日本万歳 小説版

れつだん先生

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2010年3月16日

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 この日記を書き出してもう一週間を過ぎた。特に僕自身何の変化も無い。駄目だなあ。
 朝起きてすぐに思ったことは「体の気持ち悪さ」外は雨が降っており、天気が悪いのにも関わらず、汗を書いていた。もう毛布は必要ないかもしれないな。携帯が点滅しているので確認する。何と! びっくり! 彼女からのメールだった。当然嬉しいのですぐにメールを開く。その内容は、喜べるものでは無かった。ついに恐れていたことが起きた。事実上の「さよなら」のメール。しかしそこまでショックを受けなかった。「当然だろうな」という思いの方が強い。一度同棲をし、遠距離になってからもう二年が経つ。ずっと遠距離のままで彼女の所へ行けなかったのは僕のせいだ。さっさと金を貯めて、こんな所からすぐにでも出れば良かったのだが、ずるずるとい続け、二年経った今も何も変わることが無かった。僕は常々友人に、「彼女が別れるとか他に良い人ができたと言ったら、それに従う」と言っていた。それが彼女にとって良い悪いと言うことではなく、彼女の子供にとって良いのであれば、それは仕方が無い。彼女の子供と飼っていた犬にもう会えなくなるのは寂しいが、僕みたいな奴と居ても悪い影響しか与えない。
 当然返信のメールは、そういった内容で返しておいた。朝からテンションが下がった。今日の昼からある日雇いの派遣に行きたくない、が、金のためなので行かねばならない。
 あまりにもお腹が空いていたので、バジルソースのスパゲティを作る。これが予想に反してかなり美味い。さっぱりとしていて濃厚なバジルの味が効いている。
 九時頃まで求人サイトをチェックしたりネットをして時間を潰していると、今日の昼から仕事が入っていた日雇いの派遣から連絡があった。何と! 今日は仕事が無くなってしまったという。「もしかしたら水曜あるかもしれなくて、木曜は絶対確定だから」と言われる。少しほっとした。木曜日には6000円ほど手に入るのだ。最初の予定から1日延びたものの、まだ7000円あるので安心する。市外の倉庫内作業の仕事があったので、そこへ連絡をかける。金曜の一時に面接となった。6月に車検が切れてしまうので、なんとかそれまでに原付を買う金を集めねばならない。それと携帯の滞納金6万円をすぐに払わないと、いつまでも彼女の子機のままになってしまう。金が必要だ。仕事は無いのか!
 今日の天気は晴れ。洗濯日和だ。溜まっていた洗濯物を片付け、その間に風呂に入る。風呂から出て、またバジルソースのスパゲティを食べた。腹が減っているというのもあったが、あまりに美味しかったので食べたくなってしまったのだ。インスタントの珈琲を作り、ネットをしたり麻雀をしたりする。
 十一時過ぎに日雇いの派遣から連絡があり、「今日やっぱり来れないかね。十三時に」と言われた。これから本屋でも行こうか、なんて考えていたので、出鼻をくじかれてしまった。準備なども必要なので、「十五時頃からなら大丈夫です」と返事をする。十五時からで決定した。早く来れるなら早く来てくれてもいいとのこと。
 元々が十三時から二十二時までなので、実働八時間。十五時からなので六時間か。時給は800円なので、4800円。それに交通費800円が加算されるので5600円。それを明日か明後日に手に入れようとすると、振り込み手数料とやらが500円取られるので、5100円。日払いなら振込み手数料を取られるが、週払いなら取られないので早めに週払いにしたい所だ。
 十三時頃までネットをする。ネットしてばかりだと反省しても、またネットをやってしまう。とある投稿サイトで、僕の小説が荒らされていた。その話題が2ちゃんねるのとあるスレッドで持ち上がっている。
 文章が良くなった、と最近良く言われるようになった。確かに昔の文章と比べると格段に良くなっているという自覚はある。しかしその代わりとても詰まらない文章になってしまった、とも思う。眠たい気持ちを我慢して、外へ出た。すき家に行こう。仕事の前に気合を入れねば!
 昼時だというのに、すき家は空いていた。客は三人ほど。年寄りの男性と太った中年男性と若い男性。二人いる女性の店員は、すごく暇そうに世間話をしている。店内で食べようかと思ったが、やめておいた。知らない人に囲まれて飯を食べるのは好きではない。牛丼大盛りを注文し金を払うと、すぐにパックに詰められた牛丼が出てきた。早い、さすがファストフード。「お箸と生姜はご自由に入れて下さい」と言われたので、紅生姜を三袋、割り箸を五本入れた。貧乏性のため、無料と言われると必要以上に貰ってしまう。
