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超戦士ジャップマン ジャスティスの誕生

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 いくら四月も半ばを過ぎようとしていても、早朝、かすかに残る寒さのせいで毛布から抜け出せないでいた。けたたましい音が鳴る目覚まし時計を毛布から伸ばした右手で止め、そのままごそごそと動かして煙草を手にする。首から上だけを毛布から出し、煙草を咥えて火をつける。目覚まし時計の針は七時を指している。気合を入れ毛布を体から剥ぎ取り、咥え煙草のままユニットバスへ向かい、放尿を済ませる。手を洗いユニットバスから出、部屋へ戻る。五畳の部屋はパソコン、テレビ、ゲーム機、本棚が溢れている。部屋の片隅に乱雑に置かれている、何度洗っても汚れが取れない青い作業着を取り、スウェットを脱いで着替える。また今日も残業だろうな、と思うと、気が滅入って大きなため息が漏れた。
 五畳五万六千円、ユニットバスのアパートから自転車を走らせること十分のところに工場はあった。従業員二十人程度の零細企業だ。そこで僕は機械オペレーターの仕事をしている。働きだしたのは二十五歳の頃だから、もう勤めだして五年になる。従業員は全員僕の先輩で、後輩は一人もいない。新しく従業員を雇い入れることをしないのだ。門を抜け工場内へ入り、右に進むと自転車置き場がある。そこに止め、目の前にある階段を上ると事務所がある。ドアを開けると既に事務の中年女性二人が事務椅子に座って世間話をしている。僕は挨拶を済ませるとドアの横にあるタイムカードを機械に通し、階段を下りた。階段の下に小さな喫煙所がある。ドアを開けると田中さんが丸椅子に座っり、スポーツ新聞を読みながら煙草を吸っていた。僕は挨拶をした。
「おお、タダノヒトか。おはよう。巨人勝ったで」と新聞からは目を離さずに言った。年齢は三十八歳。薄くなった髪の毛が頭皮にわかめのようにへばりついている。座っているせいもあるだろうが、腹の贅肉がこぼれんばかりにむき出しになっている。出身は関西の方らしく、上京して二十年近くにもなるのに関西弁が抜けずにいた。僕は田中さんの隣に座り、煙草に火をつけた。
「あれ、田中さんって巨人ファンでしたっけ?」
「それ以前に野球に興味あらへんがな」
「そうですか」
 しばらくの沈黙の後、「ちわーっす」と言いながら金髪長髪の斉藤さんがやってきた。僕より一つ年上の三十一歳。若かった頃の栄光が忘れられないのか、作業着の前のボタンはとめず、両耳にはピアスを何個も飾り、傷んだ毛先を指でいじっている。三人座ればいっぱいになるほどに喫煙所は狭い。
「今日も残業っスかねぇ?」と斉藤さんは煙を吐き出しながら言った。
「せやろなぁ。社長も従業員もっと増やせばええのに。どんだけケチやねん」とやはりスポーツ新聞からは目を離さずに言った。
「タダノヒトさぁ、煙草一本くれよ」と斉藤さんは右手を差し出してきた。仕方なく一本やる。
 僕の名前は只野比呂だが、これといった特徴も無く、根倉で、ただ家と工場の往復だけで、彼女なんてもう七年いないという理由から、タダノヒトと呼ばれている。この仕事だって好きで選んだわけじゃない。早くに父を亡くしたせいもあって、大学には行かせてもらえず、高卒で働くことになったのだが、この不況で仕事があるわけもなく、仕方なく営業職に就いた。それが間違いだった。超絶ブラック企業で、僕は入社二年目でうつ病を患った。そしてクビ。それからバイトを転々とし、この仕事に就く二ヶ月前に父を亡くし、さすがにぷらぷらしているわけもいかず、取り敢えずこの仕事を選んだ。給料だって安いし拘束時間も長いけれど、この歳で転職なんてできるはずも無いから、仕方なく続けている。
「そろそろ行こか」と田中さんが言うので、僕と斉藤さんはそれに続いて作業場へと入っていった。

