普通に生きられなかった私への鎮魂歌

植田伊織

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母が統合失調症と言われた日の話

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 氷雨が体に堪える。
 
 体調は絶不調。やる気が地を這うまま、最低限の家事と床の掃除をする。
 起き抜けに嫌な夢を見た。幸い内容は忘れてしまったけれど、気持ちがそちらに引っ張られてしまう。
 気候と、体調不良のせいにしておこう。あまり思いつめたり、妙な方向に頭を空転させたりすると、私も統合失調症になってしまうのではないかという心配が、常にある。
 
 それは、母が統合失調症になったから娘の私も……という理由からくる懸念だけではない。
 母の妹である叔母もまた、彼女が17歳の頃統合失調症を発症したからだ。
 私の身内には二人、精神に病を抱えた人がいる事になる。そして、病の当事者としてこの駄文に登場させた母だが、本当は障害者の「きょうだい児」であった期間の方が長い。
 
 念のために明記しておきたいが、統合失調症は、遺伝的要因、環境的要因が複雑に絡み合って発病する。
 発達障害者の親から生まれるすべての子が、発達障害者ではないように。親が精神に疾患を抱えたからと言って、必ずしも子供が同じ道をたどるわけではない。
 私の場合は、自身の精神が脆弱である事、鬱病や解離性健忘、適応障害の経験が既にある為、素養があるのかなぁと勝手に考えているだけだ。
 
 母が統合失調症と診断されたのは、60代になってからだった。
 統合失調症の患者の多くは、10代や20代などの若年期に発症するのが一般的ではあるが、母のように発症が遅いケースも全く無いわけではないそうだ。
 とはいっても、私が知る母は若い頃から精神が安定していたとは言えなかったように思う。
 妄想に振り回されたり幻覚が見えたりと、代表的な症状が表出したのは確かに60代の頃だったが、水面下で病理が、いつ、どのように進行していたのかはもう判らない。
 
 診断される1年ほど前に、私は息子を出産して里帰りをしていた。その頃の母はまだ、支離滅裂な事を話したりはしていなかったように思う。少しずつ、何か話をしていても話題の終着点に到達できず、話の内容がどこかへ飛んで行ってしまうという異変は見られていたが、その症状は随分前からあった為、特に不信には思わなかった。
 
 やがて私は里帰りを終えて自宅に帰り、育児と家業の手伝いに専念するようになった。
 その頃、母は県を跨いで度々、我が家に遊びに来ており、その頃から少し不審に思う事が増えたように思う。

「親族に喧嘩を売ってきた」だの、「会社に陰謀が渦巻いているから、私は戦っているのだ」と言いはじめたのだ。不信に思った私は、父に母を精神科に通院させるよう説得したが、父自身も激務の人間で時間をつくるのが難しかった。加えて発達特性のせいで、母が

「大丈夫、通院する必要なんてない」

と断言すると、父はそれを信じてしまうのだ。
 
「事前に病院には話を通しておいて、父さん自身が『調子が悪いから病院へ行く』という態で、付き添いとして母さんを連れて行けばいいんだよ」

 と言えば、

「わかった」

 と返答はくるものの、発達障害の特性の一つである「先延ばし癖」がここで悪い方に働き、実行される日は来なかった。
 
 私も、1歳になってもいない息子の世話と家業の手伝いに追われていて余裕がなく、とてもではないが別居して仕事をしている母のケアは出来なかった。
 それに、明らかに少しずつ母はおかしくなっていったのだけれど、彼女は「普通」のフリをするのが抜群にうまかったので、妄想もあからさまに突飛な物ではなかったのだ。
(高齢になって発症する統合失調症を、遅発性パラフレニーと言うそうだ。その妄想も、ぱっと聞くと妄想だと判らないような微妙な物が多いと聞いた。母の症状はそれに該当したのかも知れない)

 ともかく私も自分自身の事を第一優先に、日常生活を送った。
 

 私は高校生の頃から、母の事を境界性人格障害だと考えていた。ネットや本を読んでいると、母の行動パターンの殆どがBPDに当てはまるからだ。(その類の書籍を母に見つかり、「私を病人扱いするのか!」と発狂させてしまった経験もある。あわてて、授業で使う物だとごまかした)

 親戚にも調べたデータをレジュメにして、母を精神科へ連れてゆくのを手伝ってほしいとお願いした事がある。親戚は、大きな病院を経営している家系だったので伝手を頼れないかと思ったのだ。――もしくは、情緒不安定な肉親相手にどうふるまえば良いのか、何か良いアイディアを貰いたかった。
 