 家に帰り、牛丼をすぐに食べ切って煙草を吸う。よく「ご飯食べるの早いな」と言われるのだが、それは単純に噛んで食べていないだけだ。ほとんど飲み込んでいる。なのですぐ腹が減ってしまう。直そうとしても直らない。余った紅生姜をつまむ。僕は保育園の頃、土曜日に出た昼食のお好み焼きに乗っていた紅生姜を無理やり食べさせられてから、二十歳を過ぎるまで一切紅生姜を食べなかった。「牛丼と一緒に食べたら美味しいのに」なんていうことを言われても、「美味しいわけがない」と頑として食べなかった。それが今や紅生姜が無いと牛丼が食べられない程に嵌ってしまっている。人間というのはわからないものだ。
 仕事の時間は十五時。まだ時間はあるので、それまで読書をしていた。
 結局仕事は十六時からだった。運送会社へ行き、奥にある駐車場へ車を止める。そこから歩いて少しの自動販売機が並ぶ場所で待ち合わせとのことだった。何台ものトラックの前を通り、待ち合わせ場所へ歩いていると、突然声を掛けられた。四十代か五十代の男性。坊主から少し伸びた髪の毛には白髪が交じっている。肌はこの時期だというのに茶黒い。日本酒や焼酎が合いそうな親父、という感じがした。勝手な想像だが。
「こっち来て」と言われるので、そのまま従う。
「あれ、会社のトレーナーは?」
 忘れていた。普通に私服で来てしまっていた。というか、以前部屋を三日掛けて掃除した時に、もう使わないと捨てたはずだ。捨てたことは言わず「すみません忘れました」というと、誰が着ていたかもわからない薄いペラペラのウインドブレーカーをくれた。名札に名前を書き、早速仕事に取り掛かる。四、五十代の男性に「ダンボールに番号を書くから、その番号ごとに台車に分けていって」と言われる。働いている人間は、僕とその人以外に三人いた。二十代半ば頃の男性、三十代の男性。あと一人は、僕が派遣会社から二日だけ派遣された別の職場にもいた人だった。歳は確か四十ほどだと言っていたはずだ。挨拶もそこそこに、積み上げられたダンボールに番号が振られ、それを台車に分けていく。台車が溜まればそれを別の場所に持って行くらしい。たまに重いダンボールがあるものの、急がなくてもいいしこれはかなり楽だった。
 このまま二十二時までやるのか、これで金が貰えるなら全然良いな、と考えていたが、世の中そんなに甘くは無かった。僕たちが働いていた場所は、長方形の大きさをした倉庫の一番端だった。天井に五十三、と番号がふられている。壁は無く、そこにトラックが何台も止まっている。片側は奇数、片側は偶数の数字が振られている。台車が一杯になったのでそれを持って行こうと番号を確認すると、二と書いてあった。ここは五十三、二までは相当の距離がありそうだ。端から端まで300メートル以上あると聴いていた。しかもこの台車自体がかなり重たい。ただ鉄を切って溶接しました、というだけの台車は、重みに耐えるためかタイヤまで鉄でできていた。床はアスファルトなのだが、ひびが入っていたりくぼんでいたりするため、なかなか思うように台車は動いてくれない。しかも工場などに良くある、「リフト優先」という決まり。人と同じ所を、大量のリフトが移動し荷物を運んでいる。自分の運転技術に自信があるのかどうか知らないが、かなりのスピードを出している。びくびくしながら歩く。と、四、五十代の男性が僕にノートみたいなのを手渡してきた。
「これを見ればどこ行きの荷物を何番に運べばいいかわかるから」
 僕はお礼を言い、そのノートを開いて見てみる。広島県広島市なら6番、という風に、あいうえお順で住所が書いてあった。
 その仕事は十八時ごろに終わり、「十五分休憩」と言われたので自動販売機の所へ行き、コーヒーを買って煙草を吸った。アスファルトの上を歩き回ると言うのは、かなり足に負担がかかる。それに台車は重たいし。ここ二ヶ月ほど殆ど動いていない僕の体は、既に筋肉痛になっていた。しかし、働いている人は良い人ばかりだ。会話こそ無いが、わからない事を聞けばちゃんと教えてくれる。以前一日だけ働いた女性ばかりの弁当工場とは180度違った。背も低く体も細いので、力が無いというのはわかるんだろう。びくともしない台車を必死に運んでいると、たまに後ろから押してくれたりする。それも、違う会社の人間が、だ。感動した。しかしいくら感動しても、体の疲れは取れない。あと二時間、あと一時間、そこからが長い。あと五十分、あと四十五分、そうか時計を見るから遅く感じるんだ、見ないようにしよう。もう結構経っただろ、あと三十五分……。
 二十一時半に、「今日は終わり」と言われた。「二十二時までじゃないんですか?」と聞くと、どうやら一時間の休憩を三十分にして、その分早上がりをしているようだ。労働基準法的に大丈夫なのだろうか? と思うが、まあこういう職場なら労働基準法なんてあって無いようなものか。書類を二枚貰い、帰宅。明日は休みで明後日は十三時から。今日は十六時からなので、休憩三十分を引いて五時間半働いた事になる。それだけでも、もう働きたくないと思わせるほど疲れたのに、八時間となるとどうなってしまうのか……。
 途中スーパーで発泡酒と半額になった惣菜を買う。風呂に入って発泡酒を呑み、いつの間にか寝てしまっていた。あー、体が痛い。
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