(完結)冷徹アルファを揺さぶるオメガの衝動

相沢蒼依

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第一章:火花と氷

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 午後の授業前。昼休みの大騒ぎが尾を引いて、まだ教室はざわざわしていた。俺は自分の席に座り、プリントに目を落としていたが――。

「委員長! 次の作戦いくぞ!」

 榎本が突然立ち上がり、手に持っていたチョークを鼻に差し込んだ。

「どうだ、俺“二本角のアルファ”!」

 鼻から突き出した二本のチョークを誇らしげに掲げる榎本に、教室は一瞬の静寂のあと爆発した。

「バカすぎる!」
「やば、ツノ生えた!」

 机を叩いて笑うヤツ、涙を流すヤツ、床を転げ回るヤツまで出る始末だ。

「……くだらない」

 俺はそう言って、わざと視線を外した。だが榎本は引き下がらない。

「まだまだだ! 見ろ、俺の必殺“黒板落下芸”!」

 黒板の上に手を伸ばし、消しゴムをつかもうとした瞬間――。

「うわっ!」

 見事にバランスを崩し、派手に机の上へ突っ込んだ。ノートや教科書が宙を舞い、榎本本人は頭に黒板消しの粉をかぶって真っ白になる。

「虎太郎、大丈夫か!?」
「ぎゃははっ! 真っ白になってる!」

 爆笑が渦を巻く中、榎本が頭を振った。

「げほっ、ちょ、マジで目に入った! くそっ、俺は白銀の戦士になっちまった~!」

 その必死の叫びがあまりに馬鹿らしくて、 ふと口の端が勝手に持ち上がった。自分でも驚くほど自然に、力が抜けた感覚。はっとして顔を引き締めたときには、もう遅かった。

「……委員長、今、笑った?」

 榎本の目がギラリと光る。クラス全員の視線も、一斉に俺に突き刺さった。

「え、ええーっ!? 佐伯が笑ったぞ!」
「見た見た! ちょっとだけニヤってした!」
「奇跡だ! 青陵の氷の委員長が笑ったー!」

 教室が地鳴りのような歓声に包まれる。

「っ……くだらない」

 俺は咳払いして視線を逸らす。だが頬の熱さはどうしようもなかった。

「へへっ……やったぜ!」

 白い粉まみれの榎本が、子供みたいに嬉しそうに笑っていた。




 放課後。人気のない教室に、紙をめくる音だけが響いていた。その静けさを破るように、足音が近づいてくる。振り返ると、またアイツだった。

「よぉ、今日の“ニヤリ事件”は永久保存版だな!」

 榎本虎太郎が教室のドアを勢いよく開け放ち、にかっと笑いながら歩み寄ってくる。

「……くだらないことを大げさに言うな」
「いやいや、大事件だろ! 佐伯涼が笑った! クラス全員が証人! これは奇跡だ!」

 榎本は机にどんと腰かけ、わざと俺の視界に入り込んでくる。俺は手元のプリントを整理する手を止めずに淡々と答えた。

「一瞬表情が緩んだだけだ。笑ったわけじゃない」
「出たー! 委員長の苦しい言い訳! 絶対に笑ってたって!」

 榎本は机に手をつき、ぐっと身を乗り出してきた。至近距離で金色の髪がきらりと光を反射し、瞳の奥が妙に近い。体温まで伝わってきそうな距離感に、不意に息が詰まった。

「……近い」
「だってさぁ、気になるだろ。あの完璧な仮面の下で、どんな顔で笑うのか」

 その無邪気な声に、心臓が跳ねた。俺は表情を固め直し、椅子を引いて距離を取る。

「榎本、くだらない遊びはやめろ」
「遊びじゃねぇよ。俺、もう決めたから」
「何をだ」
「お前を毎日笑わせる! “氷の委員長”を崩すのは、この俺だ!」

 教室に響いたその宣言に、思わず手が止まった。榎本の目は、馬鹿みたいにまっすぐで。からかい半分のくせに、本気の色が宿っている。

「勝手にしろ」

 そう吐き捨ててプリントに視線を戻してみたものの、鼓動の速さはどうしようもなかった。

(なぜだ。あんな無鉄砲な男に――俺は、少しずつ崩されているのか……?)
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