2 / 29
1-2
しおりを挟む
ルドことルドベキアは魔女のテラと契約している。
その契約内容がどんなものなのかまでは知らない。
だれど、どうやら魔女のテラが優位になるような契約のようだった。
というのも、今こうしてルドが私の世話を焼くのはテラの命令だからだ。
命令だからと嫌々幼児の姿の私を世話している、というわけではなさそうなのは、本当にありがたいと思う。思うけれど、嬉々として私をテラと自分の子だという妄言を吐き吹聴し出すのだけは止めてほしい。
「人というのはね、信じたいものしか信じられないものなんですよ、これが」
したり顔でルドが言う。
手には野菜や果物の他に、先ほどの肉屋で買った干し肉もある。
肉屋のおじさんに危うく変出者として警備員に突き出されそうになったけれど、ルドは幼児誘拐をしたわけではないと必死で説明してなんとか誤解を解き、購入したものだった。
「すみません。わけがわからない上にシンプルに気持ち悪いです」
「難しい話じゃないですよ。僕は心からテラ様が好きで、ですがテラ様の方からは僕の気持ちに応えていただけないので、では先に既成事実をと思いまして」
「それ、事実無根の真っ赤な嘘じゃないですか」
「人というのはね、信じたいものしか」
「信じる信じないの話ではないです」
頭が痛くなってきた。
魔女の話さえ絡まなければ、ルドはとても頭のいい人なのに。
「いいえ、案外事実というのは願望よりも軽いものなんですよ」
例えば、とルドが指をさす。
その先には暗い顔をした若い男性がいて、活気あふれる市場には不釣り合いな負のオーラを撒きながら、ふらふらと覚束ない足取りで歩いていた。
あの男性がどうしたのと問いかけるつもりでルドを見上げる。
ルドは悪戯を思いついた少年のような悪い笑顔を見せて、おもむろにその男性へと近づいて行った。
「どうかされましたか? お顔が真っ青ですよ?」
ルドが気遣わしげに声をかけると、男性はびくりと肩を震わせ、どことなく焦点のあっていない怯えた目でルドの方を見る。
「大丈夫ですか?」
「あ、ああ、なんでもない。なんでもないんだ、なにも問題はない……」
ぼそぼそとまるで独り言でも呟いているような男性の言葉は、ルドに答えたと言うより自身に言い聞かせているようだった。
人と接することが苦手で、他人の感情の機微を察するのが苦手な私でも、わかる。
この人はなにか問題を抱えている。
ルドがなにか言いたげにチラリと私を見た。私はルドのアイコンタクトの意図が分からず、軽く首を傾げて応える。男性には見えないよう気を付けながら、ルドは私にだけ先ほどと同じ悪い笑顔を見せた。
「ねえダンナ、実はダンナにだけ、今だけ特別にできるサービスがあるんですが、どうでしょう? 話だけでも、いかがですかね?」
唐突に砕けたような、軽薄そうな口調になり、男性と肩を組みだすルド。
男性の視線は相変わらず定まらないし、おどおどびくびくとルドにされるがままだ。
すごく嫌な予感がする。
ルドはにやにやと嫌な感じの笑みを口元に張り付け、男性を人気のなさそうな方へ引きずって行き、表通りからは見えにくいわき道へ入る。
「ここだけの話、ダンナにだけ良い話があるんですよ」
うさん臭さ全開で男性の耳元にささやきかけるルド。
「い、いや、その、俺は別に……」
「まあまあダンナ、悪い話じゃないんで、聞くだけ聞きませんか?」
そう言うと、ルドは男性を私の方へ軽く押す。
対面させられた私と男性は互いに「?」という顔をして見つめ合った。
「ここにいるこの子ども、今巷で有名な『テネル』なんですよ」
男性の背後から誘惑するような声音で言うルドの言葉に、私と男性が同時に「⁉」という顔になる。
その契約内容がどんなものなのかまでは知らない。
だれど、どうやら魔女のテラが優位になるような契約のようだった。
というのも、今こうしてルドが私の世話を焼くのはテラの命令だからだ。
