところは、確実にシグルドの視界に入っていたはずだ。唯一の救いは、未遂で済んだということくらい。
 恥ずかしいというより、気まずい。

「お二人とも、話は終わったんですね」
「うん。今からマリンちゃんのところに行くところなの」
「それはちょうど良かった。――こちらです、ご案内しましょう」

 シグルドは軽くお辞儀をすると、くるりと背を向けて歩きだした。

 一体シグルドは何をしに来たのだろう?
 シグルドは私たちの後ろからではなく、前からやってきた。これじゃあ、もと来た方に逆戻りじゃないか。
 些細な疑問を抱きながら、初めて王の間に行った時のようにシグルドの後ろをついて行く。

 とその時、

「おい」

 低く唸るように言うと同時に、私に腕を掴んでいた王子様。しかし、その刺すような視線は私ではなく、シグルドのほうに向けられていた。その視線はたっぷりと敵意が込められているように感じる。

「あんた、誰だ?」

 ゆっくりとした動作で振り返ったシグルドはいつもと同じように微笑んでいた。そしてゆっくりと丁寧に話し出す。

「申し遅れました。僕は幼少期よりヒメカ様にお仕えしているシグルドというものです。日頃からヒメカ様の身の回りのお世話をさせていただいております」
「フン! ただの世話係が色恋沙汰にまで首をつっこむのか?」
「いいえ、僕はただヒメカ様が心配だっただけですよ。悪いオオカミにペロリと食べられてしまうのではないか、とね」
「言うじゃねぇか。……ったく、過保護な世話係がいたもんだな」

 王子様は今までの不機嫌な表情を崩し、すっごく意地悪そうな顔で笑った。

「ルカ王子も娘ができれば分かりますよ」
「それは婚約を素直に祝福するという意味か?」
「……それとこれとは別の話です」

 にこやか……とはいえないけれど、互いに敵意なく話す二人。緊迫した空気はもうなかった。
しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

おばさんは、ひっそり暮らしたい

波間柏
恋愛
30歳村山直子は、いわゆる勝手に落ちてきた異世界人だった。 たまに物が落ちてくるが人は珍しいものの、牢屋行きにもならず基礎知識を教えてもらい居場所が分かるように、また定期的に国に報告する以外は自由と言われた。 さて、生きるには働かなければならない。 「仕方がない、ご飯屋にするか」 栄養士にはなったものの向いてないと思いながら働いていた私は、また生活のために今日もご飯を作る。 「地味にそこそこ人が入ればいいのに困るなぁ」 意欲が低い直子は、今日もまたテンション低く呟いた。 騎士サイド追加しました。2023/05/23 番外編を不定期ですが始めました。

一級魔法使いになれなかったので特級厨師になりました

しおしお
恋愛
魔法学院次席卒業のシャーリー・ドットは、 「一級魔法使いになれなかった」という理由だけで婚約破棄された。 ――だが本当の理由は、ただの“うっかり”。 試験会場を間違え、隣の建物で行われていた 特級厨師試験に合格してしまったのだ。 気づけばシャーリーは、王宮からスカウトされるほどの “超一流料理人”となり、国王の胃袋をがっちり掴む存在に。 一方、学院首席で一級魔法使いとなった ナターシャ・キンスキーは、大活躍しているはずなのに―― 「なんで料理で一番になってるのよ!?  あの女、魔法より料理の方が強くない!?」 すれ違い、逃げ回り、勘違いし続けるナターシャと、 天然すぎて誤解が絶えないシャーリー。 そんな二人が、魔王軍の襲撃、国家危機、王宮騒動を通じて、 少しずつ距離を縮めていく。 魔法で国を守る最強魔術師。 料理で国を救う特級厨師。 ――これは、“敵でもライバルでもない二人”が、 ようやく互いを認め、本当の友情を築いていく物語。 すれ違いコメディ×料理魔法×ダブルヒロイン友情譚! 笑って、癒されて、最後は心が温かくなる王宮ラノベ、開幕です。

【完結】捨て去られた王妃は王宮で働く

ここ
ファンタジー
たしかに私は王妃になった。 5歳の頃に婚約が決まり、逃げようがなかった。完全なる政略結婚。 夫である国王陛下は、ハーレムで浮かれている。政務は王妃が行っていいらしい。私は仕事は得意だ。家臣たちが追いつけないほど、理解が早く、正確らしい。家臣たちは、王妃がいないと困るようになった。何とかしなければ…

