旅人アルマは動かない

洞貝 渉

文字の大きさ
8 / 29

2-3

しおりを挟む
 ルドを先頭に、私たちは音の主にバレないようそっとキッチンに入る。
 私よりも大きくルドよりもずっと小さな背中が、キッチンの隅でうずくまっていた。
 背中が小刻みに動くのと連動して、カチャカチャと音がする。何をしているんだろう。

 ルドが口に人差し指をあて、悪い笑みを見せた。
 いつの間に用意したのか冷えた麦茶の入ったコップを片手に、そろりそろりと背中に近づくと、すっと、背を向けている人の顔の辺りに差し出す。
 その人はルドからさっとコップをかっさらって、一気に麦茶を飲み干した。よっぽど喉が渇いていたんだろう。
 空っぽになったコップを脇にドンと置き、またカチャカチャと音を立て始める。どうやらお皿とフォークが当たる音のようだ。
 もしかして、あの子もナポリタンスパゲッティを食べているのだろうか。なら、夢中になって食べてしまうのもわかる気がする。
 
 笑いをかみ殺すルドの隣で、小さな背中の人はようやくスパゲッティを平らげたのか、満足げに深いため息を吐き、ふいに脇に置いた空のコップを不思議そうに眺めた。
 数秒、コップに釘付けになった視線が、ゆっくりと上がっていき、ずっとすぐ隣に控えていたルドともろに目が合う。ニヤリと笑うルド。
「おいしかったですか?」
「ひいっ⁉」
 慌てて逃げ出そうとするが、速攻でルドに首根っこを掴まれてしまった。
「どうしますか? アルマのご飯を横取りしていた犯人、追い出しますか?」
 ひょいと掲げられたその子は、十代半ばの女の子だった。

「えっと、あなたは誰で、どうしてこんなことしたんですか?」
「関係ないでしょ、ガキがしゃしゃり出てくるな」
「そうですか。ではアルマと関係のないあなたには、これも関係ないものですよね」
 ルドは素早い動作で女の子の前からアイスを取り上げる。
 あっ、と声を上げ、すごく悔しそうな顔をする女の子。わかる、ルドの料理、どれもおいしいもんね……。
 私たちはキッチンから移動して、ダイニングに腰を落ち着かせていた。
 女の子を追い出すにしても追い出さないにしても、まずは話を聞こうと思ったからだ。
「ルド、意地悪しないで」
「はいはい」
 ルドは取り上げたアイスを、そっと彼女の目の前に置く。アイスが再び目の前に戻って来たものの、これはこれで嫌だったようで、私は女の子にぎろりと睨まれてしまった。

 女の子がアイスを食べ終わるのを待ち、少し落ち着いてもらってから私は再度質問した。
「名前は、なんていうんですか?」
 ルドが控えめな動作で私に甘いココアを、女の子にはさっぱりとしたレモネードをそれぞれ用意する。
 女の子はレモネードに口をつけて舌を湿らせ、諦めたようにため息をついてから話し出す。
「……マーナ」
 マーナ……どこかで聞いたことがあるような?
 考え込む私の様子を見て、女の子はハッと何かに気が付いたように慌てて訂正する。
「マナだよ、マナ」
「あ、はい。マナさん、ですね。では、マナさん。どうしてここに入り込んで、ご飯の盗み食いなんかしていたのですか?」
 女の子——マナさんは探るような目つきで私とルドをチラチラと見て、考えるように少し黙り込んだ。
 でも、覚悟を決めたようにキッと私を睨むと、首に下げた小さな袋を両手で握りしめながら、語り出す。

「……私は、用事を終わらせて、自分の家に帰るところだったんだ。
 でも、家が遠くて、いろいろあって路銀も尽きて、どうしようもなくなって。
 お腹は減るし、道は見失うし、どこに行けばいいのかもわからなくなってしまった」

 マナさんは言葉を探すように、レモネードのコップに視線を移す。
 私も自分のココアに目を落とし、緊張をほぐそうと口をつけた。ホッと息をつきたくなるような優しい甘みに、思わずほおが緩む。

「あてもなくさ迷っていたら、森の中に大きな貝殻が見えて。
 こんな陸地に貝殻、それも見たことのない大きさの巨大な貝なんて。怪しくは思ったんだけど、なんだか中からいい匂いがしたから、それで、つい……」
しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