 母は精神科とカウンセリングに通院してはいたものの、医師に自分の異常行動すべてを報告していた訳では無かった。定期的に睡眠薬と安定剤を処方され、カウンセラーと何事かを話して心を軽くして、おしまい……。

 いたるところに暴発する地雷があって、すぐに喚き散らしながら家出をしてしまう母の様子は「感情の起伏が激しい人」の範疇を超えていると、私は常々考えていた。母の問題行動の対象は少しずつ、家族から身内に広がっていたものの、この頃はあからさまに他人に危害を加えることは無かった。
 しかし、煽り運転や、気に入らない相手を激しく憎み、追い詰めてしまうなどという、危うい要素は見え隠れしていたため、医療につながり、さらに踏み込んだ治療を行う事が急務に思えたのだ。
 
 父は何をしていたのかというと、「大丈夫だよ」「お母さんはそういう人なんだよ」と言いながら、母を“激情家の人”として受け入れ、好きなようにさせようとしていた。
 しかしその実、人と向き合うなどできない特性の持ち主であるから、家庭の外で憂さ晴らしをして母に調子を合わせていただけのように、私には思える。

 私と父は、ある面では「戦地を共に駆け抜けるサバイバーの同志」である。それなのに彼は、私を背後から打つような真似をする。
自身の保身故の行動なのか、「同一性の保持」という、変化を嫌がる発達特性が裏目に出たせいなのかはわからないけれど、ともかく厄介だった事には変わりない。
 したがって、母を治療につなげるための味方は、誰もいなかったのだ。
 
そして残念ながら親戚一同は、高校生の私の訴えを、誰も真剣に受け止めてはくれなかった。
 
 親戚は外面の良い母親の味方をして、親を病人扱いする私こそが、精神科へ通院すべきだと言った。
「ここまで言葉が通じないものか」と、目の前が真っ暗になって絶望したのを、よく覚えている。
 
 そんな経緯があって、一連の母の不審な行動は人格障害からくるものなのではないか。もしくは加齢により、認知症の症状が加わったのかと思っていた。
 
 真相が判明するに至ったきっかけは、交通事故だった。
 私が「母を精神科に通院させてくれ」と親族にプレゼンしてから、16年もの月日が経過していた。息子は前述のとおり、1歳にもなっていない頃である。
 
 その日、寝不足だった母は仕事へ行く途中にコンビニでおにぎりを食べた。重い糖尿病を患っている母の血糖値は急上昇し、寝不足も相まって運転中に居眠りをしてしまい、対向車に突っ込んだのだ。対向車の運転手は無事だった。
 何故かシートベルトをするのを頑なに拒否していた母の体は宙に浮き、後部座席に叩きつけられた。肩を骨折したが、息子のベビーシートが良い位置にあったらしく、肩の負傷以外は無事だったという。
 
 母は緊急入院をし、すぐに手術の日程が組まれた。
 意識もはっきりしており、体の自由も効く母からは、鬼のような電話とLINEが届くようになる。その内容は明らかに異常だった。

 看護師が自分をいじめるという妄想から、九死に一生を得た「選ばれた自分」の体験談、謎のこだわりや叱責を長々電話で話された。
 この頃には親戚を含めて身内の誰もが、母は異常だと認識していた。
 どうにかして、入院中に精神科とつながれないかと頭を悩ませていた頃に、病院から今後の治療について話があると呼び出された。
 願ったり叶ったりだった。なんとか精神科を受診させてもらえるように、頼み込むつもりだった。
 
 翌日、息子を抱っこ紐に入れ、病院の食堂で父と看護師さんを待った。
大きな窓から見下ろす地方都市の風景が、西日に包まれる。息子は奇跡的に、大人しくしていた。
 すぐに来てくれた看護師さんと軽く世間話をすると、話は母の容態と精神状態に及んだ。

 病院側から母の精神面についての話をされるのは意外だった。こちらから、他の科に受診させてくださいと言うのに、どう切り出したものかと考えあぐねていたからだ。

「お母さんを、精神化へ入院させましょう――統合失調症と疑っています」

 母は病室で幻覚相手に話をしていたそうだ。それを不審に思った同室の患者さんが、看護師さん達に相談してくれて母の状態が明るみに出たのだという。
 
 その言葉を聞いて、私は正直、肩の荷が下りた気がした。やっと、念願の医療に繋がれたのだ――。

 同時に、心の奥底で眠っていた高校生の頃の自分がカッと目を覚まし、こう叫んだような気がした。
 
「だから言ったじゃないか! お母さんは普通じゃないって! 誰も私の事を信じてくれなかったし、皆私を病人扱いしたけれど、やっぱりお母さんはおかしかったんだ! 私が正しかったんだ!!」
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