 油と汗にまみれながら午前中を終わらせ、楽しみの一つである昼食の時間となった。食堂は無いため、会社がまとめてとっている四百五十円の日替わり弁当と自販機のお茶を手に取り、道路を挟んだ向こう側にある小さな公園で昼食を取る。田中さんと斉藤さん以外の従業員は高齢のため、僕と話が合わないのであまり話をしたりしない。弁当を食べるのも田中さんと斉藤さんと一緒だ。
 五十代の作業員鈴木さんは携帯ラジオを聴きながら弁当を食べるのが日課だ。白髪頭は殆ど禿げ上がり、同じく白い髭はただ伸ばしているだけ。贅肉はついておらず痩せている。そのラジオを何とはなしに耳に入れながら、田中さんと斉藤さんと話していると、突然ラジオから大きな笑い声が聞こえた。全員がラジオを見た。
「ははははははははははは!」
「なっ、何をしているんだ君は!」
「うるせぇ! 死ね!」
 銃声と女性の悲鳴が聞こえた。
「あー、あー、聞こえているか愚民共。先代ジャップマンが魔界の扉を封印して二十年、遂に効果が切れた。俺の名前はワルイー・ヤーツー。暗黒魔王サイキョウ様の封印を解いて日本を崩壊させる。まずは大阪だ」
 僕は慌ててポケットからスマホを取り出し、ワンセグを開いた。矢部首相が汗をハンカチで拭きながら立っている。画面には「緊急記者会見」と書かれている。音量を上げた。
「皆さん、落ち着いてください。これは新手のテロです。我々は米国と手を組み――」と言ったところで画面が切り替わり、砂嵐になった。「諸外国と手を組むと日本を丸ごと消滅させる。飛行機、船で海外へ誰か一人でも逃げた場合も同じだ。そうされたく無ければジャップマンを差し出せ」というところでテレビが切れた。
 ジャップマン? ワルイー・ヤーツー? 暗黒魔王サイキョウ? 何を言っているんだ? これは夢なのだろうか? いや、夢じゃない。従業員たちは全員箸を止めてただ茫然と座り込んでいる。と、田中さんが突然立ち上がった。
「お、お、大阪が崩壊って? え? え? どういうこと? 俺の実家大阪なんだけど?」
「事務所にテレビがあるから行くぞ」と従業員の一人が言うと、僕たちは小走りで事務所へ駆け込んだ。

 テレビはどれも同じ映像を映している。火の海となった大阪だ。逃げ惑う人々、崩れゆくビル。阿鼻叫喚とはこのことをいうのだろうか。こういう時どうすればいいんだ? 助かる方法なんて無い。ジャップマンがどうとか言っていたけれど、何が何やら……。そうだ!
「お母さんに電話しよう」
 取り敢えず無事であって欲しい……。そう願いながらスマホをポケットから取り出した。何度か鳴った後お母さんが出た。
「比呂!」
「お母さん!」
「無事で良かったわ」
「お母さんこそ」
「緊急事態だから手短に言うわね……」
「何?」
「さっきのテレビ観たでしょ? ジャップマンがどうとか」
「僕には何のことかさっぱりわからない」
「――あなたなのよ」
「え?」
「あなたがジャップマンなのよ。話は後で。家に帰ってきなさい!」

 母が一人で住む都営住宅は、僕のアパートから自転車で十五分ほどのところにある。六畳一間で床にはカーペットが敷いてある。母は僕に座らせ茶を出し、自分はというと押入れをごそごそとやっている。後姿が疲れて見える。もう五十五歳だもんな。
「お母さん、何をやってるの?」
「これよ」と腕時計のような物を差し出してきた。
「こ、これは……?」
「あなたにはいつか話そうと思っていた。……只野の家系は日本を守るスーパーヒーロー超戦士ジャップマンの家系でもあるのよ!」
「え? ヒーロー? 超? ジャップマン?」
 混乱している僕をよそに、母は続ける。
「二十年前、お父さんが亡くなったのを覚えているわよね?」
「そりゃ、覚えてるよ。交通事故で――」母が遮った。「違うの!」
「ち、違う……?」
「お父さんは敵を封印するために……死んだのよ」
 正直話についていけない。しかし物事はそんな僕をよそに猛スピードで進んで行く。
「ジャップウォッチをつけなさい」
 言われるがままに時計を腕に嵌める。
「超戦士ジャップマン参上! と叫びながら時計の真ん中のボタンを押しなさい」
 少し恥ずかしいが今はそんなことを言っていられない!
「ちょ、ちょ、超戦士ジャップマン参上!」
 すると僕の体を虹色の光が走り、作業着が消え、代わりに黒色の全身タイツが体を包み込んだ。両腕と両足には鼠色のグローブとブーツが装着されている。
『只野比呂様……イエ、代三十二代目超戦士じゃっぷまん様、私ハすーつニ内蔵サレテイルAI、えれくとろにかト言イマス』という声が直接頭の中に響いた。
「エレク……トロニカ?」
「ジャップスーツにはAIが入っていて、導いてくれるのよ」と母は言った。
「じゃあ、ぼ、僕が……その、超戦士ジャップマンになって、あの悪い奴らを倒せ……ということ?」
「そうなるわ」『ソウナリマス』
 一体……どうなっているんだ……?
「じゃあ後はエレクトロニカの指示を仰ぎなさい。私は寝るわ」
 そう言ってお母さんはカーペットに横になった。そしてすぐにいびきが聞こえてきた。
「エレクトロニカ、僕が第三十二代超戦士ジャップマンということはわかった。でも、僕はこれといって特徴も特技も力も無いし頭も弱い、ただの一般人だよ。あの……何だっけ」
『わるいー・やーつーデスカ?』
「そう、それ。勝てる訳が無いじゃないか」
『わるいー・やーつーハ暗黒魔王さいきょうを復活サセルノガ目的デス。ソレマデニわるいー・やーつーヲ倒セバイインデス』
「いや、だから、どうやってそいつを倒すんだよ!」
 僕が地団駄を踏むと部屋が揺れた。壁がドンドンと鳴り、隣から「うるせぇぞ!」と怒鳴り声がした。僕は小声で「何か武器とか必殺技とか無いの?」と言った。
『じゃっぷまん様、武器ハアリマセンガ安心シテ下サイ』
「ぶ、武器も無いのにどうやって!」
『じゃっぷぱんちトじゃっぷきっくデ敵ヲ地獄ニ落トスノデス!』
「ジャ、ジャップパンチ? ジャップキック?」
『説明シテイル時間ハアリマセン。トリアエズあぱーとヲ出マショウ』
 僕は言う通りに部屋を出て階段から外を眺めた。外は人で溢れかえっていた。「大阪が潰されたら、次は東京だろ!」とおじさんが叫んでいる。しかし逃げる場所は無いのだ。ワルイー・ヤーツーが言っていた。「諸外国と手を組むと日本を丸ごと消滅させる。飛行機、船で海外へ誰か一人でも逃げた場合も同じだ。そうされたく無ければジャップマンを差し出せ」と。と、いうことは――。
「するってぇと何かい? 僕がジャップマンだとアピールすれば、ワルイー・ヤーツーのところに行けるってことじゃねえか」
「そういうことになるウホという男の叫び声がして、次いで人々は叫び声を上げて逃げ惑う。都営住宅の駐車場にとめてあったワゴン車が上空へ吹き飛んだ。一台では終わらず、次々と車が上空へ吹き飛んでいく。凄まじい爆発音が鳴り響き、煙が充満し、人々と駐車場を包み込んだ。そして最後の一台はまるで狙っているかのように、僕の方へと吹き飛んできた。
「ヤバいよエレクトロニカ! 車が吹き飛んできた!」
『じゃっぷばりあヲ使ッテ車ヲ止メルノデス!』
「ど、どうやって!」
「じゃっぷばりあト叫ンデ手ヲカメハメ波ノ様ニ目ノ前ニ出シテ下サイ!』
 言う通りにした。すると吹き飛んできた車――黒のアコードだ。そういえば、と思い出す。僕が七年前に付き合っていた女の元カレが黒のアコードに乗っていたな。付き合って半年して元カノの家に遊びに行ったら、家の駐車場にとめていたその黒のアコード内で元カレと元カノがセックスをしていた。そして別れた。思い出すだけでムカムカしてくる。ワルイー・ヤーツーを倒したらその元カレも地獄に叩き落してやろう――が空中で停止した。
『ソノママ手ニ力ヲ入レテ下サイ!』
 はっ! と力を入れると、空中で停止した黒のアコードが逆再生されるかのように元の場所へと吹き飛んでいった。そして大きな爆発音がして人々が阿鼻叫喚、逃げ惑い、黒のアコードの残骸から煙がもくもくと立ち上り、「フフフ、そんな攻撃では私は倒せんウホ」と叫び声が聞こえた。
『コレガじゃっぷばりあトじゃっぷかうんたーデス』
「凄いな……無敵じゃないか!」
「無敵ではない! そんな攻撃では私は倒せんよと言ったウホ」
 僕は慌てて階段を降りて駐車場へ行き、黒のアコードの残骸へ走り寄った。すると黒のアコードが空中浮遊した。いや、違う! 黒のアコードの後ろには何者かが――煙が立ち上りシルエットしか見えない――立っていて、持ち上げているのだ! 煙が徐々に消えていくと、三メートル程のずんぐりむっくりしたゴリラが姿を現した。
「ゴ、ゴリラ!」と僕が叫ぶと、「ゴリラではないウホ! 怪人キング・ゴリラだウホ!」と声が聞こえた。そして持ち上げた黒のアコードを都営住宅の壁に投げ捨てると、大きな音を立てて黒のアコードが爆発した。あれが元カノの元カレの車だったら良かったのに。人々は逃げ去って、僕と怪人キング・ゴリラ以外誰もいない。
「か、怪人! キ、キング・ゴリラ!」
「そうだウホ!」
 ゴリラが喋っている。どこからどう見てもゴリラだ。胸を両拳で叩いてアピールをしている。どこからどう見てもゴリラだ。
「バナナを食べるかい?」
「うむ、バナナは好きだウホ」
 やっぱり……ゴリラだ。
「ジャップバナナ!」と僕は叫んだ。しかし何も出ない。『ソンナノアリマセンヨ』とエレクトロニカが言った。やっぱりね。
「怪人キング・ゴリラめ! 僕が超戦士ジャップマンと知ってのことか!」と、さっきの技――ジャップバリアとジャップカウンターだ――で少し強気になった僕は叫びながら怪人キング・ゴリラを指さした。ぼ、僕、恰好良い!
「フフフ、知っているウホ。ワルイー・ヤーツー様からのご指示で、貴様を倒しに来たウホ」
「ゴリラごときが僕に勝てると思っているのかぁ?」
「ゴリラではないウホ! 怪人キング・ゴリラだウホ!」
「すいません」と僕は謝り、「怪人キング・ゴリラごときが僕に勝てると思っているのかぁ?」と訂正した。「フフフ」と怪人キング・ゴリラが微笑んだ。「するってぇと何かい? お前、怪人キング・ゴリラはワルイー・ヤーツーからの指示で、僕を、超戦士ジャップマンを倒しに来たってことかい?」と言うと、エレクトロニカが『ダカラソウ言ッテルジャナイデスカ』と突っ込んだ。僕は昔から冷静で少し冷たいぐらいの女の人が好きだ。簡単に言えばSっ気がある女の人。それは僕が小学生の頃に再放送で観た新世紀エヴァンゲリオンのヒロイン、惣流・アスカ・ラングレーがSっ気のある性格で、美人だったのが原因だろう。部屋にはニ十センチ程のフィギュアと大きなポスターを飾っている。
『今ハソンナコトヲ考エテイル場合ジャナイデスヨ!』とエレクトロニカが叫んだ。「エ、エレクトロニカ……君は僕の心が読めるのかい?」『危ナイじゃっぷまん様!』
 怪人キング・ゴリラが走り寄り、右の拳を振り上げた。その間、コンマ五秒。僕がろに飛び去ると、怪人キング・ゴリラの右拳は空振り、大きな音を立てて地面にめり込んだ。
「か、怪人キング・ゴリラ……凄い力だな!」
「フフフ……ウホウホ・パンチという技だウホ」と言いながら右拳を地面から引き上げた。「やっぱりゴリラじゃん」と僕が言うと、怪人キング・ゴリラは顔を真っ赤にさせ、「ゴリラではないウホ! 怪人キング・ゴリラだウホ!」と叫んだ。僕はまた謝った。
「ちょっと座って話をしようよ」と僕は提案し、地面に座った。「ウホ」と言い、怪人キング・ゴリラもそれに続くようにして僕の目の前に座った。立って三メートルもある身長なので、座ってもかなり大きい。こんな奴に僕は勝てるのだろうか……? と少し心配になると、エレクトロニカの『勝タナキャイケナイノデス!』という声が頭の中で響いた。僕は何となくわかってきたので、心の中でエレクトロニカに謝ると、『ワカレバイイノデス!』と言った。
