Yesと言ってほしくてⅠ

相沢蒼依

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Please say yes:Yesと言ってほしくて

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 アンディが意識を取り戻して数日が経った。俺の病院通いは、相変わらず続いている。

 日に日に体調が良くなっているのは、顔色を見れば明らかなれど……何かアンディの態度に、微妙な違和感があった。

 そのことを執事のダンさんに、こっそり相談してみるために声をかけた。

『アンドリュー王子は、もともと責任感の強いお方なので、今まで眠っているおられる間、仕事を放棄したことを大層悔やんでいるのかもしれません』

「そうですか……」

『王位継承の件も、ローランド王子に移ってしまいましたから。今までご公務を精力的に励まれていただけに、これから何をすればいいのか、思案中なのかもしれませんね』

 俺はどうしたら、アンディが元気になるかを考えた。今日は、病院の売店で購入したアイスを片手に、病室に向かう。まずは俺が元気でなくてはいけない! 

 ムダに気合いを入れて扉をノックし、勢いよく入った。

「ちーす、入るぞ」

「和馬か……。相変わらず、能天気な顔をしているな」

 メガネをかけたアンディがチラリと俺を見て、すぐに目の前のパソコンに、視線を移した。

 相変わらず能天気な顔って……。いつも通り酷いことを、さらりと言ってくれる。顔を引きつらせながら、ベッドの傍に置いてある椅子に腰かけた。

「アンディって、目が悪かったけ?」

「これはパソコン用のメガネだ。ブルーライトをカットしてくれるから、目が疲れなくて済むのだぞ」

「へぇ……」

 アンディは、パソコンに釘付け状態。全然、俺の方を見ようともしない。背中まで伸びた髪を時々かき上げながら、難しい顔をしてキーボードを操る。病衣じゃなく王子の正装やスーツ姿だったら、もっとカッコいいのにな。

 思わずぼんやりと見惚れてしまった俺……ってアイスの存在、危うく忘れるトコだった!

「あのさ、アイス買って来たんだけど、食べるか?」

「ん~……」

 どっちだよ、もう。

「早くしないとアイスが溶けちまうからさ、口開けろ。食べさせてやるから」

 俺の提案に難しい顔をしたまま、あーんと口を開けたアンディ。ちょっと溶けてしまったバニラアイスを、木のヘラですくって、アンディの口の中にそっと放り込んだ。

「チープな味だが美味いな。ちょうど脳が糖分を欲しがっていたから、グットタイミングだぞ和馬」

「そうか、それは良かった」

 日本の高校生がお小遣いで買える範囲のアイスだから、チープなんだよ。悪かったな……

 ムカつきつつも美味しそうに食べるアンディの口に、次々アイスを運んだ――まったく、惚れた欲目だよなぁ。

「はい、これで終わりだからな」

「分かった……」

 分かったと言いつつ、また口を開けてアイスを待つアンディ。心ここに有らずなのは分かるけどさ、ちょっとくらいこっちに意識を向けろよな。

 俺は腰を上げて口を開けたままのアンディの頬に、ちゅっとキスをしてやった。

「はっ! 何をするのだっ!?」

 かなり驚いたんだろう。飛びあがったせいでメガネがずり落ち、頬を紅潮させている状態だった。落ち着き払った姿しか見たことがなかったから、思わず指を差して大笑いしてしまった。

「和馬っ、何をそんなに笑っているのだ、失礼だろ!」

「失礼なのは、お前なの。もうアイス無くなったって言ってるのに、いつまでもアホ面して、口を開けてるのが悪いんだよ」

「だからと言って隙を狙うなんて、卑怯な手を使って」

「俺はちゃんと終わりだって、声かけてんだよ。それを無視したアンディが、絶対悪いんだからな。それとも、俺がいるの迷惑なのか?」

 目が覚めてからずっとこんな調子で、素っ気ないアンディの態度に思わず訊ねてしまった。

 ずり下がったメガネを元の位置に戻し、ふてくされた様子でじっと俺を見る。

「迷惑じゃない、邪魔にならないしな。だが無理をして、ここに来ているのではないか?」

「元々はお前のことを、助けられなかった俺が悪いんだし。気にするなよ」

「……和馬は悪くない。差し出してくれたお前の手を、俺は離したんだから――」

 バツが悪そうな顔してそう言うと、視線をまたパソコンの画面に移した。

「打ち所が悪ければ、死んでたかもしれないんだぜ。どうして離したんだ?」

「いっそ、死ねば良かったのかもしれない」

「なっ……」

「だって、いつ目が覚めるか分からない状態で、ダラダラ月日を過ごしたんだ。たくさんの人に迷惑をかけてしまった。死んでいた方が、いろいろと仕事が片付くだろう?」

 その言葉に俺はマジでムカついて、アンディの頬を叩いてしまった。乾いた音が、病室に響く――

「いたっ!」

「死んでれば良かったなんて、お前の親が聞いたら悲しむだろ。ローランドはここに来て泣いてたんだっ!」

「和馬……」

「ホントは拳で、おまえを殴ってやりたい気持ちなんだ。どんだけ俺たちが、心配したと思ってるんだよ。ジャンさんだって毎日、お前の世話に明け暮れて……」

「悪かった、済まぬ」

 俺が叩いた左頬を撫で、しょんぼりしながら言う。

「俺は逃げたのだ……。王子という身分と報われない自分の想いから。自分の気持ちが、上手くコントロール出来なくなってな」

「それはお前だけじゃなく、誰だってそうだと思う」

「はじめは、お前と話すことが出来ればいいと思っていたのだ。なのにどんどん、和馬が愛しくなってしまって、想いが膨れて胸の中に溢れてしまってな。だからあのとき、告げずにはいられなかった」

