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8章 選択
届かない想い
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シグルドが私の前から姿を消して数週間。探してもその行方を掴めずにいた。まぁ、掴まれても困るのだけど。
――今、彼は国王殺害の容疑者として指名手配されているのだから。
私はというと、ルカ王子の国のお城にいた。
「ヒメカ、いよいよ明日だな!」
「……うん」
明日、私とルカ王子の結婚式が催される。お父様が亡くなっても破談になることはなく、予定通り結婚することとなったのだ。
「なーんだよ、嬉しくねぇのかよ」
「……嬉しいよ」
ルカ王子を前にして、嬉しくないだなんて言えるわけない。
シグルドが犯人として追われるようになったときに、一生懸命に慰めてくれたのはルカ王子だ。そのおかげで、徐々にだけど、立ち直れている。
「ごめん……ちょっと外の空気吸ってくる」
でも、シグルドのことが頭から離れない。どこにいるのか、けがは大丈夫なのか……生きているのか。
こんな状態でルカ王子のところにいるのがすごく申し訳なかった。ルカ王子もそれを知っているようで、深くは追求してこない。
城の裏側は低い崖になっていて、そこから海を見ることができた。私が息抜きをしようとそこに行くと、
「だから、これを使って王子を殺すのよっ!」
なんとも物騒な声が聞こえてきた。
隠れて様子を見てみると、そこにはマリンちゃんが一人で立っている。
しかし、おかしい。マリンちゃんは声が出ないはず……。
「あっ!」
人がいるはずのない海の方を見てみると、そこには上半身だけを海面に出した人が何人かいた。みんな裸に貝殻のブラというなんともこっ恥ずかしい格好だった。けれど、彼女たちはそんなことを気にしている様子もなく、マリンちゃんに話しかけている。
「分かって、マリン。王子はマリンを選ばなかったのよ。このままじゃ貴女は明日、泡となってしまうのよ」
この場面を私は知ってる。人魚姫のお姉さんが人魚姫を説得するシーンだ。
しかし、案の定、マリンちゃんは首を横に振る。
「マリン、貴女死にたいの?」
ここでもマリンちゃんは首を横に振った。エメラルドの瞳からは幾筋もの涙が伝って落ちていた。
その後も代わる代わる説得をしていたが、マリンちゃんは絶対に首を縦に振ることはなかった。
私は自分の掌の、魔法使いさんから貰った石を眺めた。もしかしたら、これを使ってもマリンちゃんは助からないかもしれない。
たとえ命が助かったとしても、他の女を愛している人の傍にいることで精神的にまいってしまうだろう。
あのフローラさんでさえ、浮気を知って気が狂ってしまったのだ。それも、本気ではなく、浮気でだ。
マリンちゃんの命と心の両方を救う方法は、きっと一つしかない。
「ルカ王子、話があるの」
「ん?」
私はルカ王子の部屋を訪ねると、開口一番でそう言った。
「結婚をする前に話しておきたい大事なことなの」
結婚という言葉に小さく反応するルカ王子。
「……とりあえず、座れよ」
「ありがとう」
ルカ王子が座っているソファの隣に腰かけた。
「あのね、ルカ王子を嵐から助けたのは――私じゃないの」
チラリと隣を見ると、ルカ王子と目があった。なんとなく威圧的で、私はすぐに視線を自分の膝へと落とした。
「それで?」
「それでって……だから、あの……」
できれば察してほしかった。自分の口からはどうしても言いづらい。
「私じゃないの……ルカ王子を助けたのは。だから、その……」
「だから、なんだよ?」
「だから……私、ルカ王子とは……」
強い力で肩を掴まれ、そのままソファへ押し倒された。
「俺とは……?」
ルカ王子の顔がすぐ目の前にあった。青い瞳は相変わらず情熱的で、その視線で射抜かれると、言葉が続かなくなる。
「俺とは、何?」
「あの……だから、ルカ王子とは――結婚できない」
言い終えると同時に唇をふさがれていた、ルカ王子の唇で。
「嘘吐くなよ」
「嘘……じゃない」
「いや、嘘だ」
ルカ王子はきっぱりと断言し、私の言うことを微塵も信用していない。
「本当に私じゃないの。ルカ王子を助けたのは私じゃなくて、マリンちゃんなんだから」
私はその言葉に続けて、マリンちゃんが人魚から人間になった人であることと人間になりたいと思った経緯や代償について説明した。
「そんな……」
私の話を最後まで黙って聞いていたルカ王子が、ゆっくりと口を開く。
「そんな嘘まで吐いて……。そんなに俺と結婚するのが嫌なのかよ?」
後半部分のドスのきいた低い声に、体が震えた。
懸命に話したにもかかわらず、王子には何も伝わっていなかったのだと分かって頭が痛くなった。
いったい、どう説明すればこの人は理解してくれるのだろう。
「ヒメカは、やっぱりあの世話係のことを忘れられないんだな……」
「え……?」
「あいつのことが好きだから、俺と結婚したくないんだろ?」
「どうして……」
どうしてルカ王子がそのことを知ってるの?