命令だからと嫌々幼児の姿の私を世話している、というわけではなさそうなのは、本当にありがたいと思う。思うけれど、嬉々として私をテラと自分の子だという妄言を吐き吹聴し出すのだけは止めてほしい。
「人というのはね、信じたいものしか信じられないものなんですよ、これが」
したり顔でルドが言う。
手には野菜や果物の他に、先ほどの肉屋で買った干し肉もある。
肉屋のおじさんに危うく変出者として警備員に突き出されそうになったけれど、ルドは幼児誘拐をしたわけではないと必死で説明してなんとか誤解を解き、購入したものだった。
「すみません。わけがわからない上にシンプルに気持ち悪いです」
「難しい話じゃないですよ。僕は心からテラ様が好きで、ですがテラ様の方からは僕の気持ちに応えていただけないので、では先に既成事実をと思いまして」
「それ、事実無根の真っ赤な嘘じゃないですか」
「人というのはね、信じたいものしか」
「信じる信じないの話ではないです」
頭が痛くなってきた。
魔女の話さえ絡まなければ、ルドはとても頭のいい人なのに。
「いいえ、案外事実というのは願望よりも軽いものなんですよ」
例えば、とルドが指をさす。
その先には暗い顔をした若い男性がいて、活気あふれる市場には不釣り合いな負のオーラを撒きながら、ふらふらと覚束ない足取りで歩いていた。
あの男性がどうしたのと問いかけるつもりでルドを見上げる。
ルドは悪戯を思いついた少年のような悪い笑顔を見せて、おもむろにその男性へと近づいて行った。
「どうかされましたか? お顔が真っ青ですよ?」
ルドが気遣わしげに声をかけると、男性はびくりと肩を震わせ、どことなく焦点のあっていない怯えた目でルドの方を見る。
「大丈夫ですか?」
「あ、ああ、なんでもない。なんでもないんだ、なにも問題はない……」
ぼそぼそとまるで独り言でも呟いているような男性の言葉は、ルドに答えたと言うより自身に言い聞かせているようだった。
人と接することが苦手で、他人の感情の機微を察するのが苦手な私でも、わかる。
この人はなにか問題を抱えている。
ルドがなにか言いたげにチラリと私を見た。私はルドのアイコンタクトの意図が分からず、軽く首を傾げて応える。男性には見えないよう気を付けながら、ルドは私にだけ先ほどと同じ悪い笑顔を見せた。
「ねえダンナ、実はダンナにだけ、今だけ特別にできるサービスがあるんですが、どうでしょう? 話だけでも、いかがですかね?」
唐突に砕けたような、軽薄そうな口調になり、男性と肩を組みだすルド。
男性の視線は相変わらず定まらないし、おどおどびくびくとルドにされるがままだ。
すごく嫌な予感がする。
ルドはにやにやと嫌な感じの笑みを口元に張り付け、男性を人気のなさそうな方へ引きずって行き、表通りからは見えにくいわき道へ入る。
「ここだけの話、ダンナにだけ良い話があるんですよ」
うさん臭さ全開で男性の耳元にささやきかけるルド。
「い、いや、その、俺は別に……」
「まあまあダンナ、悪い話じゃないんで、聞くだけ聞きませんか?」
そう言うと、ルドは男性を私の方へ軽く押す。
対面させられた私と男性は互いに「?」という顔をして見つめ合った。
「ここにいるこの子ども、今巷で有名な『テネル』なんですよ」
男性の背後から誘惑するような声音で言うルドの言葉に、私と男性が同時に「⁉」という顔になる。
0
あなたにおすすめの小説
私の息子を“愛人の子の下”にすると言った夫へ──その瞬間、正妻の役目は終わりました
放浪人
恋愛
政略結婚で伯爵家に嫁いだ侯爵令嬢リディアは、愛のない夫婦関係を「正妻の務め」と割り切り、赤字だらけの領地を立て直してきた。帳簿を整え、税の徴収を正し、交易路を広げ、収穫が不安定な年には備蓄を回す――伯爵家の体裁を保ってきたのは、いつも彼女の実務だった。
だがある日、夫オスヴァルドが屋敷に連れ帰ったのは“幼馴染”の女とその息子。
「彼女は可哀想なんだ」
「この子を跡取りにする」
そして人前で、平然と言い放つ。
――「君の息子は、愛人の子の“下”で学べばいい」