私の息子を“愛人の子の下”にすると言った夫へ──その瞬間、正妻の役目は終わりました

放浪人
恋愛
政略結婚で伯爵家に嫁いだ侯爵令嬢リディアは、愛のない夫婦関係を「正妻の務め」と割り切り、赤字だらけの領地を立て直してきた。帳簿を整え、税の徴収を正し、交易路を広げ、収穫が不安定な年には備蓄を回す――伯爵家の体裁を保ってきたのは、いつも彼女の実務だった。 だがある日、夫オスヴァルドが屋敷に連れ帰ったのは“幼馴染”の女とその息子。 「彼女は可哀想なんだ」 「この子を跡取りにする」 そして人前で、平然と言い放つ。 ――「君の息子は、愛人の子の“下”で学べばいい」 その瞬間、リディアの中で何かが静かに終わった。怒鳴らない。泣かない。微笑みすら崩さない。 「承知しました。では――正妻の役目は終わりましたね」

さようなら婚約者

あんど もあ
ファンタジー
アンジュは、五年間虐げられた婚約者から婚約破棄を告げられる。翌日、カバン一つを持って五年住んだ婚約者の家を去るアンジュ。一方、婚約者は…。

ぽっちゃり女子の異世界人生

猫目 しの
ファンタジー
大抵のトリップ&転生小説は……。 最強主人公はイケメンでハーレム。 脇役&巻き込まれ主人公はフツメンフツメン言いながらも実はイケメンでモテる。 落ちこぼれ主人公は可愛い系が多い。 =主人公は男でも女でも顔が良い。 そして、ハンパなく強い。 そんな常識いりませんっ。 私はぽっちゃりだけど普通に生きていたい。   【エブリスタや小説家になろうにも掲載してます】

【完結】スーパーの店長・結城偉介 〜異世界でスーパーの売れ残りを在庫処分〜

かの
ファンタジー
 世界一周旅行を夢見てコツコツ貯金してきたスーパーの店長、結城偉介32歳。  スーパーのバックヤードで、うたた寝をしていた偉介は、何故か異世界に転移してしまう。  偉介が転移したのは、スーパーでバイトするハル君こと、青柳ハル26歳が書いたファンタジー小説の世界の中。  スーパーの過剰商品(売れ残り)を捌きながら、微妙にズレた世界線で、偉介の異世界一周旅行が始まる!  冒険者じゃない! 勇者じゃない! 俺は商人だーーー! だからハル君、お願い! 俺を戦わせないでください!

クラス転移したけど、皆さん勘違いしてません?

青いウーパーと山椒魚
ファンタジー
加藤あいは高校2年生。 最近ネット小説にハマりまくっているごく普通の高校生である。 普通に過ごしていたら異世界転移に巻き込まれた? しかも弱いからと森に捨てられた。 いやちょっとまてよ? 皆さん勘違いしてません? これはあいの不思議な日常を書いた物語である。 本編完結しました! 相変わらず話ごちゃごちゃしていると思いますが、楽しんでいただけると嬉しいです! 1話は1000字くらいなのでササッと読めるはず…

魔法使いとして頑張りますわ!

まるねこ
恋愛
母が亡くなってすぐに伯爵家へと来た愛人とその娘。 そこからは家族ごっこの毎日。 私が継ぐはずだった伯爵家。 花畑の住人の義妹が私の婚約者と仲良くなってしまったし、もういいよね? これからは母方の方で養女となり、魔法使いとなるよう頑張っていきますわ。 2025年に改編しました。 いつも通り、ふんわり設定です。 ブックマークに入れて頂けると私のテンションが成層圏を超えて月まで行ける気がします。m(._.)m Copyright©︎2020-まるねこ

【完結】モブ令嬢のわたしが、なぜか公爵閣下に目をつけられています

きゅちゃん
ファンタジー
男爵家の三女エリーゼは、前世の記憶を持つ元社畜OL。社交界デビューの夜、壁際でひとりジュースを飲んでいたところを、王国随一の権力者・ヴァルナ公爵カイルにスカウトされる。魔法省の研究員として採用されたエリーゼは、三年間誰も気づかなかった計算の誤りを着任三日で発見。着々と存在感を示していく。一方、公爵の婚約候補と噂されるクロード侯爵令嬢セラフィーヌは、エリーゼを目障りに思い妨害を仕掛けてくるが...

幽閉王女と指輪の精霊~嫁いだら幽閉された!餓死する前に脱出したい!~

二階堂吉乃
恋愛
 同盟国へ嫁いだヴァイオレット姫。夫である王太子は初夜に現れなかった。たった1人幽閉される姫。やがて貧しい食事すら届かなくなる。長い幽閉の末、死にかけた彼女を救ったのは、家宝の指輪だった。  1年後。同盟国を訪れたヴァイオレットの従兄が彼女を発見する。忘れられた牢獄には姫のミイラがあった。激怒した従兄は同盟を破棄してしまう。  一方、下町に代書業で身を立てる美少女がいた。ヴィーと名を偽ったヴァイオレットは指輪の精霊と助けあいながら暮らしていた。そこへ元夫?である王太子が視察に来る。彼は下町を案内してくれたヴィーに恋をしてしまう…。

処理中です...