シグルド以外に、自分の気持ちを話した覚えはない。特に婚約者のルカ王子には、意識して話さないように気を張っていたくらいだ。
ルカ王子は苦笑した。
――今、彼は国王殺害の容疑者として指名手配されているのだから。
私はというと、ルカ王子の国のお城にいた。
「ヒメカ、いよいよ明日だな!」
「……うん」
明日、私とルカ王子の結婚式が催される。お父様が亡くなっても破談になることはなく、予定通り結婚することとなったのだ。
「なーんだよ、嬉しくねぇのかよ」
「……嬉しいよ」
ルカ王子を前にして、嬉しくないだなんて言えるわけない。
シグルドが犯人として追われるようになったときに、一生懸命に慰めてくれたのはルカ王子だ。そのおかげで、徐々にだけど、立ち直れている。
「ごめん……ちょっと外の空気吸ってくる」
でも、シグルドのことが頭から離れない。どこにいるのか、けがは大丈夫なのか……生きているのか。
こんな状態でルカ王子のところにいるのがすごく申し訳なかった。ルカ王子もそれを知っているようで、深くは追求してこない。
城の裏側は低い崖になっていて、そこから海を見ることができた。私が息抜きをしようとそこに行くと、
「だから、これを使って王子を殺すのよっ!」
なんとも物騒な声が聞こえてきた。
隠れて様子を見てみると、そこにはマリンちゃんが一人で立っている。
しかし、おかしい。マリンちゃんは声が出ないはず……。
「あっ!」
人がいるはずのない海の方を見てみると、そこには上半身だけを海面に出した人が何人かいた。みんな裸に貝殻のブラというなんともこっ恥ずかしい格好だった。けれど、彼女たちはそんなことを気にしている様子もなく、マリンちゃんに話しかけている。
「分かって、マリン。王子はマリンを選ばなかったのよ。このままじゃ貴女は明日、泡となってしまうのよ」
この場面を私は知ってる。人魚姫のお姉さんが人魚姫を説得するシーンだ。
しかし、案の定、マリンちゃんは首を横に振る。
「マリン、貴女死にたいの?」
ここでもマリンちゃんは首を横に振った。エメラルドの瞳からは幾筋もの涙が伝って落ちていた。
その後も代わる代わる説得をしていたが、マリンちゃんは絶対に首を縦に振ることはなかった。
私は自分の掌の、魔法使いさんから貰った石を眺めた。もしかしたら、これを使ってもマリンちゃんは助からないかもしれない。
たとえ命が助かったとしても、他の女を愛している人の傍にいることで精神的にまいってしまうだろう。
あのフローラさんでさえ、浮気を知って気が狂ってしまったのだ。それも、本気ではなく、浮気でだ。
マリンちゃんの命と心の両方を救う方法は、きっと一つしかない。
「ルカ王子、話があるの」
「ん?」
私はルカ王子の部屋を訪ねると、開口一番でそう言った。
「結婚をする前に話しておきたい大事なことなの」
結婚という言葉に小さく反応するルカ王子。
「……とりあえず、座れよ」
「ありがとう」
ルカ王子が座っているソファの隣に腰かけた。
「あのね、ルカ王子を嵐から助けたのは――私じゃないの」
チラリと隣を見ると、ルカ王子と目があった。なんとなく威圧的で、私はすぐに視線を自分の膝へと落とした。
「それで?」
「それでって……だから、あの……」
できれば察してほしかった。自分の口からはどうしても言いづらい。
「私じゃないの……ルカ王子を助けたのは。だから、その……」
「だから、なんだよ?」
「だから……私、ルカ王子とは……」
強い力で肩を掴まれ、そのままソファへ押し倒された。
「俺とは……?」
ルカ王子の顔がすぐ目の前にあった。青い瞳は相変わらず情熱的で、その視線で射抜かれると、言葉が続かなくなる。
「俺とは、何?」
「あの……だから、ルカ王子とは――結婚できない」
言い終えると同時に唇をふさがれていた、ルカ王子の唇で。
「嘘吐くなよ」
「嘘……じゃない」
「いや、嘘だ」
ルカ王子はきっぱりと断言し、私の言うことを微塵も信用していない。
「本当に私じゃないの。ルカ王子を助けたのは私じゃなくて、マリンちゃんなんだから」
私はその言葉に続けて、マリンちゃんが人魚から人間になった人であることと人間になりたいと思った経緯や代償について説明した。
「そんな……」
私の話を最後まで黙って聞いていたルカ王子が、ゆっくりと口を開く。
「そんな嘘まで吐いて……。そんなに俺と結婚するのが嫌なのかよ?」
後半部分のドスのきいた低い声に、体が震えた。
懸命に話したにもかかわらず、王子には何も伝わっていなかったのだと分かって頭が痛くなった。
いったい、どう説明すればこの人は理解してくれるのだろう。
「ヒメカは、やっぱりあの世話係のことを忘れられないんだな……」
「え……?」
「あいつのことが好きだから、俺と結婚したくないんだろ?」
「どうして……」
どうしてルカ王子がそのことを知ってるの?
シグルド以外に、自分の気持ちを話した覚えはない。特に婚約者のルカ王子には、意識して話さないように気を張っていたくらいだ。
ルカ王子は苦笑した。
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