その瞬間、リディアの中で何かが静かに終わった。怒鳴らない。泣かない。微笑みすら崩さない。
「承知しました。では――正妻の役目は終わりましたね」
ぽっちゃり女子の異世界人生
猫目 しの
ファンタジー
大抵のトリップ&転生小説は……。
最強主人公はイケメンでハーレム。
脇役&巻き込まれ主人公はフツメンフツメン言いながらも実はイケメンでモテる。
落ちこぼれ主人公は可愛い系が多い。
=主人公は男でも女でも顔が良い。
そして、ハンパなく強い。
そんな常識いりませんっ。
私はぽっちゃりだけど普通に生きていたい。
【エブリスタや小説家になろうにも掲載してます】
【完結】スーパーの店長・結城偉介 〜異世界でスーパーの売れ残りを在庫処分〜
かの
ファンタジー
世界一周旅行を夢見てコツコツ貯金してきたスーパーの店長、結城偉介32歳。
スーパーのバックヤードで、うたた寝をしていた偉介は、何故か異世界に転移してしまう。
偉介が転移したのは、スーパーでバイトするハル君こと、青柳ハル26歳が書いたファンタジー小説の世界の中。
スーパーの過剰商品(売れ残り)を捌きながら、微妙にズレた世界線で、偉介の異世界一周旅行が始まる!
冒険者じゃない! 勇者じゃない! 俺は商人だーーー! だからハル君、お願い! 俺を戦わせないでください!
クラス転移したけど、皆さん勘違いしてません?
青いウーパーと山椒魚
ファンタジー
加藤あいは高校2年生。
最近ネット小説にハマりまくっているごく普通の高校生である。
普通に過ごしていたら異世界転移に巻き込まれた?
しかも弱いからと森に捨てられた。
いやちょっとまてよ?
皆さん勘違いしてません?
これはあいの不思議な日常を書いた物語である。
本編完結しました!
相変わらず話ごちゃごちゃしていると思いますが、楽しんでいただけると嬉しいです!
1話は1000字くらいなのでササッと読めるはず…
【完結】モブ令嬢のわたしが、なぜか公爵閣下に目をつけられています
きゅちゃん
ファンタジー
男爵家の三女エリーゼは、前世の記憶を持つ元社畜OL。社交界デビューの夜、壁際でひとりジュースを飲んでいたところを、王国随一の権力者・ヴァルナ公爵カイルにスカウトされる。魔法省の研究員として採用されたエリーゼは、三年間誰も気づかなかった計算の誤りを着任三日で発見。着々と存在感を示していく。一方、公爵の婚約候補と噂されるクロード侯爵令嬢セラフィーヌは、エリーゼを目障りに思い妨害を仕掛けてくるが...
魔法使いとして頑張りますわ!
まるねこ
恋愛
母が亡くなってすぐに伯爵家へと来た愛人とその娘。
そこからは家族ごっこの毎日。
私が継ぐはずだった伯爵家。
花畑の住人の義妹が私の婚約者と仲良くなってしまったし、もういいよね?
これからは母方の方で養女となり、魔法使いとなるよう頑張っていきますわ。
2025年に改編しました。
いつも通り、ふんわり設定です。
ブックマークに入れて頂けると私のテンションが成層圏を超えて月まで行ける気がします。m(._.)m
Copyright©︎2020-まるねこ
幽閉王女と指輪の精霊~嫁いだら幽閉された!餓死する前に脱出したい!~
二階堂吉乃
恋愛
同盟国へ嫁いだヴァイオレット姫。夫である王太子は初夜に現れなかった。たった1人幽閉される姫。やがて貧しい食事すら届かなくなる。長い幽閉の末、死にかけた彼女を救ったのは、家宝の指輪だった。
1年後。同盟国を訪れたヴァイオレットの従兄が彼女を発見する。忘れられた牢獄には姫のミイラがあった。激怒した従兄は同盟を破棄してしまう。
一方、下町に代書業で身を立てる美少女がいた。ヴィーと名を偽ったヴァイオレットは指輪の精霊と助けあいながら暮らしていた。そこへ元夫?である王太子が視察に来る。彼は下町を案内してくれたヴィーに恋をしてしまう…。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる