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ルドは肩で息をしていた。
ヤドカリハウスのドアが壊されているのを見て、急いで私たちのことを捜しに来てくれたのだろう。
大男はマナを小脇に抱えたまま、私からルドに向き直る。
私に向けていた余裕は消えていた。油断ならない相手とルドを認識したようだ。
「なんだお前は?」
「そっくりそのままお返しします」
大男が空いている右の腕を振るう。
するとアームレットが鈍く光り、炎の球が五つ生まれてルドめがけて飛び掛かった。
ルドはそれを眉一つ動かさず、魔法で生み出した土の壁で防ぐ。
「あなたはどちら様でしょうか? どうにも善良な一般の方には見えないのですが」
「そういうお前こそ、ただもんじゃないだろ?」
ルドを守った土壁が形を崩し、いくつかの小さな塊になり浮遊して、男めがけて突進する。
男はそれを跳躍してかわした。
私と男との距離がさらに開く。
ルドと男が無言で睨み合った。
張り詰めた空気に、息が詰まりそうだ。
少しの間があり、男はチラリと私を見てから緊張を解く。警戒を止めたわけではなさそうだけど、ルドに向かって豪快に笑って見せた。
「俺はカイテーという。テオフラストゥスに雇われて、指名手配中の盗人をひっ捕まえに来た」
「これはご丁寧に。僕はその子たちの保護者みたいなもので、ルドベキアといいます」
「保護者だって? なら、こいつがやったことの責任はお前にもあるってことだな?」
「はて、どうなんでしょうね。彼女がなにをしたのか、僕は知らないもので」
「はっ! 保護者が聞いてあきれる!」
大男——カイテーが小馬鹿にしたように鼻を鳴らした。
ルドはそれに反応しない。ただ冷静にカイテーの動きを観察している。
私は話の成り行きを、ただ黙って見ていることしかできない。
「こいつはな、天下のテオフラストゥスから重要な研究資料を盗んだんだよ!」
マナはカイテーの言葉を肯定も否定もせず、ただぐったりとして動かない。
ルドは心底興味なさそうな様子で、ほうと、相槌とも独り言の呟きとも判別つかない言葉を漏らし、軽く首をかしげた。それで? とでも言わんばかりだった。
カイテーは苛立ちを滲ませる。
「俺も詳しくは知らないが、俺を雇った奴の話によると、こいつが盗んだ資料ってのが、どうも『賢者の石』の一部らしい」
賢者の石。聞いたことはあるけれど、それが何なのかはよく知らない。確か、使うと金になったり不老不死になれたりする石、だったか。でも、その定義は私の世界でのものだ。
こちらの世界で言うところの『賢者の石』とは、どんなもののことを指すのか。
ルドは抑えきれないといったように、ニヤニヤと嗤う。
「賢者の石、ですか。それはそれは、また大層な物を……」
心底小馬鹿にしたような物言いだ。どうせつくなら、もっとましな嘘をつけばいいのに。ルドの顔にそう書いてある。
カイテーはますます苛立ったようで、声を荒げた。
「お前さんだって、言うほど『賢者の石』については知らないんじゃねえのか? テオフラストゥスの奴らは、現状不完全な失敗作しかないが、それでも貴重な『賢者の石』の試作だし重要な研究資料だって、言っていたぜ? ちなみにな、」
ニヤニヤ笑いを止めないルドに、カイテーも不敵な笑みを返した。
「その材料っていうのは、こいつの兄貴だったらしい」
賢者の石の材料が、マナのお兄さん?
マナは首から下げた小さな袋をよく触っていた。
以前、その袋の中身について尋ねたことがある。
あの時、マナは何と言ったか。
穏やかな笑顔を見せたあの時のマナは、一体なにを思っていたのか……。
「こいつの兄貴がどんな経緯でテオフラストゥスに来たか、わかるか? 実の妹に裏切られて、身代わりにさせられたんだと」
嬉しそうにマナのことを暴露するカイテー。
ルドはもうニヤニヤ笑いをしていなかった。
「で、どうする、保護者さん? こんなことしでかしたマーナの責任、どうとるつもりなんだ?」
「そうですね、まずは彼女の口からも話を聞いて、それから判断といったところでしょうか」
ルドは無表情に言った。
——なので、ひとまず返してもらいますね。
一瞬の出来事だった。
カイテーの足元が盛り上がったと思ったら、土の塊が二つに裂け、巨大なトラバサミになった。カイテーはそれを平然とかわそうとする。思いっきり横に飛び、土のトラバサミの範囲から易々と抜けた、ように見えた。
トラバサミはカイテーの移動に合わせるようにサイズを巨大化させる。カイテーが目を見開くのと、トラバサミが閉じられるのはほぼ同時だった。
絶叫。
カイテーが右手で左肩を抱き、獣のように雄叫びを上げる。
左肩の先にはあるべきものが何もない。左腕も、そこに抱えていたはずのマナの姿も。
流れ出る赤い液体をそのままに、凄まじい形相で大男は地面を蹴った。足首のアンクレットが鈍く光り、大男の加速を手助けする。
こちらに一切の注意を向けることなく、カイテーはこの場から全力で離脱した。
ルドはそれを、ただ眺めている。
追撃することもなく、大男の後姿が見えなくなるまで冷静に。