 愛していると声には出さず、口元だけで告げた言葉に、胸がきゅっと締めつけられた。

「ジャンさんから聞いた。お前、国では俺の写真や画像に向かって、喋ってたんだってな」

「なっ! あのお喋りジジィめ」

「俺は寝ているお前に、ずっと話しかけていたんだ。これってお前が国でやってたのと同じだなって。一方通行な会話がさ」

「いつ目覚めるか分からない、俺に向かって話していたのか?」

 アンディの問いに、ちょっと照れてしまい俯く俺。

「前に言ってたよな、打てば、響くってさ。その意味が痛いほどよく分かった。こんな痴話喧嘩みたいな会話でも、今の俺にはとても嬉しい出来事なんだよ」

「なぁ和馬、頼みがある」

「変な頼みなら、絶対にきかないからな」

 俺は両腕を組んで、アンディを見つめた。えらく緊張した顔をしている。

「以前話したヒモの話なのだが、キャンセルしてもいいだろうか?」

 ヒモになれ、プリーズ。俺の希望として、強くて優しいヒモがいい。というワケの分からない頼みだったっけ。

「断るつもりだったから、支障はないけどさ」

「それは良かった。俺はもう無職の外国人だからな。和馬を養うのは無理なのだ」

「プッ、確かにそうだな」

 俺が笑いだすと、緊張していた顔を呆れた顔にさせる。

「なぜ笑うのだ? 俺が真剣に悩んでいたというのに」

「ごめんごめん。俺は養われる気なんて、さらさらなかったから。そんなことで悩んでたのかよ」

「そんなことではない。俺は和馬と、ずっと一緒にいたかったのだぞ。頭を悩ませるのには、十分な案件なのだ」

 当時はな……と、小さな声で告げて、ため息をつく。

「じゃあ今は何を悩んでるんだ? 俺には相談、出来ないことなのか?」

 暗い顔をするアンディに、ぐいっと顔を近づけると、顎を引いてわざと目を逸らされた。

「お前の手は借りぬ。自分で解決させなければならないことだからな――だからそれまで、見舞いに来るな」

「アンディ、はっきり言えよ、俺が邪魔なんだろう?」

「邪魔じゃないっ! 違うのだ、その……。カッコ悪い俺を、これ以上見られたくはないのだ。それに……」

 左手でかけていたメガネを外すと、諦めたような目で俺を見つめた。プラスチックのレンズ越しじゃない、俺の好きなキレイな青い瞳で。

 その瞳を切ない想いを抱えながら、じっと見つめ返す。

「なんだよ?」

「和馬が無頓着で、朴念仁で無神経だからいけないのだぞ。まったく!」

「何で俺が責められなきゃならないんだ。ワケ分からん」

「俺が考えないように、気を遣っているというのに。謹厳居士 きんげんこじ っ!」

「日本人の俺が知らない、日本語を使うな。意味分からないんだよ、しょっちゅう」

「分からないのか、この状況! よく考えてみろ和馬」

「何なんだよ一体。分かってたら聞かないって」

 俺がお手上げのポーズをとると長い金髪を掻きむしり、身悶えるアンディ。ぐちゃぐちゃの髪型のままベッドから降りて、俺の両肩を掴み扉へと誘導させた。

「俺の理性の限界が来る前に、早く出て行ってくれっ! しばらく来るな、分かったな?」
 
 早口で告げると、俺が答える前に、強引に追い出される。

 バタンと目の前で、閉ざされた扉。理性の限界って、つまりアンディは俺を――

「わーっ!!」

 真っ赤になり、慌てて扉から飛び退いた俺。向かい側にある壁に、ぴったり体を張りつかせてしまった。

 言われてみればそうなんだ。アンディはもう王子様じゃなく、ただの外国人になったワケで。俺たちを阻むのは、国境くらいなのか?

「確かに俺、無神経なことばかり、アンディにしちゃったかも……」

 素っ気ないアンディをどうしても振り向かせたくて、いろいろ行動していた。アンディからすると、それは煽るような行動にしか見えなかっただろう。

「しばらく来るなって、どれくらいなんだよ」

 日参して来ていた病院に、急に来れなくなったのだ。淋しい気持ちが、胸を支配する。

 俺は扉に向かって、そっと話しかけた。

「なるべく早く、問題解決させろよな。俺はお前に逢いたいんだから、さ」

 すると向こう側から、コンコンと扉をノックする音が聞こえた。

(アンディ、お前……)

 俺は目を瞑って、足早にその場を立ち去った。

 今更だけどアンディの気持ちが分かり過ぎるほどに、分かってしまったから。

 ――俺も同じ気持ちでいるのだから――
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