「ジャップお茶!」と叫んだが、何も出なかった。僕は少し恥ずかしくなり、話を変えようとキング・ゴリラに「ところで、怪人キング・ゴリラは何でワルイー・ヤーツーの命令に従ってるの?」と言った。怪人キング・ゴリラは自分の生い立ちをくどくどと話し始めた。あまりに長いので要約すると、怪人キング・ゴリラは元々ただのゴリラで、ワルイー・ヤーツーの力によって、身長三メートルを誇る怪人キング・ゴリラになったという。
 それから三十分間僕たちは談笑した。命を狙われる身と狙う身の間に、いつの間にか友情が芽生えた気がした。
「でっさぁ、訳わかんないよ、いきなり超戦士ジャップマンになって日本を守れとか言われてさぁ」
「私も一緒ウホ。静かに動物園で暮らしてたのに、いきなりキング・ゴリラになって超戦士ジャップマンを倒せとか言われたウホ」
「だったらさ、やめない? アホらしいじゃん」
「ウホ。こうやって知り合ったのも何かの縁ウホ」
『サ、サスガじゃっぷまん様……敵ヲタダ倒スノデハナク、対話デモッテ平和ヲツクロウトスル……』
 と、二人――正確に言うと一人と一匹だが――で盛り上がっていると、遠くの方から大声が聞こえた。「テメェ! こらぁ! クソゴリラ! 何をやっているの!」キング・ゴリラの体がびくりと震えた。「じょ、女王様ウホ!」「じょ、女王様……?」と、二人――正確に言うと一人と一匹だが――で声のする方を見ると、ボンテージを身に纏い顔の上半分には正体を隠すかの様に黒の仮面を被った若い女が鞭を右手に握りしめて立っていた。
「すいませんウホ!」とキング・ゴリラが土下座すると、女王様は走り寄って鞭をキング・ゴリラの頭に叩きつけた。パシィン! と心地よい音が響いた。「ウホ!」僕はさっき言ったが、Sっ気のある女の人が好きだ。つまり、その、女王様に恋心を抱いたのだ。「女王様!」と僕は背筋をしゃんとし声を掛けた。「何よ?」と嫌そうに僕を見る女王様に、つまり、その、僕は寄り一層恋心を抱いた。。エレクトロニカが『何ヲ興奮シテイルノデスカ!』と怒った。
「超戦士ジャップマン、話は終わりウホ! お前をここで倒すウホ!」
「えぇ? せっかく仲良くなったのに!」
「怪人と超戦士の間に友情は芽生えんウホ! 運命を呪うウホ!」
「じゃあクソゴリラとクソジャップが戦うのを、アタシここで観てるわ」と女王様が言った。
「じょ、女王様……一ついいですか」と僕はおずおず言った。「何よ?」僕は立ち上がってこれ以上無いほどのスマイルでもって女王様に「キング・ゴリラに勝ったら、結婚を前提としたお付き合いをしていただけませんか?」と言った。こんなに女の人に堂々と告白したのは初めてだった。やっぱり、超戦士に変身して強気になっているのだろうか。僕の気持ちが届いたのか、女王様はパシィン! と鞭を地面に叩きつけ、「するってぇと何かい? このクソゴリラにクソジャップが勝ったら、結婚を前提としてアタシと付き合えってことかい?」と言った。仮面を被っているので正確な表情は掴み取れないが、どうやら嫌がってはいないようだ。「そ、そういうことです女王様!」
 すると、『チョット!』とエレクトロニカが叫んだ。
『じゃっぷまん様は私ノモノデス! 貴方ミタイナ変態こすぷれ女ニハ譲レマセン!』
「何よこのクソAI!」
 女王様はまた鞭を地面に叩きつけた。パシィン! と音が響いた。キング・ゴリラがびくついた。
「気にしないでください」
「気にするわよ。何が変態コスプレ女よ? アタシをバカにしてるの?」
「エレクトロニカ、我が儘を言うともう超戦士ジャップマンとしてやっていかないよ」と叱ると、『ン……ワカリマシタヨ。スイマセン女王様』と謝った。女王様は良い気分なのか高笑いをした。
「このクソAIはクソジャップのことが好きなのね! それを奪うアタシ! 世の中の全てはアタシの思う通りになるのよ。アタシのしたいように! 良いわよクソジャップ! このクソゴリラに勝ったら結婚を前提としてアタシと付き合うのを許可してあげるわ!」
