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Love too late:防戦

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「そろそろ、好きになってくれた?」

「――違うよ、おまえの病気のことだ」

「治療は受けないから……」

 掴まれてる太郎の手に自分の手を重ねてきた。外されると思ったのか、痛いくらいにぎゅっと肩を掴む。あたたかくて力強い手のひらは、太郎が生きてる証なんだ。

「分かっているんだろう? 自分が癌だって」

「ガァン」

「ふざけんなっ! 真面目に聞けよ!」

「……マジメにしてられるかよ。ふざけてでもいないと、気がおかしくなりそうだ」

 太郎の手を、これでもかと握りしめてやる。

「痛みは伝わってるか? おまえが生きてる証拠だ」

 ついでに反対の手で、太郎の頬をぎゅっとつねってやった。

「ちょっ、マジで痛いってば!」

 ムッとしながら俺を見下ろす顔を微笑んで、じっと見つめ返してやる。そして頬をつねっていた手を、静かに首筋に移動させた。

「ここにある甲状腺というところが、癌に侵されているんだ」

「前立腺じゃなくて、なにより……っ、いて!」

 無言で太郎の頭を、ぐーで殴った。コイツのバカさ加減には、ほとほと呆れ果てるしかない。その気持ちは、分からなくはないのだが――

「甲状腺というのはホルモンを出す器官で、おまえみたいな子どもには成長ホルモンを出し、大人になったら新陳代謝の調節するという、大事な働きをしてくれるんだ」

「へえ、そこが病気になったら大変だな」

「人の体に、不必要な器官なんてないものだから。バランスよく、それぞれが働いているものさ」

 たとえその器官が何らかの病気で機能できなくなったとしても、補ってくれる臓器はあるものだし、薬でどうにかなる。

「癌にも、いろいろパターンがある。インフルエンザにも、A型やB型があるだろう?」

「そうだな……」

「おまえの癌のパターンは、おそらく進行性の早いものじゃないと俺は思ってる。きちんと治療をすれば二十年の生存率は、八割以上というデータもあるくらい、治癒率は高いんだよ」

 ――まずは細胞診をすべく、いろいろ検査をしたい。

「早めに手術をして、甲状腺の半分……いや3分の1くらい残すことができれば、ホルモン剤の薬を飲まなくても済むから」

「俺、実はちょっとだけ、タケシ先生を信用してないトコがあるんだ」

 言いながら疑いの眼で、俺の顔を見た太郎。

「……何だ?」

「自然気胸だって薬、夜に渡してくれたろ。あれって眠剤なんじゃね?」

( ギクッ!)

「普段は寝つきが悪いのにあれを飲むと、異常にぐっすり寝られたから。まぁ二日目から飲んだフリして、上手いこと飲まなかったけどさ」

「あれは、その……正当防衛みたいな」

 しまった――医者と患者の信頼関係が面白いくらいに、ガラガラと音を立てて崩れていくじゃないか。

「なので治療拒否するから、あしからず!」

 俺を放り出すように手を離し、ひとりきりでさっさと高台から降りていく背中を、黙って見つめることしかなかった。

「……参ったな、どうすりゃいいんだ」

 自分がしてしまった過ちを、今更後悔してもどうにもならない。

家に帰る道中、太郎の背中を追いながら、今後の対策を考えてみた。

「患者である太郎の希望を、最優先に考えて恋人になってやる……」

 これが一番、手っ取り早いんだけど――太郎と恋人同士になった絵面を思い浮かべただけで、ぞわぞわっと悪寒が走るんだ。報われない恋に嫌気がさして、無謀にもうんと年下の高校生に手を出しちゃいました。

 なぁんて、もうひとりの自分が耳元で囁くような気がする。

「違うっ、違うんだ。そうじゃない!」

 頭を抱えながら歩く俺は傍から見たら、可笑しな人にしか見えないだろうな。でも頭を抱えずにはいられない難題だ。

(医者として純粋に、患者を助けたいだけ。人恋しくなったからって身近にいる太郎なんか、絶対に好きになれないし)

 正直、羨ましいと思った。桃瀬と涼一くんが相手を思い遣って、視線を合わせる姿――傍にいなくてもお互いに心を通わせていて、想い合ってるのを垣間見て、すっごく悔しいと感じた。

 そしてさっき――高台の崖で太郎が寄り添ってくれたとき、不覚にもそれほど不快に思えなかった。こんな自分に想いを寄せることが、奇跡というか何というか。

「桃瀬から太郎に簡単にシフトチェンジできれば、問題は解決するんだけどね……」

 深いため息をついて目の前を見てみると、病院前の塀に寄りかかってぼんやりと夜空を見上げる太郎がいた。そんなアイツを無視し、さっさと傍を通り過ぎて玄関の鍵を手早く開け、中に入ろうとした刹那――

「んんっ……!?」

 一瞬、何が起こったのか分からなかった。ぐだぐだな思考と一緒に、無理矢理な感じで呼吸が奪われている自分。

 背後から音もなく太郎が俺の体をぎゅっと掴んで、掠めとるようにキスをしてきたから。

 時間にしたら、ほんの数秒だったと思う。呆気にとられた俺を上から見やり、へらっと意地悪く笑いかけてきた。

「俺を騙したバツ。ご馳走様でした、タケシ先生」

 言いながら脇をすり抜け、さっさと先に家の中に入って行く。

「おい……」

「やっぱ好きなヤツとキスするのって、すっげぇドキドキするんだな。しかもタケシ先生の唇、思ってたよりも柔らかくて、俺ってば溺れちゃうかと思った」

 照れた表情で頬を染めながら言い放つと、さっさと二階に上がってしまった。俺はドキドキよりも――

「イライラという感情が、沸々と湧き上がったんだけど。手を出さないって言った傍からおまえはっ!」

 ――すべては隙を見せた、自分が悪いのだが……。

 またしても太郎にしてやられてしまい、怒りながら頭を抱えるしかなかったのだった。
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