少しして完全にカイテーの気配が消えると、ルドは大きく息を吐いて、ようやく警戒を解いた。
ヤドカリハウスのドアが壊されているのを見て、急いで私たちのことを捜しに来てくれたのだろう。
大男はマナを小脇に抱えたまま、私からルドに向き直る。
私に向けていた余裕は消えていた。油断ならない相手とルドを認識したようだ。
「なんだお前は?」
「そっくりそのままお返しします」
大男が空いている右の腕を振るう。
するとアームレットが鈍く光り、炎の球が五つ生まれてルドめがけて飛び掛かった。
ルドはそれを眉一つ動かさず、魔法で生み出した土の壁で防ぐ。
「あなたはどちら様でしょうか? どうにも善良な一般の方には見えないのですが」
「そういうお前こそ、ただもんじゃないだろ?」
ルドを守った土壁が形を崩し、いくつかの小さな塊になり浮遊して、男めがけて突進する。
男はそれを跳躍してかわした。
私と男との距離がさらに開く。
ルドと男が無言で睨み合った。
張り詰めた空気に、息が詰まりそうだ。
少しの間があり、男はチラリと私を見てから緊張を解く。警戒を止めたわけではなさそうだけど、ルドに向かって豪快に笑って見せた。
「俺はカイテーという。テオフラストゥスに雇われて、指名手配中の盗人をひっ捕まえに来た」
「これはご丁寧に。僕はその子たちの保護者みたいなもので、ルドベキアといいます」
「保護者だって? なら、こいつがやったことの責任はお前にもあるってことだな?」
「はて、どうなんでしょうね。彼女がなにをしたのか、僕は知らないもので」
「はっ! 保護者が聞いてあきれる!」
大男——カイテーが小馬鹿にしたように鼻を鳴らした。
ルドはそれに反応しない。ただ冷静にカイテーの動きを観察している。
私は話の成り行きを、ただ黙って見ていることしかできない。
「こいつはな、天下のテオフラストゥスから重要な研究資料を盗んだんだよ!」
マナはカイテーの言葉を肯定も否定もせず、ただぐったりとして動かない。
ルドは心底興味なさそうな様子で、ほうと、相槌とも独り言の呟きとも判別つかない言葉を漏らし、軽く首をかしげた。それで? とでも言わんばかりだった。
カイテーは苛立ちを滲ませる。
「俺も詳しくは知らないが、俺を雇った奴の話によると、こいつが盗んだ資料ってのが、どうも『賢者の石』の一部らしい」
賢者の石。聞いたことはあるけれど、それが何なのかはよく知らない。確か、使うと金になったり不老不死になれたりする石、だったか。でも、その定義は私の世界でのものだ。
こちらの世界で言うところの『賢者の石』とは、どんなもののことを指すのか。
ルドは抑えきれないといったように、ニヤニヤと嗤う。
「賢者の石、ですか。それはそれは、また大層な物を……」
心底小馬鹿にしたような物言いだ。どうせつくなら、もっとましな嘘をつけばいいのに。ルドの顔にそう書いてある。
カイテーはますます苛立ったようで、声を荒げた。
「お前さんだって、言うほど『賢者の石』については知らないんじゃねえのか? テオフラストゥスの奴らは、現状不完全な失敗作しかないが、それでも貴重な『賢者の石』の試作だし重要な研究資料だって、言っていたぜ? ちなみにな、」
ニヤニヤ笑いを止めないルドに、カイテーも不敵な笑みを返した。
「その材料っていうのは、こいつの兄貴だったらしい」
賢者の石の材料が、マナのお兄さん?
マナは首から下げた小さな袋をよく触っていた。
以前、その袋の中身について尋ねたことがある。
あの時、マナは何と言ったか。
穏やかな笑顔を見せたあの時のマナは、一体なにを思っていたのか……。
「こいつの兄貴がどんな経緯でテオフラストゥスに来たか、わかるか? 実の妹に裏切られて、身代わりにさせられたんだと」
嬉しそうにマナのことを暴露するカイテー。
ルドはもうニヤニヤ笑いをしていなかった。
「で、どうする、保護者さん? こんなことしでかしたマーナの責任、どうとるつもりなんだ?」
「そうですね、まずは彼女の口からも話を聞いて、それから判断といったところでしょうか」
ルドは無表情に言った。
——なので、ひとまず返してもらいますね。
一瞬の出来事だった。
カイテーの足元が盛り上がったと思ったら、土の塊が二つに裂け、巨大なトラバサミになった。カイテーはそれを平然とかわそうとする。思いっきり横に飛び、土のトラバサミの範囲から易々と抜けた、ように見えた。
トラバサミはカイテーの移動に合わせるようにサイズを巨大化させる。カイテーが目を見開くのと、トラバサミが閉じられるのはほぼ同時だった。
絶叫。
カイテーが右手で左肩を抱き、獣のように雄叫びを上げる。
左肩の先にはあるべきものが何もない。左腕も、そこに抱えていたはずのマナの姿も。
流れ出る赤い液体をそのままに、凄まじい形相で大男は地面を蹴った。足首のアンクレットが鈍く光り、大男の加速を手助けする。
こちらに一切の注意を向けることなく、カイテーはこの場から全力で離脱した。
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