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第二章:ひび割れる仮面
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昼休みになり、榎本は当然のように俺の机の隣に腰を下ろした。まるでそこが自分の指定席であるかのように、堂々と。
「なぁ委員長。昨日から思ってたんだけどよ。お前、感情が読みにくいんだよな」
「何の話だ」
「俺さ、匂いで人の気分がなんとなくわかるんだよ。腹減ってるとか、イライラしてるとか。オメガだからさ」
その言葉に、周囲の数人が「へぇ!」と反応した。あっという間に視線が集まり、ざわざわとした空気が広がる。
「え、マジで? オメガってそんなことができるのかよ?」
「榎本、おまえ犬なのか!」
「だったら、委員長の気分もわかるってこと?」
にやにやと笑いながら、クラスメイトたちが口々にはやし立てる。榎本は満更でもなさそうに胸を張った。
「余裕余裕。コイツからは……そうだなぁ、“カッチカチに固まった氷の匂い”がする!」
「ははっ、何それ!」
「確かに! 委員長っていつも表情が固いよな!」
笑い声が教室に広がり、俺は思わず眉間を押さえる。
「くだらない。そんな非科学的な話に根拠はない」
「いやいや、マジなんだって! 例えばさ……今のお前からは“ムカついてる匂い”がぷんぷんする!」
榎本が大げさに鼻をひくつかせて、俺を指差す。周囲は爆笑の渦に巻き込まれ、机を叩いて笑い転げる者まで出てきた。
「やっべー! 本当に当たってんじゃん!」
「委員長、今ムカついてる?」
「図星かー!」
クラス中の囃し立てに、俺は完全に逃げ場を失った。この状況で反論すればするほど「やっぱり怒ってる!」と、笑いが加速するに決まっている。
(……最悪だ。榎本の不用意な発言ひとつで、この有様か)
ため息を押し殺す俺を見て、榎本は満足げにニヤリと笑った。
「な、ちょっとは表情変わったじゃん。俺の勝ちだな」
「くだらない茶番だ」
冷徹に言い放ちながらも、胸の奥に奇妙なざわめきが残っていた。榎本の無邪気な一言が、張り付けた仮面を確かに揺らしている――そのことを、俺自身が一番認めたくなかった。
「なぁなぁ榎本! 俺の匂いもわかる?」
「俺は? 昨日ゲーセンで夜更かししてきたんだけど!」
「俺なんか、今日朝から腹減ってヤバいんだが!」
榎本の不用意な発言に、クラスメイトたちが一斉に群がった。教室は一気に、縁日の屋台みたいな騒ぎに変わる。
「おい、勝手に人の匂いを判別するな。根拠のない……」
俺の制止など誰も聞いていない。榎本は得意げに胸を張り、わざとらしく鼻をひくつかせた。
「お前は……“油っこいポテトの匂い”!」
「うわっ! マジで今日ポテト食った!」
「ははは! 当たってるじゃん!」
「で、お前は……“宿題やってなくて焦ってるインクの匂い”だな!」
「ぎゃっ!? なんでバレたんだよ!」
爆笑が教室を揺らす。榎本は完全に“占い師”のような立ち位置を獲得し、質問攻めにされながらも、次々と適当な答えを放っては歓声を浴びていた。
その中心に座らされている俺は、完全に蚊帳の外――のはずだったのだが。
「じゃあ、委員長の“笑ったときの匂い”は?」
ひとりのクラスメイトが声をあげた瞬間、空気が変わった。にやにやと悪戯っぽい視線が、一斉に俺へ注がれる。
「笑ったとき!?」
「見たことねぇぞ!」
「榎本、やってみろよ!」
「おい、俺を実験台にするな」
乾いた声で言い放つも、榎本は悪戯を思いついた子どものように目を輝かせた。
「いいじゃん。なぁ委員長、一回だけ笑ってみろよ。俺がちゃんと“匂い”を教えてやるからさ」
「断る」
即答した俺に、教室中が「えー!」と大ブーイング。榎本は腕を組み、うんうんと頷く。
「そうか……なら仕方ないな」
「わかればいい」
「じゃあ次の作戦だ! “委員長そっくり選手権”やろうぜ!」
唐突な宣言に、教室は一瞬の沈黙。そして次の瞬間――。
「それいい!」
「俺やる!」
「はいはい、俺から! “シャツをしまえ”!」
真似をしながらクラスメイトが立ち上がり、眉間に皺を寄せて冷たい声をまねる。
「“規律を守れ”!」
「“くだらない”!」
次々と投げ込まれる「佐伯ボイス」に、教室は爆笑の渦に包まれた。
「くだらない」
実際の俺の言葉に、さらに笑い声が跳ねあがる。榎本は机を叩いて笑いながら、俺に向かって叫んだ。
「な!? お前ってば人気者じゃん! ほら委員長、ちょっとくらい笑えよ!」