辺境のスローライフを満喫したいのに、料理が絶品すぎて冷酷騎士団長に囲い込まれました

腐ったバナナ
恋愛
異世界に転移した元会社員のミサキは、現代の調味料と調理技術というチート能力を駆使し、辺境の森で誰にも邪魔されない静かなスローライフを送ることを目指していた。 しかし、彼女の作る絶品の料理の香りは、辺境を守る冷酷な「鉄血」騎士団長ガイウスを引き寄せてしまった。

私が王子との結婚式の日に、妹に毒を盛られ、公衆の面前で辱められた。でも今、私は時を戻し、運命を変えに来た。

MayonakaTsuki
恋愛
王子との結婚式の日、私は最も信頼していた人物――自分の妹――に裏切られた。毒を盛られ、公開の場で辱められ、未来の王に拒絶され、私の人生は血と侮辱の中でそこで終わったかのように思えた。しかし、死が私を迎えたとき、不可能なことが起きた――私は同じ回廊で、祭壇の前で目を覚まし、あらゆる涙、嘘、そして一撃の記憶をそのまま覚えていた。今、二度目のチャンスを得た私は、ただ一つの使命を持つ――真実を突き止め、奪われたものを取り戻し、私を破滅させた者たちにその代償を払わせる。もはや、何も以前のままではない。何も許されない。

転生してモブだったから安心してたら最恐王太子に溺愛されました。

琥珀
恋愛
ある日突然小説の世界に転生した事に気づいた主人公、スレイ。 ただのモブだと安心しきって人生を満喫しようとしたら…最恐の王太子が離してくれません!! スレイの兄は重度のシスコンで、スレイに執着するルルドは兄の友人でもあり、王太子でもある。 ヒロインを取り合う筈の物語が何故かモブの私がヒロインポジに!? 氷の様に無表情で周囲に怖がられている王太子ルルドと親しくなってきた時、小説の物語の中である事件が起こる事を思い出す。ルルドの為に必死にフラグを折りに行く主人公スレイ。 このお話は目立ちたくないモブがヒロインになるまでの物語ーーーー。

【完結】辺境に飛ばされた子爵令嬢、前世の経営知識で大商会を作ったら王都がひれ伏したし、隣国のハイスペ王子とも結婚できました

いっぺいちゃん
ファンタジー
婚約破棄、そして辺境送り――。 子爵令嬢マリエールの運命は、結婚式直前に無惨にも断ち切られた。 「辺境の館で余生を送れ。もうお前は必要ない」 冷酷に告げた婚約者により、社交界から追放された彼女。 しかし、マリエールには秘密があった。 ――前世の彼女は、一流企業で辣腕を振るった経営コンサルタント。 未開拓の農産物、眠る鉱山資源、誠実で働き者の人々。 「必要ない」と切り捨てられた辺境には、未来を切り拓く力があった。 物流網を整え、作物をブランド化し、やがて「大商会」を設立! 数年で辺境は“商業帝国”と呼ばれるまでに発展していく。 さらに隣国の完璧王子から熱烈な求婚を受け、愛も手に入れるマリエール。 一方で、税収激減に苦しむ王都は彼女に救いを求めて―― 「必要ないとおっしゃったのは、そちらでしょう?」 これは、追放令嬢が“経営知識”で国を動かし、 ざまぁと恋と繁栄を手に入れる逆転サクセスストーリー! ※表紙のイラストは画像生成AIによって作られたものです。

老聖女の政略結婚

那珂田かな
ファンタジー
エルダリス前国王の長女として生まれ、半世紀ものあいだ「聖女」として太陽神ソレイユに仕えてきたセラ。 六十歳となり、ついに若き姪へと聖女の座を譲り、静かな余生を送るはずだった。 しかし式典後、甥である皇太子から持ち込まれたのは――二十歳の隣国王との政略結婚の話。 相手は内乱終結直後のカルディア王、エドモンド。王家の威信回復と政権安定のため、彼には強力な後ろ盾が必要だという。 子も産めない年齢の自分がなぜ王妃に? 迷いと不安、そして少しの笑いを胸に、セラは決断する。 穏やかな余生か、嵐の老後か―― 四十歳差の政略婚から始まる、波乱の日々が幕を開ける。

処理中です...