「や、やったぁ!」
『私ノじゃっぷまん様ガ……』
「待つウホ!」と今まで会話の輪に入れなかったキング・ゴリラが叫んだ。そして両拳で胸を何度も叩いた。「女王様は私のものウホ! お前みたいな変態コスプレ全身タイツ男にはやれないウホ!」
「このクソゴリラ! あたしが何時テメェみたいなクソゴリラのものになったって言うの!」と女王様は怒り、鞭をキング・ゴリラの右腕に叩きつけた。「気持ちいいウホ!」「フン、変態ね。わかったわ。アタシを巡って戦えばいいわ!」
「わかりましたウホ!」「わかった!」
 こうして一時は友情も芽生えた僕とキング・ゴリラは、女王様を巡って戦うことになったのだ。
「キング・ゴリラ! お前には絶対負けない!」
「私こそ負けないウホ!」
 急接近したキング・ゴリラのパンチが僕の腹にヒットし、右頬にヒットし、左頬にヒットし、最後はアッパーを食らい、地面にへばりついた。口に手をやると血がついた。
「こ、このままだと……女王様がキング・ゴリラと結婚を前提としたお付き合いをしてしまう……どうすればいいんだ!」
「ジャップマンもこれで終わりウホ!」
 そしてとどめに後頭部を何度も踏みつけられた。屈辱だった。正義のヒーロー超戦士ジャップマンが、こんなゴリラに負けるだなんて……。僕は……負けたくない!
 そう願った瞬間、僕の右手につけていたジャップウォッチが虹色に光輝いた。
「こ、これは何だ……?」
『じゃっぷまん様ノ負ケタクナイトイウ気持チガえねるぎートナリ、最終形態じゃっぷれいんぼーニ変ワッタノデス!』とエレクトロニカが声を張り上げた。僕には何のことやらさっぱりわからない。
「エレクトロニカ……あの、その、ジャップレインボーってのは一体何なんだい?」
『超戦士じゃっぷまん最終形態じゃっぷれいんぼーデス!』
「いや、だから、意味がわからないんだって」
『トリアエズ立ッテクダサイ』
 僕は体中に走る痛みに耐えながら、何とか立ち上がった。もう戦う気力も何もない。ふらふらだ。するとキング・ゴリラが顔を真っ赤にして叫んだ。
「コソコソ何をやってるウホ! 超戦士ジャップマン、これで終わりウホ! 食らえ、キング・ゴリラ・ウルトラ・ファイナル・ジャッジメント・パンチ!」
『超戦士じゃっぷまん様、早ク、超戦士じゃっぷまんれいんぼーニじゃっぷ・ちぇんじスルノデス! 大声デ、じゃっぷ・ちぇんじト叫ンデクダサイ!』
 僕は意味がまったくわからなかったけれど、キング・ゴリラ・ウルトラ・ファイナル・ジャッジメント・パンチを食らうのも嫌なので、「ジャップ・チェンジ!」と叫んだ。すると僕の全身が虹色に輝いた。
「どうなっているんだいこれは!?」
「死ねジャップマン!」
 キング・ゴリラ・ウルトラ・ファイナル・ジャッジメント・パンチがスローに見える。僕はそれを簡単に回避し、キング・ゴリラの背後に回った。
「ど、どういうことウホ!」
「いや、僕にもわからないんだよ」
「キング・ゴリラ・ダイナミック・パーフェクト・リヴェンジ・キック!」
 キング・ゴリラが蹴りを浴びせてきた。僕はそのキング・ゴリラ・ダイナミック・パーフェクト・リヴェンジ・キックを簡単に回避した。
『じゃっぷ・ぱんちヲ叩キツケテクダサイ!』とエレクトロニカが言うので、わけもわからず「ジャップ・パンチ!」と叫び、キング・ゴリラの腹に拳を叩きいれた。するとキング・ゴリラの体が九の字に曲がり、咳き込んだ。
「お返しだキング・ゴリラ!」
 右頬、左頬に拳を叩きいれるとキング・ゴリラは地面に崩れ落ちたので、後頭部を何度も踏みつけてやった。キング・ゴリラは「ウホ、ウホ……」と呟きながら息絶えた。同時に虹色の輝きが消えた。
 超戦士ジャップマンはキング・ゴリラに勝利した! 経験値を七十三ポイントゲット! 次のレベルまであと四億八千九十八!