にやにやと覗き込む榎本の視線が、なぜかやけにまっすぐで。俺は喉の奥に引っかかる何かを必死に押し殺しながら、ペンを握る手に力を込めるしかなかった。
(……やはり、コイツは俺の秩序を乱す存在だ)
「なぁ委員長。昨日から思ってたんだけどよ。お前、感情が読みにくいんだよな」
「何の話だ」
「俺さ、匂いで人の気分がなんとなくわかるんだよ。腹減ってるとか、イライラしてるとか。オメガだからさ」
その言葉に、周囲の数人が「へぇ!」と反応した。あっという間に視線が集まり、ざわざわとした空気が広がる。
「え、マジで? オメガってそんなことができるのかよ?」
「榎本、おまえ犬なのか!」
「だったら、委員長の気分もわかるってこと?」
にやにやと笑いながら、クラスメイトたちが口々にはやし立てる。榎本は満更でもなさそうに胸を張った。
「余裕余裕。コイツからは……そうだなぁ、“カッチカチに固まった氷の匂い”がする!」
「ははっ、何それ!」
「確かに! 委員長っていつも表情が固いよな!」
笑い声が教室に広がり、俺は思わず眉間を押さえる。
「くだらない。そんな非科学的な話に根拠はない」
「いやいや、マジなんだって! 例えばさ……今のお前からは“ムカついてる匂い”がぷんぷんする!」
榎本が大げさに鼻をひくつかせて、俺を指差す。周囲は爆笑の渦に巻き込まれ、机を叩いて笑い転げる者まで出てきた。
「やっべー! 本当に当たってんじゃん!」
「委員長、今ムカついてる?」
「図星かー!」
クラス中の囃し立てに、俺は完全に逃げ場を失った。この状況で反論すればするほど「やっぱり怒ってる!」と、笑いが加速するに決まっている。
(……最悪だ。榎本の不用意な発言ひとつで、この有様か)
ため息を押し殺す俺を見て、榎本は満足げにニヤリと笑った。
「な、ちょっとは表情変わったじゃん。俺の勝ちだな」
「くだらない茶番だ」
冷徹に言い放ちながらも、胸の奥に奇妙なざわめきが残っていた。榎本の無邪気な一言が、張り付けた仮面を確かに揺らしている――そのことを、俺自身が一番認めたくなかった。
「なぁなぁ榎本! 俺の匂いもわかる?」
「俺は? 昨日ゲーセンで夜更かししてきたんだけど!」
「俺なんか、今日朝から腹減ってヤバいんだが!」
榎本の不用意な発言に、クラスメイトたちが一斉に群がった。教室は一気に、縁日の屋台みたいな騒ぎに変わる。
「おい、勝手に人の匂いを判別するな。根拠のない……」
俺の制止など誰も聞いていない。榎本は得意げに胸を張り、わざとらしく鼻をひくつかせた。
「お前は……“油っこいポテトの匂い”!」
「うわっ! マジで今日ポテト食った!」
「ははは! 当たってるじゃん!」
「で、お前は……“宿題やってなくて焦ってるインクの匂い”だな!」
「ぎゃっ!? なんでバレたんだよ!」
爆笑が教室を揺らす。榎本は完全に“占い師”のような立ち位置を獲得し、質問攻めにされながらも、次々と適当な答えを放っては歓声を浴びていた。
その中心に座らされている俺は、完全に蚊帳の外――のはずだったのだが。
「じゃあ、委員長の“笑ったときの匂い”は?」
ひとりのクラスメイトが声をあげた瞬間、空気が変わった。にやにやと悪戯っぽい視線が、一斉に俺へ注がれる。
「笑ったとき!?」
「見たことねぇぞ!」
「榎本、やってみろよ!」
「おい、俺を実験台にするな」
乾いた声で言い放つも、榎本は悪戯を思いついた子どものように目を輝かせた。
「いいじゃん。なぁ委員長、一回だけ笑ってみろよ。俺がちゃんと“匂い”を教えてやるからさ」
「断る」
即答した俺に、教室中が「えー!」と大ブーイング。榎本は腕を組み、うんうんと頷く。
「そうか……なら仕方ないな」
「わかればいい」
「じゃあ次の作戦だ! “委員長そっくり選手権”やろうぜ!」
唐突な宣言に、教室は一瞬の沈黙。そして次の瞬間――。
「それいい!」
「俺やる!」
「はいはい、俺から! “シャツをしまえ”!」
真似をしながらクラスメイトが立ち上がり、眉間に皺を寄せて冷たい声をまねる。
「“規律を守れ”!」
「“くだらない”!」
次々と投げ込まれる「佐伯ボイス」に、教室は爆笑の渦に包まれた。
「くだらない」
実際の俺の言葉に、さらに笑い声が跳ねあがる。榎本は机を叩いて笑いながら、俺に向かって叫んだ。
「な!? お前ってば人気者じゃん! ほら委員長、ちょっとくらい笑えよ!」
にやにやと覗き込む榎本の視線が、なぜかやけにまっすぐで。俺は喉の奥に引っかかる何かを必死に押し殺しながら、ペンを握る手に力を込めるしかなかった。
(……やはり、コイツは俺の秩序を乱す存在だ)
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