ロンリー・グレープフルーツ

れつだん先生

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第4話 宴会

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 薄暗い廊下を携帯のライトで照らしながら、自分の部屋へ戻り、当然のようにパソコンを開く。仕事終わりの一服も忘れ、興奮を抑えながらチャットルームへと入室するが、あっぷるの姿は無い。そんな社交辞令を真に受けた自分を心の中で嘲笑いながら退室しようとすると、誰かが入ってきた。この際もうあっぷるでなくても良い。誰かと寝るまで会話をしていたい。ゆっくりと煙草に火をつけながら、もう一度目をチャットへと移すと、「あっぷるさんが入室しました」という文字が見えた。まさか幻覚まで見えてしまうとは。あの時間が自分にとってそれほどまでに楽しかったのだろう。

 あっぷる:あ、やっぱりいたw

 という文字が表示された。幻覚ではなく現実のようだ。昨日の朝に飲んだ不味いインスタントコーヒーを一度口に含み、一呼吸置いてからキーを叩く。

 ネギ:まさかマジでくるとはwww

 真剣に捉えられないようにと言葉を選んで、何度か削除をしつつチャットを打ち込む。

 あっぷる:そりゃ約束したんだもんw
 ネギ:確かに約束はしたけどw
 あっぷる:でも大体、約束しても来ない人ばかりだよ。珍しいw
 ネギ:昨日のチャットが結構楽しかったのでw

 それは何一つ嘘偽りの無い言葉だった。ここでこの女性とチャットすることだけが僕の生きがいとなりつつあった。それは女性だったからというのもあるだろう。僕には女性の知り合いなんて皆無だから。
 その日は彼女も特に用事は無かったようで、夕方近くまでチャットで盛り上がった。僕は半分眠りに落ちそうになるのを堪えながらキーを叩いていた。何度かパソコン用のマイクでボイスチャットをしようと提案されたけど断った。僕にそんな勇気があるわけがなかった。メールアドレスや携帯の番号を聞くなんてのはもっての外で、僕はただここで彼女とチャットができるだけで十分だった。まさか女性に飢えている僕だって、ここから恋愛に発展するなんていうことは考えちゃいない。ただこの状況が楽しければいい。言わばつまらない日常の中にあるひと時の清涼剤みたいなものだ。睡眠時間が減ろうとも、バイトに遅れそうになろうとも、この時間だけは大切にしたい。

 あっぷる:明日もチャットしようよ
 ネギ:全然いいよ!
 あっぷる:じゃあ、ここじゃなんだしメッセでやろうよ

 メッセ。聞き慣れない言葉だった。幕張メッセではないことは確かだろう。知らないことを知らないと言うには勇気がいる。しかし知ったかぶりをして後で恥をかくほうが情けない。僕は素直に、

 ネギ:メッセって何?

 と聞いた。

 あっぷる:チャットとか音声チャットができるソフトだよ

 と説明を受け、調べてみるとあった。ヤフーメッセンジャーというものだった。僕は早速自分のIDで登録し、それをインストールし、彼女にIDを教えた。ヤフーメッセンジャーには色々な機能がついていた。お絵かきチャットなんていうものもある。ファイルの送受信も可能だ。そしてここなら誰の邪魔も入らない。僕と彼女がヤフーチャットでチャットをしていた時、何人か入っては出て行ったのを見ていたので、いずれは二人きりの場所が欲しいと思っていたのだ。それをまさか彼女から提案されるとは、願ったり叶ったりというものだろう。そして二人の場所はヤフーチャットからヤフーメッセンジャーへと移行する。しかし日が昇りきり、睡眠に対する欲求も増えてきたため、今日のチャットはこれまでにすることにした。数時間寝て起きればまたアルバイトだ。別に嫌というわけではない。夕勤の女性二人は僕と同い年で美人だし、夜勤は前述したように、ほとんど遊びといっても大差ないものなので、眠くても何とかなる。僕たちはそこで別れを告げ、明日からはヤフーメッセンジャーで会話をすることにした。

 上着を着、バイトへ行くために外へ出た。あまりの寒さに急いで駐車場に止めてある車に乗り込み暖房をかけるものの、エンジンをかけたばかりでは暖かくなるわけもなく、仕方なく車を出した。バイト先まで車で二分ほどかかり到着し、煙草を吸ってから店内へ入る。軽快な入店音が鳴り、僕はレジに立っている夕勤の女性二人に挨拶をし、バックルームへ入った。時計の針は出勤時刻の十分前を指している。大学生はまだ着ていない。バックルームに夕勤の女性二人がやってきて、「今日は寒いから客も全然来なかったよ」と言った。僕は「たしかに滅茶苦茶寒かった! バイトには客が来ないほうが楽だよね」と雑談していると、入店音が鳴り大学生が急いでやってきた。
「やばいやばい、出勤ぎりぎりだった。店長がいなくて助かったよ。あの人色々うるさいからね」
「僕もついに髪の毛切れって言われましたよ。あとピアス」
 いちいち述べる必要も無かったと思っていたが、今述べておこう。僕の耳には両方合わせて四つのピアスがぶら下がっている。普通のわっかタイプではなく、女性向けの垂らすタイプだ。そして髪の毛が長く、身長も百六十無い程度なので、よく客から「女の子?」と聞かれる。嫌な気持ちはしないけれど、良い気持ちもしない。低身長にはコンプレックスを抱いていた。それも、女性と上手く話ができない理由だろう。
 店長はまだ二十代後半で、本部の人間なのでいちいち堅苦しい。オーナー店の話を一度ネットで見たことがあるが、廃棄は食べてもいいし堅苦しい客に対する挨拶も、商品紹介もしなくてもいいと見たので、少し羨ましく思う。といっても僕たちは、そんなことはしていないし、バレないように廃棄を食べているので、ほとんどオーナー店とは変わらない。夜勤なので店長に合うことも無い。ある意味自由に任されているといってもいいだろう。必要最低限のことをしていれば、後は何をしていてもいい。僕にとって最高の職場だった。働いている人みんなも良い人ばかりだし、ずっとここでもいいような気がしていた。
 時間になり、夕勤の女性二人の帰る時間となったのだけれど、どうやら今日は暇らしく、僕たちとバックルームで話をしていた。なかなか珍しい光景だ。ようやく僕もこの二人とは普通に話ができるようになり、例えば彼氏の相談なども受けるようになってきた。徐々に人間関係も良くなってきたと言えるだろう。それを象徴するかのように、面白い話が舞い込んできた。大学生と僕と女性二人が休みが合う日に、鍋でも食べようという話になった。僕は酒が入らないと女性とまともに会話ができなくなるため、半ば強引に酒を飲むということを取り付けた。酒が無いなら僕は参加しませんよ、と言うと、渋々女性二人は納得してくれた。

 明日、ちょうど僕と大学生、そして夕勤の女性二人が休みなため、大学生の車でその寮へ行き、鍋をすることとなった。僕は人が使った箸で鍋をつつくのは嫌なほどの潔癖症なのだけれど、女性二人は、そんなことお構いなしに自分の箸で鍋をつついている。今時の女性はこうもあっけらかんとしているのか、と少し驚いた。僕だけ菜ばしを使い、野菜と肉をただだしで茹でただけの鍋をつつきながら、それぞれ酒を飲んだ。ほとんど記憶は無いのだけれど、後で聞いた話によるとどうも僕は女性二人にどうにかしてキスをせがもうとして、断られ、大学生とキスをしたようだ。恥ずかしいことこの上ない。しかし酒の席なので、水に流していただきたいと思う。
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