「エレクトロニカ……僕は勝ったよ!」
『安心スルノハマダ早イデス、超戦士じゃっぷまんれいんぼー様』
「レインボーつけないでよ。何かダサいじゃん」
『ワカリマシタ、超戦士じゃっぷまん様……貴方ガ戦ッテイル間ニ、日本ハ壊滅シマシタ』
「えっ? どういうことだい?」
『矢部首相ノコノ放送ヲ聞イテクダサイ』
 ジャップウォッチからノイズが聞こえた。それは矢部首相の声になっていった。
「えー、日本の皆さま、残念なお知らせがあります。暗黒魔王サイキョーの封印が解かれ、どうやらあと二十三分で日本は壊滅するようです。それでは皆さんさようなら」
 そこで放送は途切れた。な、なんということだ……! 僕が女王様を巡ってキング・ゴリラと戦っている間に、日本が壊滅した!
『超戦士じゃっぷまん様……残念デス。デモ、マダ負ケタワケデハアリマセン! 暗黒魔王さいきょーヲ倒シテクダサイ!』
「いや、そんなこと言われても……」と僕が戸惑っていると、向こうの方から女王様が頬を赤く染めながら走ってきた。
「ジャップマーン!」
「女王様!」
 僕と女王様は人目もはばからず抱き合った。いや、人目もはばからずと言ったけれど、日本には僕と女王様しか残っていないのだ。普段なら街中でイチャつくバカップルを見ては、こんな人間にはなりたくないと思っていた……しかし今は誰もいない。
 僕たちは結婚を前提としたお付き合いを始めた。
『超戦士じゃっぷまん様! 最終兵器じゃっぷ・しぇるたート叫ンデ下サイ!』
 僕はわけもわからず、女王様と抱き合いながら、「最終兵器! ジャップ・シェルター!」と叫んだ。僕の体から波紋のようなものがはじけ飛び、それはどんどんと広がっていく。
「何なんだい、これは?」
『最終兵器じゃっぷ・しぇるたーハ、読ンデ字ノ如ク、じゃっぷまん様ノ体カラ発生シタ波紋ニヨリ、スベテノ攻撃手段カラ守ルノデス!』
「ということは、暗黒魔王サイキョーの攻撃が効かなくなるということかい?」
『ソノ通リデス!』
「だったら最初からそれをやればよかったんじゃん……」
『ソウ言ワナイデクダサイ。この最終兵器じゃっぷ・しぇるたーハ、じゃっぷまん様ノ感情えねるぎーノ高マリニヨッテ、使ウコトガデキルノデス』
「つまり、キング・ゴリラに勝って、女王様と結婚を前提としたお付き合いができたことによって、この技が使えるようになった、と?」
『ソノ通リデス!』
「ふーん、じゃあ、日本は壊滅しないんだ」
『ハイ!』
 エレクトロニカが嬉しそうに声を上げた。女王様も喜んでいる。当然僕も喜んでいる。
 
 一年半後、僕と女王様の子どもが生まれた。女の子で、体重は三◯一八グラム、母子ともに健康。名前は、この日本に平和の輝きを灯して欲しい、という願いを込めて、ヒカリと名付けた。

 タダノ・ヒカリ――超戦士ジャップガールとして日本を守り、暗黒魔王サイキョーをも超える最悪の敵、デラックス・ザコマジンと激しい戦いをすることになるとは、未だ誰も知ることは無い……。
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